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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
140/174

??歳・54

 ――なんで、こんなことになったのか。


 私は藁束にどっかり座り込み、どでかい溜め息を吐いた。

 周囲には百人近いヤクザどもが地面に倒れており、両足の骨をぶち折られた痛みに喘いでいる。


 場所は、崖に囲まれた谷底。

 ヤクザではない住民が遠巻きに見ているが、恐れて近づいてはこない。ヤクザの半分が気絶し、半分が激痛にわめいているのだから、当然と言えば当然ではあるが。


「始祖様、連れてきました」


 顔を上げると、ティレが縄で縛られた初老のレイ族を引っ張ってきていた。この谷底のスラム街――氷龍爪を仕切るヤクザの親分である。

 顔にはでかい傷の跡があって強者の風格があるが、私の軽いパンチ一発で気絶したし、強いかどうかはわからない。


「……やってくれたじゃねぇか、始祖様よぉ。私の舎弟を皆殺しにするたぁ」


「一人も殺してないし、仕掛けてきたのはそっちだろ」



 私は大府の治安を改善するべく、氷龍爪のヤクザにはここを去ってもらうべきだと考えていた。

 とはいえ力ずくで排除なんてしたくないし、できれば話し合いでどうにかしたい。そうした交渉をするために、ティレに骨を折ってヤクザの親分に話を通してもらったのである。



 ――低地の開拓。それが、ヤクザに新たに任せたい仕事だった。

 地下に住居を築けば夜間の極寒を凌げるし、決して不可能なことではない。なにより、調べたら例の上下水道設備と繋がっている低地はけっこうあった。

 ゆえに多くの人員と予算、そして覚悟があれば、大勢が住めるほどの地下都市を築けるはずなのだ。


 また、つい先日には面積の大きなガラス製造に成功しており、これもヤクザとの交渉に利用するつもりだった。

 ガラスの原材料となる珪砂は低地にある谷から採掘され、その近くにちょうど水道が通っている地域がある。私はそうした場所の開拓を、ヤクザに任せたかったのだ。

 大型ガラスの生産や開発が軌道に乗れば、珪砂の需要は爆発的に高まる。ヤクザにはそれを普通に商材として扱うことも許すつもりだし、そうすればいずれは多大な利益を得られるだろう。


 開拓した土地の行政権と、珪砂取引による利益。それが、私があちらに用意した権益だ。

 前者は開発が進むまでなんの旨みもないが、将来的には地方領主をやや上回る権力を得られる。後者は場合によってはこちらで少々制限させてもらうが、それでも莫大な収入が入ってくるはず。


 ガラスは今でも、食器や鏡、メガネなどで使われている。が、これまでは一度に作れるサイズが小さかったために、あまり家の窓には使われてこなかった。あっても細かい木枠の中にちまちま収められる、という形であり、採光性が高いとは言えないのが現実だ。

 大きなガラスの製造方法が確立できた今では、万象院ではすでに多くの部屋に一枚ガラスの窓を実装している。そろそろこの技術を世間にも広めるつもりなので、いずれは建設業界で引っ張りダコとなるだろう。

 ……奴隷たちとヤクザの相性は悪いので、有為縫い衆との繋がりは持たせないつもりだが。



 とまあ、それなりに深く計画を立て、美味そうな餌を用意したうえで、私は交渉に挑んだ。

 ――氷龍爪は狭苦しく、夜間の冷え込みが厳しいため、そこに住む人間はこぞって新天地を望んでいる。

 そんな事前情報を得たことも、低地開拓の仕事を持ちかけたきっかけのひとつだった。

 開拓地の支配権と珪砂取引の権益を提示すれば、私の威光が通じなくても落とせる! と、確信していたのである。


 が……結果はこの有り様だ。


 交渉途中で親分が激昂し、子分を私にけしかけてきた。で、私は連れのティレを守ることを最優先しつつ、そいつらを撃退した。

 傷つけたくはなかったが……仕方がない。交渉が失敗に終わった以上、力づくで屈服させるほかにヤクザたちを制する方法はないからだ。


 そうして、この惨状ができあがってしまったのである。



 縛られたまま地面にどさりと座り込み、親分は私を見上げた。


「まあ、たいした強さだったぜ、あんた。大寒湖の化け魚を仕留めたって噂は、どうやらマジらしい。そして……こうなった以上、始祖様に刃向かおうってバカはいなくなるだろう。無駄な流血は避けられるってわけだ」


