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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
147/174

??歳・61

 三匹の馬が荒野を駆けていく。


 普通の二匹の馬にそれぞれ私とオボロが、干草にエメとサファが乗っている。低地に草は生えないため、荒涼とした大地が延々と続いており、実に殺風景だ。


 ミドリ国軍の待機場所から西に百キロ程度離れた高地に、レイイート軍は駐留していた。

 そして低地から登ってすぐのところに、白い陣幕が円形に張られている。あそこにレメレニアがいると見ていいだろう。


 こちらの訪問に気づいていたようで、陣幕の中では複数のアケミ族が立って待ち構えていた。純白の甲冑に身を包んだレメレニアと、六人の巨人たちである。


 陣幕の中に入り、アケミ族たちの目の前で馬を止める。すると、すぐにレメレニアが艶やかな口調で歓迎してきた。


「ようこそいらっしゃいました、レイ様。お待ちしておりましたわ」


「……ふむ。そちらも準備万端のようだな」


 陣幕の外に待機しているレイイート軍を一瞥し、少々安心しつつ私は馬から飛び降りた。数はミドリ国軍の半分ほどだし、やはりこちら側に銃はない。いざ戦闘となれば、数と武器で大きく勝るミドリ国が遥かに有利だろう。私と一緒にレイランたちもこの地で命を落とすという、最悪の事態にはならなさそうだ。


 が、懸念がないわけじゃない。

 というのも、後ろにいる巨人たちの立ち位置がよくわからんのだ。


「巨人の六人は、ステージセットを裏切って私につく、ってことでいいのか?」


 尋ねると、リーダーらしい細身の巨人が返事をした。いや、入れ墨からしてアマリリスか。


「ああ、そのとおりだ。私たちはあんたとともに戦い、あんたが死んだら私たちも死ぬ。すでにその覚悟を決めている」


「そいつはけっこうだが、私が負けたとしても、お前たちも死ぬとは限らないだろう。逃げれば命は助かるんじゃ?」


「残念ながら、その可能性はない。私たちの体には爆弾が埋め込まれていてな。ゲートキーパーはそれをいつでも遠隔で作動させられるんだ。ゆえに、一度裏切りが知られたが最後、私らは死ぬしかないんだよ」


「……そうなのか? じゃあ、巨人百人がゲートキーパーに瞬殺されたって話はなんなんだ? 爆弾があるのなら、戦うまでもなく殺せるだろ」


「それは私も知らん。たぶん、当時の巨人には爆弾が埋め込まれてなかったのだろう」


 その裏切りをきっかけに、爆弾で巨人を縛る仕組みが作られたのかもしれない。なんであれ、私が敗北した場合に残った巨人がレイイートにつく、という可能性はないようだ。


 私がそうして安堵したのを見抜いたのだろう。レメレニアは優しげな口調で言った。


「安心なさって、レイ様。巨人の方々は、わたくしたちに対しては完全に中立です。万が一あなた様が敗北されても、こちらの軍に肩入れなんてしませんわ」


「……一応聞くが、その万が一が起きた場合に備えて、不戦の約束を交わせないのか?」


「しても構いませんが、意味があるとは言えないでしょう。だって、その約束にはなんの拘束力もありませんもの。そもそも、存亡の瀬戸際に実利のない口約束を守れる余裕など、わたくしたちにはありませんし」


 ダメ元で言ってみたが、やはり無駄だったようだ。まあ、約束を守らせる方法が無い以上、当たり前ではあるが。


「ただ……結果がどうあろうと、わたくしはレイ様に敬意を払います。ゆえに、あなた様が敗北した場合でも、残ったレイ族を追い詰めるマネなどいたしませんわ。世界を救おうとした偉大な方がいたという事実も、レイイートの伝説として残しましょう」


