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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
49/174

51歳・1

 勢いよく向かってきたボールに、渾身のラケットの一振りを叩き込む。


 弾き返されたそれは相手コートの角に一直線に飛んでいくが、明美の反応は速い。私が打ち返す前には動き出していて、ヤツはこちらと同じくらいの強さでラケットを振るった。

 そうしてしばし、互角のラリーが続く。


 私が収監されている刑務所では、不定期でなにかしらのイベントが開催される。今日はテニスの大会であり、決勝まで勝ち抜いた私は明美と激闘を交わしていた。


 こちらは上はジャージ、下はハーフパンツという格好だが、明美は本格的なテニスウェアを着ている。

 五十一歳にもなってミニスカートはどうかと思うが、むき出しになっている太もものしなやかさは若者となんら遜色ない。ヤツも最近はさすがに歳が顔に出てきたが、まだまだスタイルも筋力も健在なのだ。

 ――とはいえ、それはこちらも同じこと。


 バテてきたのか、単なる返し損ねか、明美が緩いロブショットを返してきた。ボールが頭上で弓なりの軌道を描き、ふんわりとこちらへ落ちてくる。

 私はここぞとばかりに前に出て、全力のスマッシュを繰り出した。これまでにない快音が響き、打った瞬間入ったことを確信する。

 が、しかし。


 気を抜いた直後、ボールは私のコートをポテポテと転がっていた。

 いつのまにか明美が前に出ていて、こちらのスマッシュに反応してボールをラケットを軽く当てたのである。


 私が悔しさに歯を噛み締めると同時に、コートの外の観客たちが沸きに沸いた。

 見ごたえのあるラリーが続いた後に、超反応とも言えるプレーが炸裂したのだ。むかつくが、まあ盛り上がるのも無理はない。



 結局、最終的には少々のスコア差がついて負けた。

 明美はなにをやらせても天才だから、勝負事ではこんなふうに敗北するのが恒例となっている。実に腹正しい。たまに私が大勝ちするときもあるが、本当にたまにだ。

 サウナの我慢対決とか、水の中の呼吸止め勝負のような、精神力でどうにかなるのは大抵勝てるが、それで実力が拮抗しているとは言いがたいだろう。


「いい勝負だったわ、玲ちゃん」


 汗だくの明美が、爽やかな笑顔とともに握手を求めてくる。私は溜め息とともに、その手を軽くパシンと払った。

 剣呑な私の反応に息を呑む者もいたが、何年もここにいる囚人はカラカラと笑っている。私が明美に塩対応なのはいつものことであり、ゆえに周りが騒ぐような出来事ではないのだ。


 私がコートから出ると、観客たちの中から若い黒人の女が歩み寄ってくる。


「ヘイ、ボス! 負けたのはご愁傷様だけど、私ともう一戦どうだい? さっきのリベンジさせてよ!」


「いいけど、明日にしてくれ。この後ちょっと、外せない予定があるんだ」


「オッケー、明日ね」


 入所して半年ほどのその女は、快活そうに親指を立てた。



 そう、私はこの刑務所でボスと呼ばれている。


 私と明美がここに来て、六年ほどがたつ。その間、表でも裏でも、刑務所を仕切ってきたのは明美だ。

 で、その明美にでかい態度を取り、かつ明美本人も持ち上げているため、いつのまにか私がボスという立場になってしまったのである。


 さらに、ここの刑務官は役所の事務員のような立場と振る舞いを保っているため、彼女らさえ私の前では謙虚になる。偉ぶっているつもりなどまったくないが、明美と並んで最も施設内で一目置かれる存在なのだ。

 率先して新入りの面倒を見たり、トラブルを解決したりしたのも、敬意を向けられる要因のひとつだろう。


 若い頃の私は、(主に明美のせいで)積極的に他人と関わろうとしなかった。しかし歳を食って、子育てを経験して、誰かの面倒を見るのも悪くないと考えるようになってきている。だからこそ、力ある立場の今、『困ってる人間には積極的に手を貸すべき』という思考が自分の中で根付いてしまったのだ。

 まあ、親切心とか社交性が育ったというよりは、単に上から目線で他人と接するのが気分いいのだと思う。その証拠に、自分が誰かに頭ごなしに命令されるのは、未だにまったくもって気に食わないし(姉貴や教官みたいに、私が認めた相手ならべつだが)。

 『カースト上位ってこういう気分なのか』と、学生時代を思い出してくだらないことを考えるときもある。


 ――今が、人生の中で一番自由かもしれない。


 施設の中じゃ私に偉そうにできる人間はいないし、子育てに時間を費やす必要もないし、その気になれば大抵のものは手に入る。

 なにより、明美殺しに関してできることが自己鍛錬くらいしかないため、特に計画を練ったりする必要もない。


 外出できないという点を差し置いても、今の私は自由に人生を謳歌し、満喫していると言えよう。――刑務所に入れられているというのに。



 とはいえ、遊んでばかりもいられない。

 出所した後は再び明美殺しに邁進するつもりだから、体を鍛えるのはもちろん、継続的に勉強して各方面の知識をアップデートしていく必要もある。


 シャワーで汗を流してから自室に戻ってきた私は、そんなわけでモニターの前にヘッドフォンをつけて座っていた。この時間にリアルタイムで配信される軍事教練の講座を視聴するためである。


