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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
34/174

24歳・7

 部屋を出た私たちは、銃を構えたまま廊下を小走りで進む。

 床には分厚いカーペットがひかれているため、足音はほとんど出ない。たとえ敵が残っていても、よほど近くにいない限りは気づかれないだろう。


 エレベーターの最上階出口にはブービートラップが仕掛けられているそうなので、そちらは使えない。そのため、私たちはまず階段へと向かった。

 しかしテロリストが残っているとしたら、監視カメラがない部屋の中か階段だ。核爆弾に近づく人間を排除するなら階段で迎撃するのが最も合理的だし、階段付近で戦闘になる可能性は非常に高い。


 階段手前で走るペースを落とし、角へとゆっくり近づく。そして、私は気配を殺しながら棒つきミラーをそろりと動かし、曲がった先の様子を伺った。

 瞬間、全身の総毛が逆立つ。

 銃を構えている男が、階段の踊り場に三、四人ほどいる。

 跳ねる心臓の鼓動を抑えつつ、私は慎重にミラーを引っ込めた。……敵に動く気配はない。どうやら、運良く気づかれなかったようだ。


 ミラーの棒をたたみ、ズボンのポケットへと押し込む。

 私は明美に向き直ると、階段を指差してから指を四本立ててみせた。すんなり伝わったらしく、明美は軽快に頷いた。


 ふーっ、と静かに息を吐く。

 覚悟を決めると、私は腰のベルトに固定してある手榴弾を手に取った。そしてピンを抜き、わずかに待ってから階段の向こうへと投擲。即座に角へと身を隠す。

 男たちの叫び声が一斉に響くが、直後に発生したけたたましい爆発音がそれらをかき消した。爆風が階段方向から吹き荒れ、空気を震わす。


 それが収まってすぐ、私はマシンガンを構えて角から飛び出した。

 フルオートで銃を発射し、視界に入った人影をひたすらに狙う。まず正面に倒れている人間らに、そして踊り場の先の折り返しから頭を出していた人間に、それぞれ銃弾の雨をお見舞いした。


 私が銃を撃っているそばで、明美は手榴弾を階段の上――折り返した先へと投げ込む。死角には男たちの声や気配があり、そこには確実にさらなる敵が潜んでいたからだ。

 懸念は当たり、明美の手榴弾を投げた先から男の怒声が聞こえた。しかし先ほどと同じく、爆発の轟音がそれをかき消す。


(――なんだこいつら。妙に弱いな)


 核兵器を守るために残った決死隊にしては、手ごたえがなさすぎる。戦闘のド素人としか思えない。

 とはいえ必死に迎撃しようとしてるから、敵じゃないってことはないだろう。なんであれ、雑念は捨ててさっさと皆殺しにするほかない。


 私は噴煙の巻き上がる階段を駆け上り、これまた同じように敵の体へと銃弾を撃ち込んでいく。明美も同様にマシンガンを連射し、私たちは着実に残敵にトドメを差していった。

 階段を上がった先には、もう誰もいなかった。ここから奥は監視カメラに映る領域だから、付近の敵は殲滅したと考えていいだろう。


 ――驚くほど一方的に勝てた制圧戦だった。

 敵は十人ほどいただろうか? 立て篭もって迎撃するなら、家具を積み上げて遮蔽物兼バリケードにしていればよかったものを。不意打ちをまったく警戒してないのも、不自然と言えば不自然だった。

 まあ、テロリストたちの出自は軍人崩れというよりも、元政府高官たちの集まりという話だから、そうした実戦的な知識がなかったのかもしれない。無論、私らには幸運なことだったが。


 だが、安心している暇など微塵もない。戦闘音を聞きつけて、部屋の中から他の敵が出てくるかもしれないからだ。そして最悪、核爆弾のある部屋に残っているテロリストが、即座に爆弾を起動させる恐れもある。

 だから、ここから先は全速力で事を進めなければならない。


 私と明美は開くドアがないか注意を向けつつ、核のある部屋へと全力ダッシュで向かう。

 目的の部屋に無事たどり着き、すぐさま扉を開けようとするが、ガツンと音を立てるだけでドアが動かない。やはり、鍵がかけられているようだ。

 私はポケットからカード型の電子キーを取り出し、扉へと差し込む。元は私の部屋のキーだが、本部のエンジニアの働きによって情報の書き換えに成功しており、この部屋を開けられるようになっている。