「なんとも有り難い話だな。それこそ、口約束に過ぎないが」


「あら、お厳しい」


 フフフと、レメレニアは口元を隠して笑った。


「けれど、意外にも負けたときのことを考えていらっしゃるのね。もっと自信満々かと思っておりました」


「相手の強さが分からん以上、勝てる確信なんて持てるわけないだろ。で、日がたつにつれて、その当たり前の事実が重くのしかかってきたわけだ。なんとも笑える話だが」


「笑いませんわ。だって、あなた様は一人で全世界の命運を背負って戦われるのですもの。それを安全圏から笑い飛ばせるほど、腐ってはいないつもりでしてよ」


 安全圏とは言うが、レメレニアはレメレニアで、かなりリスクのある立ち位置にある。

 なにせ、どう事が進もうとも、この先には確実に戦が待っているのだ。自国に引きこもったまま見送りにすらこない盟主たちに比べれば、はるかに勇敢と言えるだろう。


「ま、与太話はここまでにして、これから先の流れを確認しよう。確か、箱に入れた私をアマリリスらがステージセットへ連れて行く、という手筈のはずだが」


 私がそう言うと、アマリリスたちは後ろにある棺のような箱を持ち上げ、手前の地面へ置いた。


「レイ様にはこいつに入っていただく。で、私らはこれを持って帰還し、ステージセット内部へと入る。しかし、自我を持つ兵は外周区画にしか入れないから、そこから先は人形兵が代わりにあんたを運ぶだろう。ゲートキーパーが待つ、ステージセット中枢へとな」


「そして私を食おうとするゲートキーパーを、私が返り討ちにすればいいわけか」


 アマリリスは大きく頷いた。


「情けないことだが、私らはその戦いに助勢できん。さっきも言ったが、目の前で裏切ろうものなら、即座に体の爆弾を作動させられるのでな。ま、あんたが負けた場合は、それを覚悟で戦いを挑むしかないが」


「……別に、戦う必要なくないか? 私が敗北したとしても、その時点じゃお前たちは裏切ってないんだから、通常業務に戻ればいいだけの話じゃ」


「あんたに一人で戦わせて、私らはおめおめ逃げ帰れって? そりゃあいくらなんでも、ダサすぎだろ。私たち巨人は、戦うために生まれたんだ。矜持ってもんがあるんだよ。逃げるくらいなら、戦って死ぬほうが遥かにマシなのさ」


「……そうか」


 なら、ステージセットが滅んで世界が平和になったら、彼女たちはどうするのだろう。

 ……いや、私がどうにかして居場所をつくってあげるべきか。巨人だろうとアケミ族には変わらないし、だとしたら私の娘でもあるのだから。


「よし、流れはわかった。いつ実行できる?」


「いつでも。今からでも大丈夫だ」


 そこに、レメレニアが口を挟む。


「一旦、お戻りになります? 部下の方々に残す言葉がおありなのでは?」


「心配いらない。済ませてきたからな。時間をかけると夜になりかねないし、さっさとやってしまおう。――が、その前に」


 私は振り返り、名前を呼んだ。


「サファ! こっちに来い」


 干草に姪と一緒に乗っていたサファは、得意気な顔をして地面へと降りた。私は近づき、彼女の口に巻いていた布を外してやる。


「ふぃ~、やっと口で空気が吸えますよー」


 下手なことを口走られると冗談抜きにヤバかったので、口を塞いでいたのだ。その様子を見て、馬上のエメは心配そうな顔をしている。


「お……おばさんをどうするんですか? レイ様」


「大したことじゃない。ちょっと嫌がらせをしようと思ってな」


 小声で言うと、私はサファと肩を組んでレメレニアのほうへ歩み寄った。


「レメレニア。提案なんだが、こいつをしばらく接待してやってくれないか? 私だと思って」


 作戦は事前に本人に伝えてあるので、サファに動揺はない。「全責任は私が持つから、日頃のストレス発散のつもりで好き放題にやれ」と言ってるので、思う存分レメレニアを振り回してくれるだろう


