??歳・42
のんびりと丸五日ほどかけ、ようやく大府手前の町まで辿り着いた。
余裕を持った旅程だったのは、先行したレイランに「始祖様を大々的に迎える準備を整えるので、ゆっくりおいでください」と言われていたからだ。よくわからんが、パレード的な催しでもするらしい。
まあ、必要なことだろう。レイ族に様々な改革をもたらすには、始祖というネームバリューを活かさない手はないからだ。そのためには私の存在を広く知らしめる必要があるし、それだけでもかなりの支持が得られるはず。
爆弾とも言えるアケミ族二人との旅は、思いのほか楽だった。
近寄ってきたレイ族は同行してる忍が迅速に追い払ってくれたので、トラブルとは無縁だったことも大きい。二人からはアケミ族の色々な話を聞けたし、手間をかけて連れてきた甲斐があったと言えるだろう。
そうして、緩い坂を下って人家が並ぶ地帯に入ろうとしていたときだった。道の向こうから、一匹の馬が全力でこちらへ走ってくるのに気づく。
乗っている人間が顔に装着しているのは、装飾の入った木彫りの仮面。となれば、該当者は私以外には一人しかいない。
「レイ様ぁ~っ!」
叫びながら近づいてくるのは、やはりルミレイだった。数メートル前を行く忍がこちらを見てきたので、対処しなくていい旨を身振りで示す。
ルミレイはこちらの直前で馬を止め、ドタドタと地面に降りると、勢いよく大声を発した。
「レ、レイ様っ! お怪我はありませぬかっ!? 戦場に赴かれたと聞きましたがっ!」
「大丈夫だ、なんの問題もない。話はレイランあたりに聞いたか?」
「不忠者ぞろいの帝一族など、信用におけませぬ。ゆえに己の眼で御身の無事を確かめるべく、この町で帰還をお待ちしていたのです! ああ、しかし……大事ないようで、本当にようございました……!」
鼻をすする音が聞こえるから、仮面の下では涙ぐんでいるようだ。
とりあえず、彼女と彼女の馬を連れて道を外れ、近くにあった物置小屋の日陰に腰を落ち着けた。通りの多い往来でアケミ族を連れて立ち止まりたくないし、今後のことも考えて彼女たちとルミレイの顔合わせもしておきたかったからだ。
壁に寄りかかり、左からルミレイ、私、サファ、エメという順番で座る。
――ルミレイと最後に会ったのは、シャン先生の家だったか。
あれから色々あったが、彼女からすれば置いて行かれたような寂しさを味わったかもしれない。ちょっと申し訳ない気分になったので、私は慰めてやることにした。
「ずいぶん放置してて悪かったな。空橋に行く前に、伝言のひとつも残しておくべきだった」
「どうか、お気になさらず……と申したいところですが、実のところ、一日千秋の思いでお待しておりました。ずっと供をすると誓った我を、なぜレイ様は置いていかれたのか……浅学の身では理解が及びませんでしたゆえ」
言葉遣いはいつもどおり無駄に丁重だが、すねた感情が隠しきれていない。
私は苦笑しつつ、弁解をした。
「しょうがないだろ、戦えないお前を戦場に連れていったって。それとも、なにかできることあるか?」
「お、応援くらいならできまするっ!」
ルミレイがそう言った瞬間、右に座るエメが「プッ」と吹き出した。どうやら、おかしさが我慢できなかったらしい。
途端、ルミレイは立ち上がって顎をくっと持ち上げ、エメに向かって傲岸不遜な口調で喋りだす。
「なんじゃ、おぬし。我を巫女と知っての無礼か。なにゆえ頭に袋を被り、レイ様と同じ馬に乗っていたのか知らぬが――」
何かに気づいたかのように、ルミレイは「ん?」と首を傾げ、エメへと顔を近づける。
そして、さっきの仕返しとばかりに嘲笑の言葉を浴びせかけた。
「はっ! ブッサイクな眼じゃのう! そんな崩れた眼を見るのは、生まれて初めてじゃ! レイ様のはちきれんばかりの美しさの元でなければ、腐臭さえ漂ってきそうなほどに醜い! レイ様、このような千年に一人の醜女を、いったいどこで拾われたのでございますか?」
「……あのさぁ、こっちから見ればあんたも十分ブサイクなんだけど」
ルミレイをどう諌めようと考えていたら、エメが口を開いてしまった。
「そもそも巫女とか知らないんだっつーの。役に立たなかった分際のくせして偉そうにしやがって、あんたみたいのが一番むかつく」
エメの声を聞いて驚いたのか、しばしルミレイは黙り込んだ。ややおいて、疑問をそのまま口する。
「……お、おぬし、その声はどうしたのじゃ。風邪で喉を痛めておるのか? 人間の声には聞こえぬが……」
レイ族とアケミ族は声が違うから、一言発しただけでも違いは認識できるらしい。ゆえに、道中ではアケミ族の二人には人前で声を出させないようにしていたのだが……。
「バカっ! なにやってるんだエメ! レイ族の前で喋ったら、私たちがアケミ族ってバレちゃうだろーっ!」
「ア、アケミ族じゃと!?」
サファの鮮やかな自爆によって、ルミレイはその事実に気づいてしまったようだ。
彼女が衝動的にエメとサファを攻撃してきた場合に備え、私は少し身構える。
が、ルミレイは固まったまま、動くことはなかった。
「……レ、レイ様、これはいったい……」
