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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
167/174

??歳・81

 地表へ向かう爆弾にそこそこ近づいたので、私は汎用粒子を使って重機関銃を生み出した。そのごつい銃を両手でがっちり構え、一気に弾を連射する。

 弾には榴弾的なイメージを込めた。そのおかげか、爆弾の背部推進機関に立て続けに直撃したそれらは、大規模爆発を連続で起こしていく。思いのほか威力は高く、一発一発が学校ほどの建物を粉微塵にできそうな爆発規模だった。


 爆炎が散ると、黒い球のジェットエンジンらしき部分がぐちゃぐちゃに損傷していた。

 本当は刺激を与えまくって爆発させたかったんだが……推進機関以外はやたら硬いらしい。

 とはいえ、これで爆弾を星に向かわせる噴射は止まった。勢いは十分ついているうえに星の重力に引かれているので、まったくもって解決には到っていないが。


 ついで、さらに銃へ別のイメージを込めた。汎用粒子によって包まれた機関銃がうにょーんと変形し、砲身が五メートルほどの長さを誇る長大な兵器となる。


 ――傭兵時代、教官に訓練の一環で軍艦に乗せられたことがある。

 海賊を狩るための超攻撃的な駆逐艦であり、それには最新の兵器――レールガンが搭載されていた。

 今私が生み出したのは、そいつを参考にした銃だったのだが……上手く作動するかな?


 引き金を引くと、長い銃身から巨大な弾が凄まじい速度で打ち出された。電磁力によって加速、発射された徹甲弾が一瞬で黒い爆弾へと迫り、そして見事に大穴を開ける。


 ……だが、貫通はできなかった。外殻を少し抉っただけであり、そいつが爆発する気配もない。

 私は眉根を寄せつつ、立て続けにレールガンをぶち込む。しかし表面に幾つもの巨大な弾痕を穿たれても、爆弾は無反応なままだった。


(なんだこりゃ。どーなってんだ)


 頭の中で愚痴ると、イクマが状況を分析する。


『どうやら、あの黒い球の外側はほとんど装甲のようですね。明美様はこうした事態を見込み、外的刺激では誘爆しないよう手を加えたのかもしれません』


『なら、弾を打ち込むのは無駄か……』


 正面から、急激に全身が押し付けられるような感覚が生じる。大気圏――空気の層に突入したようだ。

 さして速度は出てないから摩擦熱は問題ないし、爆弾はこちら以上に減速している。状況的には追い風と言っていい。

 私は銃を消して一気に加速し、爆弾の方へ全速力で向かう。


『玲様、どうされるおつもりですか?』


『下に回りこんで、直接受け止める。もっといい方法あるか?』


 イクマは早口で最適解の答えを提示してくれた。


『速度や想定質量からして、地表への落下を阻止するのは難しいと思います。ですので、横から押して軌道をずらし、造化六花から離れた地点へ着弾させましょう。爆発によって大量の放射能や塵が発生してしまいますが、それらは環境調整機構で問題なく処理できます。人間たちに被害は一切ありません』


