??歳・64
巨人たちのいた場所に戻るべく教会っぽい部屋を出ると、とてつもなく広いフロアに出た。
一辺が一キロほどもありそうな空間であり、様々な装置がひしめいていて、通路の近くには人型カプセルが隙間なく無数に並んでいる。これは、もしや……。
「ここは人形兵を生産する施設です。もちろん、今は稼動を停止していますが」
隣を歩くイクマが、私の視線に気づいて解説をしてくれた。
「このような施設はステージセット以外にも、アケミ族の国に三箇所存在します。玲様もそのひとつを遠くからご覧になったと思いますが、それらもすべて、現在は稼動していません。人形兵の存在に嫌悪されていたようなので、自動解体を命じても良かったのですが……判断は玲様に委ねようと思い、あえて機能停止に留めておきました」
「そうだな。確かにこんな工場はさっさと消し去りたいが、民を統治する身として、感情だけで決めるわけにはいかない。判断は当分保留にしておこう」
それより、と私は続ける。
「お前、私の行動をずいぶん把握してるみたいだな。遠くの出来事を見聞きできる手段でもあるのか?」
「はい。虫やほこりに擬態した盗聴、盗撮用の小型機械を、無数に玲様の周囲に配備していました。常に監視していたわけでなく、誰かとの会話を聞いたり、移動先へ追従させていただけですが」
「……そんなもんがいたのか。全然気づかなかった」
「間近ではなく、常に十数メートルの距離を取っていたので、気づかれないのは当然かと。屋内の場合は、常に死角に配置させていましたし」
ともあれ、こちらの事情はほとんど把握されていると考えていいだろう。歩きながらその事実を理解し、私は尋ねた。
「なら、私が――というより私たちが、ステージセットの残存武力を殲滅しようとしてることも知ってるな?」
「はい、把握してます。そのための準備も済ませてますから」
「……というと?」
「玲様と会う前に、この施設に格納しているほぼすべての人形兵に命令を与えました。一時間後に活動を開始して北に進み、出会った人間すべてに襲い掛かるようにと」
私は思わずイクマを見た。
「お前……」
「後の時代に影響力を残すため、国としての戦功を積もうと考えておられるのでしょう? ちなみに、人形兵たちの顔にも手を加えてあります。もうそろそろ来るので、ぜひご覧になってください」
すると、横の通路からズオオオと、なにかの音が近づいてきた。若干警戒して待ち構えていると、向かってきたのは一台の車だった。
屋根がなく、タイヤがでかくて、軍用ジープによく似ている。エンジンの音が聞こえないので、電気かそれに近い動力で動いているのだろう。
が、車よりも、それに乗っている人物らを見て私はギョッとした。連中は顔の皮膚が溶けて、ゾンビそのものの見た目をしていたからだ。
「どうです? たとえ遺伝子がアケミ族に近くても、これなら玲様も躊躇なく殺せるのでは?」
「………………」
私は押し黙った。確かに、殺しやすくなったのは認める。が……いささか趣味が悪い。
イクマはどうやら人形兵を完全に道具とみなしており、それを使い潰すことに罪悪感を感じていないようだ。
まあ、それをとやかく言うつもりはない。ただ、やはり人間ではないだけに、イクマの価値観は普通のそれとはずれているのかもしれない。今後も彼女の力を借りるのなら、そのあたりの感覚の齟齬を早めに掴んでおくべきだろう。
「ええと……問題ありませんか? なんなら、もっと化け物っぽいビジュアルにすることも可能ですが」
「いや、いいよ。今のままで」
気持ち悪いクリーチャーが出てくるかもしれないので、私はすぐ断った。そしてゾンビたちが車から同時に降りたので、私は察する。
「これ、乗っていいわけ?」
「はい。徒歩だと移動に時間がかかりますからね。さきほどは雰囲気のために、あえて人力で玲様の箱を運搬しましたが」
別に走ってもいいが、車に乗れば移動しながら話ができる。今はイクマから色々聞きたいから、うってつけの移動手段と言えるだろう。
