??歳・41
「へぇ~、これがレイ族の家かぁ。建物しょぼくて昔っぽいけど、これはこれで情緒があっていいかも」
「こ、こら、エメ! 確かにレイ族の村は文明レベル低いし、野蛮だし、哀れみを覚えるほど貧相な暮らしだけど、それを口にしちゃダメだ! 私たちは捕虜なんだから、もっと慎まなきゃ殺されちゃうぞ!」
私は今、二人のアケミ族と一緒に馬に乗り、街道をゆっくり進んでいる。
同乗者の一人はエメで、もう一人はアネモネ戦後にとっ捕まえた女だ。後者はサファという名前らしい。
「ダイジョブだよ、サファおばさん。レイ様の心は我が家のリビングほどに広いから、こんくらいの軽口なら軽く流してくれるって」
「お、お前な……。このお方は、アネモネ様を倒した、化け物オブ化け物なんだぞ? 殺意と暴力を具現化したかのような、最低最悪の悪夢のような存在なんだぞ? だからもっと、敬意を払ってご機嫌を取らないと……」
驚いたことに、二人は親戚だったらしい。砦で再会したときは抱き合い、互いに捕虜となった状況に涙していたものだが……。
私はわざとらしく、「オッホン」と咳払いをした。
「誰が最低最悪の悪夢だって? それは私への挑発なのか?」
「ひいっ!? すすす、すいません、けけ、決して、そのようなつもりでは……」
馬には前から、エメ、サファ、私という順番で乗っている。つまり、私とサファの体はほぼ密着しているわけで、心臓の高鳴りさえも振動で伝わってくるのだ。
――彼女は今、本気でビビり、恐怖している。
となると、元々口が悪いだけで、別に挑発や悪口ではなかったらしい。
「すいません、レイ様。私の叔母は空気読めなくて、思ったことを素直に言っちゃう性格なんですよ。だからいつもは腰が低いわけで」
「そ、そうなんですぅ。私ってアホで、一族の面汚しで、だからこそ前線部隊の隊長なんて危ない職に就かされてて……。でもでも、レイ様に逆らう気なんて全然ないんです。なので、どうか短気を起こして暴れないでくださいまし……」
「…………わかったよ」
まあ、敵対するつもりがないのなら、だいたいのことは許してやろう。
無条件で殺意を向けてくる人間がうじゃうじゃいる場所に、こうして無理矢理連れてこられているのだから、彼女らの感じるストレスは並大抵ではないはず。軽口や悪口で心が楽になってくれるのなら、むしろ私の気持ちが軽くなるほどだ。
そんなわけで、アケミ族の二人は周囲のレイ族に存在が知られると、非常にまずい。
なので、どちらにもレイ族で一般的な着物を着せ、頭には黒い袋をすっぽり被せている。目の部分しか穴が開いてないから、よほど近づかなければアケミ族である事実はバレないはずだ。
ちなみに、顔を見られたら大ごとになるのは私も同じなので、当然今は巫女の仮面を被っている。
変な色の馬に、顔を隠した三人が乗っているわけで、傍から見たら凄まじく怪しいだろう。
ゆえに、護衛というか世話役の忍が四人同行していて、前後を馬で歩いてもらっている。私らに人が寄ってきた場合は、彼女らが追い払ってくれる手はずになっているので、さほど問題ないとは思う。
来るときより同行者の忍が大幅に減っているのは、『私が思った以上に頑丈で強い事実が判明し』、『アケミ族の近くにレイ族を置きたくなく』、『レイランのほうに護衛が必要』――という、三つの事情があるためだ。
大きいのはやはり二つ目であり、そのためアケミ族に殺意を抱きやすいティレなどの忍には、レイラン護衛のほうにまわってもらっている。
おかげで往路よりは寂しい道のりになるかと思ったのだが……思いのほか捕虜の二人はお喋りで、その心配は露と消えたのだった。
周囲の斜面には段々の田んぼが複層的に広がっており、道は村の中央に続いている。
すれ違う人々は私らに変なものを見る視線を送るが、さほど騒ぎにはなっていない。特に寄る予定もないし、村の穏やかな空気が壊されることはないだろう。
――のどかだ。
一、二時間前まで激戦が繰り広げられていた空橋から数キロにある場所とは、到底思えない。
……ま、いつの時代も、どこの社会も、戦争とか平和ってのはこういうもんなのだろうが。
そのとき、エメの腹がぐ~っと鳴った。どうやらかなり空腹らしい。
「あっはっは。すごいおなか鳴っちゃった」
「わかる。おなかすくよなぁ、レイ様とくっついてると。匂いがもう……たまらん……」
「もう少し行くとでかい町があるから、今日はそこに泊まる。メシもたんまり出すから、たっぷり食え。当然、レイ族の肉なんて出せないがな」
私が冗談めいて言うと、エメは乾いた笑いを発した。
「ハハ……。さすがにそんな要求できませんよ。絶対死ぬ」
「いや、でも美味いぞぉ、レイ族は。エメは食べたことなかったけ?」
「ちょ……サファおばさん」
エメが慌てて後ろの叔母を見るが、サファは止まらない。
