??歳・79
オリジナルの死体があった部屋を抜けると、すぐに別の開けた空間に出た。
薄暗いままだが、中央の床が直径五メートルほどの円状に光っており、奥に続く道はない。ここで行き止まりらしいが、上を向くと天井に筒の形に穴が空いている。
状況からするに、部屋の真ん中の床がエレベーターにでもなっているのだろうか? で、あれに乗れば上へと運ばれる?
イクマは人のままついてきているが、話しかけない限りはずっと口を閉ざしている。本来ここに彼女がついてくる予定はなかったから、余計なことを教えないようにしているのかもしれない。
というわけで、私はあらためてイクマに尋ねた。
「ここが塔の中央か?」
「そうです。真ん中の床がそのまま昇降機になっていますので、それに乗れば上層へと行けます」
「ってことは、上にいるのか。明美のやつは……」
再度真上を見上げるが、天井の穴の奥は暗くてよく見えない。塔は宇宙にまで達している感じだったし、相当昇ることになりそうだ。
「そもそも、この塔ってなんなんだ? どういう役割がある?」
「この星には環境調整機構というものがありまして、塔はその中枢を担っています。造化六花が造られた際には、宇宙と地表を繋ぐ軌道エレベーターの役割も持っていたようですが、現在その機能は使われていません。……管轄外の施設なので、正直、私も把握しているとは言いがたいのですが」
「ふぅん」
ふと、軌道エレベーターという単語を聞いて思い出したことがあった。
「そういえば、お前のマンガにも軌道エレベーターが出てきてたな。古代文明が残した遺産とかで。これを参考にしてんのか?」
「え、ええと……否定はしませんが……」
イクマはごっほんと大きく咳払いをした。顔は微笑を保っているものの、頬の筋肉が若干ヒクついている。
「……玲様。今は仕事中なので、マンガの話はやめていただけませんか? なんというか、実にむず痒くなるんです」
「なんだよ、いいじゃんか。私は古代文明のくだりはけっこう面白いと思ったぞ? 神話とあからさまに矛盾する感じが、歴史の奥深さを感じられて」
「…………っ!」
悶絶し、イクマの表情がさらにこわばる。
が、すぐにぶるぶると頭を振り、いつもの営業スマイルに戻った。
「――玲様。お褒めの言葉は昇天するほどに嬉しいのですが、反面不快でもあります。私は仕事に誇りを持っており、一方でマンガの話は私の業務に多大な悪影響をもたらしますので。ゆえに、これ以上その話題を強要されるのなら、モラルハラスメントとみなしてストライキを敢行しますが、いかがなさいますか?」
「ス、ストライキ? わかったよ。もうしない」
穏やかではないビジネス用語が出てきて、私は少々焦った。上に立つ者として、下の人間に横暴は働くまいと、常々自制しているからだ。
一息つき、あらためて足を踏み出す。
光っている丸い床に乗ると、その外縁部から透明の壁がせり上がった。壁はそのまま内側に折れて天井を形成すると、床もろともふわりと持ち上がって上昇を始める。
エレベーターはすぐさま真上にあった塔の筒へと到達し、暗い中を延々と登っていく。
稼動し始めてから一分ほどがたったが、まだエレベーターは上昇し続けている。
壁はずっと黒いままで、階数表示なんかもないため、どれくらいまで上がってきたのかさっぱりわからない。今現在の速度さえ不明だ。
「いい高さまで来たので、外の風景でもご覧になりますか? そのくらいの操作なら、できそうなので」
いきなりイクマがそう提案してきた。私が頷くと、周囲の壁が一斉に消えて、青い空に囲まれたような風景が広がる。
「エレベーター内の壁に、外の景色を映し出してみました。塔の外壁のカメラで撮った映像なので、実際の光景とそん色ないはずです」
現れたのはリアルな風景で、スクリーンに映し出されたものとは思えない。ともかく、私はエレベーターの外側ぎりぎりに立ち、下を見下ろした。
眼下に造化六花の大陸がはっきりと見え、息を呑んだ。本当に雪の結晶の形をしている。
そして大陸の外――星の全容が徐々に見えてきて、さらに驚いた。
造化六花は黒っぽい海に覆われているのだが、その海はさほど広くない。海は銀色の幾何学模様をした大陸に囲まれており、それが延々と星の表面を覆っているのだ。
「……なんだ、これは」
思わず疑問が口から出る。イクマはすぐにその問いに答えてくれた。
「この星は、本来生物が住める環境ではありません。なので星の全域が改造され、その一部分のみに地球と酷似した環境が生成されました。大気の空気成分や温度、流れなどの管理を、あれら銀色の環境調整機構が担っているのです」