『よし、それでいく!』


 やっとこさ爆弾に追いつき、私はその真横へついた。爆弾と並んで落下しつつ、側面を思いっきり押し、スラスターを最大出力で噴射させる。

 つけてる意味がなかったので、ヘルメットを粒子にして外した。風圧が押し寄せるが、そのぶん体を爆弾の壁面に密着できる。


「ぐぬぬぬぬっ……!」


 奥歯をぎゅうぎゅうと噛み締め、ジェット噴射による圧力を受けつつ、全身の筋肉にありったけの力を込める。


 真上に気配を感じたので、ふと見上げる。そして目を開いた。

 爆弾の上に、明美が立っていたのだ。

 ヤツは髪と白いシャツとバタバタとなびかせ、冷たくこちらを見下ろしていた。


「イクマ。やっぱり裏切ったのね、あなた」


 猛スピードで空気が流れる場所なのに、明美の声はやけにはっきり響いた。


『あ、明美様……』


「まあいいわ。多少は織り込み済みだから。ひと手間増えたけれど、直接玲ちゃんを痛めつけるのも十分ありだし」


「……ふざけんなよ、お前っ」


 意味不明ですかした態度が気に食わず、私は苛立ちを爆発させた。


「再会できたと思ったら、すぐにこんなわけ分からんことさせやがって……! もうぶん殴るだけじゃ済まないぞ、お前っ!」


「なら、ぶっ殺すって言ってよ、玲ちゃん」


 明美は右手の指を二本立て、こちらに向かって斬るような動作を取る。


 直後、なんの前触れもなく、私の左腕の肘から先の感覚がなくなった。意識が瞬間的に間延びし、自分の左肘がパワードスーツごと両断されている事実を理解する。


 ――なにをされたか不明だが、思いのほか痛みはない。というより、おそらくこの体は過度の痛覚を発さない作りになっているのだろう。

 一方で、ショックではあった。

 これまでいかなる攻撃も跳ね返し、真空にさえも耐えた私の体が、こうもあっさり大ダメージを受けるとは。


 切られた腕はすぐ真上へ吹っ飛び、それを明美は軽々とキャッチした。そして断面を口元に持っていき、ためらいなく肉にかじりつく。

 何度か咀嚼してごくりと飲み込むと、ヤツは小刻みに震えてアヘ顔をさらした。


「あぁっ……いい、いいわぁ~……」


 久しぶりに見た明美のイカレっぷりに唖然としつつ、私はふと気づいた。

 なくなった自分の左腕が、その断面からすさまじい速度で生えてきている。まるで植物が成長する動画を、早回しで見ているかのようだ。


 五秒とかからず元通りとなった自分の左手に驚いていると、再び上から明朗な声が響いてくる。


「はぁ……良かった。玲ちゃんの美味しさは変わってないみたい。お互い新しい体になったから、そこが一番の懸念だったのだけれど、杞憂に終わったようね」


 直後、私の腹のあたりを凄まじい衝撃波が襲った。

 瞬時に後方へ吹っ飛ばされ、空中できりもみ回転しつつ、私はどうにか左腕のスーツを再生させる。そしてすぐに両手足のスラスターを噴出させ、体勢を立て直した。


 ――今のといい、腕の切断といい、汎用粒子を使って攻撃しているのか? さっぱりわからない。


「玲ちゃん、一応教えてあげる」


 ヤツはどうやら、空気の道を作って私の耳元に声を届けているらしい。単に鼓膜を震わせるだけのイクマより、はるかに難しいことをやっている。


「今の私たちは、完全な不死なの。物理法則を超越して、半ば概念的存在になったのよ。だから、たとえ体の全細胞が消滅しようとも死ぬことはないわ。つまり――」


 ヤツは爆弾の上で、得意気に両手を広げた。千切った私の腕はすでになくなっている。


「私はあなたを好き放題に食べられるし、もう殺されもしないってわけ。以前は細かい策を巡らせ、適度な距離感の維持に腐心してきたけれど、もうその必要もないの。こうした思い切った行動に出てるのは、それが理由」


「明美……」


 ずいぶんあちらに都合のいい話だが……私は凄まじく違和感を覚えた。どうにも、アイツが本心を隠しているように思えてならない。


「……確かに、私たちはそういう関係から始まった。お前を殺したい私と、私を食いたいお前。でも――」


 私は心の内を、思いっきり叫んだ。


「でも、深く関わり合い、色んな経験を経たことで、それとは別の繋がりだって生まれたはずだ! 互いの子供を作って、一緒に暮らして、絆って言えるものだってできただろう! だからこそ、私たちの最期はあんな形になった! 違うか!?」


 これまで超然としていた明美だったが、わずかに瞳が揺れた。


「……そうね。その事実は認めるわ」


 けれど、とヤツは続ける。


「それでも、私たちの関係が殺意と食欲に根ざしている事実に変わりはないの。少なくとも、私はそう思うわ。だからこそ、あなたには再び私に殺意を抱いてほしいのよ。また、昔みたいな関係に戻るためにも」


 明美の体を、新たな汎用粒子が包んでいく。

 私と似たような、だが白いパワードスーツをまとい、ヤツの体が爆弾からふわりと浮かんだ。


「というわけで、造化六花の人間たちには死んでもらうわ。そうすれば、玲ちゃんは私だけを想ってくれるもの」


 明美が手をかざすと、爆弾は念動力かなにかで突如私の後方へと飛んでいった。

 ――まずい、ずらした軌道を元に戻すつもりか。


 下を見ると、地表まではまだまだ距離がある。しかし、明美の妨害を受けながら爆弾を造化六花の外に落とすのは、まず不可能だろう。

 だったら――!