『――そうしたことから、AI兵器が猛威を振るっていた時代を覚えているかたも多いでしょう。しかし、それらはあまりに強力すぎました。AI兵器の極地である自立型致死兵器システム――通称『LAWS』などは、現在では核兵器や毒ガスと同じく、国際条約で使用が禁止されています。たった一機で戦場を制圧し、数千、数万の人間の命を一瞬で奪える兵器など、正気の沙汰ではありませんからね』


 モニター画面の中で、軍服を着たごつい男が滑らかな口調で説明している。

 アメリカ軍に所属している現役の将校であり、つまりは戦闘の最前線を知る人間だ。


『以上の事情があるため、AI兵器に戦いのすべてを任せるわけにはいきません。人を殺すのは人であるべきという倫理観が、アメリカはもちろん、先進国全体で共有されているのです。ゆえにまともな軍隊ならば、危険を承知で人間の兵士を戦力に組み込む必要があります。このような事情によって、近年新たな兵器が台頭してきました。それが今日の主題である、パワードスーツです』


 講義をする軍人の隣に、機械のパーツを各部に装着した男が現れる。

 彼は手を広げてその場で足踏みして回り、頭部と正面のみを覆う装甲や、背中の大きなバックパックなどをこちらに見せてきた。


『導入当初とは違い、現在の軍用パワードスーツは着用者の身体保護に主眼が置かれています。そのため我が軍ではすでに、パワードスーツ未着用の兵士が前線に立つことは許されていません。――というわけで、今回の講座ではパワードスーツの使用について解説をしていきます。軍を退役した皆さんとしては、馴染みのない知識ばかりとなるでしょう。しかし予備兵としての役割を果たすためにも、この講座で着用や操作などの基礎を大まかにでも把握して頂きたい』


 私はアメリカ軍に所属した経験はない。だがメキシコにいた時代に、教官を通じて少々の伝手を作っていた。

 そうした相手の力を借りることで、アメリカ軍の予備兵向けに配信している高レベルの講義を見る資格を得ていたのである。


『パワードスーツを開発している会社は数多いですが、現在アメリカ軍が契約している企業は二つ。ストトラス社と、アケミレイ・インダストリアルです。後者は新興ゆえに聞き覚えのないかたもいるでしょうが、製品の品質の高さ、そして製造力では他の追随を許しません。ゆえに今回の講義でも、このアケミレイ・インダストリアルのパワードスーツを主に扱います』


 ……名前でわかるように、このアケミレイ・インダストリアルは明美が作った会社である。

 核兵器の事件以降、ヤツは表舞台に出て合法的なビジネスを手がけるようになり、現在ではこうして国と深い関わりを持つ企業も多い。

 そして本人曰く、そのような商業展開は『玲ちゃんに資産や組織を削がれないようにするため』、だそうだ。


 勝手に人の名前を使っていたりとムカつくところもあるが、効果は大きいと言わざるを得ない。なにせ明美を無力化するためには、アメリカ軍に主力兵器を納入しているような大会社を潰すなり、明美から切り離すなりしなければならないからだ。

 そして無論、明美は他にも幾つもの分野に根を伸ばしている。

 それらを根絶するのに、いったいどれだけの労力と時間がかかるか……想像もつかない。


 不意に出てきた明美の会社に苛立ちを覚えたものの、私はすぐに気分を切り替え、動画に再び意識を向けた。



 朝から夕方までが、勉強や筋トレといった自己研鑽の時間だ。そのあとは決まって、夜七時あたりに晩飯を取る。


 合図のメールが来たので、隣の明美の部屋へと向かう。

 ドアを開けると、すぐに香ばしい油の匂いが漂ってきた。奥のテーブルにはレストラン顔負けの料理がずらりと並んでおり、明美も席についている。

 ヤツは手を料理に向け、自慢げに言った。


「今日は中華よ。先週に引き続き、チャーハンを作ってみたわ」


「中華鍋で作ったやつか。あれはパラパラでうまかった」


「でね、今日は具材にいいエビを使ってるの。ニューカレドニアから仕入れた逸品で、味もサイズも普通のエビとは段違い。たっぷり入れたから、後で感想聞かせて」


「わかった。期待しよう」


 仏頂面ではあったが、私は目の前の絶品料理を早く食いたくてたまらなかった。もう、匂いや見た目からして絶対美味い。腹を空かせて待っていた甲斐があったというものだ。

 煌びやかなチャーハンやエビチリを凝視しつつ席につき、私は手を合わせた。


「いだたきます」


「めしあがれ」


 いつものやり取りを経て、私は明美の作った料理を食べ始めた。



 刑務所内には食堂があり、大半の囚人はそちらを利用して腹を満たしている。

 私も昼食はそこで済ませているが、朝と夜は明美が作ったものをヤツの部屋で食べるのが習慣となっていた。ヤツの料理は味や栄養バランスが完璧であり、あらゆる点で文句がないからだ。


 明美も私に食事を作ることにはまったらしく、隣にあるヤツの部屋は半分ほどがキッチンスペースと化している。さらには、調理をサポートさせるための料理人を刑務所職員としてわざわざ雇っており、そのこだわりは半端ではない。料理の質が一流レストランにまったく引けを取らないのは、当然だと言えよう。



 ……そう、だから決して不自然なことではないのだ。

 殺すべき相手と仲睦まじく食事をし、会話をするというのも。

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