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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
41/174

25歳・3

 ぼーっとした頭のまま病院の玄関を抜けると、空にはやたらどんよりした雲が広がっていた。

 こんな天気悪かったっけ? 来る前はどんなのだったかな……よく覚えてない。


 考えてみれば、最初はガンを疑って病院に来たんだった。

 蓋を開けたらまさかの妊娠だったけど、死に直結するガンよりはよっぽどマシなはず。マシなはずなんだが……。


 駐車場までは、少し遠い。私は憂鬱な気持ちのまま、だらだらとその道を歩いていく。



 医者からは色々な話を聞いたが、中絶についての説明はかなり衝撃的だった。

 中絶には二段階あって、妊娠初期なら軽めの手術で済み、中期なら出産と同等の手術が必要になるという。中期の方だと死産届みたいのを役所に提出して、取り出した子供の埋葬もするらしい。


 具体的な方法については、もっとえぐい。

 産道に機械を突っ込んで子宮の中身を吸いだすとか、人工的に流産を促して赤ん坊のなりかけを無理矢理引っ張り出すとか、聞いてるだけで吐き気を催す内容だった。

 中期中絶の手術は、妊娠十二週から二十一週くらいまでが対象となる。超音波検査の結果、私は現在十週目らしいから、初期中絶をするなら今から二週間以内に決断しなければならない。


 ……だが、そこまで話を聞いても、悪い夢を見ているような非現実感は消えなかった。

 自分の中に子供がいるという事実をきちんと受け止めきれず、ゆえに中絶についての判断もできていない。

 これはたぶん、私がなぜ、どうして妊娠したのかが、あやふやなせいだろう。

 つまり、明美が悪い。ヤツにことの真偽をたださなければ、判断もクソもないのだ。


(とにかく、明美に電話をしなければ。……あ、でも番号が分かんないな。前のは使えなくなってたし……どうしよう)


 駐車場に足を踏み入れつつ、私は考えた。明美の実家に伝言でも残すしかないだろうか? でも、それだと返答がくるまで時間が――。


 自分の車の目の前にきたとき、ちょっとした異変に気づいて私は思考を打ち切った。車のワイパーに、名刺のような紙が挟まっていたのである。

 引っ張り出して見てみると、紙には番号列が書かれていた。ハイフンの区切りからして、どう考えても電話番号だ。


 ――思い出した。

 十三日の終わり際、明美は言っていた。『たぶん、玲ちゃんの方から連絡してくると思うわ。で、そうなったら私の番号を伝えるから』、みたいなことを。

 やっぱり、明美はこの展開を予想していたのだ。ゆえに手下に私を監視させ、妊娠が発覚したと同時に番号を知らせてきたのだろう。


 私は舌打ちをした。あいつの手の平の上で転がされているようで、心底むかつく。

 監視されているのは知ってたし、家の中に及ばなければ黙認していたが……まさか妊娠の有無を調べる意図もあったとは。


 ともあれ、私は車の中に入った。助手席に病院でもらったパンフレットとかを放り投げ、すぐさまスマホを操作して番号を打ち込む。

 一回目のコール音が終わる前に、相手は電話に出た。


『はい、もしもし。どこのどなた?』


 私がかけてくるって分かってただろうに、なんだその白々しい口調は。

 吹き上げてきた苛立ちをどうにか押さえつけ、私はすぐさま問いただす。


「お前……どういうつもりだ。私になにした? なんで子供ができてんだよ」


『ああ、ちゃんと妊娠したのね。おめでとう、玲ちゃん。子供は一人? 双子とかじゃない?』


「何をしたかって聞いてんだよ。こっちの質問に答えろ」


 きつい口調で問い詰めると、明美はあっさり白状してきた。


『予想してるとおりよ。あなたが寝ている間に、人工授精をしたの。膣内から子宮に管を使って精子を注入するっていう、いたってポピュラーなやり方だけど』


 ――やっぱりそうか。

 私は大きく溜め息を吐く。苛立ちを発散させるためだが……そこには少々の安堵も混じっていた。経緯をはっきり明美の口から聞けて、意味不明さがだいぶ薄れたため、ほんの少しだが安心感を覚えたのだ。


