??歳・59
「――以上が、アケミ族との会談の主な内容だ」
大府の仕事部屋にて、私は長い語りを終えた。
さほど広くない室内には、ルミレイ、メノウ、オボロ、レイラン、ティレ、エメ、サファが、各々椅子に座っている。
ティレは縄で全身を縛ったので、アケミ族の二人に万が一殺意を抱いても、たぶん大丈夫だろう。
アケミ族の盟主たちとの会合から、すでに二日がたっている。
私は今後のことを話し合うために一旦大府へと戻り、こうして側近たちに事情を説明したのであった。
「しかし、実にけしからんですな、そのアケミ族の盟主たちとやらは! レイ様を武器として利用し、こともあろうに餌として扱うとは、無礼千万にもほどがありまする!」
話を聞き終わり、ルミレイはぷんぷんと怒った。その言葉に、レイランも眉根を寄せて同調する。
「まったくだ。連中にとっては始祖様が勝っても負けても都合がいいわけで、害の及ばない安全圏にいるというのも腹立たしい。負担があまりにも始祖様に偏りすぎていて、対等な関係からはあまりもかけ離れている」
「まあ、そう言うな。気持ちはわかるが、おかげで欲しい情報がすんなり手に入ったんだから」
私が宥めると、二人は怒りの形相を若干和らげた。
「ともかく、私が餌のフリをしてゲートキーパーの元に行くのは決定事項だ。そこは譲らないし、議論する気もない。勝手に決めてすまないが、その点はまず了承してくれ」
「……我らとしては断腸の思いでございますが、レイ様がお決めになられたのなら、致し方ありませぬ。勝利を信じ、すべてをお任せするとしましょう」
ルミレイが厳かに言い、多くの者が同調して首を縦に振る。
私も頷き、話を続けた。
「お前たちに話し合ってもらいたいのは、ミドリ国がステージセットに派兵するか否かだ。さっき説明したとおり、すでに西の隣国レイイートが数千人規模の軍隊を送ると宣言している。で、こっちも派兵したとして、そのうえで私が負けた場合、そいつらと戦闘になる可能性が高い。そういったリスクを勘案し、派兵するべきか否かを考えよう」
再び頷く一同。そして真っ先にレイランが口を開いた。
「僕は派兵するべきだと思います。始祖様が負けた場合に戦になるとのことですが、そもそも、あなた様が亡くなられた時点で我らは終わりです。なので、そんな事態は考慮する必要がないかと」
「……姉様、それはいくらなんでも極端です。始祖様が死んだらあなたがレイ族を率いるのですから、もっと民のことを考えるべきでしょう」
全身を縛られて座っている妹の指摘を受け、レイランは少し目を見開いた。そしてすぐさま眉間に皺を寄せる。
「…………そうだな。お前の言うとおりだ、ティレ。ただ、始祖様がお亡くなりになるなんて、僕にはとても想像がつかなくて……」
慰めようとしたのか、サファが能天気な口調で言葉を挟む。
「いやいや、人間なんて死ぬときはあっさり死ぬもんですよ。私のひいばあちゃんなんて、くしゃみでぎっくり腰になって死にましたからね。だからレイ様も、しょーもない理由で死んじゃうかも。あははっ」
途端、ティレの体が跳ねた。殺意に体が支配され、サファに攻撃を加えようとしたらしい。
「ひぃっ!?」
「――はっ。し、失礼しました……」
悲鳴を上げるサファと、すぐに正気に戻って謝るティレ。
「おばさん、ちっとも成長してない……」と、隣のエメは小声で愚痴っている。
床に落ちた妹を椅子に引き上げつつ、レイランは別のところに視線を向けた。
「メノウ、君の意見が聞きたい。その明晰さで、派兵についての是非を論じてみてくれ」
「わ……私ですか?」
唐突に指名され、驚いて体をぎゅっと縮めるメノウ。が、一度大きく深呼吸をし、メガネをくいっと持ち上げると、落ち着いて口を開いた。
