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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
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21歳・3(裏)

 ――考えてみれば、小学校に上がったあたりが、私の人生の中では最も辛かった。なにせ、玲ちゃんと離れ離れになってしまったのだから。


 できる限りの手を打って彼女と一緒の学校に通おうとしたが、さすがに当時の私はまだ家を掌握できておらず、親の決定を覆せなかった。そして今のように玲ちゃんの髪や体液をストックしていなかったから、私は恒常的に飢えに襲われ、ひどく苦しむハメとなってしまう。


 だが、そうした状況を打開すべく、家族をコントロールする術を模索したり、玲ちゃんの盗撮、盗聴の技術を磨いたりと、私は自己研鑽に励んだ。そうした積み重ねのおかげで今の私があるから、やはり人生において逆境というのは必要なのだと思う。


 小学生半ばに達する頃には、玲ちゃんへの徹底的なストーキングによって彼女の髪を入手する経路を確立しつつあった。差し当たり飢えはそれで凌げたが、当然、成長期の私がそんな程度で満足できるわけもない。……まあ、思い起こせば色々なことをやっていた。

 健康診断中の保健室に忍び込んで彼女の尿を飲み干したり、夜中に彼女の家に侵入して全身を舐め回したり、洗濯機から彼女の使用済み下着を盗んで匂いを嗅いだり。


 思い返せば、なかなかに子供っぽくて笑える。リスクの高い綱渡りもためらわずに挑戦してたし、若さゆえの無謀と行動力が当時の私にはあった。

 とはいえ、悩みがなかったわけではない。当の玲ちゃんをどうコントロールすべきか、私は答えを決めあぐねていたのである。


 私は、玲ちゃんの自由奔放で、良くも悪くも浮世離れしたところに、途方もない魅力を感じている。

 ゆえに、玲ちゃんを自分の支配化に置いてしまったら、その旨みが損なわれてしまうと考えたのだ。管理下による養殖ではなく、放し飼いによってこそ彼女の味は引き立つのだと。


 最優先すべきは、彼女の味。

 ゆえに、賞味のために多少の手間やリスクを負ってでも、玲ちゃんを強引に掌握するような方針は取らなかった。


 が、それはそれで別の問題が生じてしまう。玲ちゃんに、十把一絡げの一般人どもがうようよと近づいてくるという問題だ。

 玲ちゃんの美しさは、やはりその孤高にこそある。

 なのに、その周りをハエがたかるかのごとく友人知人がうろついたら、食欲も失せるというもの。


 それは看過できない問題だったため、私は悩んだ末に自らの手を下すことにした。具体的に言えば、玲ちゃんが学校のクラスで孤立するよう仕向けたのである。

 彼女を泥棒に仕立て上げるとか、クラスの有力者に金を渡して無視させるとか、それはもう色々な手段を使った。


 懸念は玲ちゃんが精神的なダメージを受け、引きこもるなどの厄介な事態に陥ってしまうことだった。が、幸運にもそんな展開にはならなかった。彼女は理不尽に怒りながらも、黙ってその逆境に耐え、孤独を享受したのである。


 私は痺れた。

 それでこそ玲ちゃんだと、心の底から感動した。

 掃いて捨てるほどにウジャウジャいる人間たちの群れの中で、やはり彼女だけが輝いている。孤独は、玲ちゃんの味をより引き立たせるスパイスなのだ。


 彼女の強さを知った私は、その後も彼女が孤立するよう手を回し続けた。やりすぎると生活に支障をきたしてしまうだろうから、当然加減もした。が、やはり学外からだと干渉するにしても限界がある。

 そんなわけで、小学五年にてようやく転校を実現させ、私はしばらくぶりに玲ちゃんと同級生になったのである。


 予想通り、彼女は幼稚園時代の私のことを覚えていなかった。こちらから一方的に陰から追い回していただけで、接点らしい接点などなかったから、まあ当たり前の話ではある。


 私は転入後、培った対人スキルですぐさまクラスメイトや担任を掌握し、支配下に置いた。

 そして少々悩んだが、玲ちゃんにはいじめっ子的な立ち位置で接する選択をする。ここまで近ければ彼女の髪や肉片の入手は容易いし、余計な虫を寄らせないことを重視すべきだと考えたからだ。