というわけで、私は遠慮なく車に乗った。ゾンビが座ってた席だったが、特に汚れはないようなので、気にせず腰を下ろす。
ハンドルやペダルの類いは見当たらず、私とイクマが乗り込むと同時に車は発進した。やはり彼女が遠隔で制御しているらしい。
問題なく車は通路を進み始め、イクマは話を元に戻した。
「人形兵たちは、これから四十二分後に行動を開始します。それで構いませんか? 時間をずらすことは可能ですが」
「今、何時だ?」
「18時56分です」
「やっぱり夜になってるか。ってことは、半日たたなきゃ軍は動かせない。人形兵の展開が早すぎると、少し厄介だな」
「わかりました。では、人形兵たちの稼動を半日ほど遅らせましょう。外周区画にはおよそ二万体が格納されているため、場合によっては到着直後に戦闘になるかもしれませんが」
「それで頼む。しかし……二万体か。けっこう多いな」
兵士たちの銃で処理するならば、どう考えても弾が足りない。となれば、それなりの数を私が処理する必要があるだろう。
「合計すれば、通常モデルの人形兵は35983体となります。ちなみに巨人モデルの人形兵も五十五体いますが、こちらは玲様と巨人以外には手に余るでしょうから、出撃命令は出していません。お望みなら戦いに参加させますが、どうします?」
「出してくれ。この際だから、今いる人形兵は全部処分しておきたい」
「了解です。しかし、玲様でも手こずるであろう人形兵が、一体だけいます。半分機械化している、土木工事に用いた超大型サイズの人形兵なのですが……それも出して構いませんか?」
「よくわからんが、いいよ」
「では、そのようにします」
淀みなく答えてきたイクマだったが、何かに気づいたように軽い溜め息を吐く。そして苦笑を浮かべた。
「……玲様に生かしてもらって、正解でしたね。あのまま予定通り消滅していたら、多くの仕事をやり残してしまうところでした。
「わかってて死のうとしてたんじゃないのか?」
「実を言えば、そうです。ただ、できる範囲の仕事は済ませたつもりだったので、それなりに満足はしてました。あのときはまだ、明美様の命令が私にとっては最優先でしたし。でも……玲様に仕える身となった今では、色々と粗だらけでしたね。恥ずかしい限りです」
……正直なところ、彼女が本当に私へ寝返ったのか確信が持てない。
さっきは半ば勢いで口説いてしまったが、冷静になればなるほど、感情以外でイクマが私につく理由が見当たらないからだ。
ま、とりあえずは付き合いを重ねることで、彼女への理解を深めていくほかないだろう。
「仕事ぶりを悔いてるんなら、働いて返してくれ。それと、情報収集の小型機械は私のそばにしかいないのか? 他の人間の動向を知りたいんだが」
「重要そうな人物には大体つけていますよ。なので、どうぞお好きな方をリクエストしてください。すぐに映像を出しましょう」
「じゃあ、まずはサファとレメレニアの様子を見せてくれ。味方とは言い切れない集団の中に、身内を置いてきたわけだからな。さすがに気になる」
突如、座っている私の前に旅行かばんほどの大きさのモニターが現れた。こちらの顔の手前に固定されており、すぐに映像が映し出される。
カメラが近いのか拡大しているのかは不明だが、画面に大きく二人の人間が映った。縦に重なっていて後ろの人間がよく見えないが、向き合う形でともに椅子に座っているようだ。
……しかし、手前の一人はなぜか服を着ていない。腰から下にはしっかり着込んでいるものの、白い背中がむき出しとなっており、上半身が完全な裸となっている。
状況がわからず、私は眉を潜めた。
姫っぽい髪型からして、服を脱いでいるのはレメレニアだろう。それに正対するサファは、レメレニアに向かってなにかをしているようだが、角度が悪くてよく見えない。
「……なんだこれ。なにしてるんだ?」
「少々お待ちを。別の画面を用意します」