「……そうですね。では発言させてもらいますが……私はまず、派兵の是非ではなく、派兵する意味を考えるべきだと思います」
「どういうことじゃ? 敵を討ち滅ぼす、という目的以外に兵を向かわせる意味があるのかえ?」
首を傾げるルミレイに視線を合わせ、メノウは説明を続けた。
「お話を聞いた限りだと、ゲートキーパーを倒せばステージセットは機能不全に陥るはず。ならば、残敵の掃討は重大事ではありません。そもそも、時間をかければ始祖様お一人で殲滅できるはずであり、わざわざリスクとコストをかけてまでレイイートが軍隊を出す理由はないんです。――では、なぜレイイートは派兵を選んだのか。まず、そこを考えるべきかと」
確かに、言われてみればそうだ。
レメレニアは「レイ様ひとりに負担をかけるわけにはいかない」と発言していたが、それが真意でないのは考えるまでもなく明白。その裏に、隠された意図があるはずだ。
「私の思うに、レメレニアというかたは歴史的な観点によって、派兵を決めたのではないでしょうか。後々の時代において、レイイートが優位に立てるように」
「……なるほど。その可能性は高いな」
メノウの言いたいことを理解し、私は頷いた。
が、ルミレイを始めとして、頭にハテナマークを浮かべている人間は少なくない。ざっと部屋を見回してそれを理解し、メノウは解説を続けた。
「ゲートキーパーは千年の間、実質的に造化六花を支配してきました。つまり、それに始祖様が勝利すれば、歴史の大きな転換点となるわけです。その際に戦いの功労者となっていれば、後の世に誇れる功績となるでしょう。それによって外交的な優越、あるいは権威を得ることが、レメレニア氏が派兵する狙いかと」
「……よくわからぬ。外交的な優越や権威とやらは、そこまで重要なものじゃろうか?」
「レイ族の歴史においては、『アケミ族の侵略を防いだ』という功績のある一族が、数百年以上領主の座についていた事実があります。どれだけの失態を犯し、無能をさらそうとも、その一族は過去の先祖の功績によって、ある程度評価をかさ上げされてきたのです。そうした観点から考えれば、『造化六花を支配するステージセットの軍を倒した』という事実は、後に実利をもたらす武器となるのではないでしょうか」
そういうことか、と、分かってなかった者たちが同時に頷く。分かっていたと思われるレイランが、続けて尋ねた。
「では、メノウよ。今後の僕らにとって最上とはなんだろう? そのうえで派兵するべきか否か、意見を聞かせてくれ」
「……ならば、僭越ながら申し上げます。最上は、始祖様がステージセットの敵をお一人で殲滅されることです。そうすれば歴史を変えた功績を独占できます。とはいえ、敵の戦力事情には不確かな点が少なくないので、始祖様にすべてを委ねていいのかは、分かりかねますが……」
その言葉を聞き、レイランは少しやるせなさそうな表情で俯く。
「……やはり、そういう結論となるか。僕としては始祖様にすべてを丸投げするのは心苦しいのだが……仕方ない。メノウの考えのほうが正しく、合理的だからな」
小さく息を吐き、顔を上げて続けるレイラン。
「始祖様が単独で、すべての敵を撃ち滅ぼす。そうすれば民を危険に晒さず、かつアケミ族に功績を奪われもしない。ミドリ国の優越性はさることながら、アケミ族各国に対する始祖様の名声も揺るぎないものとなるだろう」
そして彼女は私に向き直り、座ったまま前のめりとなる。
「いかがでしょう、始祖様。大変恐縮なのですが、そうした方向でいくというのは」
「ふむ……」
私は少し悩んだ。
まあ、彼女たちが話し合いによってその結論に辿り着いたなら、受け入れるのはやぶさかではない。実のところ、気乗りはしないのだが……。
