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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
30/174

24歳・3

 なだらかな丘の上に降りたった私たちは、身を潜めて敵の動向を伺っていた。


 半月と満月の中間くらいの月が出ているとはいえ、道路も通っていない荒野である。灯りなどひとつもなく、ゆえに遠くにある車列のヘッドライトなどは簡単に気づけた。

 確証はないが、あそこにいる連中がヘリを吹っ飛ばした地対空ミサイルを使ったとみて、ほぼ間違いないだろう。


 問題は、やつらが私と明美のことを認識しているかどうかである。

 パラシュートは夜間降下に備え、光を反射しない真っ黒の素材でできている。地上からの目視ならば、気づかれなくてもおかしくはない。

 だが、もしも発見されていて、連中がこちらに追撃をしかけてきたのなら、非常にまずい事態となる。

 なにしろ、ここは隠れる場所のない広い荒野であり、迎撃できるような装備はこちらにないのだ。大勢に襲われれば、私と明美はなす術もなく殺されてしまうだろう。


 だから着陸後に敵の車列を発見したときは、肝が冷えた。身を隠したまま、連中がこちらに来ないことをひたすらに祈るしかなかったのである。


 ――が、数分ほど明美とともに岩陰に隠れていたものの、敵がこちらに向かってくる気配はなかった。


 高価なミサイルを贅沢に使ってヘリを撃墜したくらいだから、連中の殺意は相当に高いはず。だから私たちに気づいたのなら、それを放置するのはおかしい。となると、ヘリから飛び降りた私と明美は、運良く敵に気づかれなかったのだろう。


 十分近くたった後に車列が音を立てて遠のいていったところで、ようやく私はその確信を得ることができた。


(はぁー……、助かった)


 危機が去り、心の底から安堵の溜め息を吐く私。

 まるで綱渡りを終えたかのような気分だ。いや、実際綱渡りだった。ヘリにミサイルが飛んできてから現時点まで、何度紙一重で命が助かったか知れない。


「いや~、危なかったわねぇ」


 明美は立ち上がると、大きな伸びをして見せた。

 私と同じく死に掛けたくせに、緊張感など微塵もなく、のほほんとしている。暗いから表情はよく見えないが、きっといつものように人間味のない微笑を浮かべているのだろう。


 相変わらず色々とおかしいが……そんなことより安全が確保できた以上、コイツにはいくつか質問をぶつけなければならない。

 私も同じく立ち上がり、明美に面と向かった。


「……おい、明美。お前はなんで――」


「待って玲ちゃん。それより、無事だったことを連絡したほうがいいんじゃない? CIAとかの人に」


 話を逸らされてしまったが、確かにそのとおりだ。

 教官の乗っていたほうのヘリは撃墜されておらず、あちらは私と明美が死んだものと認識しているはず。その後の作戦にも影響を及ぼすだろうから、明美の指摘したように早く連絡を取ったほうがいい。


 ……が、すぐに気づいた。連絡する手段がない。

 ヘリの中では全装備を解除していたから、無線も持っていない。作戦中だからスマホなんかは所持禁止だったし……。

 体をまさぐって唖然としていると、明美がこちらに顔を寄せてくる。


「あ、もしかして連絡できる道具がない? じゃ、これ使って」


 そう言うと、明美はスマホをこちらに差し出してきた。


「……お前、こんなのどこに持ってた? 所持品は全部没収したのに」


「下着の中。チェックが甘くて助かったわね、お互い」


 ……憎たらしいが、どうやらそのようだ。

 私は首を横に振って雑念を捨て、明美のスマホを受け取る。そして、事前に教えられていた緊急用の電話番号を手早く打ち込んだ。

 基地に駐留しているCIA職員が応答し、その人を経由して教官へと通話が繋がった。


『……無事だったか、二条』


「運よく。明美も一緒です。これからどうします?」


『我々のヘリでお前たちを回収するのは難しい。敵の対空兵器にまた狙われる可能性があるからな。ゆえに、自力で最寄りの町まで向かって、なにかしらの移動手段で基地まで戻ってこい。できるか?』


「……やるしかないでしょ。まあ、敵はもういないんで、問題はないと思います」


『ならばよし。が、再び念を押させてもらうが、馬場明美を殺すなよ』


「…………わ、わかってますよ。大丈夫です」


 そのとき気づいた。

 生き残ったのが私一人ってことにしとけば、今、明美を殺せたんじゃないか?