 中学では教師たちの弱みを握れなかったため、玲ちゃんとは同じクラスになれなかった。ゆえにクラス外にも影響力を行使できるよう、私はさらにアグレッシブな性格を演じるようになっていく。

 人脈を広げるために人付き合いを増やさざるを得なかったが、それはむしろ好都合だった。――相手の趣向や弱みを掴み、それを思うままにコントロールする。そうした技術の実践の場として、当時の広い人間関係は実に都合が良かったからだ。


 その後も中学生活は滞りなく進んだが、二年の半ばあたりで予定外のことが起こった。私自身の肉体的な変化である。


 すでに当時の私は、生理とかいう百害あって一利なしの現象を捨て去るため、前もって子宮を摘出していた。卵巣は残しておいたために特にホルモンバランスなどが狂うこともなく、その後の肉体の成長にはなんの問題もなかった。

 ……しかし、子宮摘出に起因するのかどうかは不明だが、中二の夏頃から徐々に異様な現象が起こるようになる。


 玲ちゃんを食すたびに、性的快感を得るようになってきたのである。


 これは本当に意味不明で、当時の私は本当に戸惑った。

 私は不感症で、いわゆる性感帯に触っても快感はまったく得られない。が、それが玲ちゃんの髪などを食べるたびに、じわりと下半身に熱を帯びるようになっていったのである。


 感じ始めた当初は、それが快感だと気づかなかったほどに、私にとっては未知の体験だった。しかし、普段とは違う、脳や性器にガツンと来るタイプの陶酔感を得て、いよいよ私は自覚せざるを得なくなった。


 ――食欲が、性欲と深く結びついてきている。


 一体どういったメカニズムを経て、そんなことになったのか。

 海外の医学系論文にまで手を伸ばして調べてみたが、具体的な理由は結局分からずじまいだった。


 まあ、他人の髪や尿を定期的に摂取するとか、子宮を若くして摘出するとか、異常な行為の積み重ねがさらなる歪みを生んでしまった――と考えれば、納得はできなくもない。できなくもないが……あまりに化け物というか変態じみた体の変容に、さすがの私も自分自身にドン引きしてしまったのである。


 そんなわけで、私の食事事情は大きな変化を遂げた。

 玲ちゃんを食して得ていた多幸感、充足感に加えて、性的恍惚も感じるようになり、人前で彼女を食べられなくなってしまった。

 ……いかにポーカーフェイスの私といえど、性的興奮を隠しながら学友と食事を取るのは難しい。

 以前は、髪を粉末状にしたものを普通の弁当などと一緒に摂取していた。しかし食事のたびにアへ顔を晒していたら、まともな交友関係など木っ端微塵に壊れてしまうだろう。

 そうして、私は人前での食事にかなりの制限を負うハメとなったのである。


 なので、食事の喜びが増したことに関しては、正直良いとも悪いとも言えない。旨みが純粋に増したのは計り知れないメリットだが、中毒性の悪化、体への負担、食事を取るタイミングへの配慮など、大きなデメリットも生じてしまったからだ。


 肥大化する玲ちゃんへの欲求を抑えるために、当時の私はかなりの試行錯誤を繰り返した。特に投薬実験には力を入れ、変な薬の飲み方をしてしまったがゆえに、激ヤセしたり幻覚を見たりした。


 まあ、そのおかげで欲求を抑える処方を発見できたのだから、今となってはいい思い出だ。

 現在もそうした薬を飲んでいるから玲ちゃん不足を我慢できているし、彼女の摂取も必要最低限で済んでいる。でなければ、今頃私は玲ちゃんを物理的に食べ尽くしてしまい、結果として飢えて死んでいるだろう。


 そんな悲しい『もしも』はともかく、話を戻す。



 中学の思い出には、忘れられない重要事項があと二つある。

 ひとつは、玲ちゃんが私に深い敵意を抱いたことだ。というのも、定期的な彼女の部屋への盗聴の際、「明美をぶっ殺す」などといった物騒なワードがよく聞こえるようになってきたのである。


