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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
15/174

20歳・2

 右肩に瞬間的な衝撃が加わる。その反発と同時に響くのは、空気を切り裂く発砲音。

 私は銃を撃っていた。いわゆるアサルトライフルと呼ばれる自動小銃で、車の下に潜り込み、寝そべる形で射撃を続け、敵を牽制していた。


「いいぞニジョー! やつらを釘付けにしろ! その間に逆から回り込む!」


「了解っ!」


 ジェイクの英語での指示に、私は銃の音にかき消されないよう大声で答えた。



 ――今現在、私たちは謎の襲撃者たちと交戦状態にあった。

 時間は夜半。私と監督、傭兵チームのほとんどが宿で寝ていたが、見張りが事前に気づけたために、ぎりぎり攻め込まれる前に迎え撃つことができた。


 私は最初、監督と共にじっとして守られていた。が、宿の中に手榴弾を投げられて味方の何人かがやられたため、死んだ傭兵の銃を取って戦闘に参加した。

 相手が爆弾を投げ込んでくる以上、建物の中は不利なので、今は傭兵たちと屋外に出て反撃に応じていたのである。


 傭兵チームに連れられて危険な町を脱出してから、ほぼ二か月がたっている。

 監督は悩んだ末に傭兵チームと長期契約を交わし、彼らと共に戦闘地域周辺をまわることとなった。彼らと一緒なら革命軍に襲われる心配はないし、危険な場所にもある程度踏み込めるからだ。


 私は二か月の間に傭兵たちと仲良くなって、銃の撃ち方を教わったり、戦場での様々な話を聞いたりした。特に白人のジェイクには英語が通じるという理由で気に入られ、実戦的な指導を受けたりしていた。

 そんなわけで、素人とはいえ咄嗟に取った銃で戦うことができたのである。



 私は車の下に隠れたまま、敵が隠れている建物の角に向かって発砲を続ける。

 連中はちょいちょい顔や銃口を出してくるが、それらは狙わない。私の射撃にそこまでの精度はないし、やつらをあそこに釘付けにすることが今の私が果たすべき役割だからだ。


 今現在、私はあちらから位置を捕捉されていない。屋外に出たとき、ジェイクが周囲にあった街頭を撃って壊したおかげで、辺り一帯は闇に包まれているためだ。そしてこちらは暗視スコープを持っており、私も自前のそれを装着している。

 そうしたアドバンテージを活かすことで、私たちはどうにか戦いを拮抗状態に持ち込めたのである。


 パン……パン、と一発ずつ、数秒間隔で銃を打ち続ける。

 理想はフルオートで弾を連射し続けることだが、残弾数が少なく、替えの弾倉はないので、弾を節約せざるを得なかった。そして装弾数は三十で、もう十数発は撃ってる。だからこの牽制が続けられるのも、せいぜい数十秒といったところか。


 敵もこちらに銃を撃ってきて、何発かは私の隠れる車に当たっている。地面すれすれには撃ってこないから、こちらが車の下に潜っていることにはまだ気づいていないようだ。他にも味方の何人かが別のところから牽制の弾を撃ってるから、集中して狙われるということもない。


 ――だが、私は生きている心地がしなかった。

 ヘルメットも防弾チョッキも装着していないから、敵の弾が一発偶然こちらに飛んできただけで、そのまま死にかねないのだ。


 恐怖を押し殺し、全力で銃身を押さえ続け、全神経をもって射撃を狙った場所へと続ける。

 そのとき、味方の連射が立て続けに止んだ。移動を始めたか、弾倉を入れ替えるためだろう。その隙を突き、物陰に隠れていた複数の敵が一斉に飛び出してくる。

 私はすかさず銃の射撃モードをセミオートからフルオートに切り替え、連射した。跳ねる銃を押さえつけ、耳をつんざく発砲音を無視し、走る男たちをひたすらに狙った。


 私の銃の弾が当たったのか、出てきた男の二人が同時に地面に倒れる。

 直後、近くの建物から爆発音が響く。私の銃から逃れた敵の一人が、手榴弾を傭兵らの潜む場所へと投げたらしい。

 爆発の光で周囲が瞬間的に明るくなり、暗視スコープの視界が一斉に白む。

 できれば手榴弾を投げた敵を狙いたかったが、強い光のせいで姿を捉えられず、私は残った弾を倒れた敵ら目掛けて放った。確実にとどめを差すためだ。


 弾を撃ち尽くしたのと、倒れた敵の一人が銃口をこちらに向けていることに気づいたのは、ほぼ同時だった。

 私はすぐさま銃を目の前にかざして盾にし、全力で匍匐後退を始める。恐怖を感じる暇さえない。

 銃声が立て続けに響き、頭上の車体に連続で弾が当たる。前にかかげる銃が瞬間的な衝撃に押され、近くの地面が音を立てて抉れる。そして側頭部に強烈な痛みが走り、私の上半身は反射的にのけ反って、頭を車の底へとぶつけた。


 一瞬、目の前が真っ白になり、直後に今度は真っ黒となり、私は自分が死んだと思った。あの世に足を踏み入れたと思った。

 即座に、『明美を殺す前になに死んでんだ』と激しく自分を責めた。


 ……だが、死んだにしては色々おかしい。

 体の感覚はまだある。呼吸もしている。あれ? 死んでない?


