??歳・75
私はパワードスーツで再度空を飛び、ステージセットの台地側面から続く壁の上へと来ていた。「できれば人目のつかない場所で」とイクマから要望があったためである。
百メートルほどの眼下にミドリ国軍の兵たちを見下ろしつつ、壁上の平らな場所へと着陸する。
パワードスーツを解除して粒子に戻しつつ、私は尋ねた。
「……で、話ってのはなんだ?」
深刻な口調だったから、よほどの重要事なのだろう。――と、思いきや。
イクマは粒子を集合させて人の姿を取ると、開口一番、妙なことを聞いてきた。
「玲様って今、休憩中ですよね?」
「ん? うん、まあそうだが」
「なら、私も今は仕事しなくていいですよね?」
「別にいいが……」
途端、「うあー」と気の抜けた声をあげ、イクマは背中をぐにゃりと曲げた。
きりりとしていた表情は寝起きのように緩み、だらけきっている。そしてぶかぶかのパーカーを粒子で生成すると、それをスーツの上から強引に被ってしまう。
服の中からすぽんと出てきた頭は、メガネをかけていた。華やかにセットされていた髪は、なぜかボサボサになっている。
「私、オンとオフは使い分けるタイプなんだよね」
なんと口調まで変わった。
「オフのときは玲ちゃんって呼んでいい? あ、ダメだな。明美様に絶対怒られる」
「明美は様付けなんかい」
思わずつっこむと、イクマは頭をかきながら答えた。
「いや、実はあんまりあの人と話したことなくて……厳しい上司っていう印象しかなくてさぁ」
粒子が足元に展開していき、畳やらちゃぶ台やらを形成していく。
イクマのすらっとしたパンツもだぼっとしたジャージに変化し、彼女はよっこらせと座布団の上に座る。
「ま、玲ちんも座ってよ。お茶くらい出すからさ」
(玲ちん……)
生まれて初めてされる呼び方だ。
とりあえずイクマの対面に腰を下ろし、私はあぐらをかいた。机の上に湯のみとその中身が生成されたので、思い切ってそれを飲む。
――うまい。
いや、これは覚えがある味だ。確か……。
「カイレの入れた茶の味に、よく似ている」
元帝レイカンに仕える、元忍の頭領。彼女のお茶とまったく同じ味だった。
「玲ちんが一番美味いって思った茶を再現してみた。それだけのことだよ~」
……記憶とかじゃなく、過去そのものを参照したのだろう。感覚的に少しわかってきたが、汎用粒子にはそういう性質がある。
お茶を一気に飲み干し、私はテーブルに身を乗り出した。
「で、話ってのはなんだ? まさか、そのだらしねぇ姿を披露するためだけに、あんなもったいぶった頼み方をしたのか」
「もちろん、違いますとも。……実はね、玲ちんには私の存在意義――レゾンデートルを確かめてもらいたくて」
「レ、レゾンデートルだと?」
よくわからんが、やっぱり真面目な話なのだろうか?
しかし、なぜかイクマは照れ臭そうな顔をすると、机の下からコミック大の本を取り出してくる。そして「ど、どうぞ……」と言いながらそれを差し出してきた。
「くれんのか?」
「違ぁう。読んで。私が描いたマンガだから」
「お前が? ふむ……」
話がさっぱり見えない。とりあえず読んでみるか。
本の向きを直し、じっくり見ると、表紙には漫画チックな絵で見つめ合う男女が描かれている。まず、私はその事実に驚いた。
「……これって男だよな? 絵とはいえ、久しぶりに見たぞ」
「この世界にはいないからねぇ。というわけで、私のマンガは地球の世界観をベースにしております。そこんとこヨロシク」
表紙にはさらに、『君にお届け』と書いてある。なんとなく予感がしたので、私は尋ねた。
「これって恋愛漫画か? 正直、そういうのは好みじゃないんだが」
「あー……、そうなんだ。いや、確かに男なんて興味ないよね、玲ちんは。じゃあ、こっちでどうだ!」
イクマは私が持ってるマンガをひったくると、別のマンガを渡してくる。
今度の表紙では、学校の制服を着た二人の女が見つめ合っていた。タイトルは『ニャルホテプ様が見てる』。イクマは自信ありげに両手を広げ、勢いよく言った。
「こっちは百合モノ! 女の子の恋愛! どう、こーいうのなら興味あるんじゃない?」
「いや、微塵も」
すると、イクマは変な顔をしてこちらを凝視してきた。
「…………あるぇー?」
「なんだよ」
やつの言いたいことがさっぱりわからん。
眉をしかめる私に、イクマは勝手に一人で納得し始める。
「あー、そっか。言われてみれば、明美様もそんな百合には興味ない感じだったしなぁ。無頼漢の玲ちんなら、さもありなん」
「意味不明だが、お前、明美とはろくに話してないんじゃなかったのか」
「いや、だからあの人の記憶というか知識を受け継いでるわけよ、私は。地球の文化とかを知ってるのも、そーいうわけで。……ともかく、興味ないの読まれてもアレだし、好きなジャンルとか自己申告してくんない? こっちがそれに合わせてやっから」
ずいぶん偉そうな言い様だったので、私は厳しい口調でイクマを諌めた。
「……ケンカ売ってんのか? 頼みごとしてる身分で、なんだその口の聞き方は。オン・オフを使い分けるにしても、限度ってもんがあるだろ」
イクマは驚いたように唖然とし、すぐにプルプルと震えだした。
