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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
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24歳・8(裏)

 驚いた。

 玲ちゃんが教官と呼んでいたあの男、まさか一命を取り留めるとは。

 エージェントからのメール連絡は、なかなかに衝撃的だった。心臓付近を撃ち抜いたのに死なないなんて、幸運にもほどがある。


 スマホを横の座席に投げ捨て、私はシートに背を沈めた。

 振動もエンジン音も少ない高級車は、実に乗り心地がいい。運転を他人に任せて後部座席でくつろいでいるなら、なおさらだ。


 だが、玲ちゃんが操縦するバイクには大きく劣る。あちらはガタガタ揺れまくったが、そんなことがどうでもよくなるほどの利点があった。

 ――彼女の匂いと体温を感じつつ、ときおり密かに髪を一本、二本くすねて口に運ぶ。

 玲ちゃんとのタンデムは、本当に贅沢極まりない時間だった。私にとって、あれ以上に理想的な移動手段はないと断言できる。


 さて、同じような体験が今後できるだろうか。

 できるようにするために今回の計画を実行に移したとはいえ……実が成るかどうかは、わからない。玲ちゃんの心の有り様ほど、私に掌握できないものはないのだから。

 とはいえ昨日と今日に限っては、細部はともかく、概ね私の思い通りに動いてくれたと言える。テロリストやCIA、各国政府ともども、玲ちゃんの動きはほぼ完璧にコントロールできた。


 百パーセント確実に爆発しない核兵器を巡って、誰も彼もが私の意のままに右往左往してくれた。

 最後にミソがついてしまったものの、核を用いた計画は概ね成功したと言っていいだろう。



 例の核兵器は、最初に私が盗んだ。


 そして、信管を取り外して絶対に爆発しない処理を施した後、テロリストに引き渡したのである。

 他に仕込んだのは、主に四つ。


 1、テロ組織であるエルデーペーエルから実戦経験のある軍人を引き離し、旧体制を盲信する頭でっかちのインテリ集団に仕上げる。その上で私の手下を潜り込ませ、連中の動きを誘導させる。


 2、遺伝子工学の専門家としてエルデーペーエルに改めて接触し、その後に核兵器の起動コードの複製を持って逃げることで、連中に私を追わせる。


 3、私の意のままに操れるCIA高官にエルデーペーエルの対策チームを立ち上げさせ、その動きを裏からコントロールする。


 4、CIAの急造チームに、玲ちゃんをスカウトさせる。


 以上の材料を元に、『私と玲ちゃんがタッグを組んで動き、テロリストと戦って核兵器の爆発を阻止する』という構図を、私は作り出した。



 ――玲ちゃんから、信頼を得る。

 それが、計画のただひとつの目的。


 そのためだけに、私は大国を巻き込んだ壮大な計画を実行した。

 ヘリから飛び降りたときなど、少なからず自分の命を危険に晒したが、まあ仕方がない。そうしなければ玲ちゃんの不信感を拭うことはできなかったし、必要経費と思えば簡単に割り切れる。


 玲ちゃんからの信頼が必要なのは、単に私が殺されたくないからだ。

 ……彼女は、本当に強くなった。

 学生時代はまったく脅威ではなく、ただ面白いだけだったから放置していた。しかし、軍人や暗殺者としての訓練を積み、毎週のように私を本気で殺しにくる玲ちゃんは、もはや笑ってスルーできるような存在ではない。


 ――変装によって至近距離まで近づかれ、ナイフで腹を刺されて肝臓を喪失。


 ――車の後部座席に仕掛けられた爆弾の爆発によって、左足の膝から下を吹き飛ばされる。


 ――ショッピング中に近くから、『志向性をもった強力な音波を飛ばす』という最新科学による兵器の攻撃を受け、脳の一部機能と聴力を失う。


 ――車から降りたところを遠方から狙撃され、間一髪避けたものの、驚くほど早い二発目に首を打ちぬかれる(場所が良かったらしく、偶然助かった)。


 しゃれにならない大ダメージを負ったのは、このあたりか。

 どれも人生を左右しかねない大怪我だったが、私は自分の肉体のクローンを幾つも用意しており、欠損については都度移植手術をしてなんとか乗り切った。

 とはいえ脳と首の損傷については、移植でどうにかなるものでもない。天才的に腕の良い医者の治療を受けられたから乗り切れたが、そうでなければ助かったとしても、なにかしらの障害が残っていただろう。


 つまり、私は玲ちゃんの襲撃によって何度も死にかけているのである。

 が、激痛を耐えて平然と歩いて見せたり、欠損を数日で元に戻して無傷を装ったりと、こちらは『効いてないアピール』を欠かしていない。おかげで、玲ちゃんは未だに自分の殺しの腕にさほど自信がなく、私を不死身だと思っている。


 とんでもない話だ。

 私が思うに、もはや彼女は世界でも屈指の暗殺テクニックを持っている。その気になれば大国の主席クラスでも難なく殺せるだろう。

 一方で、当然だが私は不死身ではない。度重なる玲ちゃんの襲撃を騙し騙し乗り切ってきたものの、次はもうわからない。本当に殺されても、なんらおかしくないのだ。


 ゆえに、一年ほど前からは外出を控えて家に篭っている。

 『生理のたびに私の家にきて、色々提供させる』という約束を玲ちゃんにさせたが、実は本命は『家の中では私を殺さない』という縛りのほうだ。そのため我が家は数少ないセーフゾーンとなり、なお一層私は引きこもることになったのである。