しかし肯定の返事をしようとしたら、その前にサファが唐突に発言してきた。
「私は反対ですね~。わかってないですよ、レイ様のこと」
「……なに?」
レイランの鋭い視線には気づかず、サファは続ける。
「だって、レイ様はアケミ族のことだって娘みたいに思ってくれてるんですよ? でもって、ステなんとかって国の兵士は、全部アケミ族なんでしょ? じゃあ、それをレイ様に皆殺しにさせるのは、あまりに可哀想じゃないですか。人の心ってもんがないですよ」
ハッとし、レイランはサファを見たまま固まった。
代わってルミレイがこちらに尋ねてくる。
「……レイ様、サファの言うとおりなのですか? 相手が感情の無い人形兵と言えども、その命を奪うことは……」
「……そうだな。正直、気は進まない」
私は認めた。ここにいる人間は全部身内だし、心情を吐露したっていいだろう。
……にしても、まさかサファに庇ってもらうとはな。かなり予想外だった。
「だがなんであれ、ステージセットの軍事力を壊滅することにためらいはない。ゲートキーパーが操る人形兵がほとんどらしいが、残したところで別の問題になるし、積極的に処分すべきだろう。まあ……それを私以外の誰かにやってほしいってのは、都合のいい話だが……」
「そんなことは、ありませぬ!」
がばっと立ち上がり、ルミレイがよく通る声で言った。
「あなた様の手足となり、その負担を和らげるのが、我らが臣下の務め! ゆえに、なんら気負われることなく命じてくださればよいのです! 『立ちはだかる敵を殲滅しろ』と!」
「――よく言った、ルミレイ」
同じく立ち上がり、レイランが続く。
「ありったけの軍を派遣しましょう。そうして僕らがステージセットの敵を殲滅すれば、ミドリ国にとって大きな益となります。始祖様がそれをやった場合と比べて、どう未来に影響するかは不確かですが……少なくとも、あなた様の気苦労を減らすことはできる。ならば、やらない理由はありません。いいえ、やらせてください。ぜひとも、始祖様のお力になりたいのです」
レイランは、あまりにも真っ直ぐな目で私を見てきた。
……しょうがない。
良いんだか悪いんだか分からないが、みんなに任せるとするか。
「わかった。ならステージセットの残党壊滅は、ミドリ国の軍に託すとしよう。レイラン、全軍指揮を頼めるか」
「無論です! レメレニアなる女に遅れを取らぬよう、戦果を勝ち取ってご覧にいれましょう!」
レイランは目を輝かせている。よほど私に重責を担わされたのが嬉しいらしい。
私は続けて、他の人間にも役目を言い渡していく。
「ティレ、お前には軍そのものを率いる総隊長を命じる。情動を抑える薬があればアケミ族とも普通に戦えるだろうから、前線指揮を任せることもあると思う」
「了解です」
彼女はいつものように、凛々しく手短に答えた。縄でぐるぐる巻きにされているので、どうにも締まらないが。
「メノウには従軍して、事務作業全般を担ってもらいたい。あと、出発前の兵糧の計算や用意とかも頼む。現地調達できるかどうか不明だが、とりあえずはできない方向で見繕ってくれ」
「わ、わかりました! ご期待に沿えるよう、励みます!」
「エメは外交官だ。レメレニアの軍とかの交渉の場を任せる。できるか?」
「もっちろん! 長旅で鍛えた口先と世渡り術は、伊達じゃあないですよ! 任せてください!」
「オボロは基本、好きに動いていい。エメの護衛とか、アケミ族への近距離偵察といった、お前にしかできない仕事をやってくれ。一応、立場はレイラン直属ってことにしておこうか」
「……逆にサボれないなぁ、それ。じゃ、ほどほどに頑張ります」
思いつく限りの役目を与えたところで、残った二人が不安げにこちらを見てくる。