イクマがそう言うと、別角度からの映像が上に表示された。今度はレメレニアを、正面やや上から移した映像だった。
それを見て、私は絶句する。
レメレニアの裸体の上では、サファの筆がするすると踊っていた。あのアホは、敵将の裸をキャンパスにして絵を描いていたのである。
映像の中のレメレニアは、一応は笑顔を作っていた。が、頬はピクピクと引きつっており、なんというか目が死んでいる。
『ふんふん、ふふ~ん♪』
音声が流れ、サファの鼻歌が聞こえてきた。
『もうちょっと待っててくださいね、レメレメレさん! そろそろ私の作品ができあがりますから!』
『レメレニアですわ……。あなた、何十回指摘したら覚えてくれますの……』
『すいません、レメレンズさん。でも覚えにくい名前してるあなたも悪い――うおっと。あ~あ、動いたから筆が滑っちゃいましたよ。うんこのとぐろが一段増えちゃいました』
『それは愉快ですわね……。フフ……』
レメレニアは、まるで生きることを諦めたような顔をしている。
……いったい何ゆえ、こんな展開になってるのだろう? さっぱりわからない。
と、カメラが引いて周囲が見えるようになった。
陣幕の中では寒さを和らげるためか焚き火がたかれており、レメレニアの付き人らしき女たちはおろおろと成り行きを見守っている。
そして、その端っこには干草がいた。地面に横たわったまま、視線はサファへ向けられている。私の指示を守り、彼女を見守っているようだ。
「……意味不明ではあるものの、ともあれサファは無事なようだな。むしろ、レメレニアが心配だが……」
「見たところ、レメレニアちゃんは心を極限まで鈍磨させているようですね。拷問などに耐える手法であり、サファちゃんとのやり取りで心に相当なダメージを負ってしまったのでしょう」
私は思わずイクマを見た。
「お前、他人のことは『ちゃん』づけで呼ぶのか」
「そりゃまあ、千年生きてる私としては、レイ族もアケミ族も皆お子様ですからね。例外は玲様と明美様だけです」
その気持ちは、わからなくもない。この世界の人間全部が娘に思えるからこそ、私は統治者なんてやってるんだし。
とはいえ、私の精神年齢は六十歳前後であり、千歳に達するイクマよりは全然年下なのだが。
ともかく、サファとレメレニアはもうしばらく放置しておこう。
なにせ、考えなきゃいけないことは山ほどあるのだ。あの謎の状況を分析しだしたら、頭がパンクしてしまう。
一旦彼女らの存在を綺麗さっぱり忘れ、私は次に現状を知りたい人物の名をあげた。
「なら、次はアマリリスの映像を出してくれ。巨人たちは今、どうしてる?」
数秒置いて画面が切り替わり、アマリリスたちの姿が映し出された。斜め上空から撮影しているようで、巨人たちは開け放たれた門のそばで周囲を警戒しながら待機している。
いまさらだが、この空中に映像を出すのも汎用粒子とやらを利用しているのだろうか? 超自然的な力が使えると言っていたが……なかなか便利そうだ。
「アマリリスちゃんたちは今、外周区画の門の内側にいますね。すでに施設のセキュリティは概ね解除されているので、それに気づいたのでしょう。映像を見るに、今はあなたの帰還を待っているようですが」
「ふむ。彼女たちはもう、私がゲートキーパーを倒したと確信しているのか」
予定だと、私が勝利した場合は巨人たちと合流し、そろって一旦軍の駐留地へ戻ることになっている。で、アマリリスはレメレニアに借りがあるとかで、彼女に状況報告をする約束をしているらしい。
つまり、このままいくと明日の夜明けには、ミドリ国軍とレイイート軍が同時に進軍を開始する流れとなるだろう(無論、レメレニアが正気に戻ればの話だが)。
私は少々思案した。
レイイート軍もこちらと同じく、ステージセットの残存勢力の掃討を目論んでいる。さすがに私を出し抜けるとまでは思ってないだろうが、それでも『ステージセット打倒に一役買った』と言えるくらいの功績はあげようとするはずだ。人形兵をできる限り倒す、という方法で。