 直後、なにも見えないのは暗視スコープが外れたからだと気づく。

 頭に銃弾を受けたっぽいが、ペシペシ坊主頭を触っても穴が開いてる感じはしない。耳の上の皮膚が少し痛いだけだ。

 私は安心しつつ、すぐに後退を再開した。どうやら、敵の弾は私の頭を掠めるにとどまったようだ。


 私へ向けた銃の連射は、すでに終わっている。事切れたか、弾が切れたのかは知らないが、ともかく今は狙われていない。

 そして狙われてないことに気づいたとき、私は匍匐後退をやめた。まだ戦闘は終わってないのだ。下手に巻き込まれないようにするため、今は車の下に隠れていたほうがいい。


 暗視スコープを付け直し、念のためにさっきこちらに攻撃してきた敵を確認する。

 その男は、銃と顔をこちらに向けたまま微動だにせず固まっていた。目が開いたままだし、おそらく呼吸もしていない。……死んだ、ということだろう。


 ――吐き気が込み上げてきた。

 私が、彼を、殺したのだ。

 命を奪った。人間一人の人生を、永久に終わらせてしまったのだ。


 重すぎる事実に打ちのめされ、私はその後、戦闘が終わるまで車の下で震えていた。



 戦いはこちらの勝利に終わった。敵の後ろに回り込んだジェイクらが、あっさりと襲撃者たちを一掃したからだ。


 こちらの犠牲者は三人。宿に投げ込まれた手榴弾で二人が、その後の銃撃戦で一人が死亡した。重傷を負った者が二人いるが、どちらも致命傷ではないらしいので、ちゃんと治療すれば助かるだろう。彼らと軽傷者はすでに車で病院へと向かっている。

 頭から血を流していたので私も病院行きを勧められたが、調べたら皮膚が少し裂けた程度だったので断った。ガーゼと包帯での応急措置で出血も止まったし、問題はなにもない。


 ちなみに、監督は無事だった。私たちが宿を脱出したとき、ジェイクは他の傭兵に指示を出して、監督を宿の地下室に押し込んでいたのだ。敵に宿を囲まれていた可能性もあった以上、依頼主の命を守るにはそれが最善だったと言えるだろう。


 敵は一人だけが生き残った。ジェイクらに背後を突かれたとき、即座に銃を捨てて投降した男だ。他の傭兵が容赦なく撃ったために太ももに穴が空いたが、ジェイクがすぐさま止めたために死なずには済んだのだった。


 捕らえた敵に尋問したところ、連中はイスラム原理主義を標榜する一派だった。正確には、宗教組織を語るただのならず者集団、と言ったところか。大きいところから分派した小組織で、構成員の半分は先の戦いで死んでしまったという。

 私たちを襲撃した理由は二つ。監督を誘拐して身代金を得るためと、恨みのある傭兵たちに復讐をするため。場所が知られていたのは、前日に監督がSNSで現在地を呟いていたからだった。

 「有名な歌手に絡まれたのが嬉しくて、つい」と監督は言い訳していたが、傭兵たちに恐ろしい目で睨まれていたのは言うまでもない。


 さすがにすぐ現地の警察が来て、事情聴取などをされた。私はとうとう人を殺してしまったわけだが、正当防衛ということで罪には問われず、その場で無罪放免となった。

 この辺の司法の適当さは日本では考えられないが、まあ今回ばかりは助かったと言えるだろう。

 ただ、武装集団のターゲットにされたことは大きな問題で、監督ともども国外へ出るよう強く勧告を受けた。彼らからすれば、私たちは争いの火種のようなものだから、それを取り除こうとするのは自然なことではある。


 明確に狙われた以上、監督としてもさすがにこの国にはいられない。他国に行けば撮影や取材を続行するのは可能だったが、すでにひとつの映画を作れるほどの動画を撮り溜めており、そんなわけで監督は帰国を決めた。

 ……が、しかし。


「日本には監督一人で帰ってください。私は残ります」


 警察とのあれこれが終わった後、私は監督にそう言った。監督は信じられないものを見るような眼を私に向ける。


「な……なに言ってんだ、二条。残ってどうすんだ」


「さっきジェイクと話しました。なんでも彼の知ってる軍事企業に、女だけで構成されてる護衛のチームがあるとかで、望むならそこに推薦してくれるそうです」


 ジェイクは信頼できそうな人間だったため、私は自分が女である事実を早々に彼へ教えていた。おかげでその後は性別がばれないよう便宜を図ってもらい、上に挙げた女傭兵チームのことも教えてもらっていた。推薦云々の話は、ついさっきしたばかりだが。


「……お前、傭兵になるつもりなのか? なんで?」


「一言で言えば、強くなるためです。最初に監督のところに面接に来たときにも、同じように志望動機を説明しましたけど」


「命が惜しくないのか? さっきだって死にかけたんだろ? お前、震えてたじゃないか」


「そりゃ死にたくないですけど、だからこそやる価値があるんです。どのみち、こんなところで終わるようじゃ、私の目的は達成できないだろうし」


 監督はしばし絶句し、私の顔をまじまじと凝視した。


「…………お前が変な女ってのは、面接に来たときから分かってたが……まさか、ここまでとはな。俺の知ってる人間にはいないよ、割と健全な精神のままで、死地に飛び込もうとするやつは」


「私にインタビューでもします? 戦地での人間の生き様が、監督が撮ろうとするテーマですよね?」


「バカヤロウ、お前みたいな変なのを撮っても意味ねぇよ。リアリティなさすぎて」


 そう言うと、監督は諦めたように脱力して笑うのだった。

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