 問題なくキーは適合し、扉のロックが外れた。

 私は勢いよく部屋の中に入り、そして奥にある旅行用ケースの前でしゃがんでる男の背中に、ほぼ反射的に銃弾をお見舞いした。


 ――男は即死した。が、彼がなにかしらの操作をしていたケースが核兵器である可能性は高い。

 私はすぐさま駆け寄り、それに覆いかぶさるように死んだ男を引き剥がす。


 果たして、それは事前に映像で見せられていた核兵器そのものだった。金属製の筒がケースいっぱいに入っており、それに様々な電子部品が付随している。


「明美っ!」


 私は明美の名を呼び、それの対応を任せる。

 小走りで近づき、しゃがみこんで核兵器の操作を始めた明美。それを尻目に、私は室内の洗面所やクローゼットを開いて回った。残敵がいないことを確認するためである。


 部屋を調べ終わって安全を確保し、わずかに胸を撫で下ろす。

 廊下へ続く扉には明美が鍵をかけているし、敵が来たとしても容易には入ってこれない。つまり当面、戦闘の危険はないだろう。

 念には念を入れ、私はインカムに話しかけた。


「本部、監視カメラの様子は?」


『今のところ、最上階の廊下には誰もいません。他の階段付近にも、人影は皆無です』


「……なら、差し当たりは安全か」


『爆弾の様子はどうですか? ミス・ババに進捗を聞いてください』


 オペレーターに促され、私は明美の方へと近づいていく。ヤツにもインカムからの声は聞こえているはずだが、反応がないのは集中しているためだろうか?


「どうだ? 解除できそうか?」


「ええ、たぶん。……でも危なかったわ。即座に爆発させる命令が、半ば打ち込まれていた」


 ケースに接続されているロシア語のキーボードを叩きながら、明美が緊張感を交えた声で言った。

 ――どうやら、間一髪だったらしい。

 だがここまできたなら、もう大丈夫だろう。私は思いっきり安堵の息を吐いた。インカムの向こうからも、ホッとする声が聞こえてくる。


『どうにかなったようですね。……しかし、まだ懸念はあります。ミス・ババ、遠隔操作の装置は付随していますか?』


 その問いに、明美はぶっきらぼうな口調で答える。


「それっぽいのがあったから、とりあえず外したわ。というか、命令を受け付けないコードを入力したから、もう制御装置を分解しないと操作はできない。だからどういう形であれ、もうこれが爆発することはないはず」


『了解しました。ならば、逃げたテロリストたちを処理しても問題ありませんね。フェーズが変わったことを、関係各所に通達させます』


 これまでは、逃げたテロリストどもが遠隔操作で核兵器を起動させる恐れがあった。ゆえに連中への手出しができなかった。

 が、その心配がなくなった以上、テロリストに対して及び腰になる必要はない。すぐさまメキシコ政府が付近の警察を総動員して包囲網を作り、捕縛か戦闘の流れとなるだろう。


 明美は核爆弾の操作をやめ、すっくと立ち上がった。そして軽妙な笑顔を浮かべて私に握手の手を差し出してくる。


「やったわね、玲ちゃん。私たちの勝利よ」


「…………」


 敵を倒し、核兵器の爆発を止められたのは、まさに感無量だ。全人類に称えられてもおかしくないほどの偉業を、私たちは達成したのである。

 ……とはいえ、その喜びを明美と分かち合うのは癪だった。

 コイツは、私にとって殺さねばならない敵なのだ。その事実は決して忘れてはならない。だが一方で、わずかな時間とはいえ背中を預け、ともに命がけで世界を救った仲でもある。


 複雑な感情が駆け巡ったが、とりあえず私は明美に差し出された手をバシンと叩いた。眉間に皺を寄せ、ヤツとは目を合わせない。

 フフッ、と明美は嬉しそうに笑った。

 ……ああ、クソ。やっぱり喜ばせてしまった。そんなつもりじゃなかったのに。



 その後、十五分ほどしてから現地の警察が大勢やってきた。

 彼らによってホテル内は隅々まで捜索され、残敵や危険物がない事実が確認されたことで、ようやく周辺の安全が確立された。


 核兵器の後処理を彼らに任せ、私たちは一旦下の階の部屋に戻った。そして武装を解除し、再びチェロのケースに銃器類を収め、それを持ってホテルを出る。


 先刻、教官と電話をした公園に再び来て、私と明美はベンチに腰を下ろした。もう少しすれば、CIAの職員たちがヘリでここへやってくる。私と明美は彼らと入れ替わりにヘリに乗り、この場を去るという手はずだった。


