表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
28/174

24歳・1

 眼下の森林地帯は、沈み行く夕日によって赤く染まっていた。山脈に連なる丘陵であり、緑溢れる森をコンクリートの道が蛇行しながら貫いている。


 そうした光景を、私は空を駆ける軍用ヘリの中から眺めていた。

 退役寸前の古い機体で、側面はドアがなくて開け放たれてるから、騒音がとんでもない。そのままだと耳がイカれるため、私を含めた乗員はもれなくヘッドフォンをしている。

 広い機内には、私と同じ旧式装備に身を包んだ軍人たちがぎゅうぎゅう詰めとなっていた。装備はもちろん、人選もかなり間に合わせみたいだから、彼らが信頼に足る兵士かどうかは不明だが……。


 目的地が近づいてきたらしく、ヘッドフォンの無線から声が流れた。


『アルファより、全部隊へ。そろそろ標的に追いつく。だが監視衛星からの映像によると、すでに標的はエルデーペーエルによる襲撃を受けている。標的の確保には連中の掃討が不可欠であり、場合によっては乱戦になるだろう。各員、留意するように』


 無線から流れる教官の声を聞きながら、


(意外に指揮官っぷりも様になってるな)


 と、私は思った。まあ、外様でありながら急ごしらえの部隊の責任者に選ばれるのだから、それ相応の経歴をやはり持っているのだろう。


「はぁー……」


 私は盛大に溜め息を吐いた。

 数分もすれば、ガチの殺し合いが始まる。まったく、だから国と組むのは嫌なんだ。危険の矢面に無理矢理に立たされるから。

 とはいえ、約束を破ってこの話を持ってきた教官を責めることはできない。他ならぬ明美が深く関わっている事案である以上、私に断る選択肢はないのだ。


 ヘリの高度が下がっていく。同時に私は、地上の道路に車が横転しているのに気づいた。その周囲に倒れている、複数の人間にも。

 教官の言うとおり、すでに明美一派とテロリストは交戦状態にあるようだ。一刻も早く介入しなければ、非常にまずい事態となってしまう。


 森の開けた場所の直上にてヘリは止まり、地上へ迅速に近づいていく。

 瞬間、私は森の中からこちらに銃口を向けながら走ってくる人影を見た。すかさずアサルトライフルを構え、そちらに銃弾の嵐をお見舞いする。隣にいた同僚も気づいていたようで、私と彼の掃射はほぼ同時だった。


 ……当たった、か? 地面に倒れたのか、狙った敵が見えない。

 目を凝らしていると、一緒に銃撃した大柄な男が大きく頷く。


「大丈夫だ。仕留めた」


 顔に傷のある、いかにも歴戦といった感じの男だ。なんとなく、アーノルド・シュワルツェネッガー(ターミネーターとかの映画の俳優)に似てる。


 ともあれ迫ってきた敵を無事に排除し、ヘリは無事、地上に接近できた。高度は地面から十数メートルといったところか。

 そしてヘリから一斉に何本ものロープを垂らし、私たち実行部隊は同時に降下した。地面につく寸前でブレーキをかけ、落下の勢いを殺しながら着地。すぐさま銃を構えなおして周囲の索敵に当たる。


 教官が乗る方のヘリは上空で待機していて、先ほどから光学機器にて情報収集に努めている。

 そしてそちらの乗員は、森の戦況をおおよそ把握したのだろう。私たち降下組が地面に降り立った直後、ヘッドフォンから教官の細かい命令が飛んできた。


『アルファよりデルタへ。デルタワンからフォウアーは森の北東へ、ファイフからナイナーは北西へと向かえ。標的の一派とテロリストの交戦は、その間の地帯にて行われている。連中をまとめて挟み撃ちにし、標的以外はすべて射殺しろ』


