24歳・5
ようやく目当てのビルに到着した私たちは、普通の観光客を装って中へと入った。
入り口を抜けた先は三、四階をぶち抜く広大なフロアであり、壁際は店が並んでいてショッピングモールとなっている。煌びやかな店ばかりで、いかにも富裕層向けといった装いだ。
私はスマホで建物内を撮影するフリをして、周囲を入念に観察する。
ざっと見回したが、人の出入りを伺っているような人間はいない。テロリストたちは全員ロシア人だから、多少は容貌でも判別がつくはずだが……。
「私が知ってる顔はないわね。少なくとも、この辺にはいなさそう」
同様に周囲を見回していた明美が、さらりと言った。こいつがそう判断するのなら、多分このフロアにはいないのだろう。
「なら、やっぱり最上層にあるホテルか」
「でしょうね。そこがこの都市で一番高い場所だし」
テロリストたちは明美の頭脳に頼り、核を爆発させた際の被害範囲の計算までさせたらしい。
それによって明美はビジネス相手の正体を知ったわけだが、同時にテロリスト側も『高い場所で爆発させたほうが被害が広がりやすい』という事実を知ってしまった。
明美曰く、「そんな知識すらないなんて、思いもよらなかった」とのことだが、まあヤツの責任の有無は置いておこう。
ともあれその事実によって、『テロリストはビルの屋上などの高所にて核を使用する』という行動予測が成り立ったわけだ。
そしてテロリストとの会話内容や装備、さらに近隣の地理などを考慮し、明美が『最も可能性の高い爆破場所』として導き出したのが、このビルだったのである。
あくまで推測なので、テロリストが想定通りに動くとは限らない。私たちの行動が空振りに終わることも、十分考えられるだろう。
しかし逆に言えば、敵側もはっきり明美に教えたわけじゃないから、場所を知られているとは考えないはず。ヤツがヘリの中で爆発四散したと思われているのなら、なおさらだ。
そういった推測や考えを重ね、無警戒のテロリストたちがこの建物に潜んでいることを期待し、私たちはここまでやってきたのである。
エレベーターでビルの上層まで上がり、私たちはホテルとなっているフロアまでやってきた。
ここから先は、唐突に敵と出くわす可能性が高い。バレれば即戦闘となり、作戦も失敗濃厚となるから、ここで一番重要なのは正体を隠し切ることだ。
なので、入り口付近のロビーで複数の白人の姿を認めても、私はそちらに目を向けなかった。『中国人の観光客』という設定に基づき、自然にホテル内を見回しながら受付へと向かう。
カウンターにて最上階の部屋を取りたい旨の注文をするが、謝罪とともに断られた。なんでも、昨晩やってきた大富豪が最上階を丸ごと貸しきってしまい、他の客は使えないとのこと。
私は安心感と緊張感を同時に抱きつつ、最上階のひとつ下の階に部屋を取った。
そして『荷物はなく、観光を終えてから部屋に入る』と受付に伝え、キーを受け取ってからエレベーターへと引き返す。
明美がスキップしてテンション高めの演技をしつつ、こちらに寄ってくる。そしてエレベーターの扉がしまったところで、小声で言った。
「知ってる顔があったわ。当たりみたい」
「……確定だな。最上階は昨日の夜に丸ごと貸し切られたらしいし、爆弾もそこにあると見ていいだろう」
エレベーターの中に、私たち以外の人間はいない。だから、私は思いっきり溜め息を吐いた。
テロリストたちが本当にここにいたのは良かった。良かったが……どうやら場合によっては本当に、私が核兵器を止めることになりそうだ。
「で、これからどうするの? 玲ちゃん」
「まずは本部に連絡だ。問題はテロリストどもをどう監視するかだが……監視カメラとかにハッキングでもさせるか」
やり方は色々あるが、当然ながら敵に気取られないことが最優先だ。従業員に事実を明かして協力してもらうのが手っ取り早いが、それだと彼らの態度で警戒されてしまうから、やはり秘密裏にこちらで進めるしかないだろう。
明美を監視要員としてエントランスホールに残し、私はビルを出て近くにある公園に来ていた。CIA本部――というより教官と腰をすえて話すためである。
『――わかった。こちらも優秀な人員が揃いつつある。すぐにホテルの管理システムにクラッキングを仕掛けさせよう。』
電話の奥の教官は低い声で言った。テロ組織による核使用が現実味を帯びてきたことで、さすがの彼も緊張しているらしい。
「で、こっちへの援軍はどうなんです? さすがに私と明美だけじゃ、無理がありすぎますよ」
私は早口で問いかけた。無論、緊張度合いではこちらのほうがはるかに上だ。