 私は再び重機関銃を生み出し、それを明美へと連射した。


「死なないっつってたよなぁ! じゃあ、とりあえず一回死ねっ!」


 ヤツは空を滑るように移動し、最小限の動きで弾をかわしていく。


「足りないわ。殺意がぜんっぜん足りない。もっと本気で来てよ、玲ちゃん」


 私は弾のイメージを変え、再び榴弾を発射した。それは明美の側面に達したところで爆発し、ヤツの体を横に吹っ飛ばす。


 ……しかし、爆風に襲われたにもかかわらず、明美にはまったくダメージがなかった。

 ヤツは涼しい顔をしたまま、見下すような視線をこちらに向ける。


「そんなものなの? やっぱり、汎用粒子をほとんど使いこなせてないのね」


 また突然の衝撃に襲われ、私の体は真後ろに吹き飛んだ。


 再度スラスターを噴射し、急いで姿勢を安定させる。

 空気が猛スピードで吹き流れる中、二、三十メートルは向こうにいる明美の声が、静かな室内にいるかのように響いた。


「確かに道具をイメージすれば具現化はしやすいけど、そのやり方だと出力も制限されるのよ。ま、そっちがイクマでジェネレーターの容量を削られてるぶん、出力勝負でもこっちが遥かに有利だけれど」


(――やばい、勝てねぇ)


 私は高速で落下しつつ、力量差を悟った。両者の汎用粒子を扱うスキルに、隔たりがありすぎる。


『玲様、私を消去してください。そうすれば容量が空きますから、少なくとも出力なら――』


『ま、待て。少し考える』


 イクマのそうした権限は今、私にある。だから彼女は勝手に消えることはできない。そして無論、イクマを簡単に犠牲にする気などなかった。


 思考を加速させ、私は必死に考える。


 ………………。

 ――ダメだ。有効な手立てがまったく見当たらない。


 今の明美の強さは、私の上位互換と言える。

 身体能力はおそらく同等。たとえイクマを消してジェネレーターの性能を引き出せるようになっても、汎用粒子の操作能力はあちらが遥かに上。

 元よりなにやっても天才だし、地頭もいいし、私より大幅に長生きしてるっぽいし、あらゆる点でこちらを上回っている。


 …………あれ? 勝てる要素なくないか、これ。


 これまで色々な強敵と戦ってきたが、大抵はその最中に勝ち筋が見えたものだった。

 が、今回はそうした閃きがまったく思い浮かばない。あるのはただ、どん詰まりの閉塞感だけだ。


 いっそ脱ぐか? これまで幾度も山場を乗り越えてきたキャスト・オフなら――いや、さすがに無理か。私の裸なんて、明美は見慣れている。なんなら、今回はアイツのほうが先に脱いでるじゃねぇか。


 一応……パッと思い浮かんだ策がなくもない。打開策にはほど遠いし、『もしかしたら成功するかも』という程度のもので、たいした望みのない作戦だ。

 とはいえ、他に妙案がなければそれでいくしかないが……。


【玲様、提案なのですが】


 こちらの思考加速に合わせるためか、目の前にイクマの言葉が文字として表示される。


【私の人格データをよそに転送すれば、私の存在を消さずにジェネレーターの容量を増やせるかもしれません。命じてくだされば、いつでも実行可能です】


 …………正直、疑わしい。私にためらいを無くさせるために、そんな言い分を用意した可能性もある。

 いや、いざとなったら、頼むしかないのだろうか? しかし全人類が死滅して、そのうえイクマまで失ったら、私は……。


 ――仕方ない、勝算の低い案でいく。今ある選択肢のなかじゃ、それが一番マシだ。


『イクマ。私が明美を引き付けるから、お前はそのうちに爆弾の軌道を変えろ。こっちは二人いるっていう点を活かすんだ』


『わかりました。……明美様を欺けるとは思えませんが』


 頭の中で指示を出すや否や、私はスラスターを全開にして飛び出した。そして明美に接近しつつ、再度榴弾を連射していく。爆弾は後ろ側にあるから、とにかく押せ押せでいけばヤツを遠ざけられるだろう。