「大府に戻った連中に聞いてなかったのか。こいつらは捕虜のアケミ族で、普通のレイ族だと意味なく殺しかねないから、こうして私が護送してんだよ」
「さようでございますか。正直、レイ様の手を煩わせるほどのこととは思えませぬが……」
ルミレイは袋を被ったエメとサファを交互に凝視しているが、手を出す気配はない。どうやら、彼女のアケミ族への殺人衝動はさほど強くないようだ。
「……レイ様、アケミ族の顔を見てもよろしいでしょうか? 我は生まれて一度たりとも、それを目にしたことがありませぬゆえ」
「いいけど、暴れるなよ。じゃあ……エメ」
右に座る二人が同時に袋を脱ごうとしたので、私は手前の頭を上から押さえた。
「サファはいい」
「あっ、はい」
ホント何するかわかんないな、こいつ……。
ともあれ、エメは顔を晒し、地面に立つルミレイはそれを唖然とした様子で見下ろす。
「なんとまあ……この世のものとは思えん醜さじゃ……。一周回って感動すら覚えよるわ」
「おい、こっちが顔さらしたんだから、そっちも見せろよ。それが筋ってもんじゃないの? ――違いませんか? レイ様」
エメは立ち上がるとルミレイを睨みつけ、続けて私のほうへ伺いを立ててきた。
……気は強いと思っていたが、なかなか攻撃的な性格だ。しかし言っていることは一理ある。
「ルミレイ、仮面を外せ」
私が命じると、ルミレイは渋々といった様子で仮面を持ち上げた。それを見て、エメは淡々とやり返す。
「やっぱスッゲー不細工だよ、あんた。人間の体に、動物の頭がくっついてるみたい」
「ふん、絶世の美女とうたわれた我を相手に、なにをぬかしよる。アケミ族は外見だけでなく、審美眼も腐っておるのか」
罵倒の応酬は続く。どっちも口がうまいので、正直傍から見てて面白い。
が、エメが論調を変えたので、ぶつかり合いの勝負はすぐに終わった。
「……あのさ、お互い様ってわかってる? 二つの種族は、顔の美醜の感覚が全然違うんだよ。だから、アケミ族じゃ割と可愛い部類のあたしをあんたは醜いって思うし、レイ族で相当美人らしいあんたを、あたしは不細工って思うわけ。そいうズレがあるの、理解できてる?」
「血迷ったことを。アケミ族はなんであれ醜く、それは世の真理じゃ。正しく美しい我と、邪で見苦しいおぬし。その関係はどこまでいっても不変であり、揺らぎようもない」
「あっそ。ところで、レイ様はどっちが正しいと思います?」
――なかなかエメは策士だ。ルミレイの弱みを見抜き、口喧嘩に勝つためにそれを容赦なくついてきたのだから。
というわけで、私は正直に答えた。
「断然、エメに同意する」
「なぁっ!?」
ルミレイは私を見て仰天し、あんぐり口を開けている。
「だって、私の美的感覚はレイ族ともアケミ族も違うからな。どっちも美人に見えるし、自分の容姿が他人を特別惹きつけるものとも思えない。だから美しさに正解なんて存在しないと、私は思う」
「レ、レイ様……」
「ルミレイ、お前の価値観を改めろとは言わん。美人の基準は生まれ持った本能とも、強く結びついてるみたいだしな。とはいえ、お前は今後、立ち位置的にアケミ族と接する機会が多くなるかもしれない。だから、どんな相手だろうと揺るがない度量とか品位を、ぜひ身に着けてくれ。そうすれば、もっとお前に仕事を任せられるようになる」
私は今後、ルミレイを秘書的なポジションで使おうと思っている。
なので、精神がお子様のままだと困るのだ。それだと見ていて面白くはあるが、まったくもって頼れない。
そういったわけで、この際だから成長を促すことを言ってみたのである。
ルミレイはやや不承不承といった態度で返事をした。
「……承知しました。レイ様のしもべとしてふさわしいよう、精進いたします」
しょげた様子のルミレイを見て得意気に鼻を鳴らすエメだったが、私は彼女にも物申す。
「あとエメ、強いやつの威を借りるようなマネはやめろ。私はそういうの嫌いだから、今度さっきみたいに話振られたら、お前の敵につくぞ」
「すっ……すいませんでした……」
自分が怒られるとは思っていなかったのか、エメは面食らっている。彼女にも任せたい役割があるから、ルミレイと同様に成長してくれるとありがたいのだが。
ともあれ、ルミレイをアケミ族と対面させる試みは、興味深い結果に終わった。
二つの種族は言葉を交わすことすら不可能と感じていたが、それはどうやら誤りだったらしい。初対面で最大級の悪口を言い合うルミレイとエメを見て、私は実のところ、ホッとしていたのである。
少なくとも、意思の疎通はできるのだ。
本能や暴力でぶつかり合うのではなく、言葉と言葉で相互理解を深められたのだ。
二人の本能が薄かったおかげかもしれないが、ともあれ、それはレイ族とアケミ族の融和の可能性でもあるはず。
私の目標はいまや、『レイ族すべての幸せ』ではなく『レイ族とアケミ族、すべての幸せ』となりつつある。
個人主義だった私には考えられないことだが……子供たちは全部大切に思えるから、意外とこの重荷は苦ではない。
――レイ族とアケミ族を、どう幸せにすべきか。
答えはおろか、道筋さえ未だに見つからない。
勢いで突っ走ってもどうにもならないのは明らかなんだから、しっかり堅実に考えなければ。




