??歳・78
工場のような広大なエリアを、私は空中を飛んで一気に突き進む。
そしてイクマと初めて会った教会っぽい部屋の前で減速し、着地した。
「……また、ここに来るはめになるとはな」
私は静かに愚痴った。塔への入り口は、この先にあるらしい。
『え? 素晴らしい場所じゃないですか。来るのをためらう要素が、どこに?』
耳にイクマの声が響き、私は部屋に入りながら答えた。
「あの私と明美の像が、どうも見てられん。なんと言うか……直視すると、こっ恥ずかしくなる」
『なにをいまさら。大府にはもっとでかい玲様の像があるじゃないですか』
「あっちは私単体だけだし、毎日眺めてるし、さすがに慣れた。でも、これは……」
長椅子の列が並び、白い床と壁に囲まれている、教会じみた空間。
私はその中央で立ち止まり、溜め息を吐いた。正面には、二人の今際の際をかたどった彫像が堂々と鎮座している。
あらためて像を眺めると、なんとも複雑な気分になってきた。
私は首を軽く横に振り、話を進めた。
「で、塔への道は?」
『少々お待ちを』
すると、私と明美を模した像がガクンと揺れ、後ろの壁ごと真下へ沈んでいく。
それらが床の下へ埋まりきると、背後には奥へと続く空間があった。どうやら、隠し通路になっていたらしい。
この部屋と違い、延々まっすぐ続くその道は全面が黒い素材で覆われている。床に誘導灯のような蛍光ライトがあるだけで、お化け屋敷のように薄暗くもあった。
『これが塔へと続く、唯一の道です。本来は、私があなたに倒されたときに開く予定でした』
「この先に、明美が……」
いよいよ再会のときが近づき、私はごくりと唾を飲んだ。さすがに、やんわりと緊張している。
長い人生の中で、ヤツとは出会いと別れを繰り返してきた。
だが……久しぶりに会うときは、大抵直後にろくでもない事態となった。だからきっと、今回もそうなると思う。
宇宙人に拾われて生き返ったとか、異世界で目覚めたとか、自分のクローンっぽい人間たちと遭遇したとか、私は人生がぶっ壊れるほどの体験を幾つも積んでいる。明美も同等かそれ以上の目に会っているだろう。
実時間的には千年たってるらしいし、この再会はこれまでとは重みの桁が違う。世界とかの秘密も明かされるっぽいし、身構えてしまうのもしょうがない。
とはいえ、心が少々ガチガチになりすぎている。なにがあっても対応できるよう、もっとリラックスしなくては。
私は一度大きく深呼吸し、そして汎用粒子のパワードスーツを解除した。
通路は学校や病院の廊下ほどの狭さで、飛んで通れなくもないが、そこまで急ぐ必要はない。気持ちを落ち着けるためにも、のんびり歩いていくとしよう。
一時間ほど歩くと、そこそこ広いフロアに出た。照明が床に光を投げかけており、これまでと違って多少は明るい。
しかし、奥にはまだ通路が続いている。塔の中央部に着いたわけではないようだ。
部屋の底はやや沈み込んでおり、ベッドほどの大きさのガラスに包まれた何かがある。なんだと思って近づき、ハッとした。
黒い二つのパワードスーツが、密着した状態でワイヤーにぐるぐる巻きにされている。
そして、頭部には干からびたミイラのような顔があった。いや、水分が極限まで失われただけで、顔はまだ生物の体裁を失ってはいない。目や鼻、髪は健在だし、輪郭も十分、それが誰かを判別できるほどには残っている。
どう考えても、目の前にあるのは私と明美の死体だった。
「………………」
口をあんぐりと開け、私はしばし固まった。
複製――だろうか?
いや、像ならまだしも、こうも本物と遜色ないものを明美が作るとは思えない。
それにスーツが異様に傷だらけなのも妙だ。足の先など、二人の体の一部分は思いっきり欠けてるし、死んだ当時の再現にしては色々おかしすぎる。
「……イクマ。これは…………」
振り絞るように声を出し、私は答えを求めた。
粒子が集まり、ガラスケースを挟んだ反対側にイクマの姿が形成される。
「……二条玲様と馬場明美様、その御二方の遺体です。私の全存在を賭けて誓いますが、偽物や複製ではありません」
やはり、本物の私と明美の死体らしい。
なら……なら、今ここにいる私は…………。
十数秒ほどかけて状況を理解し、そして私は結論に辿り着いた。
「…………そうか。私も二条玲のクローンだったんだな」
私は一度死に、その後に体を蘇生されたのだと思い込んでいた。
しかし、どうやら違ったらしい。おそらく元の私から記憶や人格のみが抽出、あるいは複製され、まったく新しい別の体に移されたのだ。
つまり――二条玲は完全に死んでいる。生き返りなどしなかった。
今の私は、単にその記憶を受け継いだ別の個体に過ぎない。
「あなたがその事実をどう思われているのか、わかりませんが……」
イクマがやや遠慮がちに言った。
「オリジナルの人格と記憶を完全に引き継いでいる以上、あなたは二条玲様です。そう認識するよう明美様に命令されていますし、私自身もそうすべきだと考えます」
「……一応聞きたいんだが、他にいないのか? 記憶とかを引き継いでるクローンは」
「私の知る限り、いません。というか、明美様もそのような存在は許さないでしょう。あなたが二条玲という正当性が薄れてしまうのですから」
「……そうか」
再度二人の死体をじっくり眺め、そして視線を逸らし、私は奥へと向かって歩き出した。イクマは人の形のまま、慌ててついてくる。
「れ、玲様?」
「なんだ?」
歩きながら尋ねると、彼女はおずおずと尋ねてきた。
「事実を隠していた分際で言えることではないのですが……平気なのですか? ご自分がクローンだという事実に、思うところは……」
「私は私だろ? そりゃあビックリしたけど、体が変わっただけだと思えば、どうということはない」
――正直、理解が追いついてないということもある。落ち着いて冷静に考えたら、もっとショックを受けるのかもしれない。
だが、さっきも言ったように私は私だ。
植えつけられた記憶だろうが、思い込みだろうが、少なくとも私の意識は今、この場所に存在する。
ならば、オリジナルとかクローンとか関係なく、それが私でいいじゃないか。細々した事情なんて、知ったこっちゃねぇ。
それに死体がある以上、立場は明美だって同じだ。ならば負い目を感じる必要なんて一切ない。
私は胸を張り、堂々と二条玲としてヤツに会いに行く。
私は決意を新たにし、暗い通路をづかづかと歩いていった。