 私は少し驚いた。ということは、こいつ……。


「……お前、私を襲わせたのはそういうわけか。子分たちに、私に反抗することの無駄を悟らせるために、あえて戦いを挑ませたのか」


「さあ……どうだかな。調子こいているあんたに普通にむかついたってのは、事実だが」


「そんなに気に食わなかったか。私の提案は」


「当然だ。確かに私らはここが嫌いだが、だからって低地とかいうもっと最悪な場所に行けって言われて、受け入れられるわけねぇだろ。たとえ、後々楽になるとしてもだ」


「将来性は認めていると? ……正直わからん。なら、なんでそこまで否定的になる? 今我慢すれば、後でめちゃくちゃ楽になるってわかってて、どうしてそこまで移住を拒むんだ?」


 本当にわからなかったので、私は真剣に尋ねた。親分は皮肉めいた苦笑を浮かべ、その問いに答える。


「バカだからさ」


「……バカ?」


「そう、ここにいる連中はみんな、簡単な計算もできず、目の前しか見れない大馬鹿なんだよ。投資ってもんが理解できねぇ。例えば、一度に十銭もらえるのと、毎日一銭を二十日間もらえる、っていう選択肢があったら、普通は後者を選ぶだろ? でも、バカは違う。迷わず前者を取るんだよ。目先のことしか考えられねぇんだ」


「お前は違うようだが……」


「そうだな。地頭のいいやつも、いるにはいる。だがごく一部だ。ほとんどは、良くも悪くもその日の暮らししか頭にねぇ。でもって、そういう連中にあんたの開拓の話はちっとも魅力的に思えんだろう。私が問答無用で話を蹴ったのは、そういうわけだ」


「……そうだったのか」


 ほとんどの人間がこちらの提案に利を感じないのなら、それを拒否するのは当たり前のことだ。貧民街に住む人間の思考というものを、まるで理解していなかった私の落ち度とも言える。


 だが……私はまだ諦められなかった。


「お前なら、氷龍爪の人間を説得できるんじゃないか? 子分どもは、圧倒的な強さの私に臆せず、お前の命令に従って次々立ち向かってきた。その忠誠心があるなら、低地開拓の話だって――」


「そいつは私を買いかぶりすぎだ。まあ、命じればついてくる人間はいるだろうが……おそらく、その半分は目的地に着く前に消える。いざ低地の開拓とやらを始めたら、きっと数人程度しか残らん。言っただろう? バカばかりだと。その場限りの指示ならともかく、長期間に渡る命令なんて聞けねぇのさ。目先が辛いことばかりじゃ、なおさらだ」


「……そうか」


 いよいよダメらしい。もう低地開拓をヤクザたちに任せるという案は、捨てるしかないだろう。

 ……とはいえ、治安改善のためにヤクザをここから追い出す目的だけは、果たす必要がある。仕方ないので、私は万が一のために用意していた代案を使うことにした。


「……なら、渦山脈への入植はどうだ? 目先で考えれば、低地開拓よりはずっと楽だと思うが」


「アケミ族に占領された土地じゃねぇか。お前、私らにやつらと戦えと?」


 ――三ヶ月前に、エメをアケミ族国家へと送り出した土地。あのあたりが渦山脈だ。

 つまり領土境界線が曖昧な場所であり、現在のレイ族にとってはアケミ族を恐れて近づけない領域となっている。

 ゆえに親分の懸念はもっともなのだが、しかし事実ではなかった。


「いや、実はあのあたり、思っているほどにアケミ族は住んでないんだ。先代の帝のとき、こちらの国内情勢の荒れた隙に土地を奪われたって話だが、かつての村を確認したら無人のままだった。あちらの意図は不明だが、一時的に侵入してきただけで定住はしてないんだよ」


「……だから問題なく移住ができると?」


「私の手の者を数人、数ヶ月間住まわせたが、アケミ族は一切現れなかったらしい。問題や危険は皆無――とはもちろん言い切れないが、その可能性は限りなく小さいってことだ。そんなわけで、度胸が自慢の連中に入植を任せてみたいんだが……どうだろう」


 親分は俯き、考える仕草をしている。なら、もう少し押せばいけるかもしれない。


「一応言っておくが、場所を変える以上、珪砂取引で優遇するという権益はもう与えられない。ただ、代わりにまとまった一時金をやる。お前の話を聞く限り、そのほうがそちらの人間を動かしやすいだろうし」