 なんとも酷い命令だが、致し方ない。相手はどちらの陣営も犯罪者だし、指示に疑問を抱く余地がないほど事態は逼迫している。

 私はチームの五人とともに、銃を構えながら森へと入った。


 ……軍隊での行動は、中東での訓練以来か。

 集団で戦う以上は、自分を殺して仲間と息を合わせなければならない。私はその鉄則を頭の中で自分に言い聞かせつつ、彼らと歩調を合わせて森の中を進む。


 正面の木々の向こうから、銃を撃ち合う音が響いてくる。明美の護衛たちと、そいつらを襲撃したテロリストが交戦しているのだ。

 これは好機だった。私たちは一気に歩調を速め、森の中を駆けていく。


 数十秒後、こっちに背を向けた複数の人影を見つける。が、すぐには撃てない。まず、明美でないことを確認しなければならないのだ。

 しかし、彼らのシルエットが明らかに男だったからか、私の左横の男はほぼノータイムで銃を撃った。他の者もそれに続き、目の前の一団に弾丸の雨を浴びせていく。

 驚いてこちらに銃を向けてきた男がいたが、私は素早く反応し、そいつの胸から顔にかけてを蜂の巣にしてやった。

 連中は皆、旧ロシア軍の装備を身につけている。位置的に考えても、こいつらがテロリスト側だろう。


 少し進むと予想通り、テロリストどもと戦っていた明美の護衛たちがいた。

 ……どうやら彼らの一部は、私たちのことを救援かなにかだと思い込んだらしい。五、六人の男たちの半分ほどは、銃を下ろして明らかに安心しきっていた。

 そんな彼らを、私らは一斉に銃で撃った。明美がその中にいなかったからだ。


 ……我ながら、胸糞悪い行いをしている。

 が、仕方ない。これは仕方ないことなのだ。

 私はそう何度も自分に言い聞かせ、心を殺した。でないと、必要なアクションを実行できない。


 銃声が、また森の奥から響いてくる。私たちの銃の音とは違うから、まだ明美の護衛とテロリストたちの戦いが続いているのだろう。

 部隊のリーダーであるシュワちゃん似の男が走り出し、他がその後に続く。


 しかし、そうして移動を再開した直後、私の左を走る男が唐突に倒れた。一拍遅れて、そのさらに左の男も地面にどさりと崩れ落ちる。


 私はハッとし、すぐさま木の陰に隠れた。進行方向の左側から、攻撃を受けている。

 銃声がしなかったということは、敵は銃にサイレンサーでも装着しているのだろうか? それとも、銃以外の武器を使っている?


 倒れた仲間はどちらも動かないし、損傷の具合も目視で確認できない。

 ……嫌な流れだ。状況から見て遠方からの狙撃とは考えにくいから、近くに潜んでいるのは確実だが……。


 一歩間違えれば自分が死んでいたとはいえ、私は極めて冷静だった。この程度の修羅場は、すでに何度もくぐっている。我を失えば死が近づくという事実を、肌で実感し、理解していたのだ。

 仲間の一人が恐れに耐え切れなくなったのか、一目散に後ろへと駆け出す。が、その巨体は即座に倒れ、顔から地面にめりこんだ。


「聞こえたか? ニジョー」


 シュワちゃん似の男が、私を呼んだ。こちらは彼をまったく知らないから名前を呼べないが、私は即座に返答を返す。


「くぐもった小さな銃声。たぶん、ハンドガンにサイレンサーをつけてる」


「俺の見立ても同じだ。距離は十五から二十といったところか。むかつくが、いい腕だぜ」


 今さっき倒れた男を、木々の間から差し込んだ夕日がスポットライトのように照らしている。彼のこめかみには大きな穴が空いており、そこからは湧き水のごとく血がドクドクと流れ出ていた。

 つまり敵は、走っている人間の頭へと、そこそこの距離から拳銃の弾を当てて見せたのである。

 私とは別の木に隠れているシュワちゃんは、大きく息を吐いて銃を構えた。


「敵に向かって突撃する。バックアップは頼んだ」


 その表情に力みはない。おそらく、突撃は彼にとって無謀な賭けではなく、何かしらの成功する根拠があるのだろう。

 が、私は彼を止めた。


「ちょっと待って。その前に試したいことがある」


 状況から考えて、私の推測が当たっている可能性は低くない。そして、声を出すだけならほぼノーリスクで済む。

 私は大きく息を吸い込み、左の林へ向かって呼びかけた。


「おーい! 明美かー!?」


 風がまったくないためか、周囲の木々は静かだ。ゆえに、すぐさま返ってきた声は問題なく聞き取れた。


「玲ちゃーん! いるのー?」


「いる! お前を保護しにきた! だから撃つな!」


「ほんとにー? いっつも私のこと殺したがってるくせにー?」


「今日は殺さない! 約束する! っていうか、そんな場合じゃないって、お前にもわかるだろ!」


 わかったわかった、という呟きとともに、無警戒に歩く音が森の中に響く。

 そして日本語で話していたとはいえ、流れでシュワちゃんは事態を理解したらしい。


「……ニジョー、あれは標的のババなのか?」


「そのとおり。一応説得したから、多分だいじょうぶ」


 私は銃を下ろしたまま、木の陰から出た。思ったとおり、森の奥から明美がこちらへ歩いてきている。


 ヤツはベージュ色のパーカーにダボっとしたカーゴパンツという、普段着そのままの格好だった。キャラを作っていた学生時代はファッション雑誌から抜け出たような格好を毎日していたものだが、ああした動きやすい格好が本来の好みらしい。

