21歳・5
飛行機から颯爽と降りてくる明美を見て、私は眼を疑った。
全身の筋肉が麻痺して心臓も止まるっていう、超ヤバイ毒を飲ませたはずなんだが?
なんでアイツ平然と歩いてんの?
遅効性とはいえ、とっくに効き目は出てるはずなんですけど?
私は変装を解き、一足先に飛行機を降りて空港内に辿りついている。
ファーストクラスの席にいた明美は、それから十五分ほど遅れて出てきて、今バスへと乗り込んだ。私はそれを双眼鏡によって空港の中から眺めていたのである。
「……なんで? なんで無事なのアイツ。抗体とか持ちようのない毒なのに」
「飲んですぐ吐き出した、と考えるのが普通だろうな」
私のすぐ後ろで、アロハシャツを着た初老の男が呟く。だが、私は眉根を寄せて否定した。
「いや、意味わかんないですよ。無味無臭の毒にどうやって気づくっていうんですか? 教官だって自分でも察知は不可能って言ってたじゃないですか」
「毒そのものではなく、他の要因によって毒の存在に気づいたのかもしれん。例えば、貴様の変装を見破ったとか」
「んなバカな……。五時間かけて特殊メイクして、外科手術で声まで変えて、体臭だって香水できっちり隠したんですよ。演技だって完璧だったし」
そんなわけで、今の私の声は別人のそれになっている。まあ、簡単な手術で元に戻るから別に問題はない。問題は、そこまでしたのに変装を見破られてしまった可能性があることである。
「っていうか、私に気づいたのなら、毒飲む必要なくないですか? それとも、飲んだ直後に気づいたとでも?」
「……現状、他に考えられん。とはいえ、貴様の変装はワシから見ても問題はなかった。いったい、なにゆえ気づけたのか……」
超ベテランスパイの教官から見てもわかんないとか……やっぱ化け物だわ、アイツ。ガチの人外である可能性がいよいよ濃厚になってきた。
そして、明美に思うところがあるのは、教官も同じらしい。
「ふむ、あの馬場明美という女……貴様以上の異常者かもしれん。少しワシの方からも調べてみるか」
「調べるって、なにをです?」
教官はその冷たい眼差しを、ギロリと私に向けた。
「そもそも、貴様は彼女の何を知っているのだ。このメキシコになんの目的でやってきたか、それすら把握しておるまい」
「いや、まあ……そうですけど」
「今回、貴様は暗殺に失敗した。当然、馬場明美はこれまで以上に身を固め、貴様のさらなる襲撃に備えるだろう。一度使った手法はまず通用せず、殺しの難易度が大きく跳ね上がるのだ。ゆえに馬場明美を殺すには、彼女という人間を紐解き、その思想や行動理念を余すことなく理解する必要がある。隠された弱点を突くためにな。――ここまで、なにか反論は?」
「……ないっす」
「それはナイスだ。幼稚園児にも分かるよう、噛み砕いて説明した甲斐があった。というわけで、ワシは一度日本に向かう。が、これは貴様への協力ではなく、あくまでも個人的興味に基づく行動だ。貴様は好きにすればいい」
「……いや、私も日本に行きますよ。教官が気紛れで私に付き合ってるってのは理解してますし、だからちゃんと自分で明美のことを調べます」
教官はいやみったらしく肩をすくめると、そのまま空港のカウンターへと向かった。
私も日本行きのチケットを買わなきゃいけない。日本に戻るだけだから、偽造パスポートは使わなくていいかなぁ……。そのへんも教官に聞いておくか。またゴチャゴチャ罵倒されるんだろうけど。
明美の乗ったバスは、そろそろ空港へとたどり着く。鉢合わせるわけにはいかないから、とりあえずはここを離れなければならない。
――映画のスパイみたいな変装技術を身につけたのに、それですら殺せないとは。
むかつくが、まあさすがは明美といったところだ。やはり簡単にぶっ殺せる相手じゃない。
私はさらなる殺しの方法を考えつつ、その場を立ち去った。




