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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
143/174

??歳・57

 干草にすっ飛ばしてもらったので、朝方には大紅蓮空橋に辿り着いた。

 そのまま橋へと入り、森を避けて対岸へと向かう。



 橋の終わり際――あちら側の大陸に辿り付く寸前の場所には、十数人のアケミ族が馬に乗って待ち構えていた。全員が見覚えのある鎧を着ているので、かつてここで戦った連中と同じ所属なのは間違いないだろう。


 そいつらの目の前に来たところでを馬を止め、私は堂々と言葉を発した。


「出迎えご苦労。私がレイ族の始祖、レイだ」


 アケミ族たちは明らかに緊張しており、そのこわばりが一層強くなる。

 彼女らはこちらを凝視しているが、私はいつもの仮面を装着済みだ。食欲に思考を支配されているわけではないだろう。ちなみに、オボロには巫女の仮面を装着させているため、こちらもそこまで食欲を促さないはず。


 私とオボロを交互に凝視した後、あちらの一番前にいたアケミ族が低い声で言った。


「……連れがいるとは聞いてないが」


「だからなんだ」


 強い口調で返すと、相手は明らかに怯んだ。私は続ける。


「お前たちがどういう立場なのかは知らん。ただ、力関係でこちらの上にあると思っているなら、大間違いだ。たとえ、そちらの全員がアネモネと同等の強さでも、私は余裕で皆殺しにできるのだから」


 誇張表現ではない。以前ここで戦ったときより、私は格段に強くなっている。

 身体能力はさらに引き出せるようになったし、技も磨いた。アネモネでさえも瞬殺できる実力を、今の私は持っているのだ。


 威嚇はなかなか効いたらしく、アケミ族たちは恐れと驚愕の表情をそろって浮かべている。


「さあ、わかったら会談場所に連れて行ってくれ。無論、道案内以外、指示は一切受け付けないが」


「…………承知した。では、ついてこい」


 その場のボスっぽいやつは震えを抑えてそう言うと、馬首を巡らせる。兵士たちに取り囲まれつつ、私は干草を歩かせた。

 いよいよ、アケミ族の国へと足を踏み入れたのである。



 完全な荒野となっている低地を通り、山の向こうに抜ける。

 すると、その先にはレイ族の土地と同じような山地が広がっていた。起伏が大きく、緑に溢れ、当然空も青い。


 空橋から山をひとつ挟んだ谷には、工場のような建造物群があった。前にエメに教えてもらったが、あれが人形兵を生み出す施設らしい。

 工場は遠くから見る限り人はおらず、稼動している様子もない。

 人形兵を操る装置がレイ族に奪われたから、人形兵の製造をやめたのだろうか? 装置は他にも存在するとのことだし、戦い以外にも利用法はあると思うのだが……。


 工場をスルーし、私はアケミ族の先導の元、山道を進む。

 何度か人里を通ったが、やはりレイ族よりも少しだけ文明レベルが高い。あちらが江戸時代なら、こちらは明治から大正時代といったところか。


 最初に見たような工場は、以後は見られなかった。エメが言っていたが、そうした飛び抜けた技術は大陸中央を根城とする国が独占しているとかで、他の国は基本的にはレイ族と大差ないらしい。

 中央の国はそうした超技術を部分的に提供することで、他国に対し圧倒的な優位性を保っている。その底力は計り知れず、ゆえに私も攻めるのをためらっていた。


 ――が、今このときに至って、そうした国家間力学はこちらに有利に働いたらしい。

 その結果が、エメから届いた手紙だったのである。



 五、六時間ほど馬で歩いて辿り着いたのは、西洋の城を思わせるような建造物だった。

 石造りで、天に向かって聳える尖塔がいくつもあり、しかしよくよく見ると和風建築の枠からは外れていない。尖塔と尖塔の間には天守閣があって、屋根は瓦だし、細かな彫刻や装飾も見慣れたものとなっている。


 大府の皇城に似て、この城は和洋折衷の様相を呈している。いや、確か皇城はアケミ族の建造物を参考にしたらしいから、こちらが本家本元か。

 どうやらアケミ族は大正ロマンじみた文化を持っていて、長らくそれを維持してきたようだ。


 全体の構造や美麗さからして、この城は戦を前提に造られたものではないと思う。実用性よりも優美さを重視し、ゆえに城壁らしい城壁もなく、城の前には凝った庭園が見せ付けるように広がっていた。

