??歳・40
自我を持たない人形兵たちが、次々と崖から飛び降りていく。
私は空橋の側面端――崖っぷちに座り、大勢のアケミ族が投身自殺する様を眺めていた。
捕らえたアケミ族はエメという名で、私は彼女に命令し、馬車の機械を操作して人形兵を止めさせた。
人形兵の今後の扱いについてしばし悩む私だったが、すぐにその必要はなくなる。『人形兵は例外なく短命で、数日しか生きられない』という事実を、エメに教えられたからだ。
戦闘後の人形兵をアケミ族はどう処理しているのかを聞いたら、『動かなくなる前に、崖から身投げさせる』とのこと。
なんとも酷い扱いだが……効率的ではある。
人形兵には痛覚も感情もないらしいので、使い捨てる側も罪悪感を感じないのだろう。
悩んだ末、結局私はアケミ族と同じ選択をした。
エメに命じて、残った人形兵たちすべてを崖に向かわせたのである。
明美と同じ顔をした無数の人間が、無表情のまま崖へと進み、そしてそのまま下へと転落していく。
崖下には海が広がっている。
しかし色が異様に黒く、墨でも流したかのごとく濃い。夜間は極寒の冷気が海上を流れるはずだし、地球の海とは成分からして別物なのだろう。
そんなブラックホールを思わせる黒い渦に、アケミ族の人形兵たちは次々と吸い込まれていった。
「レイちゃん」
私の隣を通り過ぎた人形兵が、無感情に呟く。
そいつは私に視線を合わせたまま、崖の虚空へと足を踏み出し、当たり前のように崖下へと落ちていった。
――おそらく人形兵とは、使い捨てを前提に製造されたクローン人間なのだろう。
だから大量生産が可能だし、脳や内臓の機能に生まれつき制限を加えられている。機械でコントロールできるのは、脳に命令を受信するためのチップでも埋め込まれているのかもしれない。
まあ、不確かなことは、捕虜の二人に話を聞けばすぐ判明すると思う。無論、今聞き出してもいいのだが……どうにも疲れてるし、気の滅入る話をあまりしたくなかった。
とはいえ、現時点ではっきりしてることが二つある。
使い捨てのクローンとかいう存在が心の底から胸くそ悪いのと、アケミ族が妙に突出した科学技術を持っているということだ。
……どうやら、レイ族だけでなく、アケミ族もどうにかしないといけないらしい。少なくとも、『そうしなければ』という気分に、今の私はなっている。
前途は多難だな……。明美のいる塔には、いつになったら行けることやら。
「命令、全部の人形兵に行き渡りましたよー」
そばにある馬車から、明美そっくりの女が降りてくる。
遠くにいる個体には命令が届くのに時間がかかるとのことで、彼女――エメには、持続的に指示を送ってもらっていたのだ。
「ごくろう。適当にそのへんで休んでてくれ」
「……いいんですか? 体縛ったりしなくて。ぶっちゃけ、逃げたくてたまらないんですけど」
「別にいいぞ、逃げたって。そのときは追っかけて捕まえるだけだから」
「むぅ……」
エメというアケミ族は、ふくれっ面をして不満を顔に浮かべている。明美が決して見せなかった表情であり、それが私にはとても新鮮で不思議だった。
「な……なんです、ジロジロ見てきて。ま、まさか、あたしが可愛いからって、取って食うつもりじゃ」
「お前らじゃないんだし、人間なんて食うかよ……」
取って食う、という表現がいまいち不明だったから、適当にそう返した。
しかし、このエメという娘……捕らえたときはガクブルだったのに、少し私に慣れた途端これとは。思ったより、図太い性格をしてるのかもしれない。
まあ、ずっと怯えられたり、反抗的だったりするよりはマシだから、ぜんぜん構わないが。
後ろを振り返ると、大勢の人間が並行する形で崖へと向かっている。視界に入るだけでも軽く百人を超えているし、レイ族の部隊と戦っていた連中を合わせれば、相当な数になるだろう。
