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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
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56歳・2(裏)

 私は隣の玲ちゃんとともに、その動画をむさぼるように見ていた。


 画面の中では、宇宙服を着た浅黒い肌の男が月面のような場所にいる。漆黒の星空を背景にして、その男は神妙な顔つきで語り出した。


『私の名はサディク。月面でヘリウム3を採掘する作業員だ。そして月旅行シャトル【ムーンダイバー】を破壊した、【シャクルトン同胞団】という組織の長でもある。……そう、我々がシャトルを攻撃し、その乗員たちの命を奪ったのだ。これから、そのような行為に到った理由と、それを可能とした経緯を語ろう。だが、これは釈明でも、単なる説明でもない。――宣戦布告だ。我々は命と魂をかけて、利益を弱者からむさぼる先進国の人民に、戦いを挑む所存である』


 ――他人に激しい憎悪を抱いたのは、これが始めてかもしれない。


 玲ちゃんほどではないだろうが、私は娘を殺した相手に、途方もない怒りと憎しみを抱いていた。

 はらわたが煮えくり返る、という表現が実にしっくりくる。

 おそらく、昔の玲ちゃんは私にこんな感情を向けていたのだろう。そう思うと、彼女に少々の申し訳なさを覚えてしまう。


 ともあれ、私と玲ちゃんは正面に浮かんでいる大型サイズのウィンドウをじっと眺めていた。デバイスを同期しているために映像が共有されており、ゆえに同じ動画を視聴できている。

 ……こうして一緒に犯行声明を見るのは、実に正しかった。

 おかげで、共感能力のない私でも、玲ちゃんの感情に自分の感情を同期させられる。彼女の底で煮えたぎるどす黒いマグマを、直に感じ取ることができている。


 そんなわけで動画より玲ちゃんに意識を向けていた私だったが、当然サディクなる男の主張は頭に入っている。

 ――要約すれば、その詳細は以下のとおりだ。



 十五年ほど前から、月ではエネルギー資源であるヘリウム3の採掘が行われている。

 作業の大半は自動化された機械が行うので、さほどの人員は必要ないのだが、深刻な問題が幾つかあった。その最たるものが、作業員の交代期間の長さである。


 採掘された月の砂は地球に移送され、地上に下ろす際には軌道エレベーターが使われる。

 だが、これは構造のあまりのシンプルさから、人が乗れるようにはできていない。ゆえに、人間が地球と宇宙とを行き来するには、従来どおりにスペースシャトルを使うしかないのである。

 ヘリウム3を大量採掘する必要性、人員を交代させる膨大な費用、経験と専門知識がなければ務まらない作業員の性質。

 そうした要素が積み重なり、ヘリウム3の採掘要員は年単位の月での就労を余儀なくされていた。


 サディク曰く、彼らの不満は時間を経るごとに蓄積していったという。

 そして我慢が限界に達したとき、月の作業員たちは反旗を翻すため、国の垣根を飛び越えて結託。さらに、地球の衛星軌道上の軍事ステーションに駐留していた一部の将校まで、そうした動きに同調してしまったのだとか。


 月の地名を取って『シャクルトン同胞団』と名乗った彼らは、綿密な計画を立てた上で、アメリカの軍事ステーション『ファーマメント』を襲撃する。

 内通者のおかげでこの暴挙は滞りなく進み、十分もかからず占拠に成功。そしてすぐさま衛星撃墜用の兵器を使用し、月面行きの旅行シャトルを破壊した。


 ――というのが、この事件が発生した経緯である。



 続けて、サディクは動機や目的について詳しく語った。


『――我々はすでに、死を覚悟している。だからこそ民間人の乗ったシャトルを攻撃し、自ら退路を絶った。なぜか』


 男は拳を握り、口角泡を飛ばす。


『こうでもしなければ、我々宇宙の奴隷の声はあなたがたに届かないからだ! 待遇改善の訴えは受け入れられず、検閲によって地球に助けさえ求められず、月という名の地獄を脱出する術もない。ゆえに、決起した! 国に都合良く使い潰されるくらいなら、我らは命を賭けてその尊厳を守る! 地球の全人類に敵対してでもだ!』


 心の底から、どうでもよかった。


 私はこの男の訴えに、微塵の興味も哀れみも抱かなかった。

 人生の途上に現れた、不快で目障り極まりない障害物。連中の存在は私にとって、それ以上でも以下でもない。

 まあ、すでに死ぬ気のようだから、遠からずテロリストどもは大国に駆逐されるだろう。それはいい。


 問題は玲ちゃんである。

 シャトルの爆発を知ったとき、彼女は酷く憔悴していた。娘の突然の死に、魂が抜けてしまったかのようだった。

 しかし今、犯行声明の動画を凝視する玲ちゃんの眼には、先ほどにはなかった確かな光が宿っている。憎悪や憤怒といった感情が可視化したかのごとく、眼がぎらぎらとたぎっているのだ。