 そうして一息ついたところで、明美はおもむろに言った。


「さて、玲ちゃん。事件は無事解決したし、例の約束のことだけれど」


 私は顔を思いっきりしかめた。大仕事を終えて良い気分に浸っていたのに、嫌なことを思い出して台無しになってしまった。


「そんな顔しないで? 約束は約束だからね」


「……わかってる」


 ――十三日もの間、明美に私の体を自由にさせる。それがヤツと交わした約束だ。

 そのときは仕方なかったとはいえ、自尊心を踏みにじるような決断を下した己を、私は恨めしく思った。おそらく、生涯で最悪の十三日間となるだろう。


「はぁ……。明日にでも、お前の家に行けばいいのか?」


「別に明日じゃなくてもいいわよ。こんなことがあった後だし、たっぷり休みを取ってからで構わないわ」


「いいや、やるなら早いほうがいい。その件を終えるまで、お前を殺さないっていう約束も継続されるんだ。その縛りをさっさとなくしたい」


「玲ちゃんは本当に私を殺したいのねぇ~」


 のほほんとした口調でヤツは言った。命を狙われている人間とは思えない緊張感の無さだ。今更だが、よほど私に殺されない自信があるらしい。


 心底うんざりし、ベンチに座る私は体を折ってうなだれる。明美は構わず喋り続ける……かに見えた。


「でもね玲ちゃん、約束したとおり危害は一切加えないし、そんなに気を張らな――」


 唐突に、明美は言葉を切った。

 ワンテンポ置き、不思議に思った私はヤツに視線を向けようとする。それと、ほぼ同時だった。

 明美はベンチから無造作に立ち上がると、次の瞬間、拳銃を取り出してあらぬ方向へ連続で発砲したのである。


 銃声が鳴り響き、私は驚いてベンチから飛び上がった。

 テロリストの残党でもいたのかと推測し、明美が銃を撃った方向を凝視する。


 ――違った。

 撃たれて近くの木に寄りかかっていたのは、教官だった。

 二十メートルほど先にいる彼は、立っていられないほどの傷を受けたらしく、体を支えきれずにその場に倒れこむ。


「う~ん、こうなっちゃったか。ごめんね玲ちゃん。後でメールするわ」


 何事も起きなかったかのように平然と喋ると、明美はベンチの後ろの道路へと歩いていく。

 状況に戸惑って二、三秒ほど硬直したが、結局私は明美を追わず、教官の方へと急いで向かった。


 彼は仰向けで地面に倒れていた。白いシャツの胸部にはひとつの赤い染みがあり、それは急速に大きさを増していく。

 教官が銃弾を胸に受けたのは、あまりにも明白だった。


「……にっ、二条か」


 こちらに気づき、教官は血を吐くように言った。


「……教官。もしかして、これ、致命傷ですか」


「だろうな。……心臓付近の血管がやられたらしい。もう五分も持たん」


 あまりに唐突な展開に、私は絶句するしかない。

 そもそも、なぜ教官が一人でここにいるのか。あまりに意味不明すぎる。


「……貴様のその顔。どうやら、ワシは馬場明美に謀られたようだな」


「ど、どういうことです?」


「『CIAに裏切り者がいるっぽいから、一人で私に会いに来て欲しい』というメールが、貴様が使っているスマホからきた。覚えはあるか?」


「まったく」


 唖然として首を横に振ると、教官は力なく笑った。


「……はっ。ワシも衰えたものだ。こんな単純な罠に釣られるとは」


 つまり、明美が教官を殺すために偽のメールを送った――ということなのだろうか? あいつ、いつの間にそんな小細工を……。


「まったく、貴様のような色物に付き合ったせいだ。ワシが……は……」


「きょ、教官……っ」


 教官が意識を失いかけている。だが、私はどうすればいいか分からなかった。


 五分で死ぬという教官の自己判断を信じず、助かる可能性を見出すために救急車を呼ぶべきだろうか?