 すでに、粒子となって分離したイクマが爆弾のほうへ向かっている。

 私は明美の周囲に榴弾を撃ち込みまくり、ヤツの周辺に無数の爆発を起こさせた。この程度で目くらましになるとは思えないが、もうやるだけやるしかない。


 前方に広がった爆炎の中から、明美が高速で飛び出してくる。

 私と同じようなジェットによる推進機関を装備し、なぜかライフル型の銃さえ持ち、こちらへ連射攻撃を仕掛けてきた。弾はこれまた同じ榴弾で、それらは私の近くで次々と爆発していく。


 互いに落下しつつ飛び回り、しばし私たちは空中戦を交わした。

 超高速、かつ不規則の動きを繰り広げながら榴弾を撃ち合い、造化六花の上空に爆炎の花を咲かせていく。


 おそらく、あっちは遊んでいるのだろう。

 だがヤツの気を引きたい私としては好都合だ。


「おいっ! なんだよ、その戦い方は! こっちに合わせてんのか!?」


 風圧や爆発の轟音に負けないよう、大声を発する。一方の明美の声は、やはりすんなりと耳に入ってきた。


「それもあるけど、今はけっこうな粒子を別のとこに割いてるのよねぇ」


 私はハッとした。この状況で他に気にかけるものなど、ひとつしかない。

 銃を連射しつつ、頭の中で呼びかける。


『イクマ!』


『――玲様、まずいです。爆弾周囲の空気が固められていて、干渉できません。色々試しているのですが、おそらく私の力では……』


 この戦いの双方の勝利条件は、爆弾を望む場所に落とすことだ。明美が私より爆弾を優先するのは、いたって当然の考えではある。


 私は歯軋りした。わかっていたことだが……もはや、敗北が色濃い。

 状況を打開できる手段は皆無であり、このままだと私の娘たちがすべて死ぬ。


「どうしたの? 玲ちゃん。悲報でも入った?」


 周囲で爆撃がとどろく中、明美の嘲笑気味の声が響く。


「ま、今のイクマの存在価値なんて、たかが知れてるのよ。並列思考や分担処理なんて、こっちは普通に一人で可能なんだし。だからいい加減、選択をしたら? でなきゃ、このまま勝負がついちゃうわよ?」


 どうやら暗に、『イクマを消去してジェネレーターの出力を上げろ』と促しているらしい。


『玲様、許可をください! どのみちこの流れなら、明美様は私を消そうとするでしょう! だったら今、最期にできることをさせてください!』


『イ、イクマ……』


 彼女の言うことにも一理ある。明美は私の恨みを買おうとしているのだから、レイ族とアケミ族を滅ぼしたあと、イクマにも手を出すかもしれない。


 ……正直なところ、私はまだ明美が演技をしていることを疑っている。

 何らかの理由でこんな凶行に及んでいるが、本当はレイ族とアケミ族を殺す気などないのだと。あのでかくて丸っこいのは実は爆弾でもなんでもなく、地上に近づいたら「ドッキリ大成功~!」とか言い出すんじゃないかと。


 だがそんな茶番で終わる可能性は、イクマを犠牲にした時点でゼロとなる。

 ゆえに、私はイクマの消去をためらっていたのだが……もう、あらゆる意味で猶予などないらしい。

 ならば――。


 加速した意識の中で、私は腹をくくった。


『――イクマ、消えるなよ』


『わかってます。……まだ、マンガを全部読んでもらってないんですから』


 直後、出会ってから常にそばにあったイクマの気配が、消失した。


 ……人格や記憶の転送とやらは、うまくいったのだろうか? 今の私にそれを知る術はなく、戦いが終わるまでは確認できないだろう。

 ――と、思いきや。


「あら、思ったよりあっさりイクマを消したみたいね、玲ちゃん」


 明美がまた、嘲笑気味の口調で話しかけてきた。


「環境調整機構の管理プラットフォームにデータの転送をしたようだけど……まさか、記憶の保持を試みたのかしら? そんなの無駄ってわかってるでしょうに」


「どういうことだ」


 すかさず尋ねると、明美は笑って答える。


「フフッ、知らないで消しちゃったの? イクマのデータ転送はね、例えるなら小さいペットボトルにダムの膨大な水をそのまま注ぐようなものなのよ。転送先の容量が、話にならないほど足らない。つまり、イクマの記憶と人格は大半が喪失し、残ったのはわずかな一かけらにすぎないってわけ。ご愁傷様」


