??歳・46
「では、試験開始」
教壇に立つ私の号令によって、紙がパラリとめくられる音が一斉に響いた。
場所は、万象院の一画に存在する講義用の部屋。横に長い複数の机が幾つも並んでおり、それに計三十人ほどが座っている。
試験を受けているのはルミレイやレイラン、忍たちや政府高官といった、いわゆる身内の人間ばかりだ。教壇の隣にはアケミ族の二人も小机にかじりついており、ゆえに私自らが試験を監督しているのである。
彼女たちに受けてもらっているのは、一般教養の有無を確かめるための資格試験だ。
計算力、読み書きの能力、地理や歴史などの基礎知識などを測るもので、これをクリアできれば最低限の公的業務を果たせるだろう――という内容になっている。
ミドリ国発足前には義務教育などなく、読み書きがまったくできない人間も少なくない。ゆえに、現代日本と違って誰もが中卒以上の学力を持っているとは限らない。
とはいえ、これから作る学校を卒業をしなければ公職に就けないとなると、今いる優秀な人材が職にあぶれてしまう。
というわけで、ある程度の学力・知識の所持を証明するための資格試験を、暫定的に設置することにしたのである。
そして私が問題を作成し、要職や忍の者たちの学力をあらためて測るという意味も兼ね、こうして試験の試験を実施した次第であった。
ちなみに、今の私は顔の上半分を隠す白い仮面を身に着けている。
レイランが用意した特注品であり、口の部分が覆われていないので発声が実にしやすい。
未だにわからない感覚だが、こうして目元を隠すだけでも私の美貌オーラの大部分を隠せるとのことで、人前に出るときはこれを装着するだけで済むのだ。渡されたときは、「ガンダムのシャアみたいだな」と思ったもんだが。
「はい、終了。答案用紙を後ろから前へ送れ」
制限時間が過ぎ、テストを終わらせる。
そして手元に集めた答案を、私は高速で採点していった。
問題はすべて選択問題なので、正否を確認するのは簡単だ。学生時代にはそんなこと一切考えなかったが、試験官側の視点だと選択式テストは実にありがたい。凄まじく採点作業が捗る。
大勢が受けることが前提の試験においては、『受験者の能力をいかに測るか』という要素と同じくらい、『採点のしやすさ』が大事なのだと気づかされた。
まあ、国を統治するようになってからは、こうした新しい体験をするのは日常茶飯事なので、いちいち新鮮さや驚きを感じている暇もないのだが。
十分少々で採点を終え、私は結果を発表した。
「予想通り、大方は合格だ。が、忍の中から四人、不合格者が出た。――クレマ、オボロ、ササナン、フユ。お前たちは、もう少し基礎学力を身に着けるように」
「め、面目ありません……」と、名指しされた一人が申し訳なさげに言った。
今後は忍に情報収集の任務を多めに任せるつもりだから、彼女たちにも一般教養は持ってもらわないと困るのだ。
「ちなみに、満点も四人いる。レイランとティレ、イリノセ、クドウだ。基礎を測る試験とはいえ、まあまあ立派なことと言えるだろう。他の者も見習うように」
さっきと違い、名前を呼ばれた者たちは誇らしげな顔をしている。ティレはいつもどおり、仏頂面のままだったが。
「レ、レイ様! 我は満点ではなかったのでございましょうか!?」
そう尋ねてきたのは、ルミレイだ。よほど結果に自信があったらしい。
「ルミレイは確か、計算問題を二つ間違えてたな。お前のことだから、見直しをするのを怠ったんじゃないか?」
「うっ……お、仰るとおりで……」
彼女は自信家だから、そうした確認作業を怠りがちな悪癖がある。まあ、最近は色々な人間との関わりで見識が広がってきているから、特に心配はしてないが。
また、今のルミレイは仮面を後頭部で装着しており、顔は露わとなっている。
これまで巫女は、始祖に近づくために入れ墨を入れられず、その代わりの身分証明として仮面を用いてきた。しかし「別に顔を隠す必要はないだろ」という私の指摘により、その慣習が少々変わったのである。
「あ、あのぅ、私も疑問なんですが……」
続けて小声で言ってきたのは、私の隣に座る仮面をつけた女――サファだ。
アケミ族の二人はレイ族に殺意を向けられにくいよう、巫女のそれに似た仮面をつけている。こちらは顔を見られてはならない切実な理由があるので、ルミレイと違って顔全体をすっぽりと覆い隠していた。
「どうした、サファ」
私が訪ねると、おずおずと彼女は聞き返してきた。
「いや、そのぉ、私なんで合格したのかなって。正直、半分の半分くらいしか、正解の自信なかったんですけど……」
「本当か? でもお前、九割くらい当たってたぞ」
それを教えられ、サファは仰天して仰け反った。