 核爆弾の起動に必要な血液は回収できたんだし、明美の情報は必要不可欠というわけではないはず。

 ……いや、どのみち『今日は殺さない』って約束をしてたから、殺すのは無理だったか。

 ともあれ、明美が私に連絡を促したのは、そのあたりの事情を鑑みたのかもしれない。やはり、したたかで油断できない女だ。


『……どうした? 本当に大丈夫なのだろうな』


「も、問題ないです。じゃあ、さっさと基地に帰りますね」


 考えてもしょうがない雑念を捨て、私は教官との通話を打ち切った。

 続けてスマホを使って周辺地図を検索しようとするが、ネットが繋がらない。どうもWifiが通じてないようだ。電話はできたのに……。

 すると、明美があらぬ方向を指差しながら言った。


「たぶん、最寄りの人家は南東の方にあるわ。ヘリから落ちたときに、そっちに光が見えた」


「……そうなのか」


 目ざといヤツだ。……まあ、落下中の私はパラシュートの装着で忙しかったから、しょうがない。

 私は今後の段取りを頭の中で立て、それを明美に伝える。


「なら、まずはその家に向かう。こんな僻地に住んでるなら車を持ってるだろうし、大金を出せば譲ってくれるだろう。で、その車で目的地まで真っ直ぐ向かう」


「お金持ってるの? 玲ちゃん」


「いや、ない。だからお前の電子マネーを使わせろ。代金は後でCIAに補填させるから」


「いいけど、田舎に住んでる人と電子マネーの取引ができるのかしら。スマホすら持ってないかも」


 コイツがそう言うのなら、なんだか当たってそうな気がする。

 私は若干考え込むが、すぐに代案を思いついた。


「……もしそうなら、電話でタクシーを呼べばいい。長時間待つことになるが、別に急ぎじゃないんだ。問題はない」


「OK。それでいいわ」


 差し当たりの方針が決まったところで、私は明美が指差した方向へと歩き出した。

 周囲に電灯の一切ない暗闇とはいえ、それなりに大きい月が出ている。荒野の地面は淡く照らされており、歩くだけなら不自由しないだろう。

 歩き始めた私に、明美は上機嫌そうにスキップでついてくる。私は視界の端にその姿を捉えつつ、ヤツへ鋭い口調で尋ねた。


「歩きながらでいいから、二つ質問をさせろ」


「どうぞ」


 私に並んだところで明美はスキップをやめ、普通に歩き出す。


「まず、どうしてヘリから飛び降りた? あのタイミングじゃ、まだ撃墜されるなんて分からなかったはずだ」


「そう? けっこう危なくなかった? 古いヘリで、対ミサイル用の装備が不足してそうだったけど」


 その見立てはおそらく当たっている。ヘリは手っ取り早さ優先で調達されたものだったから、各種装備の不備や不足は否めなかったはず。

 明美はさらに続ける。


「あと、エルデーペーエルの本隊と直接会う機会があったんだけど、本格的なミサイルを積んだ軍用車を何台か見かけたのよね。で、あれらが地対空ミサイルで、複数によって同時に狙われたら、あのヘリじゃ落とされるかも――って、ふと思ったの。直感ってヤツ。だから玲ちゃんにパラシュートの有無を確かめて、思い切って飛び降りたというわけ」


 一応、筋の通った説明ではある。が、直感だけでヘリから飛び降りられるだろうか? 私はいまいち納得がいかない。


「……本当か? 実はテロリストたちと繋がってて、スマホでミサイルを撃つタイミングを教えてもらった、とかじゃないだろうな」


「連中と結託してるなら、もっとうまいやりかたは幾らでもあったんじゃない? それに、私は玲ちゃん以上に命が危なかったのよ? 一、あなたがパラシュートと一緒にヘリから脱出する。二、あなたが私を助ける決断をする。三、地面に激突する前にあなたが私に追いつく。それら三つの過程全部をクリアしなきゃ、普通に墜落死してたんだから」


