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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
155/174

??歳・69

 ステージセット外周区画内には、太い円柱型の建物が無数に並んでいる。

 巨人によると、これらは『パドック』という名の施設で、居住施設や倉庫としての役目を持っているらしい。大きさは日本の一軒家ほどで、ひとつひとつの間隔は百メートルほど。


 低地から台地内部に入り、外周区画へと通じる大階段を登り切ると、まずそうしたパドックの列がどこまでも続く光景が目に入る。

 地面や背後の大壁、パドックなどはコンクリートっぽい素材でできており、ゆえに色はほぼ灰色で統一されていて、非常に殺風景だ。


 今、私は階段から最寄りのパドックに登り、上から周囲を見渡している。

 ここから中央区画へと続く壁までは二十キロ以上あるが、パドック以外の建造物は皆無なため、見晴らしはまあまあいい。同じパターン模様がはるか彼方まで延々続いているため、ずっと見てたらすぐに飽きてしまったが。


 ミドリ国軍がここに到着して数時間がたつが、そのほとんどはまだ階段エリアの中にいる。

 階段は幅が広くて傾斜も緩く、そのうえ途中には広大な踊り場がいくつもあり、数千人の部隊は問題なく待機できていた。スロープがあるから馬車の帯同も可能で、ゆえに食糧物資などの不足はまったくない。丸三日程度なら、現状のままここで過ごすことさえできるだろう。


 部隊を展開していない理由は二つ。目先にいる敵が極少数なのと、その全体的な配置が未だに不明なためだ。

 屋外には味方の大軍を隠せる遮蔽物がないし、できれば人形兵の軍勢が迫るまでは待機させておくべきだと判断したのである。


 現在、周辺にはゾンビじみた人形兵が十数人ずつ点在し、まっすぐこちらに向かってきていた。

 連中は周りの近代的な風景に合う、黒いボディアーマーを装着してはいるが、武器は槍のみ。普通に歩くほどのスピードでこちらへ向かってきており、集団と集団の距離は百メートル以上離れている。小規模グループがぽつりぽつりと、ゆっくり迫ってくる状況なので、驚異度は低いと言えるだろう。

 なので、現在それらは少数精鋭の狙撃によって処理していた。



 パァンと、大きい銃声がひとつ響く。

 十秒ほど置き、再び鳴った。敵のグループが程よい距離に近づいたから、連射を始めたらしい。


 人形兵は鈍重ではあるものの力は強く、痛みでひるまないので、近距離戦闘の危険性は高い。そのため、これまでは中距離から大量の矢を浴びせるのが最適解だった。

 だが、銃は遠距離から一撃で即死させるほどの攻撃を繰り出せる。私がいるから弾薬不足を過度に心配する必要もないし、ゆえに演習をかねて人形兵を銃撃させていたのだ。


 階段から上――地上部分には、現在二百二十人程度が布陣している。

 高性能の銃を持たせた狙撃隊十ニ名、もしもの備えである歩兵大隊二百余名、そして私やレイラン、ティレなどの指揮官だ。


 狙撃隊には、私が自ら製作したライフルを所持させている。

 弾丸を回転させる溝や、弾を根元から詰めるための開閉機構などを組み込んでおり、その性能は火縄銃の比ではない。そちらの有効射程がせいぜい五十メートル程度なのに対し、ライフルは軽く五百メートルを越える。そのうえ装弾も手早く安全に行えるので、連射性能すら遥かに上だ。


 しかし、その代償として製作に必要とされる技術が非常に高い。構造が複雑で部品数も多く、ゆえに私でさえも最初は不良品しか作れなかった。

 職人の技術力や工房の質が上がれば、いずれはそちらで製造できるようになるだろう。とはいえその発展を待っている暇はないし、私が銃の製造に費やせる時間にも限りがある。

 そんなわけで、選りすぐりの精鋭にはライフルを持たせ、その他大勢の兵には大量生産した火縄銃を持たせたのである。


 敵は、正面、右の壁際、左の壁際、という三つの方向から迫ってきている。なので狙撃隊も三つに分け、それぞれを迎撃させていた。

 それらすべてから同時に敵が来たようで、響く銃声の音が一気に増す。


 でかい足音が聞こえてきたので、振り向いてパドックの逆側へと向かう。すると、思ったとおり味方の巨人六人が戻ってくるところだった。


「レイ様! 周辺の昇降機はあらかた潰してきたぞ!」


 巨人の一人が高らかに声をあげたので、こちらも上からそれに答える。


「ご苦労だった! そろそろ斥候も帰ってくるだろうから、それまで階段近くで待っていてくれ!」


 外周区画には地下通路が存在し、パドックの幾つかはその出入り口となっている。エレベーター方式で地上と地下を行き来できるらしく、放置したままでは敵がそこから出現してこないとも限らない。