 こちらも和洋折衷であり、庭の中央には大きな噴水が鎮座する池があって、その周囲には盆栽やら石塔やらがバランスよく配置されている。


 だが、庭の全体にはさほど目を向けなかった。池の前には、巨人を含む七名のアケミ族が私を待ち構えるように立っていたからだ。

 そして私の乗る干草が門を抜けると同時に、そのうちの一人がこちらに駆け寄ってくる。

 顔の入れ墨を確認するまでもなく、それが誰だかわかった。エメである。


「レイ様ぁーっ!」


 干草を降りた私の胸に、彼女は勢いよく飛び込んできた。


「ご苦労だったな、エメ。手紙を読んで驚いたぞ」


「いやぁ、ほんっとに大変でしたよぉ。でも……また会えてよかった」


 安心したのか、エメは涙声となっている。この半年間、本当に色々あったらしい。

 たっぷり十秒ほど抱きついたあと、彼女は体を離して目の周りを手で拭った。そして干草の頭を慣れた手つきで撫でる。


「干草ぁ~。お前がいない間、ずっと不安だったよぉ」


「ずいぶん助けられたようだな」


「助けられたってもんじゃないです。十回くらい死にそうになりましたけど、全部この子のおかげで命拾いしましたから。マジで、誇張なしに波乱万丈の旅で――」


 ようやく、エメは干草の上に乗っている人物に意識が向いたらしい。


「あれ? なんでルミレイが来てんの? なかなかの危険地帯だと思うけど、ここ」


「……ルミレイじゃないよ。オボロだよ」


 馬上のオボロは巫女の仮面をずらして、入れ墨をエメへと見せた。私も横から口を挟む。


「お前を守るための人員として連れてきたんだ。私がずっとそばにいられるとは限らないからな」


「そうなんですか。干草がいれば十分だと思うけど……いや、レイ様が乗って私と別れるケースもあるか。ともかく、しばらくよろしく、オボロ」


 こくこくと頷き、オボロは返事をする。噴水の方から別の明美の声が飛んできたのは、そんなときだった。


「エメちゃん。再会を喜ぶのはいいけれど、そろそろわたくしたちをレイ様に紹介してくれないかしら」


 視線を向けると、西洋風のドレスに身を包んだ華美なアケミ族がそばに立っていた。

 髪はドリル状にセットされており、いかにも女王とかお姫様といった感じの風貌をしている。


 エメはこほんと咳払いを挟むと、気取った仕草でドレス女を手で指した。


「レイ様、こちらはレイイート王国の王、レメレニア様です」


「お初にお目にかかります、レイ様。わたくしがこの集まりを主宰させていただいた、レメレニアでございます。以後、お見知りおきを」


 女王レメレニアは膨らんだスカートの端を摘み、ちょんと腰を落とした。


 レイイート王国……酷い名前だが、確かミドリ国の西にある国だったはず。エメを特使として派遣したアケミ族国家であり、つまり彼女が会いにいったのがレメレニアだ。手紙には同じ名前の署名があったし、この状況を作った張本人というのは本当らしい。


「なら、あっちにいるのは他のアケミ族の国の長か」


 私が訪ねると、レメレニアは優雅な所作で頷いた。


「そのとおり。アケミ族には六つの国がございますが、この場にはそのうちの五つの国の盟主がそろっております。皆がひとつの共通した目的を持ち、あなた様をお待ちしておりました」


「ということは、お前たちは手紙に書いてあったとおり……」


「左様でございます」


 レメレニアはにやりと笑みを作る。……明美っぽい笑い方だ。


「これより我ら五カ国は、レイ様に従属いたします。永遠の忠誠を誓い、全面的に支配下に入ることをお約束しましょう。――すべてはステージセットを打ち滅ぼし、千年ぶりの平和を得るために」


 ステージセットとは、大陸中央にあるアケミ族の国の名前である。


『アケミ族の五カ国ははるか昔より、ステージセットによって戦を強いられてきた。圧倒的な力の差によって抗うことはできなかったが、レイ族の始祖であるレイ様ならば、どうにかできるかもしれない。ゆえに我らはあなたに恭順の意を示す』


 ――というのが、干草経由で私に届いた手紙の要約だ。


 つまり、中央の国をどうにかしたいのは、彼女らも同じだったらしい。

 そうした意見を集約し、話し合うために、エメはアケミ族の各国を連れまわされるハメになったのだ。


 とはいえ、罠の可能性もなくはない。

 慇懃な礼をしてきたレメレニアに対し、私は低い声で言った。


「まず、詳しい話を聞かせてもらおう」


「もちろんです。では、城の中へ――」


「待て」


 野太い明美の声が響き、話を遮った。三メートル以上の長身を誇る巨人が、こちらへと歩み寄ってくる。


「言ったはずだぞ、レメレニア。話をする前に、始祖レイの力を確かめると」


 そいつはアメモネより背が高く、細い体をしている。頬には彼女と同じ花を模した入れ墨があり、同じ出自の人間なのは明白だった。


「お前は中央の……ステージセットとやらの人間じゃないのか?」


 私がそう尋ねると、巨人は目を細めてこちらを見下ろしてくる。


「そうだ。ステージセット所属の兵だ。しかし私とて、ステージセットにいいように使われる道具に過ぎん。太古より我らは戦のための奴隷であり、ゆえに主に叛旗を翻すことを決意したのだ。……とはいえ」


 背中に手を伸ばすと、そいつは背負っていた巨大な剣を構えた。その刀身は巨人の身長ほどもあり、迫力が凄まじい。


「我らの作戦の可否は、お前の強さにかかっている。アネモネを倒した実力があれば望みはあるが……この目で確かめなければ納得はできん。ゆえに、今ここで私と戦ってもらう」