「生肉でもね、すごく美味しく感じるんだ。硬くて噛み切れないんだけど、そうやってモグモグしてる瞬間も、たまらなく幸せで――」
「ストップ、おばさんストップ。それ、ライン超えてる。レイ様もさすがに怒るよ」
姪に言われ、サファはハッとして押し黙る。そして恐る恐る振り向き、真後ろの私を見る。
「え、ええと……ご不快でしたか? レイ様」
「……かなりな」
そう答えると、サファは「ひぃぃぃぃっ」と細い悲鳴を上げ、またぶるぶる震えだした。
……こいつ、よく戦場で指揮官なんてやってたな。下についた部下は、気が気じゃなかっただろう。
「すいません、すいません……。で、でも、私が食べたのは死体ですから。生きてるのはかわいそうで、手を出せなかったですから……」
サファの妙な釈明を聞き、眉根を寄せる。
「それは……つまり、生きたままのレイ族を食うやつもいるってことか?」
「は、はい。特権階級じゃないとできない贅沢ですが……」
意識のある状態で腹を割かれ、内臓を引きぬかれ、目玉を抉られるレイ族を想像し、私はたまらなく不快な気分になった。
きっと、その娘たちは筆舌しがたい苦痛や絶望を味わったことだろう。おそらくは、死が救いと思えるほどに。
「……よくもまあ、そんな胸くそ悪いことできるな……」
不快さ全開の私の声を聞き、サファが体の震えを大きくする。だが、エメは違ったようだ。
「…………あ、あの。言わせてもらいますけど、お互い様ですよ、それ」
「なに?」
「ちょおーっ! エ、エメ、空気を読め! 危険なことを言うんじゃないっ!」
サファのいまさらな忠告を無視し、エメは続ける。
「だって、レイ族だって似たようなことしてるじゃないですか。捕らえたアケミ族を森に放して、それを馬で追い回して弓で殺すっていう、狩りみたいなマネして。それだってこっちからすれば、めちゃくちゃ胸くそ悪いですよ」
「――――そんなことしてるのか、レイ族は」
一瞬困惑したが、ありえる話だとすぐに思った。アケミ族に本能的に殺意を抱くなら、それを満たす欲望を持つのは不思議じゃない。
「少なくても、数百年前にはあったそうですよ。今はこっちのほうが断然優勢だから、捕獲される機会なんて滅多にないでしょうけど」
「……なるほど。なら、エメの言うとおり、お互い様かもな」
私は空を仰ぎ、溜め息を吐いた。
――レイ族を食いたいアケミ族と、アケミ族を殺したいレイ族。
二つの種族が相容れないのは、火を見るより明らかだ。本能レベルで敵対しているのだから、普通に考えれば手を取り合えるわけがない。
だが……不可能ではないはず。
双方の始祖である私と明美は、互いの殺意と食欲を抱えたままでも絆を育めた。かなりの時間がかかったし、明美側からの歩み寄りが大きかったおかげだが、最終的には親しい仲となったのだ。
ならば、レイ族とアケミ族が融和できる可能性も、ゼロではないだろう。
しかし、そのためには……。
「しょうがない。乗りかかった船ってやつだな……」
その言葉に首を傾げる二人に、私はあらためて尋ねた。
「なあ、アケミ族の国って幾つあるんだ?」
「え? ええと……でかいのは六つです。だいたい全部、仲悪いですけど」
エメがそう答えたので、私は力強い口調でさらに返す。
「そうか。でも安心しろ、それらの戦乱はすぐに収まる。私が全部支配下にして、統治するからな」
アケミ族の二人は息を呑んだ。しばし絶句し、ようやくエメが口を開く。
「…………マ、マジですか?」
「大マジだ。だってそうしなきゃ、二つの種族は完璧に平和にならないだろ。レイ族は私の娘だし、アケミ族だってある意味娘みたいなもんだ。なら、親としてどうにかする責任が、私にはあるんだよ」
唖然としたまま、サファは姪に尋ねる。
「…………ね、ねぇエメ、この人ってホントにレイ族の始祖なの?」
「……じゃないの。でなきゃ、説明つかないよ。色々なヤバさが。でも……だからこそ、この人ならアケミ族もレイ族も治められるかも……」
言葉にして、ようやく自覚した。やはり、私はレイ族だけでなく、アケミ族にも責任を感じ始めている。
……なら、仕方ないじゃないか。レイ族の頂点に立つついでに、アケミ族を完全に従えたって。
ここまで来たのなら、もうやるしかない。というか、私一人で国ひとつくらい落とせるだろうから、武力的には問題ないはずだ。
懸念は……やはり政治面か。
アケミ族の面倒も見ると決めたのだから、そろそろ明美にも手を貸してほしいものだが……まだアイツが現れる気配はない。
ここまできて出てこないのなら、助けが得られる期待はさっさと捨てるべきだろう。しかし、明美かそれと同等レベルの助けがなきゃ、レイ族とアケミ族を完璧に取りまとめるなんて、絶対に不可能だ。
となると、統治を本格的に始める前に塔に行くべきかもしれない。そうすれば明美と会えるだろうし、おそらく協力も得られる。
私は同乗者たちの存在をしばし忘れ、そうして今後の計画を練りなおしたのだった。