 そのため巨人たちに、地下に通じる近辺のパドックを破壊してきてもらったのである。


 すると、巨人たちの後を追うようにして一匹の馬がこちらへとやってきた。タイミングよく、派遣した斥候――オボロも戻ってきたらしい。

 それに合わせ、私もパドックの天辺から飛び降りる。彼女は大声を出すのが苦手だから、相手が近くにいないと話がしづらいのだ。


「……やっぱり、奥に行くほど人形兵の数が多くなってます。でもって……矢を撃ってくる一団がいました」


 私が出迎えるなり、オボロはいつものように眠そうな声で言った。その報告に、私は少しばかり息を呑む。


「……矢? お前を狙って撃ってきたのか?」


「はい。……精度はめちゃくちゃでしたが、十人くらいが一斉に放ってきたので、けっこう危ないかと……」


「ちょっと待て。今から作戦会議を開くから、そこで詳しく話してくれ」


 私は指をくわえ、ピィーと大きく音を鳴らした。すぐさま指揮官や部隊長、巨人のアマリリスが私の元へとやってくる。


 指揮官級が集まったところでオボロにさっきの話をさせると、大紅蓮空橋で長年部隊長を務めていた女が眉を潜めた。


「驚きですね。人形兵が弓のような複雑な武器を使うなど、聞いたことがありません。ひたすら接近してきて、愚直に直接攻撃を繰り返してくるのが、連中の常なので」


「アマリリス、お前はなにか知ってるか?」


 私が上を向いて尋ねると、その巨人は腕組みをして答える。


「……ステージセットには、古くから格納されっぱなしの人形兵が大勢いると聞く。そして昔の人形兵は強すぎたために、近年の個体はあえて性能を低くしている、とも。ゆえに、冷凍保存されていた昔の強力な個体が、今になって出てきたのかもしれん」


「それは厄介だな……」


 つられて私も腕を組み、ううむと唸る。

 そこに、レイランが落ちついた声で尋ねてきた。


「いかがいたしましょう、レイ様。部隊を編成しなおしますか?」


「……ちょっと待て。オボロ、敵の弓兵はどれくらいの数だった?」


「奥に進むほど増えてく感じ……でした。十キロくらい先には隙間なく数千が固まってたんですけど、その後ろにもちらほら見えました」


「後方に大部隊があったのか」


 新情報に驚く私だったが、それについて動揺している者は少ない。大紅蓮空橋の元隊長が、その理由を明確に語る。


「驚くことではありません。人形兵を用いた攻めでは、そうした展開はよくありました。普通のアケミ族が人形兵を盾に後方から矢を撃ってくるというのも、常套戦術でしたし」


「空橋じゃ、そういう場合はどう対応してたんだ?」


「重装備の兵で人形兵の波を押さえ込みつつ、騎兵に側面や背後を取らせて弓兵を討ち取る――という戦術が有効でした。人形兵は細かい方向転換ができず、正面以外の攻撃には弱かったので。ただ……このやり方はそれなり以上の兵数と、守備が巧みな熟練兵があってこそ可能となります。そうでない場合はひたすら後方に下がり、砦に篭って矢を降らすという安全策を取っていましたが……」


「……なるほど。どちらにせよ、この状況で真似できることじゃないな」


 人形兵が正面以外に弱いというのは朗報かもしれないが、アマリリスの証言どおりなら、ここの人形兵にはその弱点すらないかもしれない。少なくとも、方向転換できないことを前提に作戦を立てるべきではないだろう。


 ……イクマめ。なかなかややこしいことをやってくれる。


 私は再びオボロに問いただした。


「オボロ、敵の大部隊がこの辺にくるまで、あとどれくらいかかる?」


「ばあさんが歩くくらいの移動速度で、あと十キロはあるんで……ええと……」


「三、四時間くらいか」


 私が先に答えを言うと、オボロはこくこくと頷く。

 状況を整理し、私はじっくりと取るべき対策を考えた。


 ――弓持ちの人形兵がいるのは意外だったが、悲報というほどでもない。相手がどんな武器を持っていようが、人形兵の群れなんて私一人で問題なく殲滅できるからだ。

 が、それだと『普通の人間たちと一緒にステージセットを制圧する』という、私の目標は達成できない。後の歴史書には、始祖のふわふわした功績だけが書かれることになるだろう。あと、アケミ族を殺しまくることで私の気分も落ち込む。