徒歩だし、森とかにいたら抜けるのに手間取るだろうから、すべての人形兵が投身自殺を終えるまで、かなりの時間がかかるかもしれない。
私に倣ってか、エメも人形兵たちに視線を向けている。その表情はやや複雑そうだが……。
「なあ、どんな気分だ? 自分と同じ顔の人間たちが、続々自殺するのを見るってのは」
「え? 顔が同じって……いや、全然違うでしょ。悔しいけど、あいつらのほうがメチャクチャ美人じゃないですか」
「……そうか?」
私が首を傾げると、エメは一人で勝手に納得した。
「あー、なるほど。レイ族からすれば、アケミ族はみんな同じ顔に見えるんですね。その感覚はわかります。だって、あたしからすれば、レイ族もぜーんぜん見分けつかないですから」
それを聞き、私も察した。レイ族が私に近い人間ほど美人と感じるように、アケミ族にも似たような独自の美的本能があるらしい。
エメと近くを歩く人形兵の顔を交互に見て、比べる。……若干だが、人形兵のほうが明美に似ていなくもない。たぶん、アケミ族も明美に近いほど美人なのだろう。
一方で、エメも再び人形兵に視線を送り、溜め息を吐いた。
「はぁ……。まあ、どんな気分なのかって聞かれたら、そりゃまあ色々ですよ。レゾナンスをレイ族に奪われた以上、国力は低下するだろうし、そうなったら戦争をしなくてよくなるのか、はたまた逆に戦いが激化するのか。予想がつかないですもん」
「レゾナンスってのは、あの黒い機械のことか」
「そうです。そっちにしてみれば、超がつくほどの大金星ですよ。あれは今後製造される人形兵にも干渉できますから、うちの国はもう、人形兵をこの橋の侵攻に投入できないんです。よかったですね。これでもう、レイ族は当分平和ですよ」
私はエメの言葉の矛盾に気づき、それを指摘する。
「ん? ちょっとまて、ならどうして戦争が激化するかもしれないんだ? レイ族とアケミ族の争いが減るんじゃないのか?」
「……知らないんですか? アケミ族には幾つかの国があるんです。レイ族と違って、ひとまとまりじゃないんですよ。それぞれは完全に独立していて、敵対し合ってる勢力もあるんで、だからアケミ族同士で戦うのは当たり前のことなんです」
「……そうだったのか」
まず間違いなく、アケミ族の科学技術はレイ族を局所的に大きく越えている。にもかかわらずレイ族が侵略されきっていないのは、アケミ族が同士討ちを繰り返していたからなのかもしれない。
「ま、正直なとこ、国の今後の情勢なんてどーでもいいですけどね。なにせ、あたしはレイ族の捕虜になっちまったんですから。お先は真っ暗。死ぬのはほぼ確実。そりゃあ、ヤケクソになってお喋りにもなりますよ」
まさにヤケクソというか投げやりな口調で、エメは吐き捨てるように言った。仕方ないので、私は元気付けてやることにする。
「そんな自暴自棄になるなよ。さっき私が言っただろ? 殺さないって。だからお前は死なないよ」
エメはその場に座り込み、横目でこちらを見てきた。
「……あたしは戦場に出たのも、生きてるレイ族に出会ったのも、今日が初めてです。でも、あなたが凄まじく特殊な存在ってのはわかります。化け物みたいな強さだし、それに匂いとか顔とか……本能にがつんと来るものがあるから。心を許せたり、あんまり怖くないのも、それが原因だと思います。でも、他のレイ族は……」
エメは言葉を溜め、なにやら言いよどんでいる。
不思議に思う私だったが、ちょうどそのとき、遠くから馬が駆け寄ってくる音が聞こえてきた。
そちらを見ると、馬が四頭、私の方へ向かってきている。先頭の馬には二人乗っているが……あれは、レイランとティレか。
馬車を奪ったことはまだ味方に伝えていなかったから、彼女たちは自分の目で確認に来たのかもしれない。
とりあえずレイランたちを出迎えるため、立ち上がって崖から離れる。