 息が止まり、全身が硬直した。まさか……イクマが…………。


 茫然自失となっている私に、明美の容赦ない攻撃が飛んでくる。


「らしくないわよ、玲ちゃん! 戦いの最中にボーっとするなんて! ジェネレーターの性能も上がったんだから、それを活かしたらどう!?」


 なにが楽しいのか、明美のテンションはやたら高い。

 私は紙一重でその銃撃を避けつつ、反射的に榴弾を打ち返す。が、とうとうヤツは爆炎をかき分けてこちらに接近し、急加速からのパンチを仕掛けてきた。


 大型トラックが一発でぐしゃぐしゃになりそうな打撃をもろに顔面に食らい、私は空中を一直線に吹っ飛ぶ。

 続けて榴弾連射によって立て続けの爆発が起こり、私の体はピンボールの玉のようにめちゃくちゃに宙を舞った。


 そこに、再び明美がスラスターを全開にして接近してくる。だが、そうして真正面から殴りかかってきた明美の腕を、私は的確なタイミングで掴んで止めた。

 互いに力を込めて押し合いつつも、私たちは間近で見つめ合う。

 ようやく距離が近づいたので、私は思っていることをためらいなく吐き出した。


「お前が知ってるかどうか知らんが、イクマは面白いやつだった。マンガとか描いてたんだ。お前にも読ませて、批評とかさせるつもりだったのに――」


「マンガですって? そんなものに手を出してたなんて、驚きを通り越して呆れるわ。道具は道具らしく、与えられた仕事だけをしていれば良かったものを」


「道具なら、なんで『イクマ』なんて名前をつけた。お前に近い名前を」


 明美は銃を捨て、もう一方の手でも殴りかかってきた。私も同様に片手を空け、それをがっちりと受け止める。


「あのね玲ちゃん。あなたと違って、私は数百年の時間を過ごしてるの。だから性格や価値観も大きく変わったわ。申し訳ないけど、玲ちゃんが知ってる明美とここにいる私は、ほぼ別物なのよ」


 だから、と明美は続ける。力が強くなり、私は徐々に押され出した。


「今なら、碧ちゃんやルウだってためらいなく殺せるわ。もう、あなた以外の存在は心の底からどうでもいいの。あなたと絆を深めた馬場明美は、もうどこにもいないのよ!」


「――私は、変化が悪いことだとは思わない」


 ジェットパックのガス噴射量をさらに上昇させ、全身の筋力を限界を超えて発揮し、私は明美を押し返していく。


「こっちは目覚めて一年程度だが、それでも変わった。大勢の上に立って、命令とか指揮をするようになったが、その立場や役割にけっこう満足している。昔の私なら、ありえないことだろう。だから――お前には感謝している。レイ族とアケミ族を産み出してくれて、ありがとな」


 ずっと明美の顔に張り付いていた笑みが、ようやく消えた。

 わずかに目を見開き、妙なものを見るような視線を向けてくる。


「……どうして礼を言うの。状況わかってる? 私はそのレイ族とアケミ族を根絶しようとしてるんだけど? ついさっきイクマが私のせいで消滅したけど、それも忘れちゃった?」


「お前を信じてる。ただ、それだけだ」


 途端、こちらを押す明美の力が、ふっと抜けた。私は拳を振りかぶり、叫ぶ。


「それはそれとして、ぶん殴らせてはもらうけどなぁっ!」


 そうして、渾身の右ストレートをヤツの鼻っ面に叩きこんだ。顔面を陥没させる手応えを感じ、明美の体は空を吹っ飛んでいく。


 私は汎用粒子に意識を集中させた。感覚的に、先ほどよりもできることの幅が大きく広がっている気がする。イクマのおかげだろう。そして、ついさっき明美から食らった攻撃を強く脳内に思い描く。

 ジェット噴射によって姿勢を安定させようとしている明美の四肢に向け、私は攻撃を放った。直後、ヤツの両手足が半ばから両断される。汎用粒子による見えない斬撃を、うまく飛ばせたようだ。


