??歳・74
再び汎用粒子によるパワードスーツをまとい、私は外周区画の空を飛んでいた。
すでにステージセットにやってきたレイイート軍との顔合わせを済ませ、サファと干草の受け取りを終えている。
そして、今は周辺探索という名目であたりを飛び回っているのだった。
『玲様、両手と両足にもスラスターを追加しましょうか? そうすれば、さらに機動力が増します』
「面白そうだな。頼む」
汎用粒子が流れるように手足に向かい、両肘、両ふくらはぎのあたりに新たな装置が構築されていく。
まさにジェット機の推進機構のような機械が増設され、私のテンションはじわりと上がった。それらは小型でスマートな形状なので、さほどごつくはなく、見た目もいい。
急発進し、新たな機能を用いて空を自在に駆け回る。
以前と違い、もはやジェットパックの操作に物理コントローラーはいらない。脳波だけで完全に制御でき、それは両手足に増設されたスラスターも同様だった。
思いのほか、進化した飛行機能は快適だった。四肢の動きで細かく制動できるようになったため、小回りが格段に利く。加速やブレーキでも全身を使うから、実に『飛んでる』って感じだ。
背中のジェットパックも推進力と可動性が段違いに上がってるし、もはや私は空中でどんな動きでもできる。
しかし……機能は素晴らしいが、原理がまったくわからない。なぜ、イメージだけでこんな複雑な機械を生み出せるのだろう。
『前にも言いましたが、汎用粒子というのはウィニーがもたらした物質です。なので根本的に作動原理が違うんですよ。我々の知る道具とは』
疑問を口にしたら、イクマが教えてくれた。
『玲様が詳しい構造を理解せずパワードスーツを使いこなせていたのと同様に、イメージだけで汎用粒子は機械を再現しているんです。ゆえに、今あなたが装着しているパワードスーツも、中身はまったくの別物。電子回路や衝撃吸収素材なんて詰まっていませんし、動力源すらありません。かといって、脳内のイメージに依存して効果を発揮するかといったら、またそれも違う。過去に同様の現象や装置使用の経験があるか否かで、結果はだいぶ違ってくるんです。私も把握できていませんが、どうやら過去そのものの情報を参照しているようなので』
「過去そのものの情報? わけわからんな……」
長々とした説明を聞き、私は首をかしげる。
『まあ、つまりは深く考えずに使っていいってことです。永久機関なので無限に使えますし、デメリットは一切ありませんから』
ずっと汎用粒子を使ってきたイクマがそう言うのなら、それで問題ないのだろう。
いつの間にか外周区画の端近くまで来ていたことに気づき、私は弧を描いてUターンした。
「そろそろ戻るか。ってわけで、人形兵たちの位置に印つけてくれ」
私が胸元から紙を取り出して広げると、シュパパッ、と空中で筆が踊った。外周区画の全体を現した簡素な地図に、十数個の×が瞬時に記される。
これは、残りの人形兵がいる場所だ。
そいつらの居場所を探るという名目で私は空を飛んでおり、ゆえにその情報を知るイクマに頼んで、一瞬で目的を果たしたのである。
私は全速力で空を飛び、六十キロほどの距離を三分ちょいで横断し、レイイート軍が布陣する一帯へと戻ってきた。
足を地面に向けて全身のスラスターを噴射し、減速しながらレメレニアのいるあたりへと降りていく。
最後に一際大きくジェットを吹かし、ズン、とそれなりの速度で着地した。
こちらを凝視しているレメレニアに、私は先ほどの紙を渡した。
「人形兵のおおよその配置だ。できれば全部を処理してほしいから、参考にしてくれ」
「わ、わかりましたわ……」
忍者みたいに布で顔を覆っているため、彼女の声はくぐもっている。トレードマークのドリルヘアーははみ出ているため、レメレニアと認識することは割と容易だが。
「しかし、さっきも驚きましたが……いつの間に空を飛べるようになりましたの? それとも、元よりそうした力を持っておられて?」
「でかい敵と戦ってるときに、力の一端が戻ったのさ。それだけだ」
レメレニアは賢いから、ボロが出ないよう手短に言い訳した。
「あと、ここの人形兵は少し性能が高い。鎧や槍の質もいいし、接近するときは油断しないよう兵に徹底しておけ。でなきゃ痛い目を見るぞ」