 それとも、無理矢理にでも遺言を聞きだすべきだろうか?

 あるいは、楽に逝けるよう静かに死なせてやるべきだろうか?


 わずかに悩み、そしてやるべきと思ったことを全部実行すべきだと決めた。すぐさまスマホを取り出し、救急車を呼び出す。


「……ええ、そうです。突然撃たれて。出血多量なので、輸血が必要になると思います。血液型は――教官! 血液型はなんですか!?」


「む、無駄だ……ワシは、す、すぐに……」


「いいから教えろっつーの!」


 私は教官の胸倉を掴んで叫んだ。「……Aだ」と、彼がか細い声で答えたので、私は通話の相手にその旨を伝える。

 スマホでの電話を切り、再び教官に向き直る。


「二、三分で到着するそうです。元より、警察がこの事件のために救急隊に出動を要請していていて、こちらに向かっている救急車が複数あるとかで」


「……そうか。正直、難しい、とは……思うが……」


「しっかりしてくださいよ。できるなら故郷のイギリスで死にたいって、言ってたじゃないすか!」


「…………ワシが、いつそんなことを」


「……あれ? 違ったっけな。…………すいません、それ言ったの、なんかのドラマのキャラだったかも」


 しまった、ガチで間違えたかもしれん。だって、まさにドラマで見たような場面だし……。

 いや、私も混乱しているのか。親しい人の死に目に会うのなんて、言うまでもなく初めてだから。


 呆れたのか、力尽きようとしているのか、教官は目を閉じてしまった。私はハッとし、彼に言葉を投げかけ続ける。


「教官、寝ないでください。死ぬならせめて、遺言を残してくださいよ。死体は……っていうか遺骨は、誰に渡せばいいですか? どっかの海とかに撒いた方がいいですか?」


「…………静かに逝かせてやろう、とは……思わん、のか……」


 蚊の鳴くような小声で教官は呟いた。よかった、まだ意識はある。とりあえず会話を続けて、彼の意識を保たせよう。


「静かに死にたいって? なに言ってるんです。国の命令で暗殺や破壊工作を繰り返してしてきた人間が、そんな穏やかに死ねると思ってるんですか?」


「……死ねば、罪はすべて許される。いい、ではないか……そう思っても。でなければ、ワシは、とっくに……」


「いいや、ダメです。この世で無条件で死んでいいのは明美だけで、他の人は死んでいいことなんてないです。罪を悔いているなら、生きてるときに償ってください。じゃなきゃ、死者も生きてる人間も、あんたを許しなんてしませんよ」


「…………知ったふうな口を、聞きおって。この、青二才……めが」


 教官はかすかに目を開くと、やんわりと私を睨んできた。直後、救急車のサイレンが遠くから響いてくる。

 間に合ったか? 間に合え!


「教官、救急車が来ました。気合でもう少し生きてください。死ぬならせめて、爆弾を止めて死ぬとか、格好いい死に方してくださいよ。こんな不意打ちで適当に殺されるんじゃなくて」


「……無茶を、言うんじゃない」


「いいや、できますよ。あんたの弟子にできたんです。っていうか、伝説のスパイなんでしょ? 教官なら、ジェームズ・ボンドとかイーサン・ホークにも勝てますって。だからそんくらいの活躍してから死にましょう」


「………………いや、ボンドには勝てんだろ」


「勝てますって!」


 そんなやり取りをしていたら、道路の向こうから救急車が派手なランプを光らせてこちらへ走ってきた。私は両手を大きく振り、合図を送る。


 道の端に止まった救急車から、男たちが大急ぎで降りてきた。彼らは担架に教官を手際よく乗せると、流れるように救急車へと乗せる。

 できることはないだろうが、一応付き添いとして私も乗り込んだ。救急車の到着は思ったよりも早かったから、もしかすると本当に教官は助かるかもしれない。



 ――明美が教官を殺そうとしたのは、私と彼が一緒に行動しすぎたせいだろう。つまり、教官が死んだら、半分くらいは私のせいってことになる。

 だから、死なれちゃ寝覚めが悪いってもんじゃない。核爆発を止めたヒロイックな気分なんて、粉々に吹っ飛んでしまう。


 ……そんなわけで、死なないでください、教官。たのんます。

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