??歳・44
何度か通った大府の大通りを、今、私は巨大な御輿に乗りながらゆっくりと進んでいる。
格好は山の上にある像と同じだ。顔を晒し、薄い布を胸やら下半身に雑に巻きつけただけなので、だいぶ裸に近い。
御輿には車輪がついていて、大きな四頭の馬がそれをゆっくり引いていた。二段構成で、一段目には楽器の演者たちが十人ほど乗っており、和楽器で優雅かつ厳かな曲を演奏している。
二段目、つまり御輿の天辺にいるのは、当然私だ。足元が揺れる状態でも難なく直立状態を維持し、周囲に視線を巡らせている。
御輿の前後には兵士が並んで列を成し、その歩くリズムは規則正しい。
私から百メートルほど先、列の先頭を歩くのはレイランであり、白い着物を着ているのでなかなか目立つ。帝、あるいはそれに比する地位の人間が着る服ではないらしいが、その装いを持って始祖への恭順を示すつもりだと彼女は言っていた。
道の両脇は人で埋め尽くされており、上からではほとんど地面が見えない。彼女たちは例外なく膝をついていて、呆けた表情で私を見上げていた。
子供も大人も老人も、私と同じ顔の人間たちが、私の全身を夢中で凝視しているのである。
――レイ族の始祖『レイ』が千年の眠りから覚め、帝に代わって一族を統べるべく、大府の街に降臨した。
それが、この『降臨の儀』の背景であり、主旨だ。
大府手前の宿場町で三週間ほど待たされ、ようやく今日、それが実行に移された。計画はレイランが中心となって準備し、演出さえも彼女が考えたという。
降臨の儀の開催は事前に広く告知され、レイ族領土中に知らされた。ゆえに、今この瞬間の大府には全レイ族の十分の一分ほど――百万人を越える人間が集まっているらしい。
この大掛かりなイベントによって、すべてのレイ族は私の存在を知ることになるだろう。
だからもう、後戻りはできない。私は彼女たちの主として、始祖として、一族を統べなければならないのだ。
プレッシャーというか圧迫感が半端ないが、覚悟はもう決めてる。課題や問題は山積しているものの、少なくともこの道を進むことには、もう悩むまい。
この先、明美と再会を果たし、何を言われようとも、私はレイ族の長として彼女たちの面倒を見続けるだろう。――私か彼女たちのどちらかが、死に絶えるまで。
堂々と胸を張った私を乗せ、御輿は石畳の道を進む。
そして中央の山の手前の道を折れ、そのまま街の奥へと向かった。華やかな商店街を通り抜け、徐々に左に逸れて人家のない地域へと入る。
その先には、『万象院』という名の閉ざされた領域があった。山の始祖像の下に屋敷を建てるまで、帝一族が拠点としていた土地だ。
「不便だから皇城を拠点にはしたくない」と私がレイランに言ったところ、彼女が代わりに差し出してきたのが、この万象院というだだっ広い領域だったのである。
万象院は大府を取り囲む山脈のふもとにあり、山林同様、ここも禁足地だ。高い壁に囲まれているために侵入は容易ではなく、二、三百年ほど一切使用されていなかったため、無人の状態が長らく維持されてきたという。
ゆえに整備や清掃、美化、家具の搬入などには、恐ろしいほどの手間と人手が必要だった。始祖という神に等しい身が住むということで、レイランはそうした作業にかなり力を入れたらしい。
そうしたわけで、降臨の儀が始まるまでに多大な時間がかかってしまったのである。
建物の造りは全体的に、『城と屋敷の中間』といったところだ。攻められることを意識した堅牢かつ入り組んだ構造ではありつつ、それなりに見栄えや装飾にも凝っている。
領域内には『回』の字状の城壁が三重に張り巡らされており、内側にいくほどに建物が密集し、それらの規模も大きくなっていく。中央には日本の五重の塔じみた楼閣が屹立していて、そこが私の住まいとなるらしい。
万象院の最初の門をくぐると開けた場所になっており、大名行列はその広場にて止まった。前後にいた兵士たちは小走りで移動し、イベントは『始祖を万象院に迎える儀式』へと移行する。