「なるほど、助言感謝いたしますわ。ミドリ軍が大合戦を死人ゼロで終えた以上、残党処理でこちらに死亡者が出てしまったら、恥ですものね」
咳払いを挟み、レメレニアはすっと背筋を伸ばす。
「では……さきほどはバタバタしていましたので、あらためて宣言させていただきますわ」
片膝を地面につき、彼女は頭を垂れた。後ろにいる家臣たちも、その動きに続く。
「名実ともに、レイ様は世界の覇者となられた。ゆえにレイイートは、あなた様へ心よりの忠誠をお誓い申し上げます。その神の御力によって、どうかわたくしたちをより良き未来へ導いてくださいまし」
私はレメレニアたちを見下ろし、大きく頷いた。
「……わかった。その誓い、慎んで受け取らせてもらおう。とはいえ、当面は大きく体制を変えるつもりはないから、そちらの統治はこれまでどおりでいい。国境の領土問題あたりで、多少は譲ってもらうことになるかもしれんが」
「それだけで済むのなら、安いものですわ。これからはステージセットに戦を強いられないぶん、色々と余裕が出てくるでしょうし」
「ああ、それとレイイートっていう国名も変えて欲しいかな。後々絶対に問題になる」
「それは、こちらとしても危惧しておりました。すでに話し合いによって新たな国名の候補も絞っております。なので国に戻り次第、わたくしの権限によって大々的に国名を変更いたしましょう」
「行動が早くて助かる。落ち着いたら私が部下を連れてそちらに赴くから、細かい双方の関係はそのときに詰めるとしよう」
「ご足労、痛み入りますわ。こちらからレイ族の国を訪ねるには、少々度胸がいりますので」
概ね話は終わったので、私はレメレニアたちを立たせた。
「私はこれから塔に向かう。帰還に時間がかかるかもしれないから、お前たちは人形兵の討伐が終わり次第、国に帰っていい」
「承知いたしました。ただ、ひとつお聞きしたいのですが、今後この地はどうなされるおつもりで?」
「とりあえずは内部を調べて、死んだ人形兵たちを弔って、それから……まあ封鎖してからの放置かな。使い道は色々あるだろうが、ちょっと時間を置いたほうがいいだろう」
「そのようなお考えでしたか。でしたら、そのことをわたくしのほうから他のアケミ族の国へと通達しておきますわ。この戦いの顛末の報告も兼ねて」
「わかった、任せる」
そうして挨拶を済ませ、私は再び空へと飛び立った。
軽く真上へと上昇し、ミドリ国軍が布陣している方向へと向き、爆発的にジェットを吹かす。
瞬時に音速近いスピードに達し、十秒ほどで目的地に到着。すぐさま降下した。
各部隊は今、地面に座って体を休めている。飯を食ってる者も多い。少し離れた場所に巨人の六人がいたので、まず私はそちらへと降り立った。
巨人たちに気さくな挨拶で迎えられ、私は開口一番に聞いた。
「今後どうするのか、決めたか? お前たち」
すると、左手に包帯を巻いているアマリリスが逆に尋ねてくる。
「その前に、レイ様は『雪の六妖』の話を知っているか?」
「知らん」
彼女は説明を始めた。
「造化六花の世界には、中央を経由して六つの大陸がある。それらには一体ずつ、尋常ではない化け物がいる――というのが、雪の六妖の言い伝えだ。おそらく呼び名は違っても、レイ族にも似た伝承が残っているだろう。で、本題だが……雪の六妖は実在する。なぜなら、ゲートキーパーが環境調整のために強力な生物を太古の昔に作った、という話が我ら巨人には伝わっているからだ」
私は右のこめかみをトンと指先で叩いた。すぐさま、『事実です』とイクマの声が響く。
「雪の六妖を狩る。それが、私たちの新たな目標だ。ゲートキーパーの支配から解放されたらその夢を叶えたいと、私を含めた歴代の巨人たちはずっと願っていた。で、あんたのおかげで自由の身となったから、その夢を現実に変えることにしたのさ」
他の巨人たちはそれぞれ頷いたり、照れ臭そうに笑ったりしている。
……なるほど。戦いに生きがいを感じるくらいだから、彼女たちにとって化け物退治は確かにロマンがあるのだろう。それを新たな人生の目標にしても、なんらおかしくない。
が、私には少々思い当たる節があった。
「その雪のなんちゃら……もしかしたら、私が二匹ほど倒したかもしれん」
巨人たちは驚き、あんぐりと口を開けた。
