23歳・1
明美はメキシコで、豚肉の輸出入ビジネスを手がけている。が、それは表向きの顔。
裏では、豚肉の輸送ルートを利用して膨大な大麻をアジアへ輸入し、巨額の富を得ている。マフィアやヤクザといった裏社会の人間と手を組んでいるのも、そのためだ。
……まったく、ガチガチの犯罪者になったものだ。殺し屋の私が可愛く見える。
しかし、これだけで教官から「歴史に名を残す悪人」とまで言われるのは納得がいかない。
おそらく、他にまだあるのだ。
薬物の輸出入以上のとんでもない悪事に、ヤツは手を染めているはず。
その事実を知るため、私は奇策に打って出た。
明美に連絡を取り、「裏で何をしているのか教えろ」とストレートに聞きだしたのである。調べて分からない以上、私にはこうするしか他に手段が思いつかなかった。
無論、答えを期待などしていかなかった。前にもそうされたように、普通にはぐらかされて終わりだろうな、と思っていたのだ。
しかし返ってきたのは、「じゃあ教えるからウチに来て」という返事だった。銃器などの武器を持ち込まなければ、普通に家の中に入れてくれるとのこと。
……あいつが私の存在をどう考えているのか、いまだに分からない。
『退屈しのぎの相手かなんか』と大学時代は解釈していたが、この期に及んでそう考えるのは、無理がある。
だって、マフィアの護衛をごっそり排除した後、私はヤツに十回ほど襲撃を仕掛けているのだ。
残念ながらどれも失敗に終わったが、何度かは手傷を負わせたし、商品の大麻が大量保管されてる倉庫を爆破してやったりもした。ヤツのことだから、提携していた大手マフィアの壊滅に私が関わっている事実も、すでに知ってるかもしれない。
そんな目障り極まりない人物を邪険に扱わない理由は、なんだろう?
幼馴染という事実が最近判明したが、それが絡んだりしているのだろうか? あるいは家への招待は罠で、本当は私を始末しようとしている?
……わからない。常に明美のことを考えているのに、未だに私はヤツの考えをぜんぜん理解できていない。
だから、リスクを覚悟であちらの招待を受けるしかないだろう。そうして明美の謎を解き明かせれば、このどん詰まりの状況を多少は動かせる気がする。
明美のメキシコでの住居は、とある山のふもとにあった。
山林を切り開いて作られた豪邸で、周囲一体を刑務所のような高い壁で囲まれている。調べたところ、元はマフィアのボスの邸宅だったらしく、それを二年前に明美が買い取ったらしい。
ヤツは、ビジネスの場以外では大抵この家に篭っている。だから私も何度か侵入を試みたのだが、セキュリティやガードが厳しくて無理だった。住み込みで働いてる現地の一般人もいるから、爆弾などでまとめて吹っ飛ばすという方法も使えない。
そうして攻略を諦めた事情があったから、ここに客として訪問するのは不思議な気分だった。門の守衛に名前を名乗ったら、すんなり中に入れちゃったし。はたしてこれは正攻法なのか、それとも裏技なのか。
……まったく、明美のペースに乗るのはこれだから嫌なのだ。色々と現実感がない。
ともあれ、そうして私は化け物の巣窟へと足を踏み入れたのである。
「いらっしゃい、玲ちゃん」
玄関を抜け、通されたリビングのテーブルにて、明美は優雅にコーヒーを飲んでいた。
ゆるいTシャツにハーフパンツという、その辺の女の子のような部屋着を着ており、とてもじゃないが大麻取引を司る大悪人とは思えない。
ちなみに私は大型バイクに乗ってきたため、レザーの上着にレザーのパンツという、少々ハードなスタイルだ。
周りに護衛はいない。広々とした間取りだが、お手伝いさんの姿すら見えない。家の外には大勢のガードマンがいたから、何かあればそいつらがすっ飛んでくるんだろうが……。
「変に警戒しなくて大丈夫よ。今、家の中には私しかいないから」
周囲の気配を探る私に、明美はゆったりとした口調で話しかけてくる。
「それより、上着を脱いで座ったら? いい豆があるの。とっておきの一杯を入れてあげるわ」
明美は席を立つと、壁際の棚へと向かった。私は指示には従わず、これまで抱いていた疑問をぶつける。
「ボディチェックをしなくていいのか? お前は武器を持ってくるなと言っただろう」
「いいわよ別に。だって、持ってきてないでしょ? 玲ちゃんは約束は守る性格だもの」
「…………」
確かに、銃器や刃物は所持していない。というか、持ってたら没収されるのは自明であり、だから最初から持ってこなかった、というだけの話だが。
「でも……そうね。じゃあひとつだけ約束して」
表情を固くしている私に対し、明美は学生時代にも見せなかった柔らかい笑顔を浮かべている。
「今日は、私を殺すのはなし。だって、話をしに来たんでしょ? もちろん私も玲ちゃんには一切危害を加えないと約束する。これでどう?」
「……いいだろう。お前のペースに乗ってやる」
「それは良かった。嬉しい」
明美は朗らかに笑うと、淹れたてのコーヒーをテーブルへと置いた。
私は観念し、上着を脱いで適当にテーブルに置き、カップがある席へと座った。明美が座っていた椅子からは、斜めに位置している。
凝視していたが、明美がカップに何かを入れた形跡はなかった。毒の類いは入っていないだろう。とはいえ、カップのほうに毒が塗られている可能性はあったので、口をつける部分を自前のハンカチで丹念に拭う。