広場手間には大勢の兵士が密集して整列し、中央には一直線の道ができている。石畳の上に純白の絨毯が敷かれていき、その左右には赤い鎧に身を包んだ守護隊が並ぶ。彼女らは槍を斜め上に掲げ、即席のトンネルを作った。
その道を、御輿から降りた私はつかつかと歩いていく。
気負いも遠慮も、一切ない。「いつもの始祖様のままで」と、儀式に挑む態度についてはレイランに言われていたので、何も考えずに自然体であり続けた。
私の後には、同じく御輿を降りたルミレイのみがついてきている。
今回の儀式において、彼女に明確な出番はない。だが、始祖のそばに立てるのは巫女だけなので、その地位の特別さは誰の目にも明らかだろう。
おかげで昨晩などはウッキウキのハイテンションだったのだが、そこはやはり格式と伝統を受け継いできた巫女。今のルミレイは厳かな佇まいを見事に保っている。
この調子なら彼女の望み通り、その名声が天下に広まる日も遠くない――かもしれない。
兵士と絨毯の道が終わったところには、立派な格好をした女たちが平伏していた。中央のレイランを始めとし、宰相などの役人頭、各軍部の隊長、地方を治める諸侯などが、そろって私に土下座の姿勢を取っている。
事前に指示されていたとおりに私が彼女らの手前で立ち止まると、レイランのみが顔を上げて大声を発した。
「ああ、偉大なる始祖様! 我らが母君! 悠久の眠りから目覚めしあなた様をお迎えできることは、このうえない喜びでございます! どうか末永く、我らレイ族をお導きくださいませ!」
返答を返したいところだが、その気持ちをぐっと堪える。『民とフレンドリーに接するのは、為政者にとっては諸刃の刃』と、例の本に書いてあったからだ。
レイ族にとって、私は神。神の威光を保つには、人に近すぎてはならない。
だから、少なくとも公の場では神秘性を保つべきだと、私は決めた。
事前にそう言い含めていたので、レイランは無反応の私に動じない。歓待の儀は滞りなく進み、私は彼女の案内で奥の本殿へと向かった。
万象院の中央には本殿と呼ばれる塔があるが、その根元はかなり大きい。『塔が生えている、ちょっとした城』といった感じの建物となっている。
「では、カミナシダ・ヨハ・レイランよ。お前を摂政に命じる。以後は私の手となり足となり、一族統治に尽力せよ」
「はっ! 慎んで拝命いたします!」
本殿の一階部分はホールのような広い空間となっていて、今はそこで各役職の任命式が行われていた。
奥の上座は一段高くなっていて、玉座がどんと置かれており、私はそれに腰掛けている。玉座は元々なかったもので、私が注文して用意してもらった。そのほうが偉そうに見えて、胡坐より椅子に座るほうが楽だから、という理由による。
正面の板張りの床には、一族の有力者が勢ぞろいしている。その中から最初にレイランをナンバー2の地位である摂政に任命し、あとは彼女に任せた。隣に立つルミレイともども無言を貫き、私は式の進行をじっと見つめ続ける。
「キリチ・イリノセ。お前を、新設する法定局の初代局長に任命する。始祖様が志される新たな国家統治の礎となる組織であり、その責は大変に重い。励むように」
「はっ。始祖様のお役に立てるよう、精進いたします」
レイランが個人の名を呼び、役職名を言いつけ、任命式はつつがなく進む。
しかし、遠方からきた地方領主たちの一部は、度々困惑の表情を浮かべていた。役職や組織がこれまでのものとは一新されており、到着したばかりの彼女らには周知されていない点が少なくなかったからだ。
――これまで、帝をトップとするレイ族国家(特に名前はなかったらしい)は、各々の土地を諸侯が統治する封建制によって運営されていた。地方領主は帝に忠誠を誓ってはいたものの、絶大な力を持っており、国単位での大きな政策を遂行する際にはしばしば障害になったという。
干草から託された完全統治マニュアルには、改革のためには封建制を改めるべきとあった。国土全体を一元的に支配しなければ、民を法によって厳正に管理することが不可能だからだ。