 一方のレメレニアは、指を顎に当ててかわいらしく小首を傾げている。


「構いませんが……いいんですの? あなた様が敗北された場合、彼女は人質となるのですけれど」


「大丈夫だ。私は負けないからな」


「………………」


 レメレニアは考え込んでいる。突拍子もない提案だから、こちらの意図が掴めないのだろう。なので、一応捕捉しておいた。


「言っておくが、そいつに危険はないぞ。お前は単に、お喋りの相手をしてくれれば――」


 私が喋っている途中に、サファは遠慮なく割り込んできた。


「いやぁ、エメ以外のアケミ族と喋るの久しぶりだから、テンション上がるなぁ~。ってことで、しばらくよろしく! レメなんとかさん!」


 サファがずうずうしく差し出した手を、レメレニアはにっこりと笑って握った。


「なるほど、なんとなぁく理解できましたわ。意外に狡いマネをなさるのね、レイ様ったら」


 嫌がらせ目的が、早くもバレたらしい。そうした察しの良さはさすがと言える。


「サファさんでしたっけ? こちらこそ、どうぞよろしく。精一杯のもてなしをしてさしあげますわ。ご要望がおありでしたら、なんなりと仰ってくださいまし」


「マジですか? ホントに? じゃあ土下座しろって言ったら、してくれる?」


「ええ、いいですわよ」


 すると、本当に彼女はその場に膝をついて頭を下げた。


 ――普通の人間なら、こうも堂々と卑屈な態度を取られたら、逆に警戒心を覚えるだろう。相手の考えの裏を読もうとし、容易に手出しができなくなるかもしれない。

 が、サファは違う。


「えぇっ!? 本当に土下座しちゃうんですかぁっ!? まいった、これじゃ私が悪者だ!」


 そして今度はサファが土下座をしてしまう。


「このとおり、すいませんでしたぁーっ!」


 キツツキのごとく頭を連続で地面に叩きつけるサファを見て、さすがにレメレニアは顔を引きつらせている。


「……な、なんというか……謝り慣れてますのね、サファさん」


「謝ってばかりの人生でした!」


 無駄に堂々と胸を張る様を見て、顔見知りの私でさえも困惑を覚えた。初対面のレメレニアにとっては、その比ではないだろう。


「じゃ、レメレニア。後で私が迎えにくるから、それまでそいつの相手をよろしく」


「え……」


 戸惑っているのか、彼女は返事を言いあぐねている。

 いい兆候だ。そうしてサファに精神をめちゃくちゃにされれば、今後の判断や動きに悪影響が出るかもしれない。


 私がゲートキーパーに負けた場合はもちろん、勝った場合でも、レメレニアとは諍いとなる。残ったステージセットの残存勢力をどちらが掃討するか――という競争が始まるからだ。

 そんなわけで、少しでも思考力を鈍らせるべく、サファというデバフ装置を投入したのである。


 だが心の態勢を立て直したのか、レメレニアは妙に力の篭った声を発してきた。


「――おもしろいですわ。サファさんによってわたくしのペースを乱そうとする狙いは、あまりにも明白。ならばこの勝負、受けて立ちましょう!」


 なんと、彼女はむしろ闘志を燃やしてきた。


「わたくしはレイイート王家における権力闘争を、鉄の意志と権謀術数を持って勝ち抜いたのです! このような企みになど、屈しはしませんわ! 鮮やかにサファさんを手なずけ、逆にレイ様を裏切らせてご覧にいれましょう!」