「わ、我の役目はなんでございましょう?」
「あの~、私はお留守番ですよね、さすがに」
ルミレイとサファである。
サファは普通に大府に残すとして、ルミレイはどうするかな……。軍事行動において、彼女に任せたい仕事が思いつかない。
とはいえ居残りを命じたら、彼女のプライドは大いに傷つくだろう。それは長い目で見たら大きなマイナスになるはずだし、できれば少々無理してでも役目を与えてあげたい。
しばし悩み、そしてちょうどいい落としどころを見つけた。
「ルミレイ、お前はメノウと一緒に事務をこなしてくれ。で、私がゲートキーパーを倒して戻ったあとは、私の世話役をしてほしい。いつもみたいにな」
「は、はい! 戦いを終えたレイ様を、全身全霊でお迎えいたしましょう!」
納得してくれたようで、よかった。さて、あとは最後の一人に居残りを命じて――。
…………待てよ。
少し面白いことを思いついた。うん、これはいけるかもしれない。
「で、サファ。お前はエメと一緒に外交官をやれ。干草をつけるから、ずっと乗ってればレイ族と一緒でも安全だろ」
「えっ」
「えっ」
叔母と姪は、同時に困惑の声をあげる。
先に抗議してきたのは、エメのほうだった。
「お、お言葉ですがレイ様。相手がアケミ族だからって、サファおばさんが交渉なんて担当したらヤバイことになりますよ。刀持ったレイ族に交渉させるのと、たいして変わんないです」
「わかってる。だから基本的に、交渉事は全部お前が担当してくれ。サファにはピンポイントで任せたい仕事があるんだが、それ以外は適当に過ごさせていい」
「どどど、どーいうことですか、それぇ……」
よほど納得できないのか、サファは頭を抱えて驚愕の表情を浮かべている。
が、すぐに諦め、はぁ~と溜め息を吐き出した。
「やれやれ……私はずっと引きこもって絵を描いてたかったのに。ま、レイさんに言われたんじゃ、しょーがないですね。戦争なんてバカバカしいし、関わるやつは全員マヌケって思いますし、役職言い渡されていちいち喜ぶのもアホっぽいですけど――」
バッタンバッタンと音がするからなにかと思ったら、ティレが打ち上げられた魚のように跳ねている。目が血走っているから、どうやらまた殺意に支配されてしまったらしい。
それに気づき、びびって絶句するサファ。
が、相手が縛られていて無害なことに気づいたようで、調子に乗り出した。
「へ……へへーん! 怖くないですよぉーだ。いっつも私にキレてるんだから、いい気味だ!」
「うがぁーーっ!」
ティレはらしくない雄たけびをあげると、一気に全身に力を込めた。
意図してか、偶然か、それによって彼女を縛っている縄が、ぶちっと音を立てて千切れてしまう。
「いぃっ!?」
驚愕し、サファはすぐさま私の後ろに隠れようとする。
ティレがそれに思いっきり飛び掛ろうとしたので、私はその体を抱き締めて捕まえた。そして右腕を巻き付けて首を圧迫し、気絶を促す。
「いぇーい! ざまぁー!」
飛び上がって喜ぶサファの首を、私は同じようにして左腕で締め上げた。
「お前もだ。少し反省しろ」
「きゅう」
変な声をあげ、サファは一瞬で意識を失った。二人の首を絞めつつ、私は天井を仰いでゆっくり溜め息を吐く。
――こうした平和な日々も、嫌いじゃない。
だから戦によって犠牲者を生まないよう、私が頑張らなければ。
ゲートキーパーに勝つのは当然として、その後の掃討戦でも最低限の働きをこなし、レイ族だろうとアケミ族だろうと敵以外の死者が出ないようにしなければ。
じゃなきゃ、その後に会う明美に対して胸を張れないだろう。
一通り話をしたら、アイツに私の娘たちを紹介しなくちゃいけないんだから。