 当然、仲間たちの命ほど重要ではないので、いざとなったらそれらのこだわりは捨てざるを得ないが……。


 かといって、安全策を取りつつ兵たちに討伐を任せるのも難しい。それだと時間がかかってしまい、戦闘中にレイイートの軍が到着してしまうからだ。

 連中が着いたときに敵の大部分が残っていると、色々と厄介なことになってしまう。できればその前に、敵の本隊と巨人すべては倒しておきたい。


 ……この辺の判断は、実に難しい。余裕のある状況だからこそ、取るべき選択肢をひとつに絞れきれずにいる。


 しばし考え、私は当面の作戦を立てた。


「……よし、まずは遊兵化している弓兵を排除しよう。アマリリス、巨人四人でそいつらの掃討に当たってくれるか。お前たちなら援護なしでも動けるだろ?」


「心得た。残りの二人は、いつ来るかわからない敵の巨人への備えか?」


「そのとおり。お前たちにあんまり遠くにいかれても、万が一のときに困るからな」


 彼女たちは三メートル以上の体躯を誇る巨人だが、アケミ族でもある。とはいえレイ族の殺意は反応しづらいようで、ティレでさえも普通に会話ができるようだった。

 つまりミドリ国軍とアマリリスたちは、ほとんど問題なく共闘できるのだ。私の命令に従ってくれるようだし、いざというときは隊列に巨人を組み込むことさえ可能だろう。


 実に心強い仲間だ。今後のためにも、彼女たちには是非とも活躍してほしいところだし、私もそう采配すべきだと思う。

 私は続けて他の者へと指示を与えていく。


「レイラン、火縄銃の部隊を四つ作れ。三つを三方向に配置し、ひとつは予備とする。当面は狙撃隊が今のまま敵を処理し、弾がなくなり次第、それらの部隊と交代させろ。そちらも、弾薬の残量は気にせず戦っていい。後から来る敵の大部隊は、私と巨人たちで倒す」


「御意」


 かしこまって会釈するレイランに続き、私はティレへと視線を向けた。


「火縄銃だと敵の接近を許すかもしれないから、その部隊には適度に槍持ちを組み込んでくれ。どれだけの距離から、どれだけの人数に射撃させるかは、ティレの判断に任せる」


「承知しました」


「あと、斥候能力の高い者を何人か選出してほしい。死なれちゃ困るから、帰還できることを最優先でな。で、オボロはそいつらと協力して、さらに広域を索敵してきてくれ。敵の配置について、もっと把握しておきたい」


「ただちに」


「……了解です」


 だいたい指示を出し終え、私は手をパンと叩いた。


「では、各自行動を開始!」


 一同は役目を果たすべく、すぐに走ってその場を去る。



 私は思うところがあり、ひとつ奥のパドックへと向かった。そしてひとっ飛びで屋根の上に乗り、小さく呟く。


「……おい、イクマ。敵に弓矢持ちがいるとは、聞いてなかったぞ」


 すると、輝く粒子が急激に私の真横へと集まり、人の形を取っていった。

 最初に会ったときと同じスーツ姿で現れ、イクマはすぐに軽く頭を下げた。


「申し訳ありません。とはいえ、たいして問題ないでしょう? 退屈な戦場なのですから、多少はこうしたスパイスを注がなくては」


「…………」


 ――私はイクマに、人形兵の動向については極力聞かないことにしている。配置や戦術などを逐一教えてもらったら、思いっきりやらせになってしまうからだ。


 マッチポンプじみた戦いをさせたら、頭のいいやつにはバレるかもしれないし、なにより私が萎える。

 元より、私一人で解決できる戦いなのだ。自爆しかねない企みをしてまで、他人に任せることではない。


「民を危険に晒したくないという、玲様のお気持ちはよくわかります」


 イクマは柔らかな微笑を浮かべて言った。


「しかしそれを覚悟で、この戦場を普通の人間たちに任せているのでしょう? ならば、死人が出ない範囲での波乱はあって然るべきでは? そのほうが兵たちも戦果を誇れるし、後の歴史家からの評価も高くなるのですから」


「……そうだな。そうかもしれない」


 私は認めた。イクマの考えは正しく、事実を割り切れないで半端な考えになっている私が間違っている。


「というわけで、私はこのまま人形兵を裏から操作します。色々サプライズも用意してますので、どうか楽しみにしていてください。ま、対応がまずければ、ある程度は死人が出るかもしれませんが」


「……そんな状況になったら、私が全部ひとりで片付けるだけだが?」


「もちろん、玲様がそうした決断をするぎりぎりのところで攻めます。それに、あなたが動けばすべてが解決するとは限りませんよ? 御身はひとつしかないのですから。フフ」


 妙に楽しそうだ。いや、実際に楽しんでるのか? こいつ……。


「それと言い忘れてましたが、汎用粒子についての命令も当分は受け付けません。なのでそちらの力を用いたいのであれば、独力でどうにかなさってください」


 ではでは、と言い残してイクマは姿を消した。


 ――これまでは素直で従順だったが……これがイクマの本性だったか。なかなかどうして、明美に似ていやがる。


 ともあれ、あいつが言ったことは事実だ。私は軍隊を守らないといけないから、軍隊のそばからは離れられない。

 だから強引に分断させられ、多方面から同時に攻められたら、私が全力で動いても兵を守りきれない可能性は十分ある。


 ……まずいな。イクマがそこまで本気となると、こちらも戦い方を変えないといけない。兵たちの弾薬はできるだけ節約して、私が不在になった場合に備えたほうがいいだろう。


 作戦変更を伝えるべく、私はパドックから飛び降りて再び指笛を鳴らした。

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