「ごっ……ごめん。いや、ほら、私……素で他人と喋るのって、千年ぶりというか生まれて初めてだから、うまく距離感が……っ」
とうとう目を潤ませ、彼女はちゃぶ台の上に勢いよく手をつく。
「と、とにかく、すいませんでしたぁ! お願いだから、嫌いにならないでっ!」
そして土下座をするかのように机に頭を叩きつけ、それを何度も繰り返す。ちょっと前に遠隔で見た光景であり、私は慌てて止めた。
「お、おい、やめろ。サファみたいな謝り方してんじゃねぇ」
「じゃあ……許してくれる?」
動きを止めると、イクマは涙を流して許しを乞う。そんなに悲しかったのか? ナイーブすぎだろ。
「許すもなにも、別にそこまで怒ってないっての。まともに喋るのが始めてなら、仕方ないのかもしれないし」
私がそう言うと、イクマは即座に普通の表情となった。涙も瞬時に消えている。
「なんだ、怒ってなかったのか。ビビらせやがって。サファちゃんの真似して損したわ」
(こいつ…………)
情緒不安定というか、感情の起伏が大きすぎるというか、とにかく性格が掴めない。人間じゃないから、おかしなことではないが……。
「じゃあほら、玲ちんの好きなジャンルを教えて! なんでも取り揃えてるから!」
そういえば、マンガの話だったな……。っていうか、なんでマンガなんだろう……。
「ええと……まあ、戦う系のマンガをよく読んでたかな。ドラゴンボールとか、ハンターハンターとか」
「お! じゃあいいのあるよ! さあ、とくとご覧あれ!」
そして新しい本を差し出してきたので、私はそれを受け取る。
表題には『Fisher×Fisher』とあった。絵もハンターハンターに似ている。
「これ……どういう話なんだ?」
「伝説のフィッシャーを父に持つ少年ゲンが、父を探してフィッシャー試験を受けに行くという物語だよ。目玉は途中から出てくる禅能力で、バトル漫画としてすっごく読み応えあると思う!」
「………………」
ずいぶんハンターハンターに似ている。あるいは、そう突っ込んでほしいのだろうか? いや、まだ偶然被ってしまったという可能性も……。
「……他のあるか?」
「他の? しょうがないにゃあ。なら、こいつはどうだ!」
次のマンガは『鋼鉄の錬金術師』。赤いコートの少年と、でかい鎧の男? が表紙でポーズを取っている。イクマは説明を始めた。
「これはけっこうストーリーに凝っててね。伏線とかが凄いの。母を錬金術で生き返らせようとして、腕とか体を失っちゃった兄弟が主人公なんだけど――」
「パクリばっかしじゃねぇか!」
とうとう私はツッコミを入れる。
「これっぽっちも隠すつもりがないってことは、確信犯なんだろうけど、さすがにパクリがあからさますぎて読む気しないぞ」
すると、イクマはきょとんとした顔をした。
「――――パクリって……ダメなの?」
「……いや、趣味で描くぶんにはダメじゃないだろうが……」
そうか。ずっと一人で創作してきたっぽいから、イクマはそのあたりの感覚が変なのかもしれない。
さて……なんと言ったらいいものか。
しばし言葉を練り、私は自分の考えをゆっくり語った。
「……物語ってさ、読む側にとっては未知であるかどうかも重要だと思う。前に読んだのと寸分違わず同じだったら、読む意味がないし。だから興味を持ってほしいなら、パクリは避けたほうがいいと私は思うぞ」
「……未知であるほどいいの? じゃあ、宇宙人が宇宙人の価値観で起承転結もなく意味不明のことを繰り返す、みたいなマンガを読みたいわけ?」
「いや、奇をてらえばいいってもんじゃない。私は創作の経験ないからわからんが、だから物語を作るのは難しいんじゃないか? 誰もが楽しめて、かつこれまでになかった話じゃなきゃいけないんだから」
「…………そっか。いや、分かってはいたんだけど……」
イクマはうなだれ、ちゃぶ台を見つめる。
「……私はさ、これまでずっと、暇な時間はひたすらマンガ描いてきたんだ。時間なんて腐るほどあったから、それこそ山のように色々描いた。気づけば、明美様から託された使命よりも、マンガを描くことのほうが私の主軸となってたくらいに。だから……私のマンガを理解できる玲ちんに、それらを読んでほしかったの。そうして、私の存在価値をわかってほしかった」
「イクマ……」
なるほど。この場の状況は一見するとわけわからんが、彼女にとっては重要なことだったらしい。「大事な話がある」と頼み込んできたのも、まあ頷ける。
「でも……やっぱり自信なくてさ。だから既存のものにそっくりのを出しちゃった。人気だった作品を模倣したものなら、大ハズレはないだろうから」
「ってことは、お前のオリジナルのマンガもあるんだな?」
そう尋ねると、イクマはおずおずと首を縦に振った。
「ま、まあ……なくもないけど……」
「じゃあ、それを見せてくれよ」
すると、ためらいがちに彼女は新たな本を差し出してくる。
タイトルは『浮遊大陸物語』。表紙には赤い剣を持った赤髪の青年が描かれていた。少なくとも似たような作品を私は知らないし、イクマのオリジナルのマンガで間違いなさそうだ。
私はそれを受け取り、じっくりと読み始めた。




