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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
45/174

45歳・1

 ――とうとうこの日が来たか、って感じだ。


 教会っぽい立派な式場で、新郎新婦の新たな門出を大勢が祝っている。

 今は挙式が一通り終わり、退場の流れとなった段だ。二人は仲睦ましく腕を組み、教会の中央通路をゆっくり歩き出す。


 純白のウェディングドレスに身を包んだ我が娘と、目が合った。

 碧は幸せ一杯といった感じの笑みを浮かべ、ぶんぶんとこちらに手を振る。隣を歩くイケメンも私に視線を向け、爽やかな笑顔で軽く会釈をしてきた。

 私は小さく手を上げ、二人に答える。


 彼女らが視線を他に向けたところで、私は小さく苦笑した。結局、『二十歳の誕生日に結婚式挙げるから!』という碧の無茶な計画を、強引に通されてしまったからだ。

 一応、碧も旦那も、まだ大学生だ。で、二人でバイトとかで稼いだ金だけで、この結婚式を開いてみせたのである。


 お金の使い方については、もう何も言うまい。

 二人の友人・知人は多く、この結婚式は大盛り上がりだし、交友面でも得るものは小さくないだろう。新郎はいいとこのお坊ちゃんで、本人も器量良しだから、将来にもさほど不安はないし。


 ちなみに、旦那さんは碧の幼馴染だ。幼稚園と小学校が一緒で、中学、高校と別だったものの、大学で再会し、意気投合したらしい。

 私も割と知っていた子だったから、付き合ってることを教えられたときも、結婚することを告げられたときも、意外にすんなり受け入れられた。『碧が欲しけりゃ、私に殴り合いで勝て』という無理難題にも、必死になって挑戦してくれたし(私が五十勝くらいして、最後は格闘ゲームで負けて許してやったが)。