 その傍らで、レメレニアはあからさまな溜め息を吐いた。


「はぁ……アマリリスさんったら。せめてお茶をしてからでもよろしいでしょうに。いかがいたしましょう? レイ様」


「まったくもって構わない。むしろ、望むところだ」


 エメを干草に乗せ、オボロと一緒に後ろに下がらせる。

 レメレニアは「では、遊んであげてくださいまし」と言って、同じように庭の端へと退避した。


 私は両手を腰に当て、真正面からアマリリスなる巨人と向き合う。


「さて、お前に余裕で勝てたら合格ってことでいいのか?」


「ああ、文句はない。しかし、私は本気で……殺す気でやらせてもらうぞ。でなければテストにならんからな」


「オーケー。かかってこい」


 私は左手を突き出し、指をくいくいっと曲げてみせる。


 その挑発に合わせ、アマリリスは即座に攻撃を繰り出してきた。大剣を両手で握り、大上段からの一撃を私の頭めがけて振り下ろしてくる。


 私はその場から動かず、左手一本でその斬撃を受け止めた。

 衝撃が体を伝わり、足元の石畳にどかんと亀裂が入る。


 剣の刃は鋭利で、おそらく普通の人体なら豆腐のごとく真っ二つになっていただろう。

 だが、私の肌には傷ひとつついていない。それどころか、凄まじい握力によって指が刀身に埋まり、剣の表面に小さなひびが生じていた。


 驚愕の表情を浮かべる巨人に、私は感心して言った。


「意外に優しいやつだな、お前。今の一撃、だいぶ手加減してただろ。体重が乗ってる感じがしなかった」


「お、お前……」


「けど、わかっただろ? 加減はいらない。本当に殺す気できても、一切問題ない。さあ、お前の実力を見せてくれ」


 そう言うと、アマリリスはにやりと笑った。


「面白い。ならば……いくぞっ!」


 彼女は剣に力を込め、全力で真上へと振り上げた。その勢いで、剣を掴んでいた私は上空へと放り投げられる。


 優に十メートル以上飛び上がり、今度はそのまま真下へと自由落下する私。

 地上ではアマリリスが再び剣を構えている。私が落ちてくるのに合わせて、全力の攻撃を繰り出すつもりだろう。

 踏ん張る足場がない以上、空中では受け止めたり避けたりすることはできない。彼女の攻撃を、こちらは不利な状態で受けなければならないのだ。


 地面に激突する寸前の私に、ジャストのタイミングで斜めからの斬撃が迫る。

 その攻撃へ、私は全力のパンチを合わせた。踏んばれないので腕力と腰の捻りだけのものであり、通常時に比べると大分へなちょこな威力だ。


 さすがに押し切れず、私の体は吹っ飛ばされた。

 地面とほぼ水平に飛び、何度も地面に激突して転がる。だが即座に体勢を立て直してブレーキをかけ、すぐさま駆け出す。


 アマリリスは腰を瞬時に低くし、剣を腰溜めに構えた。そして向かってくる私に対し、刺突攻撃を仕掛けてくる。

 またしても、私はそれに拳を合わせた。渾身の突きによって迫る剣の切っ先に、全力のパンチをお見舞いしたのである。


 両者は激しくぶつかり――そして、とうとうアマリリスの剣が砕けた。

 剣は無数の金属片となり、地面へと音を立てて崩れ落ちる。ほぼ柄だけになった剣を握ったまま、巨人は目を点にした。


「ばっ……ばかな。どれだけ硬いんだ、お前の拳は……」


 アマリリスが驚いたのも無理はない。刃物を素手で何度も殴ったにも関わらず、私の手には傷ひとつついていなかったのである。


 原理はわからんが、今の私の体は気合を入れると硬くなる。丈夫になると言ったほうがいいか。

 アネモネ戦では最後に軽い傷を負ったが、あのときにこれをマスターしていれば無傷で済んだだろう。


「――さて、まだやるか? 全力を出し切れていないのなら、付き合うが」


「…………いいや、十分だ。どう足掻いたところで、もはやお前には勝てない。その恐ろしいほどの強さを、素直に称えるとしよう」


 巨人は膝をつき、私に向かって頭を垂れた。この場にいるアケミ族の長同様、こちらに従う意思があるらしい。


 すると、横からパチパチと拍手の音が聞こえてくる。

 優雅な足取りで近づいてくるのは、やはりレメレニアだった。


「素晴らしい強さでしたわ、レイ様。あなた様はまさに、わたくしたちが希望を託すのにふさわしいお方。一族そろっての従属を選んだわたくしの英断は、実に正しかった」


 ……別に嘘をついている気配はないが、正直、かなり胡散臭いやつだ。顔は当然だが、どうにもこいつは明美によく似ている。

 やや複雑な気分になりつつ、私はレメレニアに向けて言った。


「じゃあ、話とやらを聞かせてもらおうか。その前に、馬を置く厩舎と休む部屋のひとつは用意してほしいものだが」


「ああ、配慮が足りなくて申し訳ありません。長旅を経てここにいらしたのですものね。では、休憩を挟んだ後に話を進めることにいたしましょう」


 そうして場は一旦お開きとなり、私はエメの案内の元、城の厩舎へと向かった。

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