??歳・80
宇宙空間に入って十数分後、塔の内部を登るエレベーターは終点へと辿り着いた。
広い室内にて停止し、透明の壁が床に沈みこむ。場は静寂に包まれており、機械の駆動音などは一切聞こえない。
数歩歩いてから周囲を見回し、私は息を呑んだ。
円盤状のフロアなのだが、頭上の天井以外がすべてガラス張りとなっているのだ。側面はもちろん、床さえも透明であり、ゆえに足元には小さくなった造化六花の大陸がありありと見える。まるで、宇宙空間そのものに立っているかのようだ。
ちなみに、イクマは粒子に戻って消えている。命令に背いた以上、面と向かって明美と顔を合わせるのがきついらしい。
その場でぐるりと回り、奇怪な空間をあらためて見渡す。
しかし、この場所には私以外に誰もおらず、明美の姿はどこにもない。階段や通路、ドアも見当たらないし、他に部屋があるのかどうかも不明だ。
ただ、気になる物体が二つある。
ひとつは天井にある黒くて巨大なドームだ。普通の球状なら直径十メートルはありそうな半球が、さほど高くない天井に引っ付いている。
なんの意味もないオブジェや飾りなのかもしれないが、ドームの根元あたりに妙に凝った幾何学模様の装飾があり、どうにも意味深だ。
気になるもうひとつは、白黒のまだら模様をした物体だ。部屋の端、少し高い段となっている場所に堂々と鎮座しており、どうにも怪しい。
まるで虫のサナギ――あるいは繭に似た形をしているが……どうにも見覚えがある気がする。
確かめようとして足を一歩踏み出したとき、それに異変が起こった。白黒の物体の内部から、突如バキバキと音が響いてきたのである。
その瞬間、私は気づいた。あれは確か、この世界で目覚めたときの私を包んでいたやつだ。
となると、まさかあの中には――。
殻を突き破り、手が飛び出た。
強引に穴を広げ、すぐに頭や胴体も外へと出てくる。破片をまとったまま立ち上がると、雑な手つきで体に付着する殻を払い落とし、最後に頭をぶるぶると振った。
それは、裸の明美だった。年頃は私と同じで、やはり若返っている。
唐突な展開に驚き、私はヤツを凝視したまま言葉も出せない。
「――おはよう、玲ちゃん」
落ち着いてこちらを見据え、明美は抑揚のない口調で言った。
「大分待ったわ。よほど寄り道が楽しかったみたいね」
「…………お前の状況がわからん。ずっと寝てたのか? その中で」
尋ねると、明美は若干眠そうな顔のまま答える。
「ああ、大丈夫。おおよそは把握してるわ。あなたと違って、調整中にも外の情報を得てきたから」
明美はぺたりと足を踏み出す。
すると、ヤツの体の回りを輝く粒子が覆った。それらはすぐさま形を成し、タイトなワイシャツとハーフパンツとなって明美の裸体を包む。
――間違いない、汎用粒子だ。イクマはジェネレーターは二つあると言っていたが、もうひとつは明美が持っていたらしい。
裸足のまま、明美はそでを丁寧にまくっていく。そして首もとのボタンをひとつ外し、長い髪をかきあげて軽く頭を振った。
それらの仕草は、どう見ても明美だった。
これまでさんざんヤツと瓜二つの人物を見てきたが……彼女たちはあくまで外見が似ていただけなのだと、あらためて気づく。
――本物が、会いたいと切望していた明美本人が、今、目の前にいる。
その事実がふと胸を打ち、不覚にも少し涙ぐんでしまった。認めたくはないが、ヤツとずっと会えなくて私は寂しかったのかもしれない。
が、すぐに拳を強く握り、そうした感傷を捨てた。
これは、単なる旧友との再会ではない。私は世界の行く末を、人類代表としてコイツに問いたださねばならないのだ。
ゆえに気持ちを固め、目に力を込めて明美を見据える。
「……色々言いたいことはあるが、とりあえず一発ぶん殴らせてもらう。言い訳なら、その後でしろ」
すると、明美は低い声で言い返してきた。
「ぶん殴る? ぶっ殺すじゃなくて?」
「――――いや、そこまでは……」
予想外の反応に、少々戸惑う。
