??歳・51
「なあ、獅子凍方面の納税帳をどこにやったか知らないか?」
部屋に入ってきたルミレイに、私は開口一番に聞いた。
「いいえ、存じませぬ。そも、我は納税帳の類いにはほとんど触れませぬゆえ」
「そうか……困ったな。探しても見つからないんだ」
場所は、万象院本殿一階にある私の仕事部屋である。
壁際は本棚で埋めつくされ、上質なデスクがどんと置かれており、ルミレイなどの側近が並んで作業できるよう小さな机も併設されていた。
「むむむ。確かに問題ですな。この警備の厳重な場所に、まさか盗っ人が入るはずはありませぬが……」
十五分ほど探したが、目当てのものはどこにもない。
棚に置いた記憶はあるので、誰かが持っていったと考えるのが妥当だが、この部屋に入れるのは私と私の側仕えのみ。ルミレイが言ったとおり、誰かが無断で拝借していったとは考えにくいだろう。
そして側仕えとは、ルミレイと御つき忍者のオボロのみを指す。
オボロはティレが推薦した忍で、いつも猫背で眠そうな目をしている女だ。狼に育てられたとかいう、よくわからん経歴を持ち、そのおかげか危険察知の感覚が鋭い。
これまで忍たちとは何度も仕事をし、危険な目にも会ってきたが、私と同レベルの敏感さを持つのはオボロだけだった。
そのうえ彼女には、アケミ族に対してほとんど殺意を抱かないという特徴がある。サファによる天然煽りを受けても、「なんとも思わない」とまったく動じず、ゆえに私周りの仕事を色々と任せられるのだ。
こうしたことから、オボロは毎日数時間は接する仕事仲間となっていた。
基本はルミレイの護衛を務めているが、彼女が私といるときは周囲の雑務も請け負ってもらっており、この仕事部屋にいる時間も長い。
というわけで、遅れて入室してきたオボロに、私は先ほどルミレイにしたのと同様の質問をした。すると。
「……それなら、財政局局長のフラウ様に昨日貸し出しましたが」
と、眠そうな口調で答えた。
それを聞き、ルミレイが不機嫌さを隠さずに声を荒げる。
「ふざけるでない! この部屋のものは、すべてレイ様の私物ぞ! それを無断で他者に貸し与えるとは、なんという……!」
「……申し訳ありません、火急の用と言われましたので。ただ、その件は直後にルミレイ様へ報告したはずですが」
「へ?」
水を向けられ、ルミレイは目を丸くした。そして何かを思い出したのか、「あっ!」と大声を出す。
「そ……そうじゃった。確か、三宝山の領主の娘と話した直後に、そんな報告を聞いた覚えが……」
彼女は私に正対し、深々と頭を下げた。
「面目ありませぬ、レイ様。悪いのはオボロではなく、我でございました。――それとオボロよ。いらぬ叱責をしてすまんかった。至らぬ我を許してくりゃれ」
「別に……いいっすよ」
謝ってきたルミレイに、オボロはサラリと言葉を返す。
場の空気が緩くなったところで、私もルミレイへフォローを入れた。
「まあ、昨日は祭りでごたごたしてたからな。仕方ない」
夏真っ盛りのこの季節には、毎年『慰霊祭』という大規模な祭りが開催される。死んだ者の魂が始祖の御許に無事たどり着けるよう祈る――という主旨の催しだ。
ゆえに、私は祭りに直接参加はしなかった。その場にいたら、魂云々でややこしいことになってしまうからである。
そんなわけで昨日は半日ほど、始祖像の天辺に居座り続けた。
いつものようにマニュアルを読みつつも、地上の祭りの様子をそこから眺め、祭りのクライマックスに合わせて像が放つ光を増減させたりもした。おかげで、会場はなかなかに盛り上がってくれたらしい。
話がやや逸れたが、ともかくおかげでルミレイは大忙しだった。私が長時間不在だったため、訪問者への対応などを肩代わりしていたからだ。急ぎでも重要でもない報告を忘れてしまっても、仕方ない状況だったと言える。
「ともあれ、帳簿の行方がわかって良かった。で、フラウはそれをどうすると言っていた?」
私の問いに、ルミレイは慌てて答えた。
「ええと、明日返却すると昨日言っていたそうなので、今日中には戻ってくるかと」
「そうか。ならしばらく部屋にいるとするか。納税記録が必要になった理由も尋ねたいしな」
こうして、帳簿行方不明問題は無事に解決した。
が、ルミレイは思うところがあるらしく、やや眉根を寄せて渋い顔をしている。
「……レイ様。差し出がましいですが、やはりここらで側仕えを増やしたほうがいいかもしれませぬ」
私も、正直同じことを考えていた。
「そうだな。仕事量は日を追うごとに増してて、最近じゃ時間がまるで足りない。そのうえ私が集中して処理してるぶん、私が不在だと業務がうまく回らなくなってしまう」
「応対の類いの仕事なら、我だけでも十分こなせまする。問題は、やはりレイ様も仰られているとおり、事務全般かと。そうした仕事を得意とする人間を、増やすべきでございましょう」
そして、オボロもぼそりと口を挟む。
「あまり人を増やされても困ります……。自分だけだと警護しきれないので」
「ふむ、確かにそうじゃな。となると、とびきり優秀な者を一人、どこからか引っ張ってくるか。――いかがいたしましょう? レイ様。レイランに頼めば、どこぞの局から文官を引き抜いてくれると思われますが」
私は「ふぅむ」と唸り、少々悩んだ。そして答えを出す。
「いや、どうせなら広く公募をかけたいな。手間と時間はかかるが、これは国の今後の運営にも大きく左右する人事だ。『文官で一番』どころか、『レイ族で一番』くらいの秀才が欲しい。夕方にレイランが祭りの事後報告に来るから、そのときに色々話し合うとしよう」
「承知いたしました。しかし、具体的にはどうなされるので? 候補者を集め、筆記試験でも課すのでございますか?」
「まあ、そのやり方しかないだろうな。――よぉし、じゃあ私でも解けないような、とびきり難しい問題を作るとするか」
「それだと、合格者は一人も出ないと思われますが……」
懸念を述べたルミレイに、オボロが眠そうな声で続く。
「頭の良さだけじゃなく……年齢や健康状態でも絞ったほうがいいのでは。どんなに優秀でも、すぐ死なれちゃ意味ないでしょうし……」
「もっともな意見だ。他にも人格とか、アケミ族への殺意の有無とか、私たちと一緒に仕事をするのに適した人間かどうかも調べなきゃいけない。要求を完璧に満たせるやつがいるかどうは不明だが……まあ、募るだけ募ってみるとしよう」
『始祖専属事務官選抜試験』は、このおよそ一ヵ月後に開催されることとなる。