「ど、どういうことだ、レイ様」
「いや、うちの領土の湖に化け魚が二匹いてな。何ヶ月か前に、そいつらをぶっ殺したんだよ。体長は十メートルくらいあって、どっちも額に雪の結晶のような模様があった。もしかしたら、その二匹が……」
「ちょっと待て。確かにレイ様なら倒せるだろうが、同じ湖に二匹いたのか? ひとつの大陸に一匹、という話だったはずだが」
『なんか間違って伝わってるんですよね。正しくは一匹ではなく、一種族です』
私の頭の中でイクマが訂正したが、当然巨人たちには聞こえない。
「……ええと、もしかしたら正しい情報が中枢区画に残っているかもしれない。後で調べておこう」
「すまんが頼む、レイ様。くだらないかもしれんが、私たちには重要なことなんだ」
後でイクマから詳しく聞き、塔から戻ったら教えてやるとしよう。
「ともかく……お前たちがどうしたいかはわかった。でも、その前に私が住む街――大府に来てくれないか? アケミ族の巨人と私が共闘したという事実を、レイ族に伝えたいんだ」
それは、レイ族とアケミ族の融和を目指す私としては、どうしても叶えたい願いだった。
ありがたいことに、アマリリスたちはすぐに快諾してくれた。
「いいだろう。こちらもさんざん世話になったしな。尋ねるだけで恩を返せるなら、ぜひともそうしたい」
そうして巨人たちとの話は済んだので、私は歩いて天幕の張られている方へと向かう。
と、その中からレイランが出てきて、小走りでこちらへと向かってきた。ちょうど良かったので、私は彼女へ指示を出す。
「レイラン、レイイートはこれから残りの人形兵の討伐を始めるから、兵たちに遠くに行かないよう徹底しておいてくれ。あっちにはこっちの居場所を伝えてあるから近づかないはずだし、そうすれば問題は起こらない」
「わかりました。厳重に守らせましょう。それと……始祖様はもう、塔へと向かわれるのですか?」
「そのつもりだが」
問われたので、素直に答える。
「やはり、そうでしたか。では申し訳ないのですが、少々お待ちいただけないでしょうか? あなた様を我ら一同でお見送りしたいのですが、戦の後処理がまだ済んでいないうえに、今は大半の者が食事をしておりますゆえ」
恐縮した面持ちで言われ、私は逆に申し訳ない気分になった。
「ええと……気持ちはありがたいが、塔には私個人の用事で行くんだ。だから、そこまで大仰な見送りをする必要は……」
すると、真後ろから別の声が朗々と響く。
「何を仰られるのです、レイ様!」
振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたルミレイがいた。
「黒の御柱に赴くことこそが、レイ様の大目的なのでございましょう? なればこそ、その成就は我らにとっても至上の喜び! 是非とも、盛大に見送らせてくださいませ!」
「ルミレイ……」
「――少々癪ですが、僕もほぼ同意見です」
レイランがやや抑え気味の声で言った。この二人、似てるくせに地味に仲が悪いのだ。
「とはいえ、当然無理にお引止めするわけにはいきません。先を急ぐというのであれば、どうぞ、我らのことはお気になさらず」
「……いや、別に急ぎじゃない。だからありがたく見送ってもらうとしよう。のんびり準備してくれ」
「逆にお気を使わせてしまい、大変恐縮です。では、小一時間ほどお待ちください」
そうして誰かに指示を出すべく、レイランはどこかへいった。間を置かず、ルミレイは手を天幕の方へと向ける。
「レイ様、それまで天幕で休まれてはいかがです? お疲れでしょうし、我が体を揉んでさしあげますゆえ」
「どうするかな……」
ルミレイの提案に乗るのもありだが、時間があるなら兵たちの間を見て回ってもいい。
が、そうしてしばし考えていると、イクマがやや思い詰めた口調で話しかけてきた。
『……玲様。暇ができたのなら、少し私に付き合っていただけますか? 実は、折り入ってご相談したいことが……』
妙に切実な口調だった。これは……どうやら彼女の話を聞く必要があるらしい。
「すまん、ルミレイ。他の用がある。お前は別の仕事をしててくれ」
「左様でございますか。では、気が変わられたら教えてくださいませ」
そんなわけで、塔に向かう前に小休止を取ることになったのだった。