 明美はさらに、右手で無造作に拳銃を持ち、腰にはウエストポーチを装着している。私はウエストポーチに視線を向けた。目的のブツが、あの中にあるかもしれない。


「ババ! 銃を捨てろ!」


 シュワちゃんがアサルトライフルをがっつりと構えながら、明美に向かって叫んだ。彼はまだ、明美のことを心底警戒しているようだ。……いや、私も心を許したわけじゃないのだが。

 しかし次の瞬間、明美は予想外の行動に出る。

 ウエストポーチから何かを取り出すと、それを私の方へと大きな弧を描くように投げたのだ。


 透明のパックに入った赤い液体が、夕日に照らされてきらめく。

 今回の事件の中心となっている重要アイテムであると気づき、私はすかさず受け取る姿勢を取った。

 が、同時にくぐもった銃声が響く。私が輸血パックをキャッチしたのと、撃たれたシュワちゃんが地面に倒れたのは、ほぼ同時だった。


 すかさず状況を把握し、私は肩にかけていた銃を明美へと向ける。

 ヤツは輸血パックを投げることで私らの気を引き、その隙を突いて銃撃を仕掛けてきたのである。


「どういうつもりだ、明美」


 私は低い声で問いただす。ヤツはいつものように、感情の読めない微笑を浮かべていた。


「なーんか、玲ちゃんと一緒にいる人間は排除したくなるのよねぇ。もう、私の性癖だなぁ、これも」


「……お前、私が呼びかける前に、私がいるって気づいてたな?」


「まあね。でも、あなたたちも私の仲間を容赦なく撃ち殺したんだから、文句はないでしょ? お互い様ってことで」


 一切悪びれずにそう言うと、明美は持っていた銃を私の足元へ投げ捨てた。


「とはいえ、これ以上は暴れないわ。私も命は惜しいし」


 私は色々な気持ちを飲み込み、とりあえずひとつの質問を返した。


「……この血液。これは、例の起爆コードになってる血液なのか」


「そうよ。あなたたちが欲しかったのがソレでしょ? 慎んで進呈してあげる」


 なら、とりあえず作戦の目的は半ば果たしたことになる。

 私は無線を入れ、司令部に状況を報告した。


「デルタエイトよりアルファへ。標的と血液を確保した。が、チームの私以外の人間はすべて銃撃を受け、戦闘不能に陥っている。指示を求む」


『アルファよりデルタエイトへ。安全は確保できているのか?』


「差し当たりは」


『よし、ならば標的をつれて、最初に降下した地点へと向かえ。二つの勢力の掃討はつつがなく進んでいる。これ以上、交戦の危険はないだろう』


「了解した。……負傷した人員については?」


『バイタルサインを遠隔で確認したが、すでに全員死亡している。救助の必要はない』


 私は苛立ち、舌打ちをした。自分のせいで死んだようなもんじゃないか、彼らは。


『……二条よ、念を押させてもらうが、まだ馬場明美を殺すなよ。彼女には聞かねばならんことが、山ほどある。貴様の都合を考慮する余裕など、毛筋ほどもないのだ』


「わかってますよ、言われなくても」


 教官のいらん忠告にさらにイラつきつつ、私は明美が捨てた銃を拾って腰の後ろに差した。

 殺したいのはやまやまだが、すでにもう、『今日は殺さない』と明美に宣言してしまっている。ならもう、今日は明美を殺せないのだ。


 約束は守らねばならない。他でもない、私自身の自尊心のためにも。


「いくぞ」


 顎で明美に行き先を示し、私は歩き出した。早歩きで森をずんずん進む私に、明美はまったく同じ歩調でついてくる。


「ねぇ、玲ちゃん。一応聞いておくけど、今あなたを雇っている組織ってどこ?」


「……CIA」


 ほんの少し逡巡したが、答えてやった。隠すほどの情報じゃないし、大組織が相手と分かればヤツも大人しくなるかも――と思ったからだ。


「ってことは、特殊作戦グループってやつに臨時に組み込まれてるの? 米国軍人じゃないのはもちろん、アメリカ人ですらない玲ちゃんが?」


「良くも悪くも、人脈ってやつがあんだよ。私にも」


 ふぅ~ん、と唸る明美。


 そうこうしているうちに、木々のない広場へと辿り着いた。最初に降下した場所で、ヘリはローターを回したまま着陸している。

 私は明美をその中に押し込み、自分も乗り込んだ。


(……帰りの機内は広いな)


 もう一方のチームが戻り次第、ヘリは出発するだろう。

 私はどっかりと座席に背を預け、人の命の軽さに辟易しながら、沈みかけた夕日を窓からぼんやりと眺めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