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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
164/174

??歳・78

 工場のような広大なエリアを、私は空中を飛んで一気に突き進む。

 そしてイクマと初めて会った教会っぽい部屋の前で減速し、着地した。


「……また、ここに来るはめになるとはな」


 私は静かに愚痴った。塔への入り口は、この先にあるらしい。


『え? 素晴らしい場所じゃないですか。来るのをためらう要素が、どこに?』


 耳にイクマの声が響き、私は部屋に入りながら答えた。


「あの私と明美の像が、どうも見てられん。なんと言うか……直視すると、こっ恥ずかしくなる」


『なにをいまさら。大府にはもっとでかい玲様の像があるじゃないですか』


「あっちは私単体だけだし、毎日眺めてるし、さすがに慣れた。でも、これは……」


 長椅子の列が並び、白い床と壁に囲まれている、教会じみた空間。

 私はその中央で立ち止まり、溜め息を吐いた。正面には、二人の今際の際をかたどった彫像が堂々と鎮座している。


 あらためて像を眺めると、なんとも複雑な気分になってきた。

 私は首を軽く横に振り、話を進めた。


「で、塔への道は?」


『少々お待ちを』


 すると、私と明美を模した像がガクンと揺れ、後ろの壁ごと真下へ沈んでいく。

 それらが床の下へ埋まりきると、背後には奥へと続く空間があった。どうやら、隠し通路になっていたらしい。

 この部屋と違い、延々まっすぐ続くその道は全面が黒い素材で覆われている。床に誘導灯のような蛍光ライトがあるだけで、お化け屋敷のように薄暗くもあった。


『これが塔へと続く、唯一の道です。本来は、私があなたに倒されたときに開く予定でした』


「この先に、明美が……」


 いよいよ再会のときが近づき、私はごくりと唾を飲んだ。さすがに、やんわりと緊張している。


 長い人生の中で、ヤツとは出会いと別れを繰り返してきた。

 だが……久しぶりに会うときは、大抵直後にろくでもない事態となった。だからきっと、今回もそうなると思う。


 宇宙人に拾われて生き返ったとか、異世界で目覚めたとか、自分のクローンっぽい人間たちと遭遇したとか、私は人生がぶっ壊れるほどの体験を幾つも積んでいる。明美も同等かそれ以上の目に会っているだろう。

 実時間的には千年たってるらしいし、この再会はこれまでとは重みの桁が違う。世界とかの秘密も明かされるっぽいし、身構えてしまうのもしょうがない。


 とはいえ、心が少々ガチガチになりすぎている。なにがあっても対応できるよう、もっとリラックスしなくては。


 私は一度大きく深呼吸し、そして汎用粒子のパワードスーツを解除した。

 通路は学校や病院の廊下ほどの狭さで、飛んで通れなくもないが、そこまで急ぐ必要はない。気持ちを落ち着けるためにも、のんびり歩いていくとしよう。



 一時間ほど歩くと、そこそこ広いフロアに出た。照明が床に光を投げかけており、これまでと違って多少は明るい。

 しかし、奥にはまだ通路が続いている。塔の中央部に着いたわけではないようだ。


 部屋の底はやや沈み込んでおり、ベッドほどの大きさのガラスに包まれた何かがある。なんだと思って近づき、ハッとした。


 黒い二つのパワードスーツが、密着した状態でワイヤーにぐるぐる巻きにされている。

 そして、頭部には干からびたミイラのような顔があった。いや、水分が極限まで失われただけで、顔はまだ生物の体裁を失ってはいない。目や鼻、髪は健在だし、輪郭も十分、それが誰かを判別できるほどには残っている。


 どう考えても、目の前にあるのは私と明美の死体だった。


「………………」


 口をあんぐりと開け、私はしばし固まった。

 複製――だろうか?

 いや、像ならまだしも、こうも本物と遜色ないものを明美が作るとは思えない。

 それにスーツが異様に傷だらけなのも妙だ。足の先など、二人の体の一部分は思いっきり欠けてるし、死んだ当時の再現にしては色々おかしすぎる。


「……イクマ。これは…………」


 振り絞るように声を出し、私は答えを求めた。

 粒子が集まり、ガラスケースを挟んだ反対側にイクマの姿が形成される。


「……二条玲様と馬場明美様、その御二方の遺体です。私の全存在を賭けて誓いますが、偽物や複製ではありません」


 やはり、本物の私と明美の死体らしい。

 なら……なら、今ここにいる私は…………。


 十数秒ほどかけて状況を理解し、そして私は結論に辿り着いた。


「…………そうか。私も二条玲のクローンだったんだな」


 私は一度死に、その後に体を蘇生されたのだと思い込んでいた。

 しかし、どうやら違ったらしい。おそらく元の私から記憶や人格のみが抽出、あるいは複製され、まったく新しい別の体に移されたのだ。


 つまり――二条玲は完全に死んでいる。生き返りなどしなかった。

 今の私は、単にその記憶を受け継いだ別の個体に過ぎない。


「あなたがその事実をどう思われているのか、わかりませんが……」


 イクマがやや遠慮がちに言った。


「オリジナルの人格と記憶を完全に引き継いでいる以上、あなたは二条玲様です。そう認識するよう明美様に命令されていますし、私自身もそうすべきだと考えます」


「……一応聞きたいんだが、他にいないのか? 記憶とかを引き継いでるクローンは」


「私の知る限り、いません。というか、明美様もそのような存在は許さないでしょう。あなたが二条玲という正当性が薄れてしまうのですから」


「……そうか」


 再度二人の死体をじっくり眺め、そして視線を逸らし、私は奥へと向かって歩き出した。イクマは人の形のまま、慌ててついてくる。


「れ、玲様?」


「なんだ?」


 歩きながら尋ねると、彼女はおずおずと尋ねてきた。


「事実を隠していた分際で言えることではないのですが……平気なのですか? ご自分がクローンだという事実に、思うところは……」


「私は私だろ? そりゃあビックリしたけど、体が変わっただけだと思えば、どうということはない」


 ――正直、理解が追いついてないということもある。落ち着いて冷静に考えたら、もっとショックを受けるのかもしれない。


 だが、さっきも言ったように私は私だ。

 植えつけられた記憶だろうが、思い込みだろうが、少なくとも私の意識は今、この場所に存在する。

 ならば、オリジナルとかクローンとか関係なく、それが私でいいじゃないか。細々した事情なんて、知ったこっちゃねぇ。


 それに死体がある以上、立場は明美だって同じだ。ならば負い目を感じる必要なんて一切ない。

 私は胸を張り、堂々と二条玲としてヤツに会いに行く。


 私は決意を新たにし、暗い通路をづかづかと歩いていった。

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