すると、エメが私の背中にぴたりとくっついてきた。怯えた顔から察するに、どうやら向かってきたレイ族の面々を恐れているらしい。
「大丈夫、全員私の部下だ」
「お、お、お願いしますよ。守ってください」
よほど怖いのか、ぶるぶると震えている。戦闘は終わってるんだから、なにもしなければ危害なんて加えられないだろうに……。
だが、明美と同じ顔の娘に頼られるのは、悪い気分じゃない。
ならば、存分に守ってやろうじゃないか。
「し、始祖様っ! ご無事ですか!?」
私の前にたどり着くなり、レイランが叫んだ。馬の四頭が急ブレーキをかけたから、地面の赤い草がバッと宙に舞う。
「ご覧の通り、私は無傷だ。で、お前たちが戦ってた人形兵はどうなった? しっかり止まって、崖に向かって歩き出したか?」
「は、はい、おかげで戦いは終わりました。始祖様の、まさに獅子奮迅の働きのおかげです。兵たちの命を預かる身として、深く御礼申し上げます」
レイランは左の脇腹を押さえて膝をつき、深々と土下座をしてきた。母親と違い、礼儀正しいやつだ。体型もほっそりしてるし。
ティレを含む四人の忍も、レイランの後ろで片膝をついてひざまづいている。少々気になることがあったので、私はティレに尋ねた。
「ま、お互い目的を果たせてなによりだ。それとティレ、忍たちは全員無事か?」
「死人はいません。ただ、矢が肩に刺さって重傷を負った者が一人、他軽傷者が何人かいます」
「そうか。もう私の護衛はいらないから、彼女たちは治療に専念させてくれ。あと、森で捕らえた捕虜はどうした?」
「意思の固い忍に任せ、橋の根元の砦に移送させました。おそらく今頃は、独房に入れられているものかと」
「そうか、わかった」
『意思の固い』というワードがよくわからなかったが、それは聞き流した。私は馬車の方へ目を向ける。
「馬車の中にあるのが、人形兵を操る装置だ。そいつがあれば、アケミ族は人形兵を使って攻めてこれないそうだから、砦に保管しておくといい」
それを聞き、レイランが声を張り上げた。
「ま、真でございますか! それならば今後、防衛時の兵の負担が大きく減るでしょう! ああ、始祖様……まさにあなた様の働きは、神の如しです。いや、実際神であられるのだから、なにもかもが上手くいくのは、至極当然のことなのですが」
顔を上げたレイランは、目を輝かせてこちらを見ている。
……覚えがある眼差しだ。一緒に仕事をするからには、ルミレイのごとく私に心酔しているよりも、ティレのように冷めているほうが頼れるのだが……まあ、いいだろう。
「とりあえず、砦に戻るか。もうやることもないし」
「承知しました。……が、その前に、馬車の装置を見てもよろしいでしょうか? どういったものか、一応目で確認しておきたいので」
「わかった。けど、下手に触るなよ。人形兵への指示が変更されるかもしれないからな」
「肝に銘じます。では、失礼して……」
レイランは立ち上がると、馬車の方へ歩いていく。二人の忍が後に続き、レイランが馬車に乗るのを手伝ったりした。
「始祖様、ひとつお聞きしたいのですが」
ティレが尋ねてきたので、私は彼女に目を向ける。
「なんだ?」
「後ろにいるアケミ族は、捕虜なのですか?」
「ああ、そうだ。馬車の機械を操作できるから、無闇に傷付けるなよ」
エメを安心させるために、私は少し強めの口調で言った。
「心得ました。では、その者の移送は――」
「私がやる。お前たちは触らなくていい」
「はっ」、とティレは短く返事する。そのやり取りを聞き、後ろのエメは静かに息を吐いた。どうやら、ようやく安心したらしい。
私は真後ろにいるそいつに、小声で言った。
「ほら、大丈夫だって言ったろ?」
「は、はい……頼りになります」
ようやくエメは私から体を離した。一歩踏み出て、こちらの真横に並ぶ。
