??歳・48
雪の結晶の形をしている造化六花だが、レイ族はその上の部分(一陸)全体と左上の部分(六陸)の東端を領土としている。
つまり、六陸の右端以外はアケミ族の領土なのだが、その国は大陸中央や右部分に住むアケミ族とは別個の国であり、伝統的に戦を好まない。
ゆえに長い歴史において、あちら側から攻め込まれたことはほとんどなかった(こっちから攻めて反撃にあった経験は、幾度もあるらしいが)。
エメやレイランたちと話し合い、私はまず、この国の長にコンタクトを取ると決めた。平和と安定を国是としているようだから、レイ族とアケミ族を束ねて治めるという私の理念に、多少は耳を傾けてくれると判断したためだ。
エメを送り出すことが決定してから、およそ一週間後。
六陸におけるレイ族領土とアケミ族領土の境には、渦巻状の山脈がある。山と谷の高低差が大きく、山間部と低地が交互に折り重なるという複雑な地形であり、ゆえにその一帯は住みやすいとは言えない。そうしたことからアケミ族もここには深く侵入せず、互いの領有権は曖昧なままとなっている。
そんな辺鄙な場所――ミドリ国の端の端、山のふもとに私はいた。
隣にはサファとレイラン、そして目の前には干草に乗った旅装のエメがいる。
「んじゃ、ちょっくら行ってきます」
「ああ、頼んだ。けど、くれぐれも無茶はするなよ。お前に死なれるのが、私にとって一番の損失なんだからな」
「了解っす!」
私の激励に、エメははにかんだ顔で答えた。当然、アケミ族の領土に入るのだから、今は仮面をつけていない。
そんな彼女に、レイランは穏やかに言った。
「エメよ。始祖様に次いでレイ族を治める者として、僕も君の健闘と無事を祈るよ。あれこれ懸念の声はあったが、君はそうした雑音をものともせず、始祖様の期待に応えようとしている。僕はそんな君に、素直に敬意を払いたい。だから戻ったら、是非酒でもおごらせてくれ」
「お酒かぁ。あんま飲んだことないんで、初心者に優しいのを用意しておいてください。もちろん、高級なやつね」
エメの軽口に、レイランはフッと笑う。
「いいだろう。君を評価し、かつアケミ族への殺意が薄い人間はけっこういるから、そうした者たちと一緒に飲み交わそうじゃないか」
レイ族とアケミ族がこうして談笑をするのは、私にとって実に喜ばしい。
だが、いい場面に横から水を差すやつがいた。
「お酒って、あんなクソまずいの、どこがいいんですかね。酔っ払いもバカみたいだし、臭いし、わざわざ一緒に飲む意味なくないですか?」
当然、サファである。
「――サファおばさん、空気!」
「あっ……よ、読めてなかった?」
「ぶち壊してたよ」
「そ、それは失礼しました。まことにごめんなさい、レイさん、レイラン様」
ぺこりとサファは頭を下げる。レイランは眉と眉を寄せているが、気に障ったのは空気云々ではなく、別のところのようだ。
「僕は別に構わないが、しかし君の始祖様への呼び方はどうにかならないのか? アケミ族だから始祖様と呼べないのはわかるが、名前呼びにしても敬称はしっかり使ってくれたまえ」
「えっ、でもレイさんがそれでいいって……」
「レイ族の前では、普通に様付けのほうがいいんじゃないか、とも言ったがな」
私が軽く睨むと、「そーいや、そうでした」とサファは縮こまる。
その様子を見て、馬上のエメは苦笑いを浮かべた。
「……すいません、レイ様。あたしがいない間、叔母をお願いします」
「わかってる。こっちの心配はしなくていいから、お前はお前の役目を果たしてくれ」
エメは頷き、干草の手綱を手に取る。
「じゃ、名残惜しいけどそろそろ行きます。絶対朗報を持ち帰るんで、期待して待っててください」
噛み締めるようにサファや私の顔を見ると、エメは馬首を巡らせてアケミ族の国へと向かった。




