??歳・58
休憩や諸々の準備を終え、城の会議室にて話し合いが始まった。
場の上座に私は座り、その後ろにはオボロとエメが控えている。アマリリスはサイズ的に椅子に座れないので部屋の壁に寄りかかり、主にレメレニアが主導する形で会議は進んだ。
他国の盟主の自己紹介が終わったあとは、アケミ族を実質的に支配する『ステージセット』について詳しく聞いた。
ステージセットは世界創世以来存在する国――というより組織で、アケミ族の始祖アケミが残した超技術を豊富に所持している。
そして軍事力をアケミ族、レイ族問わずばら撒き、それらが互いに争い合うよう仕向けた。理由や目的は不明だが、アケミ族の国家が互いに争いを続けてきたのはそのためだ。
しかし両種族の根絶や大量殺戮は望まないらしく、戦況が大きく偏った場合は直に介入し、劣勢にある勢力を庇護してきたという。
つまり、ステージセットは生かさず殺さずという理念の元、この世界の人々に争いを強いてきたのである。
過去には、アケミ族の連合軍がステージセットに戦いを挑んだこともあったようだ。しかし、そうした試みはすべて失敗に終わった。というのも、屈強な巨人兵や無数の人形兵などの軍事力が凄まじいのはもちろん、ステージセットを統べるボスが異様な強さを持っているのだという。
『ゲートキーパー』と名乗るそいつは、伝説によると裏切った百人の巨人兵全員を一瞬でミンチにしたらしい。
身体能力がずば抜けているのか、魔術じみた能力を持つのかは不明だが、こいつの人知を越えた強さがあるがゆえに、アケミ族国家はステージセットへの抵抗を諦めたのだ。
「つまり、作戦の要諦は『ゲートキーパー』を打ち倒せるか否か――それにかかっております」
淀みない口調で現状を説明した後、レメレニアは身を乗り出して言った。
「そしてレイ様は、それができうる唯一の存在。だからこそ、わたくしたちはあなた様に希望を見出し、こうして集まったのです」
「なるほど、敵のボスに私が勝てればいいのか。話がシンプルで助かる」
聞けば、エメがレメレニアを訪問する前より、アケミ族国家らは私と組むことを協議していたらしい。
本当にレイ族の始祖なのか、アネモネを単独で打倒したのか、はっきりしなかったために及び腰な王もいたようだが、両方をはっきりと証言するエメの存在によって、議論が加速したとのこと。
ともあれ、状況は理解できた。
――私は塔に行くため、塔周辺を牛耳るアケミ国『ステージセット』が邪魔。
――アケミ族国家は、自分たちに戦争を強いる『ステージセット』を排除したい。
ステージセットをどうにかしたいという点において、両者の思惑は完全に合致している。そのため、私たちはこうして円滑に手を取り合えたのだ。
それにしても……変な名前の国だな。英語の意味どおりに考えるなら、ステージセットってのは――。
「一応言っておくが、レイ様でも勝てるという保障はないぞ」
アマリリスが低い声で言ってきたので、細かな思考を打ち切って耳を傾ける。
「ゲートキーパーは正真正銘の化け物だ。なにせ異様な強さを持ち、そのうえ千年も生きているのだからな。レイ様の強さには底が見えんが、やつはそれ以上であり、戦いの結果がどうなるのかはまったく予想がつかん」
「……千年生きてるってのは、本当なのか? 別人が名前と力を受け継いでるとかじゃなくて?」
「その可能性もなくはない。というのも、私はステージセットの領土で育ったが、ゲートキーパーと会った経験は皆無であり、その正体は一切不明だからだ。しかし、私たちを完全に掌握していることは確かだし、そうした支配体制には数百年変化がない。圧倒的な強さは健在とみて、間違いないと思う」
「外見とかもわからないのか?」
「残念ながら、そうだ。我らを遥かに越える巨人という伝承もあれば、無数の足を持つ蜘蛛の化け物という噂もある。一人ではなく、複数いる可能性すらあるだろう。ゆえに、底が知れないのだ」
……どうにもふわふわした相手だ。実体がまったく掴めない。
腕組みをして悩んでいると、再びレメレニアが言葉を発した。
「いかがでございましょう、レイ様。ゲートキーパーと戦う意思は、おありでしょうか? お聞きのとおり、『恐ろしく強い』という以外の情報はないに等しいですが」
「……そうだな。今の私は死ぬわけにはいかないから、敵の強さはもっと把握したいところだが……」
少々考え、そして私は結論を出した。
「ま、仕方ない。やるしかないなら、戦おう。ゲートキーパーを倒さない限り、色々な意味で前に進めないみたいだしな」
「ああ、なんて勇ましいお言葉! さすがですわ、レイ様!」
レメレニアは勢いよく立ち上がると、祈るように手を組み、全身で感動を表す。胡散臭さがそろそろカンストしそうだ。
一方で、アマリリスは申し訳なさそうな口調で言った。
「すまんな、レイ様。私らじゃ足手まといにしかならんから、あんた一人に任せるしかない。助言のひとつもできないのは、ゲートキーパーに近い者としては不甲斐ない限りだが……」
「気にするな。ぶっつけ本番は私の得意とするところだし、今回もどうにかなるだろ。たぶん」
今までは大陸中央の脅威度がいまいち計れなかったため、そちらへ赴くのに慎重だった。だがアケミ族でも詳細不明となると、これ以上は現地にいかなければ何もわからないままだろう。つまり、これ以上機を伺う必要はない。
