21歳・1(裏)
その幼子は、風を追いかけていた。
やんわりと吹くそよ風に実体でもあると思ったのか、風上から風下へかけて、虚空を見つめながら行ったり来たりしている。
それを見て、私の胸の内に不思議な感情が灯った。
当時はそれが恋なのか憧憬なのか好奇心なのか分からなかったが、今ならはっきり言える。
『食欲』だ。
私は風を追いかける玲ちゃんを見て、「食べたい」と思ったのである。
薄暗くなっている飛行機の機内で、おぼろげに目を覚ます。
そして軽く溜め息を吐いた。
眠りの浅い私にとって、夢を見ることは珍しい。過去の記憶に基づいたものとなると、なおさらだ。
……自分で思っている以上に、私はストレスを感じているのかもしれない。
懐からスマホを取り出し、着信を調べる。中東に派遣したエージェントから、一通のメールが届いていた。迷わずそれを開き、内容をむさぼるように読む。
残念ながら、期待していた答えは皆無だった。依然、玲ちゃんは中東の地で行方不明のままだ。
軍事会社で軍人としての訓練を積んだ後、彼女は煙のように消えてしまった。かなりのコストをかけて調べあげているが、依然としてその行方は知れず、半年近くが経過している。
――ただ行方をくらましているだけなら、問題はない。
懸念すべきは、彼女が人知れず命を落としている事態だ。もしそうなったら、私の人生も半ば終わりだ。玲ちゃんがいない生になど、微塵も価値はないのだから。
メールには追加出資の要請と、捜索範囲を広げる提案があった。当初は玲ちゃん側に私の干渉を知られたくなかったがゆえに抑えてきたが、こうも探して見つからないとなると、もはやなりふり構っていられない。
私は要請の倍額を送ると返信し、捜索にさらなる力を入れるよう指示した。
(ああ……玲ちゃん。無事だといいのだけれど)
心の底から、彼女の無事を祈った。神頼みなど実に私らしくないが、ほかにできることがないのだから、しょうがない。
ちょうど脇の通路を客室乗務員の女性が通りがかったので、厚手のブランケットを所望する。一眠りしたせいか、体温が少し下がっていた。
少々お待ちを、と白人の乗務員は軽く頭を下げ、通路前方へと歩いていった。
私は柔らかく大きな座席に、背中をもたれかける。まだ、先ほどの夢の余韻が頭の隅にこびりついていた。
(……しかし、初めて玲ちゃんと会ったときの夢を見るとは。そこまで参っているのか、私は。ちょっと無理にでも精神を落ち着けたほうがいいな……)
ここで私が心のバランスを崩したところで、何の得にもならない。結果が出てない以上、玲ちゃんは無事という前提で行動するしかないし、ならばさっさと平常心を取り戻さなければ。
(……まあ、時間はある。せっかくだから、自分の半生でも振り返ってみるか。ちょうど人生のターニングポイントにいるわけだし)
そうして私は眼を瞑り、遠い遠い過去の記憶へと潜っていった。