 二十分近い動画が終わったとき、はたして玲ちゃんは私が懸念したとおりの言葉を口にした。


「明美。お前の前に、こいつら殺すわ」


 ああ、やっぱり。


 私は頭を抱えたくなった。

 ……とはいえ、まだ望みはある。理詰めでそれがいかに無謀かを説明すれば、わかってくれるかもしれない。


「どうやって殺しに行くの。相手は宇宙にいるのよ?」


「……大国は、月に軍隊をしこたま送るはずだ。それに便乗する」


「便乗ってどうやって? 密航でもするの? 積載重量をグラム単位で管理するスペースシャトルに?」


「……どうにかして、人員の管理が甘い軍隊に潜り込めれば……」


「どこの軍にも通じないわよ、変装も身分詐称も。アメリカの軍事ステーションが裏切りで乗っ取られた直後なんだから、そのへんのチェックは厳しくなるに決まってるでしょ」


「………………」


 玲ちゃんは額に手を当てて考え込んでいる。宇宙のテロリストどもを殺す困難さに、ようやく理解が到ったのだろう。


「わかってくれた? 気持ちは分かるけど、ここは一旦頭を冷やして――」


「……いや、手はあるはずだ。私は絶対に、あのクソどもを皆殺しにしてみせる」


 ……よくない流れだ。彼女の決意が揺らぎようもなく固まってしまう前に、どうにかして翻意させなければ。

 私は語気を荒げ、攻める角度を変える。


「玲ちゃん。あなた、自分がハリウッド映画の主人公かなんかだと勘違いしてない? 一人で敵のアジトに乗り込んで、派手な銃撃戦や格闘を経て、最後にボスを鮮やかに仕留める。そんな想像をしちゃってるんじゃないの?」


 玲ちゃんは小さく俯いたまま、何も言わない。


「そもそも、あなた強くないでしょ。ちょっと体鍛えてるだけの初老の女が、どうすれば全世界に宣戦布告したテロリストたちと戦えるっていうの。実戦だって、もう三十年以上経験してないってのに。わかる? 無謀というか、もはや夢想なの。夢物語なのよ、五十台半ばの女がテロリストたちを皆殺しにするなんて」


「…………言ってくれるじゃんかよ」


「言うわよ。だって、死んでほしくないから」


 思わず、本音が口をついて出てきた。

 ――いや、これでいい。死の危険性を訴えるのも十分ありだ。


「テロリストどもは、最初から死を覚悟してる連中なのよ? しかも戦う場所は、宇宙や月っていう敵のホームグラウンド。仮に戦う状況まで持っていけたところで、あなた一人じゃ勝てる可能性はほとんどないわ。そして当然、相手は私のように手加減なんてしない。自分たちを殺しに来た相手を、テロリストは容赦なく返り討ちにするはず」


 顔を上げた玲ちゃんと目が合う。私は口調を強めて続けた。


「死ぬわよ、かなりの高確率で。本当にそれでいいの? 言うまでもないけど、死んだら私を殺せないのよ?」


「……それは困る」


「でしょ?」


 よし、手応えアリ。光明が見えてきた。


「そもそもの話、玲ちゃんが手を下す必要ある? 国の軍隊に任せればいいじゃない。テロリストたちは初手で民間人を殺してるんだから、和解の可能性なんてまずないし、だから軍隊がいずれどうにかしてくれる」