「…………わかった、それで手を打つ。私は手下を引き連れて、渦山脈に住処を移すとしよう」


 あっさり了承の返事を引き出せて、逆に私は困惑した。


「……ずいぶん即決じゃないか。いいのか? もっと色々……安全とか、支度金の額とかを確認しなくとも」


「低地開拓ってのは、正直死刑宣告に等しいように思えた。しかしアケミ族の近くへの入植なら、まあ、ぎりぎりアリだ。どかんと金がもらえるなら、おつむの足りないやつを説得するのも簡単だろう」


 親分は背中をピンと伸ばし、眉根を寄せている。苦渋の決断を下した――といった感じの様相だ。


「……それに、あんたは本気で私らをここから排除しようとしている。抗えないのは証明済みだし、だったらもう、新天地に移らなきゃいけないのは決定事項だ。でなきゃ、死刑か一生牢屋かっていう道しか残ってねぇ。ならもう妥協して、あんたの案に乗るしかないだろうよ」


「……そうか」


 確かに、私のほうもこれ以上は妥協できない。渦山脈入植さえも拒否するなら、ヤクザたちを犯罪者として捕らえるほか選択肢はなかった。

 最悪な事態を回避できたのは喜ばしい限りであり、そこは親分に感謝すべきかもしれない。


「ただ、ひとつ聞きてぇんだが……私らがいなくなった後、この場所をどうするつもりだ? まさか、貧民街をそのままにはしないだろ」


 特に隠す理由もないので、私は正直に答えた。


「そうだな。新七つ壁にでかい集合住宅を作ってるんで、ヤクザ以外の人間はそちらに一旦移ってもらう。河川工事を近々行う予定だから働き口はあるし、彼女らの生活は今よりも安定するはずだ。そして住民を他所に移したあと、氷龍爪は刑務所にする。法律を大々的に制定しなおした結果、各地で罪人が溢れて、収容する場所にも困っている有り様なんでな」


「……なるほど、刑務所か。いいんじゃねぇか? この場所にはぴったりの施設だ。投獄されたやつは骨まで凍りついて、さぞかし罪を悔いるだろう」


 親分は周囲の崖をゆっくり見回した。すでにもう、懐かしがっているような目をしている。


 私も空を仰ぎ、一息つく。

 ベストとはかけ離れた結果だが、一応は穏当な形で決着がついた。互いに相当妥協してしまったものの、なにもかもが理想どおりに進まないのは、いつものこと。

 現地民への圧倒的リサーチ不足、というでかい失敗はあったものの、結果には概ね満足すべきだろう。


 ただ、渦山脈にヤクザたちを入植させることは、少々のリスクがある。

 今はエメを通して、渦山脈の向こうのアケミ族と友好を結ぼうとしているのだ。なので下手すると、ヤクザたちが現地のアケミ族と諍いを起こし、和平関係の構築に支障をきたすかもしれない。

 他に移住させられるような土地がなかったから、これも仕方ないが……。



 統治の経験を積めば積むほど、「すべての人間を幸せにはできない」というレイカンの言葉が、重く響いてくる。


 ……そりゃ、私だってわかってるさ。

 世の中には犯罪を犯したり、社会に悪影響を与える人間が少なくない。そいつらは冷遇する必要があり、更正しない限りは幸せになってもらっちゃ困る。

 その時点でもう、レイ族全員を幸福にするのは無理だ。どうやってもクズな性格を直せない哀れな人間は、それなりに存在するのだから。


 でも、どんなにクズであろうとも、私の娘である事実は変わらない。

 だから刑務所という施設の運営にも、私は力を入れるつもりだ。犯罪者を更正させ、社会に問題なく溶け込めるよう促さなければ、彼女たちを真っ当な形で幸せにすることはできない。

 社会を豊かにするのと同じくらいに、犯罪者の更正は私にとって重要なのである。


 氷龍爪は、その橋頭堡となる場所だ。

 親分は厳しい環境に辛辣な評価を下していたが、私の目的は社会不適合者に罰を与えることではなく、更正を促すこと。この土地を選んだのは囚人管理のしやすさを考慮したためであり、決して過ごしにくい場所にはしない。

 寒さを低減できる装置やら設備を構築し、「入って良かった」と思えるほどの刑務所にする必要があるのだ。

 ――もちろん、私が十一年間服役したような、自由すぎる刑務所にするつもりはないが。


 刑務所運営についても、統治マニュアルは素晴らしい解説をしてくれている。それを参考にすれば、きっと多くの犯罪者を更正させられる、本当の意味でのいい刑務所を作れるだろう。



 課題は無数にあるが、それを解決していく過程は存外に面白く、やりがいがある。

 統治者という職業に適応できたらしく、もはや私は、そうした業務がまったくもって苦ではなかった。

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