別に、それ自体は構わない。さすがに全部始末されたら困るが、一部程度ならあえて譲ったっていい。レイ族が手柄を独占するよりも、レイイートに多少は分け与えたほうが、長い目で見たらバランスが取れていいかもしれないからだ。
問題は、手柄を取り合って二つの軍が衝突してしまう恐れがあることだ。
さすがにレイイート軍も、ゲートキーパーを倒した私に歯向かう愚行は犯さないと思う。だから大々的な戦闘に発展する可能性は皆無だろう。
しかし、兵と兵の間なら話は違う。互いに殺意や食欲を抱くという本能的な事情があるから、突発的な諍いが起きてもなんらおかしくはない。
後々歴史に残るであろう戦いでそうした種族間対立が発生するのは、二つの種族をまとめて統べようとしている私にとっては、非常に不都合だ。
そしてレメレニアは賢いから、私のそうした弱みを把握し、利用しようとしてくるはず。おそらくは、『両軍の間で戦闘区域をはっきりと分けるべき』と、提案するような形で。
それも悪くはないんだが……できれば主導権はずっとこっちが握りたいから、ベストではない。
理想は、私とミドリ国軍でステージセットの兵力のほとんどを撃破し、残った残敵処理をレイイート軍に任せる――という流れだ。そうして戦場をコントロールできれば両軍の不意の接触を防げるし、適度な功績をレイイートに与えることもできる。
あちらの進軍を遅らせれば、そうした状況を確実に作れるが……サファによるレメレニアへの精神攻撃だけじゃ、さすがに心もとないだろう。
「うーん……どうするかな」
それほど深刻な問題でもないが、だからこそ答えをパッと出せない。
「何を悩まれているのですか? 玲様」
「レイイート軍の扱いについて。人形兵を倒そうとする立場は変わらないとはいえ、決して味方じゃないから、できれば同じ戦場で戦いたくないんだ。かといって完全排除すると、それはそれでカドが立ってしまう。うまい落としどころを考えてるんだが、思い浮かばん」
「玲様がお一人で人形兵たちを殲滅する、というやり方ではダメなのですか?」
「……確かに、それが一番安全で手っ取り早くはある。でもなんというか、私一人で全部片付けたら、功績がふわふわしないか? 他の人間はステージセットの敵を目撃もしなければ、私が戦った場面も見ないんだから、胡散臭く感じない? お前との戦いが実質談合で終わっちゃったから、なおさらそういうのが気になっちゃって」
「そうですね。長い目で見たら、証拠の不十分さを指摘する声は出てくるかもしれません。一応、ゲートキーパーとしての化け物の死体や、戦闘の映像記録を捏造することはできますが……」
「……やめておこう。人を騙すのは苦手だ。嘘に嘘を重ねたら、いつボロが出るかわからん」
「だから堅実に戦闘証拠を残すために、普通の人間たちと一緒に戦うと。――それなら、いい解決策がありますよ」
イクマはさらりと言った。私は身を乗り出して尋ねる。
「どうすればいい?」
「要は、ミドリ国軍がレイイート軍よりも大幅に早く、ここに到着すればいいんですよね? 大多数の人形兵を倒して、安全な場所に退いたのち、残りを後から来たレイイート軍に任せればいいのですから」
「そのとおりだが、方法があるのか? 夜の低地は極寒だから、私か巨人にしか通過できない。夜が明けるまではどっちの軍も動けないってのに」
いたって普通の口調のまま、イクマは微笑とともに答える。
「汎用粒子を使えば造作もないことです。人形兵との戦闘をチュートリアルにしようと思いましたが、ではそのときに色々と教えてさしあげましょう」
――汎用粒子のチュートリアルか。
なかなか面白そうだ。異世界に来たからには魔法っぽい力を使いたいと常々思っていたし、慎んで教えてもらうとしよう。
そうして今後のことを話し合いつつ、私とイクマはステージセットの施設内を車で進み続けた。