『アメリカはすでに国で動いている。事態を大きく受け止め、如何なる手段を持ってしても核爆発を阻止する構えだ。ゆえに、特殊部隊の派遣は早々に決定されたのだが……』
「何か問題でも?」
『さすがにそこまで大きく動くとなると、現地のメキシコ政府にも話を通す必要がある。が、事態の詳細を通達したところ、メキシコ側も軍隊を派遣すると主張してな。現在、指揮権をどちらが持つかで揉めているのだ』
「マジですか……。っていうか、どっちにも派手な動きさせないようにしてくださいよ。中途半端に追い詰めたら、突入する前に自爆されるかもしんないんだから」
『分かっている。指揮権については、おそらく最終的にはメキシコ側が折れるだろう。ゆえに、アメリカの援軍がそちらに到着したときが、作戦の本格的な始動となる。早く見積もっても四、五時間はかかるだろうが』
「四、五時間か……。じゃあその前にテロリストが動いたら、事前の打ち合わせどおり、私と明美だけで対処するってことですか?」
『そうだ』
「ひぇ……」
きっつい。
覚悟はしてたものの、緊張がやばくて吐きそうになってきた。神経の図太さには自信があったんだが……。
――正直最初は、『ヒーローみたいに世界を救ってやるぜ!』みたいなノリがあった。
しかし、いざ未曾有の危機の中心に飛び込んだら、そんなヒロイズムな気分はあっけなく霧消してしまった。
だって普通に考えてさ、今の私ってメチャクチャ死亡率高くない?
数で遥かに負けてるから戦闘は凄まじく不利だし、核爆発を止められなきゃ街ごと消し飛ぶし。
でもって援軍が来る前に敵が動き出した場合、事が理想的に運んだとしても、私は爆発寸前の核爆弾と向き合わなければならないのだ。そんなの想像するだけでヤバすぎる。
とまあ、核とテロリストの驚異が眼前に迫ったことで、私の気分はなかなかに沈みこんでいた。で、それを電話口で悟ったのだろう。教官は意外な言葉をかけてくる。
『……二条よ。逃げたければ、逃げても構わんぞ』
「へ?」
『貴様は組織に属していないし、メキシコ国民でもない。すべてを投げ出して逃げたところで、それを明確な罪に問える者は皆無だ。逆に言えば、そうした立場であるがゆえに、成功したとしても報酬や栄誉はたいして得られん。命を張る意味などないと言えよう』
……確かに、私は根無し草だ。誰からも怒られないし、褒められもしない。
『それにワシと違って、CIAに貸しや恩義もあるまい。だから、逃げたくば逃げろ。――他人など気にせず、我が道をいく。それが貴様の生き方ではなかったのか』
教官の言葉にも一理ある。だが天邪鬼な私は、後ろ向きなことを言われて逆にやる気が出てきた。
「……正直、逃げたい気持ちはありますよ。でも、それで大勢の人間が死んだら、私はたぶん一生後悔します。それに、今回のことは半分くらいは明美のせいで、つまりは明美を今まで殺せなかった私にも責任はあるんです」
核爆発阻止を誓った当時を思い出し、私はそれを教官へと語る。
「で、そんなこんなを総合的に考えて、逃げずに立ち向かったほうが精神衛生的にも正しいと判断しました。だからこの先も、サポートをお願いします」
こうして決意を口にしたのは、自分自身への鼓舞でもあった。
おかげで沈んでいた気分も多少持ち上がり、やる気が出てきた。これなら作戦にも問題なく従事できるだろう。たぶん。
『……貴様の考えは分かった。ワシもすぐ、精鋭を引き連れてそちらへ向かう。米軍よりは先につけるだろうから、貴様の負担も減らせるかもしれん。ゆえに、差し当たりは先のことを考えず、テロリストどもの監視に徹してくれ』
「了解です。……ま、なるようになりますよ」
一回大きく浮き沈みしたからか、気分は平常心に近づいていた。電話でなんとなく開き直ったのは、正解だったかもしれない。
『……死ぬなよ、二条。そうやって決意した若者が無残に散るのを、ワシは幾度も目にしてきた。もう、教え子を失いたくはないのだ』
「ダイジョブじゃないすか? 多分。じゃ、切りますよ」
用は済んだので、私はスマホでの通話を終えた。
なんかサラリと流しちゃったけど……教官があんな湿っぽいこと言うの初めてだな。
でも、いきなり弱気な発言されても困るし、どう答えればいいか分からんし、開き直った勢いのまま電話を切ってしまった。
ともあれ心配はしてくれてるみたいだから、その心はありがたく受け取っておこう。
さて、例のビルに戻るか。そろえたい物がいくつかあるんだが、ショッピングモールで買えるかな?
私はスマホでそのあたりのことを調べつつ、公園を後にした。