というか……ようやく気づいたが、明美のテンションが妙に低い。千年ぶりの再会にしては、塩対応すぎる。
そして、ヤツはやんわりと不機嫌な表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。
「がっかりだわ。本当に、死ぬほど残念」
「なにがだ」
困惑しつつ聞き返すと、明美は口調を強くして答える。
「――私はね、玲ちゃんに向けられる殺意がたまらなく好きだったの。なのに、今のあなたはそれをこれっぽっちも持っていない。魅力も半減するってものよ」
視線にも力がこもり、こちらを睨みつけるようにして明美は続ける。
「あなたと違って、私はウィニーに散々な目に会わされてきた。拷問みたいなことだってされたわ。でもそうした地獄を、私はあなたとの記憶を糧にして耐えてきたの。なのに……千年ぶりに会った玲ちゃんは、私への殺意を――執着心を失ってしまった。酷いわ。残酷すぎる」
言葉を失った。
明美への殺意が消えたことを、私は素直に喜んでいたのだが……当の本人は違ったらしい。
「でも、いいわ。予想通りだし、備えもしてきたから。火が消えたのなら、もう一度つけなおせばいいだけのこと。イクマは仕事を十分にしてくれたみたいだしね」
「……どういうことだ」
話が明らかに不穏な方向に進んできて、私は焦りを覚え始める。
「絆を育んできたんでしょう? 造化六花に住まう複製体たちと。一年間、よっぽどべったりだったんでしょうねぇ。ってことは、それを皆殺しにされたら、さすがに玲ちゃんも私への殺意を再点火してくれるんじゃない?」
「なに言ってんだ、お前」
もはや、そんな言葉しか出てこない。コイツが本気なのだとしたら、私は――。
明美はいきなり天井の半球を指差し、嫌味で得意気な笑みを浮かべる。
「これ、爆弾ね。水素を使った核兵器で、造化六花の半分くらいを吹き飛ばす性能があるわ。この施設はこいつを維持し、そして投下するためのものなの。というわけで、二つ目の役割を果たさせてあげましょう」
真上のドームがパリパリと音を立て、直後に轟音と火を噴いた。黒い球体が凄まじい速度で放出され、床のガラスを粉々にして突き破る。
私はその衝撃波で後ろに吹っ飛ばされたが、すぐ前方に吸い寄せられる。宇宙ステーションの外殻が破れ、大量の空気が真空中に漏出しているからだ。
何かにつかまる暇もなく宇宙空間に放り出されたが、別にいい。今の私なら真空でも耐えられるだろうし、なにより爆弾をどうにかしなくちゃならない。
正面には銀色の惑星があり、その中央には雪の結晶型の大地がある。
黒い球体はそれに向かって一直線に落下していて、後部に姿勢を制御するジェットエンジンのようなものも付随していた。あれならば大気圏突入などで軌道がずれても、ある程度はコースを変えられるだろう。
予想通り、私の体は真空中でも平気だ。目や口の中がパサついて、体内の血がぐつぐつ音を立てているが、耐えられないほどじゃない。
ともあれ汎用粒子でパワードスーツを形成し、一応ヘルメットで頭部を覆い、すぐさま各部のスラスターを全力噴射した。爆弾の加速はそれほどでもないので、これなら問題なく追いつけるはずだ。
『イクマ、あれは本当に爆弾なのか!?』
うまくスーツ内に空気を作れなかったので、私は頭の中で声を念じた。どうにか伝わったようで、即座に返事が返ってくる。
『はい、おそらくは。この惑星をテラフォーミングした際に、同型のものが地形に手を加えるために使われた――との記録が残っていますので。しかし、それをこんな形で再利用するなんて……』
――マジかよ。明美のやつは本気なのか? 本気でレイ族とアケミ族を皆殺しにしようとしてる?
あまりに突拍子のない展開に、私は理解が追いつかない。
確かなのは、明美の言動が嘘偽りない真実だった場合、造化六花の私の娘たちは一人残らず死に絶えるということだ。それだけは、たとえ我が身を犠牲にしてでも阻止しなければならない。
最悪の展開にならないよう祈りつつ、私はひたすらに爆弾を追い続ける。