 だが、疑問点はまだまだある。落ち着いてきたのを実感しつつ、私は質問を続ける。


「……お前の仕業だってのはよく分かった。けど……人口受精ってのは確実に妊娠するものなのか? お前はどうも、その腹積もりだったようだが」


『そのへんの医者には無理でしょうね。でも、最先端の遺伝子工学と私の知識を駆使すれば、造作もないわ。そもそも妊娠対象の体を熟知しているうえに、好き勝手に弄れたわけだし』


 ……いまさらだが、なんでもありだなコイツ。


 ともかく、頭の中の霧は少しずつ晴れてきた。やはり明美は、明らかな意図を持って私が孕むよう仕向けたのだ。


「……方法はわかった。で、なんのためだ? お前はなにを考えて、こんなとんでもないことをしでかした?」


『あら、わからないの?』


「わかるか。さっさと答えろ」


『当然、玲ちゃんが私を殺しにこれないようにするためよ。他にある?』


 ――言われるまで、気づかなかった。

 確かにそうだ。私が妊娠して、子を産み、育てることになれば、明美を殺しにはいけない。そのために私を孕ませたのだとすれば、まあ意図は理解できる。

 私に殺されるのを恐れるという明美の本心が、いまいち納得ができてないから、想像すらしなかったが……。


『まあ、確かに玲ちゃんからしてみれば、ふざけんなって話でしょうね』


 やや真面目な口調となり、明美は続ける。


『でもね、こっちはあなたに命を狙われてるのよ? 死にたくないから、なりふり構っていられないの。だから客観的に考えても、私のした行為はそこまで卑劣な行為ではないはず。別に許してほしいわけじゃないけど、そっちが一方的に憤るのは理不尽だと思うわ』


 …………納得できるような、できないような。


 いや、当然感情的には受け入れられないのだが、背景が明らかになってきたおかげで、沈んでた気分が多少マシになってきている。

 明美に言われたからではないが、一方的に怒りをぶつける気も失せてきた。


 ともあれ人工妊娠の是非は一旦脇に置き、私は質問を続ける。


「お前の動機は、一応理解した。だが……私の行動を制限したいからって、こんな方法使うか? もっとやり方はあるだろ」


『もちろん、玲ちゃんを止めるための策は幾つも用意してるわ。で、今回取ったのは、その中で最も穏当な手段。だから、あなたが中絶するとかで作戦が失敗したなら、次の手段を使う。それがダメなら、また別の対応を取る。後になればなるほど、方法は過激になっていくわ。その行き着く先がどうなるかは……言わなくてもわかるでしょ?』


「…………逆に私を殺す、か」


『そのとおり。でも、知ってのとおり玲ちゃんの死は私にとっても大きな損失だから、それは本当に最終手段。とはいえ、自分が殺されるよりかはマシだから、いざとなったら実行をためらいはしないけれど』


「……つまり、私が子供を堕ろしたとしても、その先にはそれ以上の妨害行為が待ってるってことか」


『理解してもらえたようね。――ま、説明はこんなとこかしら。これで一応、経緯や動機はだいたい話したわ。他に質問ある?』


「……ちょっと、考えさせてくれ」


 私は体の力を抜き、座席に背中を預けた。

 明美に思うところはたくさんある。先への不安だって山積みだ。けれど、妊娠の謎がほぼ完璧に解消されたのは大きい。

 私はようやく地に足が着いたような気分だった。


 一息つき、なんとはなしに自分の腹を撫でる。あとは、この子をどうするかだ。

 ようやく真正面からそのことを考えられるようになったが、当然、答えなどすぐ出ない。


『――玲ちゃん、もしかして産むか堕ろすかで悩んでる?』


 耳から離しかけてたスマホから、声が響く。そうだよ、と私は苛立ちと共に答えた。


『一応言っておくけど、育てるなら養育費の心配はしないで。毎月百万円ほど送るから。あと、学費とかでまとまったお金が必要になったら、都度請求してくれれば必要な額を用意するわ』


