51歳・3
夜は明美と寝る。というか、ヤッてから寝る。
もはや日々の習慣であり、流れ作業的にやっているため、今となっては抵抗もない。
……だって、仕方ないだろう。
断ってもあいつはしつこく言い寄ってくるし、なにより気持ちがいいことに変わりはないのだ。
で、やられっぱなしなのも気に食わないから、私が攻めに回るときもある。
とはいえ、明美は性感帯を弄っても感じない体質なので、やり方はかなり特殊だ。
口に、腕を突っ込む。
顎の間接を外した明美の口内に、私の手をぐいぐいと入れるのだ。そして肘近くまで入った腕を、男のあれを女のあそこに出し入れさせるがごとく、ピストン運動させる。
ヤツ曰く、『玲ちゃんを擬似的に食べる感覚がたまらない』らしい。
どうも喉を私の体が通過するのが快感のようで、ゆえに激しく抜き差ししてやるのである。
これをやると、明美は面白いようにイく。体を痙攣させまくり、タオルを敷かなきゃベッドがびしょ濡れになるほどに、下半身を濡らす。
喉が腕で塞がってるから、当然その最中は呼吸ができない。だから、十数秒程度でやめてやらないと窒息してしまう。
……が、明美を殺したい私としては、そのたびに後ろ髪を引かれる思いを抱くのだ。
一度だけ、その誘惑に抗えずに、明美の口からなかなか腕を抜けなかったときがある。気づけば明美がぐったりと意識を失っており、当時の私はだいぶ焦った。
すぐにヤツは目を覚ましたが、『……一応言っておくけど、例の脅しはまだ有効だからね』と釘を刺されてしまった。
……性的快感とは別のところで、我を失うとは。
これでは、特殊性癖に突き動かされる明美のほうが、まだ人間らしい気がする。
こんな関係となった相手に殺意を向けるのをためらわない私は、明美よりもよっぽど化け物なのかもしれない。
「……本当に、なにやってんだか」
明美が隣で寝ているベッドの上で、私は呟いた。
プレイは一通り済み、互いにシャワーを浴びて、今は普通に服も着ている。
「なんのこと? 玲ちゃん」
明美の憎たらしくも整った顔が、目と鼻の先にある。
私は視線を天井に戻し、やや投げやりな口調でヤツの問いに答えた。
「……別に。ふと疑問を抱いただけだ。殺すべき相手と、こんな関係になっている事実に」
「ふふ、今更ね。私たちが毎晩肌を重ねるようになって、もう六年もたつのよ? 誰が見たって、恋人とか夫婦の仲よ、これ」
「……かもな」
私だって、自覚はしている。今や明美との生活を、すんなりと受け入れてしまっているのだから。
「玲ちゃん、気づいてた? 実は今日でちょうど六年目なのよ。ここで囚人生活を始めてから」
「そうだったのか。……ぜんぜん囚人って感じじゃないがな、色々快適すぎて」
「冤罪で収監されたんだから、別にいいじゃない。気にすることないわ」
「……冤罪を仕組んだ本人が言うんじゃねぇ」
明美はウッフッフと、まったく悪びれずに笑った。
以前はこの顔を見るたびに苛立ったものだが、もはやそんな感情は沸いてこない。碧に似ているせいか、慣れたせいか、あるいは……。
認めたくない部分を直視しそうになったので、私は大きく溜め息を吐いてその感情を誤魔化した。
「まったく……本当に、なんでこんなことになったんだ。昔の私は、シンプルに殺意だけを明美に向けてたってのに」
「そうね。私も学生時代は、玲ちゃんを食べ物としてしか見ていなかった。思い返せば、実に愚かだったわ。そんなんじゃ、玲ちゃんの味を半分も味わえないっていうのに」
「……結局、食い物として見てるだろ、それ」
「否定はしないわ。私はあなたの全部を味わいたいの。体も、心も、全部ね」
明美があまりにも真っ直ぐ見つめてきたので、私は思わず目を逸らした。
「私は……未だにお前が理解できない。今この瞬間の言動だって、嘘や演技を疑っている。だから信じきれないし、殺意だって拭えない」
「そのようね。ま、仕方のないことだわ。私があなたにしてきた悪事を鑑みれば」
「……けど、真意や背景はどうあれ、お前は私に尽くしてくれている。私も人間だから、そうして何年も献身的にされれば、多少は心もほだされるってもんだ」
「それでも、私を殺すのはやめないってわけね?」
「……ああ」
「出所したら、すぐにでも私を殺すための行動を始める?」
「ああ」
重苦しい空気が漂うが、明美はそれを一蹴するようにカラカラ笑った。
「玲ちゃんの、そういうところが好き。本当にぶれないんだから、あなたは」
明美は私の手を握り、指を絡めてくる。
「ね、玲ちゃん。いっそのこと刑期を延長しない? あなただって気に入ってるでしょ? 今の生活」
「『ホテル延長しない?』みたいな口調で言うんじゃねぇ。あと、確かにここの暮らしは楽しいが、やっぱりずっとはダメだ。いつまでたってもお前を殺せないし、家族にだって会えない」
「ああ、そういえば碧ちゃんは子供産んだんですって? やっぱり孫にも会いたい?」
「そりゃまあな。双子の男の子で、育児も大変みたいだから、手助けしてあげたい気持ちもある」
「じゃあさ玲ちゃん。いっそのこと、彼らに叔父か叔母を作ってあげるってのはどう?」
「……は?」
「だから、玲ちゃんがまた子供を産むの。生理は普通に続いてるし、体力も若い頃と遜色ないし、きっと問題なく妊娠できるわ」
「……五十一歳のババアになに言ってんだ、お前は」
「肉体年齢はまだ三十代でしょ? ぜんぜんいけるわよ。ね~、産んでよ私の子供~」
「お前の子供って……それが本音かよ。主旨ずれてるぞ」
私は心の底から呆れた。まったく、こいつの突飛な発想に付き合っていたら、人生が幾つあっても足りやしない。
一方で、明美は幸せそうににんまりと笑っている。
「こういうバカ話を玲ちゃんとするのも、私は好き。ずっとしてたい。玲ちゃんはどう?」
「……さあな」
明美は握っている私の手に、ぎゅっと力を込める。
私はヤツの手を、ほんの少し――ほんの少しだけ、握り返した。