そうして懸念を払拭した私は、喉が渇いていたこともあり、明美に出されたコーヒーをためらいなく飲んだ。
……うまい。悔しいが、なかなかにいい味だ。よほどいい豆を使ってるのだろう。
ちょっと、普段からも飲みたいなコレ。せっかくだから、銘柄を聞いても――。
などと暢気に考えていたら、体の異常に気づいた。手足の指先がピリリと痺れ、その麻痺の感覚が瞬く間に全身へと広がっていく。
「なっ……!」
毒を盛られたことにようやく気づき、慌てて席を立つが、もう遅い。足がもつれて転び、私は床に仰向けで倒れこんでしまった。
「うーん、驚き。やっぱり玲ちゃんの行動は読めないわ。まさか即、毒入りコーヒーを飲んでくれるなんて」
明美が寄ってきて、転がった私を真上から見下ろす。
「おっ、お前……危害は加えないって、言った……くせに……」
麻痺の毒が回ってきたせいか、舌がもつれて上手く喋れない。
ああ、クソッ! やらかした! やっぱり罠だったんだ!! なんで私は、私は――。
「大丈夫よ、落ち着いて玲ちゃん」
全身をピクピクさせて動けないでいる私に、明美はなだめるように話しかける。
「自由を一時的に奪っただけで、約束どおり危害は加えないから。二、三時間もすれば毒の効果は切れるし、来たときと同じ状態で帰ることができる。それなら問題ないでしょ?」
「な、なにが……目的だ」
話をするだけなら、こんなことは必要ない。私に危害を加える気がないというのなら、いったい明美はなぜ、自由を奪う毒など飲ませてきたのか。
「目的はもちろん、私の本質をわかってもらうこと。あなたも私を知るために来たんだし、なら問題ないでしょ? これが一番手っ取り早い方法なのよ」
そう言うと明美は床に這いつくばり、私に覆いかぶさってきた。そして私の首筋に顔を埋めると、すーっと音を立てて深呼吸した。
「はぁーーっ、いいわぁ! やっぱりナマ玲ちゃんは最高だわ! これだけでぶっ飛んじゃう!」
目の前にある明美の顔は、白目を向いて痙攣し、だらしなく涎を垂らしている。
私は察した。こいつ、クスリをやっている。
「……お、おい、お前が大麻とか使うのは、勝手だが……やるなら、一人で……やれ」
「大麻ぁ? 失礼ね、玲ちゃん。そんなツマラナイもの、私がやるわけないでしょ」
クスリでアヘってるかと思いきや、意外にしっかりした口調の返事が返ってくる。
「実を言うとね、今回あなたが話を聞きたいって提案してくれたのは、渡りに船だったの。ちょうどストックも切れかけて、養殖にも飽きてきたとこだったから」
何の話だ、と言いたいとこだが、舌が痺れてうまく喋れない。
すると今度は明美のやつ、唐突に私の服を脱がし始めた。シャツのボタンを器用に素早く外していき、とうとう下着が露わになる。
この期に及んでなお、私は明美が何をしようとしているのか、微塵も見当がつかなかった。
抵抗できない私の左腕を持ち上げ、明美は脇をじっくりと眺めてくる。
「ああ……やっぱり玲ちゃん、脇の処理はしてないのね。元々薄いから目立たないけど……私にとっては最高だわ」
すると明美は、いきなり私の脇をベロリと舐め上げた。
「おっ、おっ、おっ……の、脳に……脳にくる……ッ」
変な声を出すと、明美は再びプルプルと震えだす。
そしてしばらくすると、今度は狂ったように私の脇を何度も何度も舐めた。まるで餌を何日ももらえなかった犬が、ようやくありつけた餌に皿を食う勢いでむしゃぶりつくかの如くだった。
丹念に、そして執拗に、私の脇をこれでもかと舐め回す明美。
私はただ、ひたすらに混乱していた。
――こいつ、マジでなにしてんの? 意味がさっぱりわからん。
体が麻痺しているから、舐められている感触とかは特に感じない。そのせいか、気持ち悪さなどより先に、恐怖や困惑といった感情が私を支配していた。
マジでこいつ、なんなの? 人間なの? わからん、わからん、全然わからん――。
あまりの化け物っぷりに圧倒され、思考がまったくまとまらない。
すると、今度は明美は私の口へと手を突っ込んできた。
「よぉし……いいわ。顔にもいい感じに麻痺が回ってきたわね。これなら――」
明美は私に顔を近づけ、一切ためらわずに口付けをしてきた。そして映画で見たような、相手の口を思うがままに吸うようなディープキスを仕掛けてくる。
私にとってはいわゆるファーストキスだったが、もはやそんなことに思いを馳せる余裕もない。明美は私の唇や歯茎を執拗に舌でねぶり、甘噛みし、唾液をズルズルと啜った。
私から口を離すと、明美は「はぁ~……」と恍惚とした喘ぎ声をあげる。体はビクンビクンと震えており、さっきから下半身を私の体に何度も擦り付けている。
ふと、大学時代のこいつに耳をかじられたときのことを思い出した。あの時も確か、明美は性的快感を覚えているかのごとく、奇妙な反応を見せていた。
(ああ……やっぱり化け物だわ、こいつ……)
私は当時と同じ感想を持った。もう、目の前にいるのが同じ人間とは思えない。こいつはきっと、人間の体液を得ることが目的の妖怪とか宇宙人なのだ。
このまま私は化け物に食い尽くされるのだろうか?
現実感がなく、毒が脳にも回ってきたのか、思考が働かない。
ああ、ちくしょう。やはりこいつは、ぶっ殺すべき存在……だった…………。