そして、ふと何かに気づいたらしい。
彼女は私の頭にスッと手を伸ばし――。
瞬間、息を呑む。
私は電光石火の速さで動き、エメに勢いよく迫った刀を指で受け止めた。
「ひっ」
か細い悲鳴をあげ、エメはその場にぺたりと尻餅をつく。私はそちらには目もくれず、突如刀を振ってきた人物を凝視する。
「――――なんのつもりだ、ティレ」
ティレは目を見開いてエメを見つめており、刀にはまだ力が篭っている。
意味がわからなかった。
ティレがエメを攻撃した理由が、これっぽっちも思いつかない。まるで、催眠術にでもかけられたかのような豹変ぶりだ。
このままだと刀を捨ててでもエメに襲い掛かりそうだったので、私はもう一方の手でティレの胸ぐらを掴んだ。すると彼女はハッとし、ようやく私に視線を向けてくる。
「あ…………、し、始祖様。えっと、すいません……」
そして刀の先を見つめ、驚いたように声をあげた。
「は、離してください、始祖様! 指が刃に――」
「お前が刀を離せ」
「で、でも……」
「離せ」
圧をかけると、ティレは喉を震わせて刀を手放した。こちらもつかんだ服を離すと、彼女はよろよろと後ずさる。
私は親指と人差し指でつまんだ刃を持ち上げ、切っ先を下に向け、勢いよく地面へと投げつけた。刀は刀身の根元まで土に埋まったので、簡単には抜けないだろう。当然、私の指に怪我などない。
「ど、どうされたのですかっ!」
音で気づいたのか、レイランが馬車から出てきた。脇をかばうように地面に飛び降りると、私とティレとを交互に見比べる。
「妹が、ティレがなにかしたのでしょうか? その刀はいったい……」
「聞きたいのはこっちだ。説明しろ、ティレ」
睨み付けると、目の前の忍は恥じ入るように俯いた。
「ええと……その……アケミ族が、始祖様に危害を加える……と、思ったんです」
いつもの歯切れ良さが、まるでない。言っていることも意味不明だ。
「危害を加えるって、なにを見てそう判断したんだ」
「い、いきなり、始祖様の頭に手を伸ばしたので、それで……」
そういえば、エメはそんな動作をしていた。私はちらりと斜め後ろを見る。
目が合ったエメは半泣きの状態だったが、あたふたと釈明を始めた。
「ちちち、違いますっ。あ、あたしは、その、あなたの頭についた草を、とと、取ろうとしただけでっ」
「草……?」
頭に手で触れると、ふわりと細い物体が舞い落ちた。細くて小さい、一、二センチほどの赤い草だ。
おそらく、レイランたちが到着したときに馬が撒き散らしたものだろう。
……拍子抜けにもほどがある。
エメには敵意なんてなかったし、動作自体も、いきなり刀で切りかかるほど危ないものじゃなかった。
眉根を寄せ、私はティレを見つめる。すると、彼女はゆっくり地面に膝をつき、深呼吸をした。
顔を上げたティレの顔には、いつもの落ち着きが戻っていた。
「……始祖様。自己弁護ではないのですが、ひとつ、レイ族の習性について説明してもいいですか?」
「習性だと?」
「はい。レイ族には、問答無用でアケミ族に殺意を抱くという、抗いようのない習性があるんです。僕がアケミ族に切りかかったのは……情けないことに、そうした内に眠る本能に負けてしまったせいかと……」
それを聞き、私は唖然とした。娘たるレイ族に、そんな恐ろしく凶暴な一面があったとは。
いや……だが、考えようによっては納得できる。
アケミ族は、明美の象徴とも言える特徴的な性質を受け継いだために、レイ族を食うのだ。なら、私の明美への殺意をレイ族がそっくりそのまま受け継いでも、まったくおかしくない。
ティレは説明を続ける。
「そのアケミ族が始祖様に手を伸ばしたとき……僕は、『あいつはもしかしたら始祖様に危害をくわえるかも』と思いました。そして、気づけば体が勝手に動いてたんです。急激に溢れ出てきた、アケミ族への殺意に突き動かされて」