「……そうだったのか。じゃあ、大陸の外に新世界とかは存在しないんだな……」
「はい。造化六花の外には、酸素すらありませんから。この星を住処とする限り、人間たちはあの雪の結晶の中で生き、死んでいくしかありません」
「となると……人が増えたら、やっぱり低地を開拓するしかないか。地下に都市を築ければいいんだが、いけると思うか?」
顔を見て尋ねるが、イクマはやや俯いたまま返事をしない。
「……イクマ?」
「…………玲様。これは、私が話すべき事柄ではないかもしれませんが……」
決意を固めたかのように、彼女は目に力を込めて私に向き直った。
「この星の寿命は長くありません」
「…………なに?」
「二つの太陽――連星のちょうど中心に、私たちが住まう惑星があります。自然発生したのではなく、ウィニーによるなんらかの実験の結果として生まれたものだそうです。造化六花は、その跡地に創られました。そして……」
イクマが上を向いたので、つられて私も天を仰ぐ。
高度がだいぶ上がっているのか、すでに真上の空は青というより紺色に近い。そして、斜め上には直視できないほどに輝く太陽があった。
「二つある太陽は、互いに引き合っています。徐々に接近しているのです。つまり、いずれは重なり合う距離となり、一方が一方を吸収するなどして、この星系は終わりを向かえるでしょう。当然、太陽と太陽の間にあるこの星も」
「…………それは、どれくらい先の話だ?」
唖然としつつ、私は尋ねる。
「すでに、多大な影響を受けています。放射線や気温の増加は留まるところを知らず、現在は環境調整機構でどうにか変動を吸収していますが……当然、じきに限界が来るでしょう。おそらく、三、四百年程度がリミットかと」
「三、四百年……」
レイ族とアケミ族は、そのときが来たら問答無用で絶滅するということか。
私はすぐさま、これまでも気になっていたことを問いただす。
「聞きたいんだが、私の寿命ってどれくらいだ?」
「断言はできませんが、おそらく無限かと。致命的な外的損傷を負わない限り、永遠に生きられると思います」
……まあ、そんな気はしてた。だからその事実は別にどうでもいい。
重要なのは、それならば私が娘たちを救えるかもしれないということだ。
「なら、宇宙船を作って全人類ごと脱出しよう。三百年もあれば、お前の力を借りればできるはず。そうだろ?」
「……それは肯定しかねます。というのも、この星の周囲は二つの太陽によって、重力場がめちゃくちゃなんです。だから月のような衛星も存在しないし、高い軌道に人工衛星を配置することもできない。宇宙船で星を脱出しようとしても、すぐに太陽に引っ張られて燃え尽きてしまうでしょう」
それは、半ばこの星の人間への死刑宣告だった。
しばし私は絶句し、とりあえず浮かんだ疑問点を指摘する。
「……衛星がないって話だが、空を横切る線があるじゃないか。土星の輪っかみたいなやつが。あれはなんだ?」
「あれも環境調整機構の一部――つまり、機械です。造化六花のはるか上空に保護膜を展開し、放射線を吸収する役目を担っています。大気圏ぎりぎりに存在しているので、星の輪と言えるものではないでしょう。ほら、そろそろその高さに達しますよ」
外はもう、ほとんど宇宙だ。無数の星の光が見えるし、夜空のような懐かしい光景が広がりつつある。
そして、目線の高さには茶色の平べったい物体があった。
分かりづらいが、少なくとも氷や岩石の塊じゃない。星の表面に沿うようにして、膜っぽいものが広く展開している。どうやら本当に、あれらも星を守るための装置らしい。
「玲様。この星の行く末がどうなるのか、私にはわかりません」
イクマが話を戻したので、こちらも視線を彼女に向ける。
「なので、明美様にお聞きください。造化六花をウィニーとともに生み出したあの方なら、この先の展望をきっと持っているはず。……私に言えるのは、それだけです」
「……そうか。わかった」
真上を見上げると、終着点が見えてきた。
星の海に浮かぶ、銀色の宇宙ステーション。明美はあそこにいるらしい。
――ずいぶんとまあ、高いとこから見下ろしてたんだな、私を。
本当に、言いたいこと聞きたいことが腐るほどある。
だが……その前に一発ぶん殴ろう。私をさんざん放置して、世界を好き勝手弄って、一人で星の命運まで背負いやがって。
許せん。ぶちのめさなくちゃ気が済まん。
私は拳をぎゅうぎゅうと握り、天空の金属塊を睨み続けた。




