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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
23/174

21歳・6

 飛行機から降りて渡り廊下を歩き、空港内の光景に一通り目を通したところで、ようやく日本に帰ってきたという実感が沸いた。

 聞こえてくるのは日本語の会話だし、看板の文字も日本語だし、懐かしさに涙さえ出そうになった。なにしろ、およそ二年も外国にいたのだ。


「はぁ~、帰ってきたってかんじ……」


 動く歩道に乗って運ばれながら、私はしみじみと呟いた。ちなみに、すでに喉の手術は終えているため、声は元に戻っている。

 そして私の独り言を聞いて、後ろに立つ人物が鼻で笑った。


「ふん、貴様のような人間にも望郷の念があったか」


 言うまでもなく、教官である。髪を黒く染めてサングラスをかけ、そのうえ流暢な日本語を話しているから、パッと見は日本人に見えなくもない。

 別々の飛行機かと思ってたのだが、なぜか一緒だった。というか、気づけば私の後ろを歩いていたのである。


「別におかしくないでしょう。私は元々内向きな人間ですよ。必要がなけりゃ、住み慣れたところを離れなんてしませんよ」


「かといって、地元に愛着があるわけではあるまい。愛国心だってなかろう。貴様は良くも悪くも、独立独歩で生きている。内向きではなく、そもそもどこにも向いていないのだ。根っからの根無し草。それが貴様だ」


「……根っからの根無し草。面白い言い回しですね」


 私はため息を吐いた。呆れるほどに、いつもどおりのストレートな皮肉屋のままだ。

 話す言語が変われば口調や態度に多少のズレが生じるものだが、この人の場合はまったくない。これは言語間のニュアンスの違いを完全に把握し、その差を意図的に埋めなければできない芸当だ。

 日本語という風変わりな言語でそれをサラリとやってのけるのだから、やはりこの人の言語能力は尋常ではない。まあ、それですら教官にとっては、数多あるスキルのひとつでしかないのだが。


「で? 貴様のこれからの予定は? 到着してから決めるとか言っていたが」


「……悩んでたけど、まず実家に帰ろうと思います。大学辞めたことについても、さすがに親に説明しなきゃいけないし」


「決心がついたか」


「はい。ってわけで、教官もついてきてください。ウチまで」


「――なんだと? ワシが貴様の家に? なぜだ」


「だって、私だけだったら怒られる未来しか見えませんもん。でも教官を連れてって、就職予定の海外のNPO団体の上司って言えば、たぶん納得すると思うんですよね。ってわけで、頼んます」


 私は教官のほうを向き、両手をパチンと合わせて頼み込んだ。久しぶりの日本人っぽい所作だ。

 教官はあからさまに大きなため息を吐くと、渋々といった様子で頷いた。


「……いいだろう、貴様の芝居に付き合ってやる。だが勘違いするなよ。これは貴様のためではなく、いかれた娘を持った貴様の親御さんのためだ。騙され、振り回されている彼らが、はたから見て哀れでならんからな」


「……しょうがないじゃないですか。親に本当のこと話すわけにはいかないんだから」


「まあな。『元同級生を殺すため、暗殺や諜報の訓練を受けていた』――などと、言えるはずもあるまい。頭がおかしいと思われるだけだからな。そして事実、貴様の頭はおかしい。ゆえに親御さんが不憫だと言ったのだ」


「…………そっすか」


 彼のネチネチいびりは今に始まったことじゃないので、とっくに慣れている。が、さすがに親に搦めてけなされるとイラっとくる。反論の余地がないのも、また腹立たしい。

 ハッ、どうせ頭のおかしい女ですよ。あたしゃ。


「では、明日の朝まで貴様と行動を共にすることにする。その後は別行動だ。ワシは馬場明美の調査に取り掛かる」


「調べ終わったらどうします?」


「これまでどおりだ。勝手に動け。ワシの気が向けば、貴様に合わせてやる」


 そんなこと言いつつ、訓練は終わってるのにずっと協力してくれてるんだよなぁ、この人。

 興味本位なのか、親切心なのか、あるいは監視目的なのかは分からんけど。


「了解しました。じゃ、まずは里帰りに付き合ってください」


 真意は不明だが、差し当たり便利な協力者である事実に違いはない。せいぜい利用させてもらうとしよう。

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