 なので、ついさっき義理の息子となった青年に不満はない。きっとこの先、夫として碧を支え続けてくれるだろう。


 ――つまり碧にはもう、親は必要ないのだ。半ば自立し、伴侶を得て、一人前の大人になったのだから。


 肩の荷が下りたことをようやく実感し、大きく溜め息を吐いた。

 それを聞きつけ、隣の姉貴が軽く笑う。


「はっ、溜め息なんて吐いちゃって。安心したのか? それとも寂しがってる?」


「……別に。時がたつのは早いな、って思っただけさ」


 昔は切れ味のあるスレンダー美人だった姉貴も、いまやぽっちゃり気味のおばさんだ。私は鍛えてるから、体型は二十代の頃を完璧に維持できているが。


「そうだな。あんたが碧を産んで、もう二十年だ。あのドタバタ騒ぎからそんなたってるってのは、驚きだね」


 そう言うと、姉貴は私の肩に手を置いた。


「最初は向いてないだろって思ったけど、あんたは母親をやりきったよ。良くやった」


「……そりゃ、どうも」


 姉貴に褒められるなんて、ずいぶん久しぶりだ。くすぐったくて仕方がない。


 まあ、確かにこの二十年、私は碧を育てる仕事に専念してきた。教育ママってやつじゃないが、あの子のやりたいことを一緒に考えて、二人で色々なことに挑戦したりした。

 もちろん、一人じゃ不可能だっただろう。隣でずびずび泣いている母さん父さん、にっこり笑ってる婆ちゃんとかの協力がなきゃ、家事すらままならなかったはず。


 そういう意味では、私こそ家族の皆を褒め称え、礼を言わなければならないのだ。

 ……が、いまいち素直になれず、なんだかんだで棚上げし続けている。年を食えば性格が柔軟になると昔は思っていたが、まったくもってそんなことはなかった。

 二十年のあいだ一般社会で暮らそうと、母親を務めようと、私の根っこは全然変わらなかったのだ。


 ――そう、ヤツへの想いさえも。


「おい、ぼーっとしてんな。外に出るぞ」


 姉貴に声をかけられ、私はハッとした。

 教会にぎゅうぎゅう詰めに入っていた参列者たちが、並んで扉へと向かっている。新郎新婦が退場し、挙式が終わったのだ。

 とりあえず流れに乗り、私も外へと向かう。


 この後は、場所を移して披露宴が行われる。そうした催しは苦手なんだが、さすがに新婦の母親として出ないわけにはいかないだろう。

 そんなふうに式の流れをイメージしていると、姉貴がにやにやしながら話しかけてきた。


「おい、教会出たらブーケトスやるんだろ? あんたも参加したら? 未婚の女じゃんか」


「……勘弁してくれ。娘の投げたブーケを、母親が受け取ってどうすんだよ。会場ヒエヒエだっつーの」



 およそ十分後。

 その花束は顔面に直撃するコースで飛んできたので、嫌でもキャッチするしかなかった。


「あーっ! おかーさんが取ったぁ!」


 碧の叫び声が響き、こちらに注目が一斉に集まる。


「え、あの人お母さんなの?」

「わっかーい!」

「お前知らないの? 碧の母親といったら超有名だぞ」

「そうそう、なんでも中学校にテロリストが銃持って入ってきたとき、三者面談に来てたあの人が全滅させたとか」

「はは、すっげーデタラメ」

「でも若くて美人で羨ましいなぁ。まだ三十代?」

「四十代半ばだって。スタイルいいよねー」


 若者が多いからか、彼らは本人の近くで無頓着に噂話をしている。ちなみに中学の話はデタラメではなく真実なのだが、当然いちいち訂正などしない。


 姉貴などから笑われつつ、私は右手に持つブーケを呆れた思いで見つめた。

 ……まったく、碧め。なんで真後ろに投げなきゃいけないものを、真横に飛ばすのだ。おかげで、ブーケトスに参加せず脇から眺めていた私が、それを受け取るはめになってしまった。


 場の盛り上がりを見守っていたのか、やや置いて結婚式の進行スタッフがこちらにきた。そしてマイクでアナウンスをしながら、私にインタビューをしてくる。


「なんとブーケを受け取ったのは、碧さんのお母様です! 確かご結婚はされてないとのことですが、予定はおありでしょうか?」


「娘が結婚してくれたので、それでもう私は満足です。っていうか、別に結婚なんてしなくたって幸せにはなれるからね? ま、私がいい例ってことで」


「な、なるほどぉ~!」


 上手い返しをしたつもりだったが、結婚式で結婚を否定すべきじゃなかったかな。スタッフさんは若干困惑してたし。

 と思ったが、意外に会場の人たちは盛大な拍手を返してくれた。……やれやれ、冷えなくて良かった。


「そう、相手はいないのね。じゃあ私が立候補しようかしら」


 突如耳元で響いた声に、私は別の意味で凍りついた。十五年ぶりだろうと、この声は忘れない。


 振り向くと、やはりそこにいたのは明美だった。

 サングラスで目が隠れているが、おおよそ外見は以前と変わっていない。


「ねぇ、いいじゃない玲ちゃん。日本でも同性結婚ができるようになったんだし」


 唖然としている私に、おどけるような口調で明美は続けた。

 しかし、今は周囲に私の家族がいる。皆はそろって明美に視線を向けていた。


「ええと……玲の知り合い? 初めてお会いするけど」


 姉貴が尋ねると、明美は丁寧に頭を下げてきた。


「失礼、挨拶が遅れました。私は玲さんの友人で、馬場と申します。皆さんとは何度かお会いしたことがあるのですが、こうして言葉を交わすのは初めてですね」


「え、会ったことあるの?」


「はい。実は、玲さんとは中学、高校、大学が一緒で、海外でも一緒に仕事をしていた仲ですので」


 姉貴の質問にハキハキと答える明美。


「へぇー、そうなんだ」


「そんなお友達がいたのね。玲ったら、そういうこと話さないから」


 などと、姉貴や母さんはのんきな反応を返している。

 ……さすがに言えない。この女が私の動きを封じるために、母さんたち家族を殺すと脅していたなんて。


 私は様々な感情が膨れ上がるのを抑えつつ、平常心を保った。

 こういう形で明美が接触してくるときは、大抵そのあとにロクでもないことが待っている。家族に危険が及ばないよう、どんな状況にも柔軟に対応しなければならない。


 私は努めて無表情のまま、明美に言い放った。


「何の用で来たか知らんが、明日にしてくれないか? 今日は娘の結婚式で忙しいんだ」


「悪いけど、そういうわけにもいかないの。だって、『碧が成人するまで』っていう十五年前のあなたの言葉を、私はずーっと律儀に守り続けてきたのよ? 彼女が産まれたのは午前8時23分だから、約束のリミットはもう過ぎてるはず。もう、我慢する理由なんてないわ」


 剣呑な雰囲気に不穏なものを感じたようで、姉貴が割って入ってくる。


「……おい、馬場さん。あんたと玲がどういう関係か知らんが、変に騒ぐようなら警備員を呼ぶぞ」


 だが、明美は真っ直ぐ私を見つめ、他には目もくれない。


「今すぐ一緒に来て、玲ちゃん。それはあなたのためであり、娘さんやご家族のためでもあるの。結婚式を台無しにされたくないでしょ?」


「…………わかったよ」


 どうやら今回はいつも以上に、こちらの事情はお構いなしらしい。

 「では、玲さんをお借りします」と私の家族に恭しく会釈し、明美は先立って人混みを抜けていく。


 皆に心配しないよう言い残し、私はヤツの背中を追って式場を後にした。

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