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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
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24歳・C(裏)

「――で、結論は出たのかしら」


 昼食を終え、勝敗が並んでいたスゴロクのゲームの決着をつけた後(玲ちゃんが勝った)、私は尋ねた。

 十三日――24×13時間は、そろそろ終わる。私を殺すことをやめるのか否か、玲ちゃんの答えはまだ聞けていなかった。


 ソファにだらりと寝転んでいる玲ちゃんは、天井を見つめながら言った。


「実は、まだ出てない。だから、もう少し時間をくれ。客観的に考えるためにも、お前がいない場所でじっくり考えたい」


「……そう」


 正直、いい返答ではない。私から離れ、連日の夜の熱狂が冷めてしまったら、きっと天秤は私を殺す方に傾いてしまうからだ。


 ベッドの上では、玲ちゃんは完全に私を受け入れてくれた。こちらの愛撫を言葉に出して望んだし、キスをすればあちらも熱を込めて返してきたのだ。

 それ以外の場でも、だいぶ距離は縮んだと思う。玲ちゃんは私への拒否感や嫌悪感をほとんど見せなくなり、ハグやボディタッチ程度なら許してくれるようになった。

 とはいえ塩対応は健在で、仲良くお喋りするまでには至っていないが。


 なんであれ、心の変化や葛藤はあったようなので、私は玲ちゃんの心変わりを本気で期待していた。

 だが……今の様子だと、やはり厳しいかもしれない。こちらに心を開いたかのような言動は、すべて演技だった可能性だってある。真偽をただしたところで意味はないため、あえて深堀りしないようにしてきたけれど……。



 そして荷物を五分ほどでまとめると、玲ちゃんは一切の名残惜しさを見せずに、この家を出ていった。昨晩はあんなに私を求めていたというのに…………。


 やはり、玲ちゃんのことは分からない。

 とりあえず連絡先を交換し、『彼女が答えを出すまで危害を加えるのは互いになし』という約束はしたが、良くない結果を覚悟しておいたほうがいいだろう。


 一応、先に繋がる種は植えておいた。第二の策とも言えるそれが芽吹けば、彼女の殺意は二十年ほどお預けにできるかもしれない。

 そちらもダメになったとしても、まだ第三の手がある。私にも大きな制限がかかるから、できれば使いたくない奥の手ではあるものの、確実な効果が見込める。


 つまり、玲ちゃんと殺し合いになるという最悪の事態は、おそらく回避できるはずなのだ。

 たとえすべての試みが失敗したとしても、そのときは彼女の家族や大勢の人間を人質に取ればいい。私への信頼は地に落ち、玲ちゃんを食べることも困難になるだろうが、それでも互いが死ぬよりよっぽどマシなはず。


 私はそうして今後の展望を描きつつ、玲ちゃんが座っていたソファに鼻をうずめ、彼女の残り香を味わい尽くした。



 返答は意外に早かった。

 別れて三時間ほどが経過したあたりで、玲ちゃんから電話がかかってきたのだ。


『追っ手や監視がいないことを確認できたから、結論を伝える』


 彼女の声を聞き、背中がざわついた。この流れは……。


『やっぱり、私はお前を殺すよ。色々考えたが、その結論しか出なかった』


「…………命は惜しくないの? 次に殺しに来たら、容赦なく反撃するって言ったよね?」


『惜しいさ。だから悩んだ。けど……それでも、私はお前を殺すことに決めた。たとえ、自分の命と引き換えであっても』


 一瞬、私は絶句した。

 玲ちゃんが、そこまでの覚悟を決めてしまうとは。

 しかし、まだ私は諦めきれない。わずかな望みを見出すべく、問いかけを続ける。


「じゃあ、昨日までの夜はなんだったの? 玲ちゃんはベッドの上で、私を受け入れてくれたじゃない。私を殺したら、あの快感は絶対に味わえないわよ。断言してもいい」


『……だろうな。私はお前としか寝たことないけど、それはなんとなく分かる。そしてだからこそ、悔いがないよう存分に楽しんだ。もう、一生エッチをしなくてもいいように』


 ……玲ちゃんが最終日あたりで積極的だったのは、そういう理由だったのか。

 もうダメそうだが、私はそれでも粘った。


「……セックスを抜きにしても、私たち、だいぶ仲良くなったじゃない。一緒にゲームして、観光して、おいしいごはんを食べて。化け物じゃないって証明できたつもりだけど、それでも玲ちゃんは私を殺すわけ?」


「殺す。たとえ、お前がいいヤツでも、お前がいなきゃ世界が滅ぶとしても、私がお前を愛することになったとしても、殺す。死ぬほど考えたけど、もうそういうもんなんだよ、私の人生は」