「ええーっ! そ、それじゃあ、勘が的中しまくったってことですか!? 十分の一が当たりまくった!?」
試験問題はすべて、正解を十個の答えの中からひとつを選ぶ形となっている。つまり全問を適当に答えても、選びさえすれば百点満点中十点くらいは取れるのだ。
しかし……当てずっぽうの勘と四分の一の正答で、満点近い点を取るとは。サファは凄まじい豪運の持ち主としか言いようがない。
「変わった事例もあるものですね」
そう言ったのは、私の正面最前列に座るレイランだ。
「確率的にはそうそう出ないと思いますが……始祖様はどうお考えになりますか? 試験の意義を揺るがしかねない問題ですが」
「確かに、運で結果が変わるようじゃ、学力試験の意味は薄れるだろう。とはいえ、採点効率を考えれば選択式にせざるを得ないし、許容すべきだろうな。数百人に一人は能力がまったく足りないのに合格する人間が出るだろうが、仕方ない。試験の浸透のしやすさ、現場のやりやすさを優先する」
「なるほど、素晴らしいご慧眼です。どのみちこの試験は、義務教育の環境が根付くまでの間に合わせ。不当に能力を高く評価されてしまう粗忽者は、そうそう出ないことですしね」
レイランは満足気に頷いた。
なにをどう答えても彼女はこうして私を持ち上げるので、正直、逆に私は自信を持ちづらい。が、私の始祖としての威光を広めるためにあえてそうしている感じもあるので、やめろとも言えない。
何度か腹を割って話したが、どうもレイランはルミレイ以上に私を崇拝してる感じだし、おそらく彼女との関係はずっとこのままだろう。
と、サファが腰を低くして再び聞いてきた。
「あ、あの、それで私はどうなんでしょう? 合格ですか? 不合格ですか?」
「んー、まあ合格でいいんじゃないか。別に不正したわけでもないんだし。負い目を感じるなら、自主勉強して見合った実力をつけてくれ」
「なるほど! じゃあ、合格自体は誇っていいんですね! いやぁ~良かったぁ。だって皆合格してのに不合格って、カッコ悪すぎじゃないですか。ゴミクズの能無しじゃないですか。私そんな立場になったら、もー恥ずかしくて生きてらんないですよぉー」
即座にサファへと飛んできた五本の刃物や鉛筆を、私はなんとか受け止めた。両手じゃ足らなかったから、口や脇の下まで使ってしまった。
「ひっ、ひいいぃぃぃぃ!」
がたんと椅子を倒し、サファは後ろにひっくり返る。一方、投げた忍たちはハッとし、口々に謝罪を述べた。
「も、申し訳ありません、始祖様っ!」
「すいません。つ、つい苛立ちが殺意になってしまいました」
「ああ、また僕は始祖様に刃を……」
ティレにいたっては三本のクナイを同時に投擲してたから、相当に殺意は高い。やはり、アケミ族を殺そうとするレイ族の本能は、簡単には制御できないようだ。
受け止めた刃物等を机の上に置き、私は静かに言った。
「とりあえず、今の攻撃は不問に付す。しょうがない」
そして視線を、眉間に皺を寄せているレイランへ向ける。
「だからいいな? レイラン。処罰はなしだぞ」
「始祖様が、そう仰られるのでしたら……」
彼女は私を神格化するあまりに、ちょっとのことで不敬罪とかを持ち出してくる。今回もこうして釘を刺さなければ、私に攻撃する形となった三人は手ひどい罰を受けていただろう。
そして、私はことの原因を作った張本人を見下ろした。
「言うまでもないが、お前も悪いぞサファ。殺意を向けられるってわかってるんだから、あんなケンカを売るような言葉を言うんじゃない」
「わ、わかってます。わかってるんですけど、なんか勝手に口が言っちゃうんですよぉ……」
サファは床に尻餅をつき、半泣きでぶるぶる震えていた。
感じ取れる心音や体温からも、嘘を言っていないのは明白だ。おまけに転んだ衝撃で仮面が外れ、情けなく涙を浮かべる顔も丸見えとなっている。
明美の顔でそういう表情をされると、私の情緒もバグりそうになるのだが……まあ、それはいい。
ともかく、サファには本当に悪意などなく、ナチュラルに不合格者をこき下ろしたのだ。
どういう性格だよ……とは思うが、人間それぞれだ。しょうがない。
なんであれ、今の彼女の立場でその悪癖は文字通りの命取りとなるので、早々に是正すべきだとは思うが。
――まったく、気苦労が絶えない。
学校一クラスぶんの人数で、これなのだ。総人口一千万人を越えるレイ族すべてとなれば、それを治める困難さは比ではない。
……ま、アケミ族も含めて全部私の娘だから、苦痛やストレスなんてこれっぽっちもないけど。
とまあ、参考になるんだかわからんお試しを経て、一般教養試験は全国で実施される運びとなるのだった。




