45歳・4
「それじゃあ、電気消すわよ」
「ああ」
こちらが返事するとともに、明美は部屋の電気をリモコンで消す。
すでに、夜の十一時だ。
施設のあちこちを回り、差し当たりの生活用品などを揃え、規約とかを確認していたら、いつの間にかこんな時間になっていた。
明美が仕組んだ冤罪を受け入れてからは、待ち受ける懲役刑に胃がきりきりする毎日だった。なのに、いざその日が来たら、こんなホテル暮らしのような生活が待っていようとは。
……いや、服役先は事前に通達されてたから、そこを調べなかった私も悪いのだが。
横になっているベッドも、実に寝心地がいい。ガキの頃からつい最近まで使ってた実家のベッドより、断然上等なものだ。
家族と引き離された不安や悲しみはあるが、一生会えないわけじゃない。碧は旦那がいるから大丈夫だろうし、そもそも成人した自分の子と別々の暮らしをするのは、いたって普通のことだ。
ともあれ、ここでは結構いい生活ができそうなのだから、そろそろ悲観するのもやめにしとこう。
明日は碧に電話するとして……あとは、もう少し施設を入念に回ってみるかな。案内人がいたせいか、満遍なく気が済むまで見て回れたとは言いがたいのだ。広くて複雑な構造の建物だから、冒険心がくすぐられるというのもある。
直面している課題をざっとまとめたからか、頭の中が滑らかになってきた。眠るコースに入ったから、あと三十秒もせずに意識は途切れるだろう――。
などと思っていたら、突然ベッドがぎしりと傾き、一気に目が覚めた。
「しましょ、玲ちゃん」
顔の間近から、明美の艶っぽい声が響く。
窓のカーテン越しに月の薄明かりが入ってきており、私に乗りかかってきた裸体を照らした。
「お、お前……本気か!?」
「当たり前じゃない。あの十三日間から二十年、どれだけこの瞬間を待ち望んだか」
「いや、その……私はもう、四十五歳なんだが」
「それが、どうかした?」
暗がりの中で、明美が首を傾げる。
「なんというか……お前は私に食欲を覚えるらしいが、味に劣化とかあるんじゃないか? 年食ったんだし……」
「ああ、そういうこと」
明美は鼻で笑うと、さらに顔を近づけてきた。
「大丈夫、劣化なんてこれっぽっちもないわ。むしろ、味がより豊かになってる。だからあなたといる間、何回も唾を飲み込なきゃいけなかった」
「…………マジかよ」
そうだった。私は昔、こいつとヤッたんだった。今、こうして夜這いをかけられるまで、すっぱり忘れていた。
そして明美のほうも、私の不覚悟に気づいたらしい。
「なんだ、玲ちゃんは全然意識してなかったのね。どうりで夜が近づいても、私と違ってそわそわしてなかったわけだわ」
言われてみると、明美は就寝のタイミングを妙に気にしていた。まさか、エロいことをするつもりだったとは。
明美は私の耳元に唇をつけ、囁くように言った。
「ね、いいじゃない玲ちゃん。マッサージだと思って、私を受け入れて。あの十三日間みたいに、天国に連れてってあげるから」
私の脳裏に、体中を弄られて快楽の海にどっぷり浸かっていた日々が、鮮明によぎる。
……碧を産んでからは、一度も思い出すことはなかった。しかし、こうして当時の記憶が戻り、その再現が目の前に迫ると、私の奥底に確かな熱がこもりつつあった。
この込み上げてくる何かに、身を任せるか、否か。
十数秒ほど、私は黙り込んだ。明美も、私に密着しかけたまま言葉を発さない。
「………………マッサージか」
「そう、マッサージ。指圧とかしてあげる」
この先の展開に確信を持ったのか、高らかに声を弾ませる明美。
私はのしかかっている明美を突き飛ばした。「どけ」と言って、ベッドから降りさせる。
暗くて表情はよく見えないが、激しく意気消沈しているのが空気で伝わってきた。今にも泣きそうな気配さえする。
……早とちりするんじゃない。
かかっていた毛布を跳ね除け、服を雑に脱ぎ捨て、私はベッドの上で大の字となった。
「好きにしろ」
息を呑む音が聞こえた。
すぐさま明美は再び私の体にまたがって、馬乗りとなる。肌と肌が密着し、ヤツの暖かい体温が伝わってきた。
「――いただきます」
神妙さの篭った声でそう言うと、明美はためらうことなく濃密なキスをしてきた。
…………マッサージするんじゃなかったのかよ。