マニュアルは地球の各国家が歩んだ近代化の歴史なども網羅しており、私はそれを参考にしてレイ族の統治体制をゼロから考えた。レイランや役人などに行政の現場の話を聞き、レイ族を治めるのに適した方法を考えに考え抜いたのである。
一応、雛形と言えるものはできた。それが完全に機能すれば、レイ族すべてを幸せにするという私の理想は、多少なりとも達成できるだろう。
だが、クリアしなければならない問題は多い。
喫緊の課題は二つある。
一つ目が、人材の不足。
法による統治を実行するには、国の隅々に役所や警察を置く必要があるが、そうした職を担える人間がいない。
簡単な読み書きや計算を教える程度の学校は広く存在しているらしいが、そのレベルや普及度は地域差が大きい。なので、まずは教育環境から整えなければならないだろう。
二つ目が、地方領主の懐柔だ。
私が作った法をレイ族全体に適用することは、すなわち各地方にある元々の法を破棄することを意味する。それは地方領主からすれば既得権益の侵害であり、そうしたものに敏感な領主たちは必ず反抗する――と、マニュアルには書いてあった。
だから、なんとしても領主らを懐柔して、争いの芽を事前に摘まなければならない。
組織編制や役員人事は、そうした点を念頭に置いた上で決めた。
つまり、間に合わせや後のための布石的な要素が濃く、まだまだ完全とは言えない。疑念を持つ者が出てくるのは当然であり、私の考えを周知させることがまず必要だろう。
ゆえに、任命式の後には各領主たちと一対一の話し合いをする場を設けてある。そうした者たちを上手く使うことが改革には不可欠であり、決して蔑ろにはできないからだ。
……正直、かなりメンドくさい。
ちまちました話し合いや根回しなんて、私という人間が最も苦手とするところだ。自分からそんな面倒ごとをせざるを得ない状況に、実のところ絶望すら感じる。
そういうのにまったく自信がなかったからこそ、変わりにやってくれる人物を欲していたのだが……あいにく、マニュアルにはそうした折衝のやり方にさえ解説があった。
つまり、知識を得た今の私には、できなくもないのだ。
なら、母としての責任を果たすために、やるしかないじゃないか。
レイランが次々と役職を任命する傍らで、私はそうした覚悟を密かに固めていく。
任命が終わったところで、儀を締めるべく私は立ち上がった。
「では最後に、レイ族の新たな門出を祝するため、そして国という概念を規定するため、一族の共同体に名をつける。――『ミドリ』。それが、始祖である私が治め、その娘たるお前たちが生きる国の、新たな名称だ。ミドリが永久に繁栄するため、ここにいる者たちの献身と尽力を切に願う」
レイランを含めた有力者たちは、一斉に私にひれ伏す。
――これにて、私のレイ族支配は確立した。
以後はミドリ国の主として、命ある限り娘たちを導かねばならない。
例のマニュアルは、国家統治という行為を神がかり的に解説してくれている。網羅すれば理想を叶えられるという謳い文句は、嘘ではないようだ。
内容は膨大だが、今の私は記憶力や集中力も飛躍的に増しているし、読み込めばマニュアルの内容を血肉とすることは難しくないはず。
だから、なんとか私一人でもやっていけるだろう。
少なくとも明美と同等以上の政治は行えるはずであり、ミドリ国を繁栄させることは十分可能だと思う。
当面の目標は、国内の安定だ。まずは統治体制の基盤を整え、軌道に乗せなければならない。
次にアケミ族への積極的な干渉を始め、極力平穏な形で私の支配下に置く。
そうして二つの種族を掌握すれば、晴れて無事に、私は明美がいる塔へと向かうことができる。
当初思っていた以上に時間がかかりそうだが……まあ、仕方ない。ヤツも、「この世界の子供たちを助けてあげて」と言ってたし、数年程度は待ってもらうとしよう。
そうして、私の統治者としての道のりが本格的に始まったのだった。