 ――イジメに近いことを私は彼女にしていたわけだから、恨まれるのは分かる。

 しかし盗聴している限り、彼女は思いのほか本気で私を殺そうとしていた。もはや復讐とか恨みを晴らすといったレベルではなく、誇張なしに私の命を奪おうとしていたのだ。


 当初、私はかなり困った。

 相手がたとえ玲ちゃんだろうと、さすがに黙って殺されるわけにはいかない。そして無論、彼女に犯罪行為を犯させるわけにもいかない。

 実際に彼女に殺害計画を実行されたら、成功するにせよ失敗するにせよ、私は多大な被害を被ってしまうのだ。


 とはいえ、すぐにその懸念は収まった。というのも、玲ちゃんは私に確かな殺意を持つ一方、人生を犠牲にしてまでそれを実行に移す気はないらしく、薄氷を渡るかのごとく慎重だったからだ。

 ゆえに、襲われる隙をなくすといった最小限の行動で、差しあたりは対処できた。


 次第に彼女は拙い自作の盗聴器を私の家に仕掛けはじめ、そのあたりでこちらも対応を楽しめるようになってくる。

 そして私は気づいた。

 なんだかんだで、やはり私は玲ちゃんと深い仲になりたかったのではないか――という疑念に。


 彼女と仲良くなるメリット、デメリットを冷静に分析して、当時の私はこの思いを完全に否定した。心の繋がりになど興味はなく、ただ単に彼女を食べられれば満足だったからだ。


 しかし、その考え方は玲ちゃんと最初に殺しあったときに、かなり変容した。今日ではむしろ――。

 いや、今は昔の自分を振り返るタスクの最中だ。現在の私の話は置いておこう。



 中学での重要体験のもうひとつは、今でも忘れがたい。

 それは、玲ちゃんの生理の残骸を食したことだ。

 かいつまんで言えば、彼女がトイレのゴミ箱に捨てた生理用品を私が拾い、それにこびりついていた血や肉片をその場で飲み干したのである。


 控えめに言って、あれは最高の体験だった。

 体温の残る彼女の肉片を食べたのは初めてだったし、すでにそのときの私は食欲と性欲の融合が完了していた。つまり、彼女の肉を食べることで、私はこれまでにない絶頂に達したのである。

 脳が激しくスパークし、全身は浮遊感に包まれ、腰を激しく浮かせながら失禁し、私は津波のように押し寄せる快楽に身も心も流されてしまった。

 トイレの床に転がって獣のような喘ぎ声をあげていたから、運が悪ければ誰かに見られて社会的地位を丸ごと失っていただろう。見張りを立たせてたとはいえ、アレはなかなかにリスキーな行為だった。


 『同級生の生理用品を拾い、その血肉をすすり、性的絶頂に達する』


 客観的に考えたら、こんな人間は議論の余地なしに頭がイカれている。むしろ人間であることを疑うレベルだ。

 だからこそ、私がまともな社会的生活を行うためには、まともな人格を装わなければならない。受け入れるべき境遇であり、仕方ないとは思うが……それでも窮屈は窮屈だ。


 私は自分の異常性を改めて認識し、だからこそ、のびのびと暮らせる環境を構築することに将来の目標を見出すようになっていった。



「……ふう」


 思考に区切りがつき、私は一息ついた。

 そして玲ちゃんの血肉の味を思い出したせいか、喉が渇いてきた。彼女が中東に旅立ってからご無沙汰だから、もう一年以上アレを飲んでいない。

 いいタイミングで客室乗務員がきたから、手を上げて呼びつける。


「いかがなさいましたか?」


 さっき毛布を持ってきてもらった人だ。私は喉が渇いた旨を告げ、味の濃い紅茶を注文した。

 乗務員は「かしこまりました」と恭しく返事すると、飲み物を持ってくるべくその場を去る。


 やりかけの仕事を終わらせるべく、私は再び過去を思い起こす。

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