 若干余裕ができたので、下を見る。

 雪の結晶の形をした大地は、だいぶ巨大になっていた。地表まで、あと五分もかからないだろう。

 一方の爆弾は、私から数百メートルほど上にあった。明美が汎用粒子でなにかしてるせいか、落下速度がかなり落ちているらしい。

 パッと見、爆弾の軌道はかなり南に逸れている。爆発は大陸の半分に及ぶと言っていたから、人がまったくいない南の端に落とせれば、直接被害は大幅に抑えられるかもしれない。


 私は爆弾の方へ全速力で向かった。

 爆弾の周囲は汎用粒子が囲っているようなので、まずそれにこちらの汎用粒子を強引にぶつける。量を頼みとした力技だったが、明美の汎用粒子は割りとあっさり霧散させることができた。


 そして爆弾に接近しつつ、超大型人形兵を倒したときに使った長い金属バットを生成する。いよいよ目前に迫り、私は武器を思いっきり振りかぶって爆弾に叩きつけた。

 ――が、しかし。


 攻撃は、するりと爆弾をすり抜けた。まるで幻や立体映像のごとく、そこにはなんの物質も存在しなかったのだ。


「残念、玲ちゃん」


 明美の声が耳元で響く。


「イクマが消えた時点で、爆弾に隠蔽工作をさせてもらったの。あなたに本物を見つけられるかしら?」


 私は急いで周囲を見回す。だが、爆弾は影も形もなく、どこにも見当たらなかった。


 ――まずい。見つける手段が思い浮かばない。おそらく透明になっているだけでなく、風圧による音や空気の流れさえも隠されている。

 焦る私だったが、次の瞬間ハッとする。いつの間にか、明美がすぐそばにいたのだ。


 切断された手足は当然の如く元に戻っている。ヤツは上下逆さとなって落下しつつ、私に静かな口調で話しかけてきた。


「玲ちゃん。一応聞きたいんだけど……私を信じているなら、どうして必死に爆弾を止めようとしてるわけ?」


「……私はやるべきことをやってるだけだ。だから私の中じゃ、お前を信じることと爆弾を止めることは、別に矛盾してない」


「そ。でも、もう詰みよ。軌道を変えるには地表に近づきすぎたし、もう爆弾はどうやっても造化六花に落ちるわ。たとえ、今すぐあなたが爆弾を見つけられたとしてもね」


 ……確かに、もう距離がまずい。下の造化六花は地平線いっぱいに広がりつつあり、その外に爆弾を運ぶのは困難と言わざるを得なかった。


 私は覚悟を決め、明美と向かい合う。

 もはや、爆弾をどうこうすることはできない。正面戦闘ならともかく、化かし合いで明美に勝てる気がしないからだ。ならば明美と言葉を重ね、そこに光明を見出さなければ。


 明美は地上を見下ろしつつ、独り言のように続ける。


「ちょっと南にずれてるコースだけど、まあいいわ。殲滅は無理かもしれないけど、軽く数百万人は死ぬだろうし。そうすれば、玲ちゃんだって――」


「いいや、お前には殺意を抱かない」


 私はきっぱりと宣言した。


「もう決めた。私は今後、お前を恨みで殺さない。たとえ、なにをされようともだ」


 明美の顔から表情が消える。

 ヤツはわかっているのだ。二条玲という人間は、一度決めたことをなにがあろうとも必ず貫き通すと。つまりこの時点で、『私に明美へ殺意を抱かせる』というヤツの計画は、破綻したと言っていい。


 体勢を変えて上下を反転させ、明美は私と真っ直ぐ向き合う。そして苦虫を噛み潰したような顔をして、低い声を出した。


「…………どうしてよ……玲ちゃん……」


「心を他人にコントロールされるのが、死ぬほど嫌だからだ。お前ならわかるだろ? 馬鹿みたいに意地っ張りなんだよ、私は」


「なら……だったら、私たちの関係はどうなるのよ! それじゃ、もう昔みたいには――」


「お前が言う『昔』ってのがいつのことかは分からんが、だったらまた新しい関係を築けばいいだろ。むしろ、私たちはずっとそうしてきたはずだぞ」


 ゆっくり明美に近づき、肩に手を置く。そして、ヤツの眼を真っ直ぐに見つめて言った。


「私はお前が好きだ。だから、お互いが変わってもどうとでもなる。そもそも、新しい関係がどうなるか楽しみで、はるばるお前に会いに来たんだからな」


「――――玲ちゃん」


 明美はしばし唖然としたが、やがて俯き、歯をぎりぎりとかみ締めた。まるで、なにかを激しく残念がっているかのように。


 ――今、なにを思っているんだ? 明美は。

 私の楽観論は、ヤツには届かなかったのだろうか?


