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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
171/174

??歳+324歳・1(裏)

 ……。

 …………。

 意識に途切れがある。……どうやら眠っていたらしい。


 木を背に寝ていたようだが、はて、どういう状況だったか。しかし記憶を思い起こそうとする私の正面で、ひらりひらりと舞う影があった。


 ――小さな少女が、風を追いかけている。


 風が妙な吹き方をしているようで、花びらが空中を不規則にいったり来たりを繰り返していた。どうやら、少女はそれを掴みたいらしい。


 原初の記憶を思い起こし、私は瞬時に目覚めた。


(………………玲……ちゃん?)


 はるか昔――幼稚園の頃、風を追いかける少女を見て、私の人生はひとつの方向に決定づけられた。そのときとまったく同じ光景が、目の前にある。

 服装こそ違うものの、一心不乱に飛び跳ねている少女は、顔や髪型さえもまったく同じだったのだ。


 状況の分析や理解を一切放棄し、私はひたすら少女に見とれた。

 自分を恐ろしいほどに惹きつけるその引力に、ただただ意識のすべてを委ねたかった。


 ややあって、彼女がこちらを見てくる。


「お、目が覚めたか」


 幼いが、しかしはっきりした口調で、その少女は呼びかけてきた。そして真っ直ぐに私の方へ歩いてくる。


「すげぇヨダレが出てるぞ。数年ぶりに寝たから、寝方を忘れたか?」

 

 言われて口元に手を持っていくと、べっとりと唾液が袖についた。寝方云々というより、これは……。


 まあいい。ハンカチを取り出して丁寧に口を拭い、私は立ち上がった。

 玲ちゃんとまったく同じ目線の高さであり、そのときようやく、私自身も幼児体型となっている事実を思い出す。


「……そうだったわ。確か、幼稚園の子供たちと遊んであげてたのよね。……まったく、だからって、気づけば寝てたなんて。体のサイズだけじゃなく、精神まで幼児退行してしまったのかしら」


 私は自分の頭に手を当てた。あまりの寝ぼけっぷりに、少々愕然としている。


「別にいいんじゃないか? 数百年生きてんだから、多少若返ったって」


「……かもね」


 子供の声で、そうやって喋り続ける。風が強く吹き、私たちの髪が大きく揺れた。


「それより、玲ちゃんはなにやってたのよ。風を追いかけて右往左往して」


「ん? いや、風が変な吹き方してたのが面白くてな。ここは山の天辺近くだが、そのせいで空気の流れが渦を巻いてるらしい」


「あまり良くないわね。それって、空気がこのあたりで滞留してるってことだもの。大気周りのシステムを見直す必要がありそうだわ」


「ふむ、それもそうか。ま、今の時間帯だけかもしれないし、大ごとにする事態でもないと思うが」


 私は船内管理システムにアクセスし、空調機構を再チェックするよう書き込みを残した。これで、あとは専任の技術者たちが自発的にシステムの見直しを行ってくれるだろう。


 玲ちゃんが歩き出したので、私もそれについていく。


「寝てたのは三十分くらいみたいだけど、どうして玲ちゃんはずっとそばにいてくれたの? 私を見守っててくれたわけ?」


「別に。山の上に吹く風が気持ち良かっただけだ」


 半分は本当だろう。しかし、もう半分は意地を張っている。

 とはいえ、彼女がそうやって絶妙な距離感を保ってくれるからこそ、私たちの間はうまくいっているのだが。


「……しかし、子供の姿ってのは移動が地味に面倒だな。歩幅が小さくて、全然速く歩けん」


「じゃあ戻れば。維持する必要ってある?」


 すると、玲ちゃんの体がするすると服ごと大きくなっていった。私も合わせて身体構造を変化させ、二人して大人の姿に戻る。


「新鮮さはあったな。ああして子供の目線で周囲を見るのも、たまにはいいかもしれない」


「互いに中身まで、ちょっとばかり子供に戻っちゃったけどね」


 玲ちゃんは変な目でこちらを見てくる。


「私は別に戻ってないぞ」


「さあ、それはどうかしら」


 眉根を寄せる玲ちゃんだが、明確には指摘しない。

 あの風を追いかける少女の記憶は、私だけのものだ。彼女にも渡しはしない。


 黙り込んだ私の口を割るのは難しいと知っているので、玲ちゃんはそれ以上追求してこない。

 私たちはそのまま、緑豊かな小山を下り続けた。

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