24歳・4
私は今、高速道路を大型バイクに乗って走っている。ノーヘルだから風圧で髪が派手になびいているが、数時間前のスカイダイビングに比べればそよ風のようなものだ。
現在時刻は十時を過ぎており、通勤ラッシュの時間帯を少し過ぎたからか、通行量はさほど多くない。
進行方向には高層ビル群が乱立しており、その奥にようやく目当ての建物が見えてきた。天へと上る、一際大きく奇抜な建造物。それを凝視しながら私は明美に問いかけた。
「あれが、例のビルか」
「そのようね。さて、テロリストたちは先についてるかしら」
バイクの後ろに乗る明美は、まったく身じろぎせずに答えた。たぶん、ビルの方なんて見てないだろう。ヤツは二人乗りせざるを得ない状況を幸いとばかりに、私の体にがっつりと抱きついているのだ。
気持ち悪いことこの上ないが、肘鉄を食らわせようとも鼻血を出しながら平然と密着してくるし、もう諦めた。
最優先すべきは核兵器の爆発を止めることであり、今は私が色々と折れるしかあるまい。
ちなみに二人とも身バレを防ぐために着替えており、明美に到っては髪を短く切って、色もゴールドに染めている。サングラスをして派手な口紅も塗っているから、遠目では別人に見えることだろう。
――テロリストは減った分を考慮してもまだ百人近くいるらしく、私と明美の二人でそれらを殲滅するのは現実的ではない。
よしんば戦って追い詰めたとしても、残った敵が核を即座に起動させて自爆する恐れもある。
よって、明美や教官たちと話し合って決めた作戦がこうだ。
1、テロリストには手を出さず、悟られないようにして徹底的に監視する。
2、あえて核兵器の起動を黙認する。
3、差し迫った驚異がなければテロリストも自爆はしないだろうから、その爆発は連中が逃げる時間を稼ぐために時限式となる(はず)。
4、テロリストが退去し、誰もいなくなった直後に私と明美が突入。セットした時間が来る前に核兵器を止める。
以上が、私たちのプランである。
とはいえ、必ずしもこの流れとなるわけではない。情報収集が完璧にできて、かつ大量の援軍があれば、敵に核を起動させる間もなく制圧できる可能性は十分あるからだ。
しかし状況の進みが早く、かつ私たちだけで対応せざるを得ない場合は、上の流れで事態の解決を図るしかないだろう。
想像しただけでプレッシャーが半端ないが……まあ、なるようになるはず。
そんなわけで、私は明美に入念な変装をさせたのである。
……しかし、やはりこいつは恐ろしいほどに器用だ。コンビニで買った安物のハサミ一本で、美容師顔負けのオシャレな髪にセルフカットしてみせやがった。
話の流れで聞き出したが、さっきのヘリからの飛び降りがスカイダイビング初体験だったらしいし、適応力というか才能がおかしい。
人格がまともだったら、誰もが褒め称える偉人となっただろうに……もったいない。
それとも頭がイカれてるからこそ、異常な多才っぷりを発揮できるのだろうか? 一般人の枠を出ない私には、ちょっと理解が追いつかない。
ともあれ、その天賦の才を事件解決のために発揮してもらえることを、今は祈るばかりだ。
「あ~、なんか髪がベトベトするわぁ。やっぱ安物の染色スプレーじゃダメね。後で美容院に行っていい?」
後ろの明美は、マイペース極まりない口調で言った。私は正面のトロいトラックを追い抜かしつつ、仏頂面のまま低い声で答える。
「時間ないからダメだ。嫌なら丸坊主にでもしろ」
「昔の玲ちゃんみたいに? 悪いけど、ダサいから正直イヤ。っていうか、逆に目立っちゃうわよ、そんな頭じゃ。本末転倒になっちゃう」
「……なら、テロリストを発見して、監視体制を完璧に構築して、その後で時間の余裕ができたら、勝手に行けばいい」
「そうね、そうするわ。っていうか、玲ちゃんも一緒に髪切らない? あ、良かったら私がカットしてあげようか?」
「…………断る」
やはり精神的な負荷がかかるのか、明美との会話は非常に疲れる。傍から見ればなんでもない内容でも、こいつの口から出ているという事実だけで、ストレスが着実に溜まっていくのだ。
その上、この件が無事に終わったら、体を十三日もヤツに自由にさせないといけない問題もある。ふとそれを思い出し、一気に憂鬱な気分が増していく。
(……あッ、ヤバイな。精神ストレスが、なんか限界に近づいてきたっぽい)
唐突に、すべてを投げ出して楽になりたいという欲求が私を襲った。
今おもいっきり転んで事故れば、色々すっきりするんじゃなかろうか――みたいな妄想さえ、どこからか沸いてきた。
まずい。とても良くない。
これから私には、アクション映画の主人公もかくやの大仕事が待っているのだ。世界情勢が私の肩にかかっていると言っても、過言ではない。
なりふり構わず、自分の心のケアをしなければ。
ゆえに、私は正直に明美に伝えた。
「……明美、すまんが少し黙ってくれないか。私の心が、色々限界に近づいている」
「そうなの? 残念だわ、私はもっとお喋りを楽しみたいのに。でも、それなら事態が解決するまで、あなたにストレスを与えないよう努めるわね」
そう言うと、明美は私を抱き締める腕を緩めた。体を離して腰を掴む程度に留め、以後はまったく言葉も発さなくなった。
こうした普通の状態を維持してくれるのなら、私も心を穏やかに保つことができるだろう。
……とはいえ、コイツに配慮される状況は、それはそれでムカつくのだが。
そんなこんなのやり取りを経つつも、私はバイクをひたすらに走らせた。
テロリストが爆弾を仕掛けると思しきビルへ、一刻も早くたどり着くために。




