??歳+324歳・2(裏)
小山のふもとには幼稚園があり、そこでは幼い子供たちがふわふわと宙に浮いていた。汎用粒子を扱う訓練をしているのである。
キャーキャー言いながら、空中を泳ぐように駆け回って遊ぶ園児たち。保育士たちが見守っているし、いざというときは汎用粒子が自動で守るようになっているため、子供たちに危険はない。
子供たちは三十人ほどいるが、それらは二つのグループにきっちり別れている。左側が私似のアケミ族、右側が玲ちゃん似のレイ族だ。二つの種族は互いに殺意や食欲を抱く本能があるため、ああしてある程度距離を置かなければならない。
――彼女たちを造った私ならば、遺伝子操作によってその厄介な性質を取り除くことができる。
だが、その提案を三百年前にしたところ、アケミ族とレイ族の大多数は拒否した。美醜の価値観などの根源的特徴を失うことを恐れたためであり、ゆえに今日においても、両種族の間には深い溝が存在している。殺意や食欲は投薬によってデメリットなしに抑えられるが、それなしでは他種族とまともに話せない人間が少なくないのだ。
「あっ、レイ様だー!」
「もう大人に戻ってるー!」
「なんでぇ?」
こちらに気づき、レイ族の子供たちが一斉に玲ちゃんの方へと向かってくる。
アケミ族の子もちらほら私を見ているが……レイ族ほどには騒がない。これは種族の特徴などではなく、単純に私と玲ちゃんの人気の差だ。
飛んできた子供たちの相手をし、玲ちゃんはまんざらでもなさそうな態度で遊んでいる。
……これが、私にはできない。できなくなった、という表現が正しいか。
今の私と玲ちゃんには寿命がない。ゆえに、普通のレイ族とアケミ族は絶対に私たちよりも早く死ぬ。
つまり、娘として愛しても、その相手の死に目に必ず会ってしまうのだ。
そうした体験が辛かったから、私は民と深く接するのを早々にやめた。
しかし、玲ちゃんは違う。身近な者が亡くなり、どれだけ悲しんでも、レイ族とアケミ族と密に接することをやめなかった。
これは根気があるとか、意志が強いとか、気質だけでは説明がつかない。彼女が過ごした時間の長さや辛い経験などを加味すると、なんというか……特殊な力でも備わっていなければ理解が難しいのだ。
一度決めたことを絶対に貫き通すという、概念的な動力。
そうした認識不明のものが、玲ちゃんには備わっている気がする。
干草なる、ウィニーを越える上位存在と接してからは、私はそうしたオカルト的な思考を持つようになってしまった。これもまあ、変化と言えば変化だが……どうにも前向きになれない。
この世界で玲ちゃんと再会した時点で、私は昔の私とは大きく精神性が異なっている。必死に『明美』のフリをしてきたが、もはや延長線上にある存在かも怪しいのだ。
それほどまでに、一人で生きてきた年月は長く、虚しかった。ウィニーが滅んだときに玲ちゃんが私の変化を肯定してくれなければ、その負い目はいずれ私自身を壊してしまっていただろう。
それでも、私はできる限り玲ちゃんの知る『明美』のままでいたかった。でなければ、自分自身に価値を感じることができなくなっていたから。
ふと気づいたら、私のそばに一人のアケミ族の子供がいた。
目を向けると彼女は一瞬びくついたが、すぐに思い切って口を開く。
「あ、あの! 明美様、さっきは遊んでくれてありがとうございました! 玲様と違って冷たいって言う人もいるけど、わたしは明美様のこと、カッコ良くて好きです! 玲様より全然!」
しばし唖然としたが、私はすぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「そう、ありがとう。でも玲ちゃんのことも好きになってね。どっちとも、あなたたちを大切にしているのだから」
すると、その子は目をこれでもかと見開いて驚く。
「明美様って、玲様のこと『玲ちゃん』って呼ぶんですね。意外とかわいい! わたしも、お友達のことはそう呼ぼうっと!」
言いたいことを言ったためか、彼女は走って去っていった。
……とても複雑だ。娘たちのことは私も愛おしいが、今の子供だって私より早く死ぬ。けれど、玲ちゃんだけでなく彼女たちも肯定してくれているから、現在の私がある。
この立場になって三百年以上たつというのに、未だに私は自分の在り方を確立できていなかった。
ただ……悩み惑うこと事態は歓迎すべき現象だ。
それがあるうちは、まだ自分が人間である気がするから。玲ちゃんの隣に居続けるためには、人間であり続ける必要があるから。
「はぁー……」
私は青い空を見て溜め息を吐いた。妙な寝起きだったせいか、センチメンタルな気分になっている。
……さっさと気持ちを切り替えなければ。なにせ、すぐ後にこれまでで最も重要な仕事が控えているのだから。
『――明美様。今、よろしいですか?』
無線通信が入ったので、頭の中で答える。
『どうかした?』
『イクマ様の隊が星より戻ったのですが、回収した環境調整機構の演算装置に不可解な点が見られるそうです。至急、明美様の知見を伺いたい――と、イクマ様が言われていますが』
『わかったわ、すぐ行く。他に問題は?』
『いいえ、ありません』
『なら予定どおり、【巣立ち作戦】をフェーズ57に以降してちょうだい。民への連絡は一時間後に行って』
『承知しました』
通信を切り、ほんのりと緊張感が沸いてきた。この三百年で進めてきた計画が、いよいよ大詰めを迎えるのだ。
「明美。そろそろみたいだな」
話を聞いていたようで、玲ちゃんが子供をひっつけたまま寄って来る。
「ええ、準備を進めましょう。――ほら、あなたちも離れなさい。玲様はお仕事の時間だから」
私が子供たちに低い声でそう言うと、彼女らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。色々な経緯や理由があって、私は子供のみならずレイ族全般に恐れられているのである。
また、そばに保育士たちも来ていたので、私は同様に呼びかける。
「じきに通達があるけど、巣立ちのときが迫ってきたわ。急ぐ必要はないけれど、混乱なく子供たちを親元に帰しなさい。いいわね?」
「はっ、はい!」、「わかりました!」と、保母たちは緊張した面持ちで返事し、子供たちのところに戻っていく。
二人きりになったところで、玲ちゃんがやや早口で言った。
「私は中央指揮所に向かう。お前はイクマのところか?」
「そうするわ。わざわざ呼びつけるくらいだから、大ごとかもしれない。そっちはよろしくね」
彼女はこくりと頷き、その姿をフッと消した。私も体を汎用粒子に分解し、空間転移を行って目当ての場所へと向かう。