 明美の眼に、力が篭った。何かを決意したかのような、そんな表情をしている。

 場に突然の変化が起こったのは、そのときだった。異様な気配に気づき、私は反射的に真上を見上げる。


 はるか上空から、赤と青の線が無数に降りてきていた。

 線というか紐というか、とにかく細い物体――あるいは光だ。それらは空を埋め尽くすほどであり、おそらく地表の人間たちにも見えているだろう。


「……なんだ、ありゃ」


 唐突に発生した現象に驚き、私はあんぐりと口を開けていた。

 線は複雑に絡み合い、螺旋を描き、下方へと収束しつつある。どうやら、こちらに向かって降りてきているようだ。


「ウィニー……」


 明美がぼそりと言った。そちらを向くと、ヤツは歯をむき出しにし、悔しそうな顔で上空を仰いでいる。

 よくわからんが……ウィニー? あの無数の細い紐が宇宙人のウィニーなのか?


 収束した紐はこちらに向かっていたが、太く発光するそれは私たちの近くを通りぬけ、さらに下へと伸びていく。

 目で追うと、紐の先端部分に黒い球体が現れた。いや――あれは、私がずっと追っていた爆弾だ。ウィニーらしい紐はそれをぐるぐると取り囲み、落下の軌道を凄まじい速度で変えていく。大陸の外側へと向かって。


 まさか……まさかウィニーは、造化六花の人間を救おうとしている? そのためにわざわざ現れた?


 横を見ると、明美はすべてを諦めたかのように脱力し、うなだれていた。

 計画がウィニーの横槍によって阻止され、落胆している――と捉えていいのだろうか? 状況の変化があまりにも急で、理解が追いつかない。


 ともかく、私は爆弾を追ってスラスターを噴射させる。もう地表まで数キロといったところか。

 爆弾を横に押している形のウィニーだが、あの速さだと大陸の外に押し出すのは難しいように思える。下を見ると、大陸南方――その先端近くにある巨大な湖が目に入った。このままだと、爆弾はあのあたりに落ちそうだが……。

 湖の中央には島があり、なにやらキラキラと光っている。そして、爆弾と爆弾を取り囲むウィニーは、まっすぐに島へと落ちていく。


 こちらが上空二千メートルほどを通過したあたりで、爆弾は地表へと激突した。

 固唾を呑み、爆風に備える私。


 着弾地点に激しい光が発生し、大爆発が巻き起こる。

 が、それを赤と青の紐が一斉に取り囲み、発生したエネルギーを押さえ込んだ。身を挺して造化六花を守ろうとしている――のだろうか。


 そのおかげか、私のところへは音も衝撃波も来なかった。爆発の光はすぐに消え、着弾した地表にも破壊痕は見られない。

 ……どうやら、爆弾による被害を最小限に抑えられたらしい。


 まず、その事実に私は胸を撫で下ろした。そこそこ覚悟していたのだが、レイ族とアケミ族を誰一人失うことなく、この事態を乗り切れたようだ。

 とはいえ、犠牲がなかったわけではない。それについては悔やんでも悔やみきれ――。


『――玲様?』


 考えていた人物っぽい声が頭の中で響き、私は目を見開いた。


「イ……イクマかっ!?」


『はい。なんか……無事でした。ただ、今自分がどこにいるか分からないんです。どうにか音声通信はできるみたいですけど、汎用粒子は使えないし。そちらはどうなってます? 爆弾は?』


「よくわからんが、こっちも無事だ。ウィニーらしきやつが現れて、どうにかしてくれた」


『ウィニー? ウィニーって……宇宙人の?』


 ふと、眼下の爆心地で赤と青の紐が急速に丸まっていることに気づいた。


「ちょっと待て。確かめに行ってくる」


 そうして一旦イクマとの会話を打ち切り、私は地表へと降りていく。



 爆発が起こった大地に、すでに熱はなかった。塵やら砂ぼこりやらが舞い上がってもいない。核爆弾による被害を受けたとは思えない平穏さであり、これもウィニーの仕業なのだろうか。