 ……それはまあ、確かにそうだ。この計算高い女が、自分が一定確率で死にかねない作戦を採用するとは思えない。

 ザクザクと小石を踏みしめ、私たちは闇夜を歩いて進む。


「わかった。じゃあ、ヘリから飛び降りた一件はもういい。納得することにする」


「それは良かった。でも質問は二つあるのよね? もうひとつは何を聞きたいの?」


 遠慮なく問いただそうとする私だったが、ふと思った。ウソをつかせないよう、念押ししたほうがいいかもしれない。


「……その前に約束しろ。私からの質問に、嘘偽りなく答えるって。こっちは『今日お前を殺さない』って約束を守ってるんだから、それくらいはいいだろ」


 その要求に、明美は若干考え込んでから答えた。


「……それって、断ったら玲ちゃん側の約束も無効になって、即座に殺しにくるってこと?」


「……そうだな。それもいいかもな」


 正直考えもしてなかったが、私はあえて肯定した。こんな返しをするのなら、明美は本当にウソをつこうとしているのかもしれない。なら、釘を刺すに越したことはないだろう。


「う~ん……しょうがないわね。今殺されにくるのはキツイし、玲ちゃんとの約束は破りたくないし、なら正直に話すしかないかぁ」


 それは、まるで諦めて開き直ったような口調だった。私は驚き、足を止めた。


「お、お前……ってことは、本当にウソついてたのか? さっきの答えも」


 明美も立ち止まり、大げさな仕草とともに言葉を返す。


「いや、さっきのはちゃんと正直に答えたわよ。ただ、次の質問はだいたい予想がつくし、そっちは事実を大幅に改変して答えようとしてた。とはいえ、時間がたてばバレるウソだから、ウソつかないって約束した以上はもう無理だけど」


「……私は、どうしてテロリストがお前を乗ってるヘリを撃ち落したのかを、尋ねたかったんだが……」


「やっぱり」


 ウソをつかないよう念押ししたのは、正解だった。どうやら二つ目の質問の中には、明美にとって不都合な真実が隠されているらしい。


 ほのかな月明かりが、明美の顔を照らす。怪しい微笑が不思議な光を帯びているせいか、いつもより化け物感が二割くらい増している気がする。

 私は状況を頭の中で整理し、それらの真偽を明美にただした。


「確か、テロリストは核爆弾を使うためにプーチンの血液が必要で、お前はその複製を作ることをテロリストに依頼されたんだよな?」


「そうよ」


「で、お前は血液の複製を作ったあとにテロリストの正体に気づき、通報するとともに逃亡した。血液を持って」


「うん」


「だから、テロリストはお前を執拗に追った。血液を回収するために。でもここに来て、なぜかテロリストはお前の乗っているヘリにミサイルをぶち込んできた。……これはおかしくないか? そんなことしたら、血液が手に入らなくなるのに」


「――実は玲ちゃんに、というか、あなたたちに黙っていた事実があります」


 ほらきた。私は眉間に力を込め、明美の暴露に備える。


「核爆弾の起動のための血液だけど、もうテロリストは持ってるんだよね。私が渡したから」


 文字通りの爆弾発言に、私は絶句した。心の備えなど、一瞬で爆散してしまった。

 目を見開き、頬の筋肉をピクピクさせ、ようやく言葉を搾り出す。


「……と、ということは……なにか? もうテロリストたちは、いつでも核爆弾を使えると?」


「そーゆーこと!」


 てへっ♪、とアイドルのようなぶりっ子ポーズを取り、明美は盛大に開き直った。


 こいつ、マジかよ…………。

 あまりの事実に脳が許容量を越え、私の思考は半ば停止した。もう、明美への呆れというか驚きというか、そんな感情しかない。


 ……ヤバくね?

 欧米諸国を諸悪の権化と思ってる超過激派テロリストが、核爆弾を自由に使えるって。もうヤバイとしか言いようがない。明日あたりにニューヨークが粉々に吹っ飛ばされても、不思議じゃない状況ってことなんだから。

 そもそも、そんな事態を恐れたからこそ、アメリカのCIAは他国内での無茶な軍事作戦を強行したのだ。なのに、危惧していた最悪の事態は、ほぼ現実となりつつある。

 もう、本当にマジで、ヤバイとしか言えない。


 たっぷり十秒ほど事態のヤバさを噛み締め、ようやく私は言葉をひねり出した。


「……なんで、テロリストが血液を持ってる事実を黙ってたんだ?」


 一方、明美はあっけらかんとした態度のまま答える。


「理由は二つ。ひとつは、テロリストの手から私を軍隊に守ってもらうため。あいつら恨みがましくてさぁ、通報した私を絶対許さないって、すごい剣幕で殺しにかかってきたのよ。だからどっかの軍に、連中を処理してほしかったの。で、血液を私だけが保持していることにして、私の価値を高めたってわけ。軍が助けてくれるように」