 しかし時間をかけて作った地中トンネルにより、最近ようやく家にいるフリをして外出ができるようになった。

 リスクを負ってまで家を出たのは、核兵器にまつわる計画を進めるため。そしてその計画は、玲ちゃんから信頼や親愛を勝ち取ることを目的としている。



 ――相手が玲ちゃんじゃないのなら、話は簡単だ。反撃して逆に殺せばいい。


 だが、彼女の死は私自身の死とほぼ同義。事故があったら困るから、迎撃して威嚇することすら難しい。

 拘束や洗脳といった手段を使えば傷つけずに済むが、それだと玲ちゃんの味が落ちてしまう。彼女から彼女らしさを奪ってはいけないのだ。


 家族を人質に取るという手法は、確実性が低い。今のところは有効だが、これに頼りすぎると、おそらく玲ちゃんは私の組織力を先に削ごうとしてくるだろう。配下の手を借りなければ、遠方にいる家族をどうこうできないからだ。

 しかし、私の資金力や組織力にも限りがある。そちらを徹底的に狙われたら、どうしようもない。だからもっと磐石の体制を築かない限りは、人質作戦はいずれ瓦解してしまう。


 かといって組織にも手を出さないよう脅したら、玲ちゃんからすれば八方塞がりとなり、次にどういう行動を取るのか読めなくなる。やけくそになって人質を無視して私を殺しにきても、なんらおかしくないだろう。


 そうした制約を前提に私が導き出した答えは、『玲ちゃんの私への殺意そのものをどうにかする』、という解法だった。

 私の玲ちゃんへの食欲と違い、玲ちゃんの私への殺意は後天的なものだ。ゆえに二人の関係を構築し直し、こちらへの敵意を減ずることができれば、殺意だって消えるかもしれない。


 とはいえ、もはや玲ちゃんは私の殺害に人生をかけている。もっと早く手を打つべきだったが……こと玲ちゃんに限っては、なぜか私は判断が鈍くなってしまう。後悔してもし足りないが、なんであれ関係改善は容易ではない。


 そうした背景によって、核兵器という共通の敵を設定し、彼女がこちらと協力せざるを得ない状況を構築することに、私はひたすら腐心したのである。



 『二人とも死なずに事態解決まで進める』という、最低限の課題は問題なくクリアできた。ある程度は玲ちゃんの信頼を稼げただろうし、結果にはまあまあ満足だ。

 欲を言えば、もっと私が玲ちゃんの危機を救うなどのイベントが欲しかった。安全確保のために訓練さえ積んでいない敵を設置したが、もう少し冒険しても良かったかもしれない。


 問題は最後だ。

 玲ちゃんの師と思われる、あの初老の男。


 本当は、彼を呼び出したのは公園ではなく、別の場所だった。すべての問題を解決した後、玲ちゃんと別れてからひっそりと彼を始末する予定だったのである。

 ……おそらく、私が送ったメールに少なからず警戒感を抱いていたのだろう。だからあの男は最速で現場へ駆けつけ、玲ちゃんの様子を伺うことで状況の把握に努めたのだと思われる。


 予想外のタイミングであの男が現れたことに、私は正直焦った。身を隠すのが上手い彼にこちらの企みを看破されれば、もう始末できる機会は訪れないかもしれない。

 ゆえに、積み上げた玲ちゃんからの信頼を崩すことを覚悟の上で、その場で殺しにかかったのだ。……結果は失敗に終わってしまったが。


 しかし、考えようによっては逆に良かったかもしれない。あれを殺したら玲ちゃんの恨みを買って、今回稼いだ好感度が帳消しになっていた可能性が高いからだ。

 一度半殺しにしたことで玲ちゃんもあの男も私の殺意を理解しただろうし、今後一切行動をともにしないのならば、ギリギリ見逃してやっても構わない。


 そうした私の考えを、後で玲ちゃんに伝えておこう。

 関係改善のためには、なにより意思疎通をしっかりすることが重要だ。これまでのような彼女を振り回す言動は慎み、『話せば分かるヤツ』という印象を持ってもらえるよう、努めなくてはならない。


 正直、面倒だ。

 だけど、思ったよりは楽しくやれている。やはり玲ちゃんに関する行動ならば、それは私にとってあらゆる意味で別腹なのだ。



 車の窓の向こうには、晴れ渡る青空が広がっている。

 道がカーブに差し掛かり、私と玲ちゃんが活躍したビルが遠くにかすんで見えた。しかし事が済んだ以上、もはやあの建物にはなんの感慨も沸かない。

 事後処理や根回しはほぼ完了しており、核兵器にまつわる一連の出来事を私が仕組んだ事実は、すぐさま闇へと葬られるだろう。


 私の意識は、すでに未来に向けられている。

 流れで偶然得られた、玲ちゃんを十三日間自由にできる権利。これをどう使うかが、私のその後の人生を左右すると言っても過言ではないだろう。

 彼女をむさぼり尽くして楽しみたいのはやまやまだが、それだと私たちの関係は変わらない。どうにかして、玲ちゃんの殺意を萎えさせなければ。


 私は意識を切り替えて集中し、十三日間のプランを入念に練り始めた。

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