「……そりゃ、手厚いことで」


 まあ、臓器ビジネスで大金を稼いでるみたいだから、ヤツにとってははした金なんだろう。金欠の私としては羨ましい限りだが……。


『もちろん、送ったお金は養育費以外にも好きに使っていいわよ。実家で家族の手を借りて育てるだろうから、家に全額を入れて、金銭的な管理はお母様に任せたっていい』


「家族って、お前……」


 なぁに? と尋ねてくる明美に、私は途方に暮れながら言った。


「皆になんて言えばいいんだよ。私が妊娠した事実を」


『別に隠す必要はないんだから、はっきり伝えれば? 元同級生の女とあれこれあって、孕まされたって』


「その『あれこれ』が難しいんだっつーの」


 私は心の底から溜め息を吐いた。どの道を選ぼうと、未来にはきついことしか待っていないんじゃなかろうか。


『だいじょぶ、だいじょぶ。玲ちゃんならできるわ。なんたって、核兵器の爆発を止めた女なんだから』


 そういや、そんなこともあったな。でも子供を産むか否かの選択の前では、あまりにもどうでもよすぎる。

 ふと明美の能天気さがうっとうしくなり、私の口から文句が出た。


「……お前には想像もできないだろうな。父親が誰かもわからん子供が腹にいる、私の気持ちなんて」


『ああ、言うの忘れてたわね。父親は私よ。女だから父親ってのも変だけど』


 息が止まりそうになった。


 五秒ほどフリーズし、なんとか喉奥から声を絞り出す。


「な…………なんて言った?」


『だから、私と玲ちゃんの遺伝子を掛け合わせて作った子供なの。あなたの中にいるのは。たぶん、「女と女で子供ができるのか」って思ってるんだろうけど、今の科学技術なら十分可能だし、実際北欧でそういう形での出産報告はすでにあるわ。きっとあと数十年もすれば、普通の選択肢として世間に認知されるんじゃない?』


 技術的な話なんて正直どうでもよかった。問題は、明美の子を私が孕んでいるという、とんでもない事実である。


「ちょ……ちょ……ちょっと待て。つ、つまりあれか? わ、私の腹には、お前の子供がいると?」


『さっきからそう言ってるじゃない。嘘だと思うなら、一緒に病院に行って遺伝子検査を受けてもいいわよ。もちろん、私があなたに殺されないよう、安全が確保できる場合に限るけれど』


「い、いや、待て。おかしくないか? 私に子供を産ませるのは理解できる。でも、お前の子供である必要がどこにある? むしろ、こっちの産む気を萎えさせるだけだろ」


 思わずそう指摘すると、一拍置いて明美はさらりと答えた。


『言われてみれば、そうね。私の得にはならないわ』


「じゃ、なんで」


『ん~、なんでって言われてもなぁ。最初から他の選択肢がなかったとしか、答えようがない。ま、でも面白そうだからいいじゃない。私に似るか、玲ちゃんに似るか……とっても楽しみだわ』


 …………マジか、こいつ……。


 もはや、言葉も出なかった。

 似たような感想は何度も明美に抱いてきたが、今回はさすがに別格だ。まさか、面白そうとかいう理由で自分の子供を私に孕ませるとは。あまりに理解を超えていて、同じ人間とすら思えない。


 ……だが、なぜだろう。以前と違って、ヤツを化け物と断定できない。

 迷わず父親側の遺伝子を自分とした明美の行動に、人間めいた感情を感じるからだろうか? 殺意はまったく揺らいではいないのだが……。


 というわけで、私の頭の中ではあらゆる感情がごちゃ混ぜになっていて、もはや話をするどころではなかった。

 それを察したらしく、明美は通話を区切ろうとする。


『どうやら、玲ちゃんには考える時間が必要みたいね。じゃ、一旦切るわ。この番号は当分保全しておくから、好きなときにかけて。幾らでも相談に乗るから』


 私は生返事を返し、そしてスマホの電話を切った。



 ――明美を殺すと決めてから、もう十年ほどがたつ。

 なのに、ヤツの子を孕むことになるとは。人生わかんねぇな。


 なんとなく、フロントガラスの向こうを見つめる。灰色の曇天からは、太陽の光が不気味に差し込んでいた。

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