「意味が分からないわ。もっと合理的に説明して」


 思いのほか私は困惑し、動揺していた。十分予想していた答えだったはずなのに。


『……私を全否定する化け物は、殺さなくちゃならない。それだけだ』


「私はあなたを全否定なんてしないし、化け物でもない。ただ……ただ単に、玲ちゃんが欲しいだけの人間よ。まだ分かってくれないの?」


『そうかもしれない。でも、お前のその言葉や十三日間の言動が、全部嘘や演技の可能性だって十分ある。その確率が0.00001パーセントでもあるなら、私はお前を殺さなくちゃいけないんだよ』


「………………そう」


 ダメだ。

 玲ちゃんの意思は固い。あまりにも固すぎる。


 ここまで散々手をつくし、信頼を得て、共に快楽の海に浸ったというのに、結局彼女の殺意は微塵も揺るがなかった。

 その事実に想定以上の衝撃を受け、私はしばらく頭が真っ白になっていた。


 たっぷり十数秒ほど空け、玲ちゃんが続ける。


『……あと、これからは今までやっていた口約束もなしだ。それがあったから、今みたいに変に馴れ合う形になってしまった。だからもう、こんなふうに連絡を取ることもしない。お前はもう、私にとって単に殺すだけの相手であるべきなんだ』


 なんだろう、目の奥が妙に熱い。ともあれ、私はその言葉に反論を返す。


「本当にそれでいいの? そもそも、あなたが私と話すようになったのは、私の情報が欲しいからじゃないの? 私が完全に隠れたりしたら、どうやって探し出すつもり?」


『……これから毎月一回、私はお前の実家に私の髪とか肉片とかを送る。お前はそれが必要だろうから、それが自分の元に届くよう画策するはず。で、私はそれを追ってお前の居場所を探し出す』


「……確かに、無視するのは難しいわね。いい策かも」


『これでだいたい、私の言いたいことは言った。……お前の方は? あるなら聞くが』


 そんな問いかけをしてくれるのなら、玲ちゃんは少なからずこちらに心を開いてくれたのだろう。この事実は、小さくない救いを私にもたらした。


「言いたいことか……そうね。今のところはないわ。もう連絡を取らないって約束は、たぶん、あなたの方から破るだろうし」


『…………なんだと?』


 電話の奥で玲ちゃんが困惑しているのが、ありありと分かった。


 ――そうだ。やはり、ペースは私が握らなくては。

 食欲ほどではないが、私の中には玲ちゃんを掌握したいという欲求もある。ゆえに今まで、彼女の上位に位置するために決して弱みを見せず、死にそうになっても効いてないフリを続けてきたのだ。


 少し調子を取り戻し、私は声を弾ませる。


「私の命を賭けてもいいわ。今から数か月後に、玲ちゃんは絶対に私の声を聞きたがる。ま、タイミングを見計らって新しい番号を送るから、それに電話して」


 正直なところ、絶対ではない。私の思惑が外れる可能性は、数パーセントほどある。

 なのに断言してしまったのは、意地を張ったからだ。

 まったく……幼稚な強がりなど、愚かしいにもほどがある。私にも、そんな人間的な滑稽さがあったとは。


 玲ちゃんはしばらく考え込んだが、結局思い当たる節がなかったらしい。

 そして若干の不機嫌さを込め、最後に短く言った。


『……まあいい。じゃあな』


「じゃあね」


 返事を返すと、玲ちゃんは即座に電話を切った。私はすぐに身を隠すから、仕込んだ種が出るまで、彼女と直接関わることは一切ないだろう。


 電話を耳から離し、大きく息を吐いた。そして、その時点でようやく気づく。

 私は涙を流していた。そして、大量の唾液も垂らしていた。鎖骨のあたりが濡れており、量は唾液のほうが遥かに多い。


 不可思議な生理現象と、それにまったく気づかなかった認知の異常に、私はしばし言葉を失った。

 とりあえずハンカチを取り出し、ぐちゃぐちゃになっている顔を拭っていく。


「やっぱり、玲ちゃん相手だと調子が狂うな……」


 なんとはなしに呟いたが、その現象が良いことか悪いことか、よく分からない。

 感情を明確に整理すればはっきりするだろうが、あえて不明瞭なままにしたほうがいい気もする。

 ……いや、ともかく今は、思考にふけっている場合じゃないな。下手をすると、すぐにでも玲ちゃんが私を殺しに来るかもしれない。


 私は手を叩いて音を鳴らし、近くに控えている執事を呼んだ。

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