ゲートキーパーとやらを倒さなきゃ明美に会えないのなら、無策だろうとなんだろうと、そいつをぶちのめす以外にないのだ。
「さて、肝心のレイ様がゲートキーパーと戦う方法ですが」
レメレニアは椅子に座り、さっきの高揚が嘘のように落ち着いた声で話を続ける。
「彼女は国の中央部に居座っていますので、有利な場所におびき寄せる――といった作戦は使えません。なので、レイ様ご本人に敵陣深くまで乗り込んでいただくことになります」
「となると、私が一人で適当にステージセットに攻め込めばいいのか?」
「それだとレイ様の負担が大きすぎるでしょう。あなた様の強さをゲートキーパーが恐れ、身を隠される可能性もあります。なので、こちらで策を用意いたしました。少々ご不快になられる方法でしょうが……」
言いにくそうに言葉を濁すが、顔には微笑が浮かんだままになっている。
やはりこいつ、明美に似た企み大好きタイプの人間だ。私は期待と呆れを同等くらいに含ませ、先を促した。
「言ってみろ」
「では、遠慮なく。――実は一年ほど前から、ゲートキーパーはわたくしたちにある指令を出していました。その内容は、『レイ族の始祖を捕らえ、私に献上せよ』というもの。大昔には大量のレイ族を食らったという伝承もありますし、おそらくは御身を食すつもりなのでしょう」
「……ってことは、ゲートキーパーは私が目覚めたことを知っていた?」
「はい、方法は存じませんが。ともあれ、つまりはわたくしたちがレイ様を捕らえたという体を取り、あなた様をゲートキーパーへ送るのです。さすれば、確実にやつの元へと辿り付けるかと」
「わざと捕まり、餌として運ばれろと。そういうことか」
「そういうことです。それでレイ様がゲートキーパーを打ち倒せれば万々歳、たとえ敗北して食われても、わたくしたちは高い評価を得られて失うものもなし。どう進もうとも得のある策であり、これを前提としていたがゆえに、五カ国はあっさりと団結を果たしたのでございます」
得意気に話すレメレニアだったが、他国の主の中には顔を青くしている者が少なくない。
……なるほど。レメレニアとアマリリス以外のやつがほとんど話しかけてこない理由がわかった。
おそらく、連中は私がそこそこの確率で死ぬと踏んでいるのだ。だから親睦を深める気がないし、下手に顔を覚えられたくもないのだろう。
まあ、別に構わない。そういう相手には、結果を突きつけるだけだ。
「わかった、その策でいこう。いつ始める?」
「ステージセットには大量の兵がいます。ゲートキーパーを倒せばそれらが動かなくなるとは限りませんし、レイ様一人にすべてをお任せするわけにはいきません。なので、わたくしも兵を出します。そうした進軍準備に時間がかかりますので、それまで少々お待ちください。用意が整い次第、あなた様をゲートキーパーに献上する手はずを進めますので」
「……私は構わんが、お前はいいのか? 兵を準備したら、さすがに謀反を疑われるだろう」
「構いませんわ。他の盟主と違い、わたくしはレイ様が勝つと信じておりますもの。ゆえに疑われることを恐れず、大胆に動けるのです」
「嘘だな」
虚飾の気配を感じ取り、私はすかさず断言した。
常に演技がかっていたレメレニアの表情が、わずかに固くなる。
「レメレニア。おそらくだが、お前は私にもレイ族の軍隊を派遣させる気なんじゃないか? で、私が負けた場合は、すかさず自国の兵で私の兵を叩く。そうすれば、ステージセットに牙をむいた失態を帳消しにできなくもない」
「その通りですっ! ごめんなさい、わたくし嘘をつきましたわっ!」
いきなり大声で叫ぶと、レメレニアは机の上に飛び乗って土下座をしてきた。
逆に呆気に取られた私に、彼女は媚びるような声で続ける。
「しかし、さすがはレイ様。こちらの欺瞞を看破し、策も見抜くとは。正直、頭にも筋肉が詰まってる脳筋と思っておりましたけども、とんだ勘違いでしたわね。このとおり、全面的に敗北を認めるので、とうか許してくださいまし」
そうしてレメレニアは、土下座の姿勢のままぐりぐりと額を机に押し付ける。
……なんだこいつ。
私は半ばカマをかけただったのに、自白するみたいに突然……。
いや、そうか。ダメージを最小限にするためにあえて失態を認め、奇行を取ることで劣勢の空気を強引に変えたのか。
弱みを見せるのを嫌う明美は決してしなかった行為であり、レメレニアはヤツに似ていると思っていたからこそ、虚を突かれてしまった。
「……まあ、私としてもお前をどうこうしようと思ったわけじゃない。派兵についてはお互い考えるとして、話を続けよう」
そのあたりを引っ張っても、無駄に話が停滞するだけだろう。なので、とりあえずは彼女の土下座ともども流すしかない。
レメレニアは頭を上げ、にこりと笑った。
「なんて広いお心なのかしら。その寛大さに、最大限の感謝と敬意を捧げますわ。というわけで、ご要望どおり説明を再開いたします。ステージセットの軍と戦いになるとして、まず連中の勢力圏は――」
そうしてレメレニアは机の上に正座したまま、流れるように説明を続ける。まるで自分の失態など、なかったかのように。
……長い目でみたら、こいつはゲートキーパーとやら以上に厄介な相手かもしれない。