 よくわからんが、サファによるデバフ作戦はレメレニアのなにかを刺激したらしい。

 まあ、正直そんなに期待してないから、別にサファが懐柔されたところで痛くもなんともないのだが。


 とはいえ、さすがに保険なしで置いていくわけにはいかない。私は干草に近づき、小声で言った。


「干草、ここに残ってくれ。で、あいつの身が危なくなったら、私の軍に連れ戻してほしい。できるか?」


 枯れた草のような色の馬は、ノータイムで首を縦に振った。よし、これで問題なし。一切心配せず放置できる。

 それを聞いていたエメは、干草から下りながら呟く。


「……あたしとしては、サファおばさんがやりすぎないか心配ですけどね。下手すりゃ、今後の二国間関係にひびが入るんじゃないですか」


「かもな。けどレメレニアも強そうだし、普通に笑って対処される可能性もある。干草に任せれば安全だし、しばらく放っておくとしよう」


 そしてオボロを手招きし、エメに続けて言った。


「お前はオボロと一緒に軍のところに戻れ。私はこのままゲートキーパーの元に行く」


「わかりました。……絶対死なないでくださいね、レイ様」


 私はにやりと笑い、「ああ」と返事した。

 心配してるエメを元気づけようと思ったのだが……どうも、こういうときの表情の取り方がわからない。


 ともあれ、二頭の馬を引っ張ってきたオボロにエメを託し、彼女たちは馬に乗ってその場を後にした。


「では、サファさん! こちらを存分に挑発なさってくださいまし! それをわたくしは華麗に受け流してさしあげましょう!」


「じゃ、お茶もらえます? 喉渇いたんで」


 二人の勝負(?)はもう始まっているようで、どちらも私を見ていない。


「いいですわ、どうぞこちらへ。わたくし自らが最高級のハーブティーをいれて差し上げます」


「ハーブティー? 昔実家で飲んだけど、クソまずかったなぁ。麦茶あります?」


「……あいにく、麦茶はありませんわ。ねぇ、わたくしのハーブティーを是非飲んでみてくださらない? その美味しさで、サファさんの嫌な記憶を塗り替えて差し上げますわ」


「いや、私は麦茶以外飲まないです。それ以外なら犬のゲロ飲むほうがマシです。麦茶をください」


「………………」


 なんでそんな麦茶に固執してるんだ、お前……。


 というか、これが相手に一切の遠慮を捨てたサファか。別に怒らせるつもりなんてなく、素でこれだから恐ろしい。天然煽りマシン過ぎる。

 ま、レメレニアの精神を乱すことを期待して、しばらく放置するとしよう。


 そうして私は巨人たちのほうへと戻る。


「――さあ、いこう。私の準備は整った」


「わかった。しかし……あんたの部下はなかなか面白いな」


 興味があるのか、アマリリスたちは挑発発言を繰り返すサファをじっと見ている。


「あのような戦い方があるとは、思いもよらなかった。戦士として、参考にすべき点があるかもしれん」


「あれは常人には真似できないから、参考にしても意味ないと思うが……」


 本気で言ってるのか冗談なのか、ちょっとわからない。巨人は顔の位置がやたら高いから、表情が少し読みにくいのだ。

 アマリリスは私に視線を戻すと、顔つきを引き締めて言った。


「では、いったんあのやり取りは忘れよう。我らには、死ぬか生きるかの戦いが控えているのだからな」


 そうして彼女は木造の箱に手をかけ、蓋を開ける。


「箱には幾つか穴を開けてあるから、中からでもある程度周囲の状況がわかるはずだ。うまく対応すれば、あんたを食いにきたゲートキーパーに先制攻撃を加えることもできるだろう。それと、例の武器も入れてあるから、是非使ってみてくれ」


「……これか」


 箱の中には、細い鉄骨をシンプルに捻り合わせたような無骨な棍棒が入っている。

 野球のバットほどの大きさだが、持ってみると異様に重い。軽く三、四十キロはありそうだ。


 ――先日の会談の際、アマリリスに「昔は普通の大きさで、お前ほど強い戦士がいた」という話を聞いた。

 で、流れでその戦士が使っていた武器を譲ってもらうことになったのである。それが、この激重バットだった。


「いい重さだ。頑丈そうだし、これなら思う存分振り回せる」


「それは良かった。そいつでゲートキーパーを倒してくれれば、やつに叛旗を翻して散っていた同胞たちも報われるだろう」


「……わかった。そいつらの無念も、私が背負おう」


 そうして私は棺のような箱へと入り、仮面を取って体を横たわらせた。

 アマリリスたちはその蓋を閉じ、箱をすっと持ち上げ、間を空けずに歩き出す。


 中には毛布が敷いてあるので、寝転がっても不快感はない。そのうえ揺れないよう配慮してくれているのか、動いているのに振動はまったくなかった。到着するまでだいぶ時間がかかると思うが、これならそこそこ快適に過ごせるだろう。


 あちこちの穴から外を覗き、見える範囲を確認していると、すぐそばでアマリリスが言った。


「問題ないか? レイ様よ」


「ああ。揺れないし、なかなか快適だ」


「よし。ならば、ここからは会話は抜きで行こう。ステージセットに近づけば近づくほど、どこに耳があるのかわからんのでな」


「了解した」


 緊張感とともに言葉を押し殺す私たちだったが、外ではサファとレメレニアのでかい声が響いていた。


 「だったらオシッコでも飲んでみせますよ!」、「あ、あなた正気ですの!?」などと言い争っている。あいつら、私が出発したことにも気づいてないんじゃないか……。

 ま、湿っぽく見送られるよりかは、このほうが緊張もほぐれていいのかもしれない。



 一旦まっすぐ寝そべり、体の力を抜く。

 ステージセットの施設内に入ったら、体の耐久力を上げるため全身に力を込めっぱなしになる。ゆえに、今はだらりと脱力した。


 ――世界の命運をかけた戦いが、待ち受けている。

 私にとっては明美に会うための試練でもあり、死んでも勝たなければならない。


 ……ゲートキーパー。

 どういう敵だがさっぱりわからないが……どんな化け物だろうと、倒してみせよう。娘たちの未来を守り、明美と再会を果たすために。

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