 元からか、爆発の影響かは知らないが、降り立った地面はガラスのような質感となっていた。それをパキパキと鳴らして歩きつつ、私は赤と青のまだら模様となっている球体へと近づいていく。


 直径十メートルほどの怪球を見上げつつ、私はその手前で立ち止まった。すると、唐突に辺りに声が響き渡る。


「  無事で  」

「     良いと思う」

「君たち人類の    存続  」

「   我らに    望ましい」


 ――はるか昔に聞いた覚えのある、異様な声。

 やはり目の前の存在は、宇宙をさまよう私と明美の死体を拾い、そして再生させた宇宙人――ウィニーらしい。


 私は唾をごくりと飲み込み、尋ねた。


「お前が、私を……私たちを、助けてくれたのか?」


「 然り     であるならば」

「君たちの損失は  にも損失 」

「ただ   明美の挙動に       」

「  動かざるを   」


 相変わらず、なにを言っているのか断片的にしか掴めない。が……ともかく、こちらを助けてくれたことは間違いないようだ。


 直後、背後で何かが地面に激突したような音が響く。振り向くと、そこにいたのは明美だった。

 ヤツはゆっくりと立ち上がり、疲れきったような顔をこちらへ向けてくる。


「……残念だわ。まさか、ここにきてウィニーが介入してくるとは思わなかった」


「どういうことだ。ウィニーってのは、結局私たちにとってどういう存在なんだよ」


 明美は溜め息を吐き、抑揚のない声でその問いに答える。


「彼らにとって、私たち人間は研究対象だった。で、今は調査を終えて完全に放置されていると思ってたんだけど……違ったみたいね。この状況を見るに、一応は保護対象でもあるみたい」


「……そうだったのか」


「おせっかいなことに、彼らはイクマも助けてくれたみたいね。宇宙にある観測衛星のひとつに、あの子の人格データを勝手に転送させて」


「……ずいぶんいいやつらしいな。ウィニーってのは……」


 それらが事実なら、感謝してもし足りない。あまりにも正体や目的が謎で、これまでは胡散臭く思っていたが、その認識は改めるべきだろう。


 ウィニーらしき球体はさらに収束していき、そしてほどけるようにして消えていった。輝く無数の粒子が残ったが、それらもすぐに光を失って目に見えなくなる。


 一方で、明美はどさりと両膝をついた。顔にはまったく生気がない。


「……玲ちゃん。あなたが私をどう思ってるかはともかく……しばらく時間をくれない? ちょっと落ち着いて、冷静に物事を考えてみたいの」


「……つまり?」


 私が短く問いかけると、明美はようやく顔を上げる。しかし、やはりその目には力がまったくなかった。


「しばらく寝るわ。さっき私が入ってた白黒の繭……あれに、しばらく篭らせて。罪滅ぼしは、その後でするから」


「……やっとこさ会えたってのに、またお預けを食らわせるつもりかよ。その言い方だと、何年か引きこもるつもりみたいだが」


「そうね。玲ちゃんには申し訳ないけれど……それくらいの時間は欲しいわ。また、あなたと真正面から向き合うためにも」


「…………そうか。わかった」


 それが明美に必要なことなのかどうか、私にはよくわからない。だが、ヤツが打ちのめされているのは確かだし、多少の時間は置くべきなのかもしれない。

 考えてみれば、明美はもっと長い期間、私を待っていたのだ。数年程度こちらを待たせる権利は、アイツには十分ある。


 そうして、明美の提案を素直に受け入れようとしたときだった。


「あ~あ、信じちゃうんだ。相変わらずお人よしだね、おかーさんは」


 すぐそばから響いてきた声に、驚愕して息が止まった。


 この声は――。

 死んでも忘れない、この甘ったるい声は――。


 振り向いた先には、予想したとおりの人物が立っていた。学生服を着た、明美に似た顔を持つ、うら若い乙女。

 あまりにも突然のことに天地がひっくり返ったような衝撃を受けつつ、私は喉をぴくりと動かす。


「――――――碧」


 死んだ愛娘の名前を呼ぶと、目の前の少女はにこりと笑った。

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