??歳・56
深夜の時分、私はいつのものように自らの像の天辺に居座っていた。
今日もいい天気で、明美がいる塔がよく見える。
……そういえば、この世界で目覚めてからそろそろ一年か。
思いっきり放置してる形だから、今頃アイツは待ちくたびれているかもしれない。
いい加減、あの塔に向かいたいところだが、残念ながらそれはできない。アケミ族との関係には良くも悪くも進展がなく、塔周辺を牛耳るアケミ族の情報も入ってきていないからだ。
送り出して半年以上がたつにも関わらず、エメはまだ帰還していなかった。
干草と一緒だから、最悪の事態には陥っていないはずだが……さすがに心配だ。本来なら夏中に六陸アケミ族の王に接触して戻ってくる予定だったのに、すでに秋をまわって冬も半ばを過ぎている。予定外のことがエメに起きているのは明白だろう。
国内統治はまあまあ軌道に乗った。一ヶ月程度なら留守にできるので、私が探しに行けなくもない。
が、それが正解なのかどうか……かなり迷っている。
なんといっても、私以上に神がかった力を持つ干草がエメにはついているのだ。それでどうにもならない状況なら、私が駆けつけたところで意味はないんじゃなかろうか。
――と、そのようにしてエメのことを考えていた最中だった。
唐突に下のほうから、「始祖様ーっ! 始祖様ーっ!」と叫び声が聞こえてくる。この真夜中に私を大声で呼ぶなど、尋常ではない。どう考えても緊急事態だ。
私はすぐさま立ち上がり、ピョンピョンと像の肩や手首、太ももの上を飛び跳ね、地面へと向かった。最後に一気に十メートルほどを飛び降り、ずがんと轟音をたてて石畳に着地する。
急いで近寄ってきた忍は、すぐさま私へと言い放った。
「始祖様、干草が大府へ戻ってきました!」
「干草が? エメはどうした」
「いません。干草だけが、役人街の厩舎に……」
一瞬、言葉を失った。それはつまり、エメの身になにかが――。
しかし、続く忍の報告によって私の意識は別の方向へ向く。
「ただ、干草は手紙を所持していました。これです」
忍が、手に持っていた封筒を差し出してきた。私はそれを受け取り、急いで中身をあらためる。
…………これは……まさか……。
読み終わり、すぐさま忍に指示を飛ばした。
「私はこれから、大紅蓮空橋に向かう。供はオボロだけでいい。遅くても三十分後には出立するから、レイランを叩き起こして干草のところまでつれてきてくれ」
「はっ!」
短く返事し、忍は走り去る。
――エメのやつ、やってくれた。
どうやら、事態は私の知らないところで加速的に動いていたらしい。で、ようやく私の出番が回ってきたというわけだ。
オボロを連れて役人街の厩舎に行くと、すでにそこにはレイランとティレ、忍たちが到着していた。
「始祖様! いったいなにがあったのですか!?」
駆け寄ってきたレイランに、私は干草が持ち帰った手紙を渡す。
それにざっと目を通し、レイランは唖然とした。
「ま、まさか、そんなことが……」
「ともかく、呼ばれてるからには行かなきゃならん。留守を頼んだぞ」
「し、承知しました。どうか、始祖様もご無事で……!」
厩舎の前には、すでに干草がいた。半年前に別れたときとまったく変わらず、枯れた草のような毛色もそのままだった。
近づいてきた私に、干草は頭を向けてブルルと鼻を鳴らす。そばに立ち、私はその体をポンと叩いた。
「ご苦労だった。半年間、よくエメを守ってくれたな。さすが私の愛馬だ」
尻尾をぶるんぶるん横に振ってるから、どうやら褒められて喜んでいるらしい。
そんな干草に、私は思い切って飛び乗る。そして馬上に引き上げるべく、下にいるオボロへと手を伸ばした。
が、オボロはその手を取ろうとしつつも、眠そうな目で問いかけてくる。
「……あの、始祖様。やばい事態みたいですけど、自分でいいんでしょうか? 頭領のほうがいいんじゃ?」
「いや、他の人間じゃダメだ。なんたって、アケミ族がうじゃうじゃいる場所に行くんだからな。殺意を持たないお前しか、連れて行けない」
「マジですか……」
愚痴りつつも、オボロは私に引っ張られて干草の上へと乗る。そして私は手綱を握り、レイランに言った。
「では、行ってくる。ルミレイとメノウによろしく言っておいてくれ」
「わかりました。留守は我らに任せ、存分に暴れてきてくださいませ」
「ふふ。暴れてどうにかなりゃあ、いいんだがな」
激励に笑って返し、私はかかとで馬の腹を叩く。
すぐさま干草は走り出し、私たちは空橋へと向かった。