「テロリストどもが全部死ぬとは限らないだろう。捕まって地球に送還されて、裁判にかけられるかもしれない。けど、私はそれじゃ納得しない」


「わかった。ならその場合は私が手引きして、拘留されているテロリストを玲ちゃんが殺せるようにしてあげる」


「……できるのか?」


「そりゃ簡単じゃないけど、月にわざわざ殺しに行くより遥かにマシでしょ。戦うことになっても、相手は刑務所の看守とかになるから、死ぬ可能性はグッと低くなるし」


「………………」


 玲ちゃんは目をつぶり、じっと考え込んでいる。


 言葉は尽くした。

 宇宙にいるテロリストを殺しに行くべきではない理由を、思いつく限り叩きつけた。これでも考えを改めないのなら、玲ちゃんは筋金入りの馬鹿だ。


 やがて、玲ちゃんは溜め息を吐きながら顔を上げる。そして真っ直ぐに私を見て言った。


「すまん、それでもやっぱり私は行く。碧を殺した連中を、ぶっ殺しに行く」


「…………馬鹿なの?」


 もう、呆れてそんな言葉しか出てこない。

 これまでの私の説得は、いったいなんだったのか。


「そうだよ、馬鹿だよ私は。なにせ、何十年もお前を殺そうとしてるんだからな。馬鹿じゃなきゃ無理だろ、そんなの」


 ――――――確かに。

 妙に説得力のある玲ちゃんの言葉に、思わず私は納得してしまった。


 だが、すぐに思い直す。そんな場合じゃない。

 残念なことに、玲ちゃんはすでに覚悟を決めてしまったようだ。完全にスイッチが入ってしまっている。

 彼女は馬鹿な上に頑固だから、こうなったら梃子でも動かない。


 私は全力で頭を回転させる。

 絶対に、玲ちゃんを死なせるわけにはいかない。どうにかして、玲ちゃんから死を遠ざけねばならない。


 すぐさま思いついた案は、『玲ちゃんを拘束する』というものだった。

 事件が落ち着くまで彼女を押さえつけられれば、少なくともテロリストと宇宙で戦うという事態にはならない。玲ちゃんが死ぬ可能性はグッと低くなるだろう。


 だが、その策にも懸念はある。拘束に抗って脱走されたら、状況がさらに悪くなるという点だ。

 その場合、玲ちゃんは私に見つからないよう動くだろうから、最悪、こちらの知らないところで殺される可能性もある。


 ……やはり、どうあっても玲ちゃんは私のコントロール下に置きたい。

 今の無謀で勢いばかりの彼女を放っておいたら、本当にあっさり死んでしまいそうで怖いのだ。


 拘束する案はいいように思えたが、やはりリスクが大きい。

 そもそも、玲ちゃんが本気になればこの刑務所程度なら簡単に脱走できるのだ。たとえ、警備の厳しいまともな刑務所であったとしても――。


 そこまで考えて、ふと気づいた。

 今この瞬間、玲ちゃんが走って逃げ出すかもしれない。


 自分が拘束される可能性に考えが到れば、逃げるのはごく当たり前のことだ。彼女は迷わずここを脱出して、すぐさま行方をくらますだろう。

 つまり、私に悩んでいる時間はない。

 玲ちゃんに先手を取られて逃げられる前に、どうにかして彼女を留めなければならない。


 およそ十秒ほどの思考を経て、私は覚悟を決めた。それはそれでリスクが高いのだが、もう仕方がない。


「……玲ちゃん。条件を飲むのなら、テロリストを宇宙で殺す協力をしてあげる」


「なに?」


 周囲を注意深く見渡していた玲ちゃんが、こちらに振り向く。

 危なかった。おそらく、もう逃げることを決意していたのだろう。数秒遅かったら、あらぬ方向に走り出していたに違いない。


「協力って、どういうことだ」


「言葉の通りよ。私の財力や権力を使って、あなたを宇宙に送ってあげる。当然、できる限り戦闘のサポートもする。どう? 玲ちゃん一人で動くよりかは、はるかに成功率が高いはずだけど」


「……条件ってのは?」


「私の目の届くところにいて。それだけ」


 玲ちゃんに勝手に動かれるより、私の監視下でテロリストを殺しに行くほうが、数段彼女の死の危険が小さい。そう判断しての提案だった。


 しばし腰に手を当てて考え込み、やがて玲ちゃんは首を縦に振った。


「……わかった、お前の言うとおりに動く。少々癪だが、確かにそれが一番良さそうだ」


「交渉成立ね。ま、気乗りしないのはこっちも同じだから、我慢して」


 私は心底ホッとした。

 これで、玲ちゃんがこちらの知らない場所で死ぬという、最悪の事態は避けられた。


 とはいえ戦いに赴く以上、死の危険は皆無ではない。

 ありとあらゆる手段を使って、それをゼロに近づけねば。絶対に、なにを犠牲にしようと、玲ちゃんを死なせはしない。


「さあ、これから忙しくなるわよ。仮出所の手続きをして、明日にもここを出て、その後はあなたに集中的に訓練をしてもらうから」


「なんの訓練だ?」


「私の会社が開発した、最新鋭のパワードスーツを使いこなす訓練。まさか生身で戦うつもりじゃないでしょ? 時代遅れだからね、そんなの」


 玲ちゃんは「わ、わかってる」と、慌てて答えた。どうやら、そのつもりだったらしい。

 彼女は咳払いを挟み、続ける。


「……ともかく、お前がその気になってるみたいでよかった。私を拘束するために、その場限りのでまかせを言ってることも疑ってたからな」


「そういうのが逆効果になるって結論付けたから、手を貸すって決めたの。それに――」


「それに?」


 ふと、自分の心の奥底にある感情に気づき、私はそれを包み隠さず吐露した。


「私も取りたいのよ、無残に死んだ娘の仇を」


「…………そうか」


 玲ちゃんには黙っていたが、私はほんの少し碧ちゃんと交流があった。

 色々な気持ちが混同して素直に接することはできなかったし、親とも名乗れていない。しかし、あの子の人生を陰から支え、赤の他人として接し、そうした行為に確かな喜びを感じていたのだ。

 滑稽だが、いつの日か親子三人で歩くという、ほのかな夢さえ持っていた。


 ……しかし、それを実現する機会はもう、永遠にこない。

 私らしくないとはいえ、テロリストたちに底抜けの憎しみを抱くのも、無理からぬことと言えよう。


 玲ちゃんは、私の肩に優しく手を置いた。

 いつにない親しげな仕草に驚き、私は思わず顔を上げる。


「一緒にクソどもをぶち殺そう、明美。で、いつかあの世に行ったら、碧に洗いざらい私たちのことを話そう。なんて言われるかわからんが」


「……そうね。すごく大事なことなのに、結局伝えられなかったものね」


 私は死後の世界などまったく信じていない。だが……信じる人間の気持ちが、今ようやくわかった気がする。


 肩の上の玲ちゃんの手に、そっと自分の手を重ねる。

 彼女と出会って五十年以上がたつが、このとき始めて、心と心で触れ合った気がした。

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