 ……同情できるんだか、できないんだが、ちょっと分からない理由だ。

 私はそのあたりへの理解を一旦脇に置き、質問を続けた。


「……二つ目の理由は?」


「私を保護しに来た軍隊の中に、玲ちゃんがいた。それが次の理由」


「…………なに?」


 わけがわからず首を傾げた私に、明美は穏やかな口調で説明する。


「実のところ、保護された時点で事実を話そうと思ってたんだよね。テロリストたちは、実はもう核爆弾の起動コードを手に入れてますよ、って。でも玲ちゃんがいたから、やめた」


「だから、それはなんで――」


「だって、話したら玲ちゃんもテロリストとの戦いに投入されちゃうでしょ?」


 私はハッとし、そのあたりでようやく明美の真意を理解した。


「もしかしたら、その戦いであなたは死んでしまうかもしれない。私にとっては、大勢の人間の命よりも、玲ちゃん一人の命のほうがはるかに大事なの。だから真実を伏せたってわけ」


「…………」


 私は押し黙った。……これって、私のせいになるんだろうか? 自分に責任があるのかどうか、ちょっと分からない。


 明美の私へのこだわりは、正直どうでもいい。私を食べたいとかいう明美の願望なんて理解できないし、受け入れるのも無理だからだ。

 しかし、ヤツと私との関わりのせいで核爆弾が爆発し、歴史に残るような大惨事が発生したら――さすがに私は責任感を覚えるだろう。もしそうなったら、犠牲者や被爆者には幾ら謝ったって足りない。明美と同レベルの大罪人となってしまうのだ。


(――――よし)


 私は意を決した。

 こうなったら、なんとしてでもテロリストを止めねばならない。でなければ、私は一生罪悪感に苦しむことになりかねない。

 明美に向き直り、私は決心を伝える。


「お前の言い分はわかった。でも、だからこそ私は手を引かない。今後も気持ちよくお前を殺しにいくためにも、テロリストは絶対止めてみせる」


 珍しく気だるげな表情を見せ、明美は溜め息を吐いた。


「はぁー……。こうなりそうだったから、話すの嫌だったんだよねぇ」


「お前の思惑なんて知ったことか。それに、これからの作戦にはお前にも参加してもらうぞ。テロリストの情報を多少は持ってるみたいだし、核爆弾を止める知識もあるだろうし」


「それはまあ、構わないわ。私の知らないところで玲ちゃんに死なれても、困るから」


 でも、と明美は付け加える。


「せめて、やる気を出すためのご褒美は欲しいかな。例えば、一ヶ月間玲ちゃんの体を好き放題にできるとか」


 こいつ、とんでもないこと言い出しやがった。

 私は嫌悪感で眉をしかめたが、しかし明美は真面目な顔でこちらをじっと見つめている。


「ねぇ、どうなの? 答えは?」


 ……どうやら冗談などではなく、マジの要求らしい。


 私はにべもなく断ろうとしたが、しかし寸前で思いとどまった。

 嫌々ついてくる相手よりも、餌をもらって多少は乗り気になった人間のほうが、戦う仲間としては信頼できる。明美のやる気を促すことは、今後の私の生存率に大きく関わるかもしれないのだ。

 ならば、多少の譲歩はするべきか……。


 苦虫を噛み潰した顔をしながら、私はきつい決断を下した。


「……一日だけだ」


「少なすぎ! 四週間!」


「二日」


「三週間! 痛いことは絶対しないし、期間が過ぎたら無事に帰すって約束するから!」


「じゃあ、三日だ。それ以上は譲らない」


「せめて十三日にして! 確か、それくらいで生理が来るでしょ? ウチに来る手間が省けるじゃない!」


 私は頭を抱えた。核爆弾が使用される瀬戸際だってのに、一体なんの交渉をしてるんだ、私は。

 自己嫌悪とか、自分を安売りしたくないとか、明美への殺意とか、色々な要素を天秤にかけなければならず、私はついに面倒くさくなってしまった。


「……わかった。じゃあ十三日でいいよ」


「決まりね! 言質は取ったわよ!」


 明美はガッツポーズを取ると、これまで聞いたことのない雄たけびを上げた。


「うっしゃあぁ! やる気出てきたわぁーッ!」


 そいつは結構。問題は、明美に反比例して私のやる気が下がってきたことだが……。


「さ、いきましょう、玲ちゃん! 私たち二人が悪のテロリストを成敗して、正義を為すのよ! すべては、その後のラブラブタイムのために!」


 演技で言ってるんだよな? これ。変なテンションの上がり方だから、ちょっと判別がつかない。


 ともあれ、やる気が無駄に迸る明美に引っ張られるようにして、私は夜の荒野を再び歩き出したのだった。

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