51歳・2
夕飯のあとは余暇の時間だ。
自室に戻った私は再びモニターの前に座り、コントローラーを持ってゲームを始めていた。
入所して四年後あたりに、世界で最大人気のMMO(大人数と同時に遊ぶゲーム)を初めた。で、ちょいちょい休止はするもの、現在はそれを毎日一、二時間ほどプレイするのが日課となっている。
デイリーのミッションを数分で済ませ、私は操作するキャラクターを(ゲーム内の)自宅の庭にあるハンモックに寝かせた。
そのままメニュー画面を開いてアイテム整理をしていると、小気味の良いサウンドが響く。同時に画面隅のチャット欄に表示される、『プレイヤー【Ru U】がログインしました』という文字列。
気づけば、庭の入り口にそれまでいなかったキャラクターがいた。
私は身を乗り出し、机の上のキーボードをカタカタと叩く。
『【Nena Sigusa】ルウちゃんおはー』
『【Ru U】おはです。今日は残業なしでこれました』
『【Nena Sigusa】おつかれ』
『【Ru U】ネナさんは今日、なんかありました?』
『【Nena Sigusa】近所のテニス大会で準優勝したよ。あんま嬉しくないけど』
『【Ru U】ああ、例のライバルさんに負けたんですね。どまですw』
『【Nena Sigusa】草は生やさなくてよろしい』
このルウという相手は、ゲーム内で知り合った友人だ。
今やっているMMOを始めて間もない頃に知り合った若い女性で、以来ずっと、チームを組んで一緒に遊び続けている。
『【Nena Sigusa】じゃ、昨日のダンジョンの続きいこっか。アイテム補充した?』
『【Ru U】しました。あと、それ終わったらルプセラ海岸にいきません?』
『【Nena Sigusa】なんで?』
『【Ru U】SNSで見たんですけど、なんか景色のいい隠しスポットがそこにあるらしいんです。知ってました?』
『【Nena Sigusa】知らん。じゃ、区切りついたらそっちいくか』
やれることが膨大にあるゲームなので、二年たっても遊び尽くせてはいない。なので、こんな感じで二人でゆっくりと攻略や観光を進めている。
実は、ルウちゃんとの出会いはかなり唐突だった。英語が標準語のサーバーでプレイしているにもかかわらず、初手日本語であちらから話しかけてきたのだ。
『なんか日本人っぽい雰囲気だったんで』と本人は語っていたが、当時の私はかなり警戒していた。中身は明美なんじゃないかと疑っていたからだ。しかし、ルウちゃんとゲームをしているときに普通に明美が部屋に来ることがあったので、その疑いはすぐに晴れる。
で、一緒にゲームを攻略したり、若いのに親に会社を継がされて苦労しているという彼女の話を聞いたりして、徐々に仲良くなっていった。
当然、私が囚人であるという事実は明かしていない。稼いだ金で悠々自適の生活をしている中年女、とルウちゃんには説明している。
ちなみに、禁止されている外部との交流ができているのは、明美に特別の配慮をしてもらったからだ。しかし、『ゲームでのチャットだけだからね』と念を押されているので、家族への連絡はできない。
ヤツの権力の及ぶ範囲がいまいち把握しきれていないが、刑務所や他の囚人の立場も考えれば、あまりわがままを言うべきではないだろう。
なのでルウちゃんとの会話だけで、今のところは我慢している。
とはいえ、それだけで私の心はかなり潤っている。なぜならこの子、めちゃくちゃ私と気が合うのだ。
ゲームの攻略が進み、私とルウちゃんはダンジョンの深部にてボスと戦っていた。
私が操作する半獣人の女が巨大な斧でボスをぶった切り、ルウちゃんの小人魔道士が炎の魔法を無数に浴びせかける。
敵の体力を五分の一ほどまで減らしたところで、その悪魔っぽい相手は急に戦闘態勢を解除してきた。で、『見逃してください』みたいな台詞を喋り出す。
『【Ru U】なんか命乞いしてきましたね。どうします?』
『【Nena Sigusa】ぶっ殺す』
『【Ru U】ですよね』
私とルウちゃんはほぼ同時に攻撃を仕掛け、容赦のない追い討ちを仕掛けた。
こんな感じで、なにをするにしても彼女とは歩調が合う。
真面目で理知的な性格のようだが、根っこの感覚はかなり私に似通っているようなのだ。
断言してもいい。五十一年間生きてきたが、変わり者の私とこれほど気が合う相手はいなかった。
楽しい、つまらないという感覚がピタリと合致するし、興味の向く方向もまったく同じだ。ダラダラとしたお喋りをする感覚が心地よく、気づけばチャットでの会話だけで三時間が過ぎていたこともある。
別の面白そうなゲームを二人でやったりもするし、漫画や映画を互いに勧め合うことも多い。『ゲーム内のチャット機能を介してしかコミュニケーションが取れない』という私側の縛りがなければ、もっと多方面での関わりを持っていただろう。
リアルで会ってみたいとルウちゃんに何度か提案され、その度に仕方なく断ってきたが、本当は私も彼女と顔を合わせてみたかった。
二年以上も私とそうした付き合いを続けていることから、ルウちゃんとしても少なからず私との時間に居心地の良さを感じていると思う。
歳の差はあれど、私たちは確かに親友同士なのだ。
――この歳で、こんな形で、かけがえのない友人が得られるとは。
本当に人生はわからない。




