24歳・6
私はホテルの部屋の中でテーブルに乗り、医者が使う聴診器のような器具を天井にテープで貼り付けた。
これは、壁の向こうの音声を拾える収音マイクだ。上階から少しでも多くの情報を集めるために用意したものであり、すでに部屋の各所にそのような装置を取り付けてある。
そうして天井から伸びる複数の長いコードは、部屋の中央の床に置いてあるノートパソコンに繋がっていた。マイクが拾った音声はパソコンを通じて作戦本部へと転送され、優秀なエンジニアがリアルタイムで分析してくれている。
マイクは市販のものだし、天井の壁は分厚い。真上の部屋でさえ、会話を拾うのは無理だろう。だが、それでも足音やドアの開閉音は、それなりの範囲をカバーできている。人数や出入りはある程度わかるだろうし、やらないよりはずっとマシなはず。
無論、複数の部屋から音を収集するべきなので、明美には離れた位置にある別の部屋を取らせ、そこで同じことをさせている。
変装によってもう一部屋を追加で取ったため、音は三部屋から収集中だ。もっと増やしたいところだが、受付をテロリストに直接監視されている以上、欲張らない方がいいだろう。
最後のマイクを天井に貼り付け、それから伸びるコードをパソコンに接続し、ようやく一連の作業に区切りがついた。ノンストップの作業だったし、変装してのやり取りとかも挟んだから、かなり疲れた。
私は壁に寄りかかって息を吐き、そのまま腰を降ろして床に座り込む。
公園で教官に連絡してから、そろそろ一時間となる。
ハッキングによってホテルの監視カメラの掌握には成功したが、さすがにカメラは部屋の中にはないため、テロリストの動向を完全に把握できているとは言いがたい。廊下を監視するだけでは足らないため、こうして階下から音を集める必要があったのである。
だが、監視カメラの録画映像を洗い出すことで、核が運び込まれたと思しき部屋は特定できた。ゆえに援軍が来る前にテロリストがすべて退去した場合は、その部屋へ私と明美が突入する運びとなる。
私は正面の壁際に置かれているチェロのケースに視線を向ける。開いたそれの中には楽器ではなく、マシンガンや手榴弾といった武器がごっそりと詰まっていた。先ほど、近くの銃器店にて調達してきたものだ。
メキシコの政府機関の協力もあり、本来は色々と購入制限があるそれらを、私は好きなだけ持っていけた。とはいえ、ホテルの入り口には例の見張りがいるから、むき出しのまま持ち込むことはできない。
そのためチェロのケースを用意してもらい、その中に入るだけの武器を詰めてきたのだった。
軍用ではないが、思いのほか強い装備が手に入った。マシンガンと手榴弾はどう考えても護身の域を超えた武器であり、そんなもんがあっさり店で手に入るのは本来おかしいのだが……ま、政府特権のおかげと思っておこう。
ともかく、少数の敵に奇襲をかける程度なら、これらの武器は十二分に役立ってくれるだろう。敵の装備や錬度によっては、正面からの撃ち合いでも引けを取らないとは思う。
言うまでもなく、そんな状況にならないのが一番だが。
銃を使った戦闘をイメージしていたら、部屋のドアがココン、コンコンとリズムカルに叩かれた。私はよっこらせと立ち上がり、ドアへと向かう。
鍵を開けて明美を部屋の中に入れ、即座にドアを閉める。当然、鍵をかけなおすのも忘れない。
「作業は終わったの?」
「ああ。監視作業は全部任せてあるから、私らはもう待機してるだけでいい」
「そうなの。じゃ、私は寝るわね」
いきなりそう言うと、明美はまっすぐベッドルームへと向かった。どうやら冗談ではないらしく、そのままベッドの上に横になってしまう。
「……おい」
「大丈夫よ。何かあったらすぐに起きれるから。っていうか、昨日からずっと寝てないのよ? 玲ちゃんも仮眠を取って、体力を回復させたほうがいいんじゃない?」
「そうしたいのは山々だが……私はすんなり目を覚ませる自信がない」
「なら、連絡用のスマホは私が持ってるわ。で、援軍の到着か、敵が動いた旨の通達が来たら、玲ちゃんを起こしてあげる。それでどう?」
私は少し考え込んだ。バイクを降りて以来、明美は無闇に私に近づくことはなく、変態的行為も一切見せていない。こちらにストレスを与えないという約束を、一応は守っている。
確かに休めるなら休むべきだし、信頼してみるか……。
「わかった。じゃあ私も寝る」
直感で決断を下し、スマホを明美に渡す。そしてヤツの隣のベッドへ体を投げた。念のため拳銃を枕元に置いておき、全身の力を抜く。
三十秒もせず、私は深い眠りに落ちた。
肩をやんわりと揺すられ、私は即座に目を覚ました。
「玲ちゃん、連絡がきたわ」
「……どっちだ?」
気だるさを押し殺し、私は尋ねた。援軍が到着したのか、敵に動きがあったのか。
「テロリストたちが、一斉にホテルを退去し始めたんだって。つまり、私たちの出番」
「……そうか」
上半身を起こし、ゆっくりと息を吐いた。
壁にかかっている時計を見ると、ベッドに入ったときから一時間半ほどが経過している。頭はスッキリしてるし、いい感じに休むことができた。少々気に食わないが、明美の提案に乗って正解だったようだ。
完全に起きたところで、明美がスマホを渡してきた。見ると、本部と通話が繋がっている。
受け取ったらCIAの職員の人が出た。そして、数分前からテロリストたちが大きく動き出したと、明美から聞いたとおりの説明をされる
状況確認を手短に済ませ、私はベッドから出て突入の準備を始めた。
トイレに行ってから防弾チョッキを装着し、手榴弾やマシンガンの弾倉などを身につけていく。
さらに無線インカムを耳にはめ、スマホを撮影モードにしたままテープで胸に貼り付けた。スマホからの映像は本部に転送されるようになっており、これで現場の状況を本部とリアルタイムで共有できるようになる。
明美も、スマホ以外は私と同様の装備を身につけている。ヤツに本格的な戦闘経験の有無を聞いてないが、まあ多分大丈夫だろう。少なくとも森の中で走っている人間を拳銃で狙撃できる腕があるし、たとえ経験ゼロでも普通に私より強い気がするし。
水を飲み、バナナを食い終わったところで、ちょうどイヤホンから女性オペレーターの声が響いた。
『ミス・ニジョウ、よろしいですか?』
「どうぞ」
『テロリストが一斉退去して、三分近くが経過しました。もう人の出入りはありませんし、核があると推測される部屋からも音がしません。断言はできませんが、全員ホテルを出たものと思われます』
「予想タイムリミットは?」
『テロリストたちが核兵器の被害範囲から完全に抜け出るまで、最短で十五分。つまり、爆発まで十二分ほどと予測しています』
「わかった。じゃあ、もう突入してオッケー?」
『はい。迅速にお願いします』
明美もイヤホンで同じ声を聞いているから、確認せずとも状況は理解できているだろう。私はヤツに、低い声で言った。
「打ち合わせどおり、私が前に出る。戦いになった場合、お前は後ろからの援護に徹しろ」
「了解」
珍しく、シンプルな言葉のみの答えが返ってくる。事態が収集するまでは、ぜひともその真面目な態度を貫いてほしいものだ。
最後に一度深呼吸をし、心を解きほぐす。
敵が残っていないことを心の底から祈り、私は部屋のドアから外へと出た。