私は驚きつつも、真偽を確かめるためにレイランへと尋ねた。
「レイラン、お前にもそのアケミ族への殺意はあるのか?」
「……ええ、あります。抑えきれないほどではありませんが」
私はその場にいる三人の忍にも視線を向ける。
「お前たちは?」
尋ねられ、彼女たちはそれぞれの口調で答えた。
「す、少しですが……」
「はい、正直ずっと殺したいと思ってました」
「私はそれほどでも……」
なるほど、個人差があるらしい。
私が顎に手を当てて考えていると、レイランはティレの隣に並んで跪いてきた。
「……始祖様。妹は、そうした本能を人一倍強く持っているのです。本人もそうした点を疎み、改善したいと考えているからこそ、普段は抑制的に振舞っている次第でして……」
「……そうだったのか」
言われてみれば、私の顔とか素っ裸を見たときも、ティレは過剰に反応していた。他のレイ族と比べると赤面や戸惑いの具合は断然上だったし、そうした本能が強いという話は真実なのだろう。
しかし、「とはいえ」とレイランは表情を引き締めて続ける。
「僕は見ていませんでしたが……状況や聞こえてきた物音から察するに、妹は始祖様に刃を向けたのでしょう。であれば、決して許されることではありません。どうか厳正な罰を処してくださいませ。しかし、監督不行き届きとして僕も責を負いますので、なにとぞ死罪だけはご容赦を……」
それを聞き、ティレは焦った顔でレイランの方を向いた。
「ね、姉様! あなたが僕を庇う必要は……!」
「いいんだ、ティレ。お前が始祖様をここにお連れしなければ、僕は確実に死んでいた。なればこそ、お前のためなら半身を差し出せる」
「そ……そんな……」
姉妹愛全開で見つめ合うのはけっこうだが、私が死刑とかの重罪を科す前提で話をしてるのはなぜなのか。貴重な人材に、そんなことするわけないだろ……。
あるいは、偉い人間は権威を保つために、逆らう相手に容赦しない姿勢が必要なのだろうか? 最高権力者が国民にヘコヘコする国で育ったから、そういう感覚がピンとこない。
ともかく罪を科さなきゃいけない流れなので、私は適当に考えた罰を与えることにした。
「じゃあ、ティレよ。お前に罰を与える。これから当分、風呂で私の背中を流すこと。私の裸を見て、本能とやらを克服できるようになれ」
皇族姉妹はそろって、「えっ」という顔をしている。
「し、始祖様、自分で言うのもなんですが、それは軽すぎるのでは……。僕はこともあろうに、あなた様に攻撃したのだから、もっと――」
「うるせぇ」
抗議してきたティレを、私は一蹴した。
「こっちは色々あって、精神が疲弊してるんだよ。疲れてんの。これ以上、悩ませないでくれ」
『もっと罪を重くしてくれ』なんて訴え、聞くだけで気が滅入る。うっとうしさが限界に達したので、私は思わず本音をぶちまけてしまった。
「というわけで、この件は終わり! さ、戻るぞ!」
強引に締め、埋まった刀を引き抜いてティレの足元に投げ、周囲を見渡す。
「干草! どこだ!」
そう叫ぶと、馬車の裏あたりから「ヒヒーン!」という泣き声とともに、薄い緑色の馬が現れた。そのあたりに気配など微塵もなかったが……まあいい。
「ほら、立てエメ。お前は私と一緒の馬だ」
「はっ、はいぃ……」
目を潤ませたまま、フラフラとエメは立ち上がる。そばにきた干草はすでに腹這いになっており、エメはその背中によっこらしょと跨った。
尻を叩くと、そのまま干草は立ち上がる。
鞍に手をかけつつ、私はレイ族の五人に向けて言い放つ。
「私は先に行く。お前たちは馬車を砦に運べ。機械が壊れるかもしれないから、慎重に、ゆっくりと来い」
「し、承知しました」
レイランの返事を聞き、馬に飛び乗る。そしてエメの後ろに腰を下ろし、干草の腹をかかとで叩いた。
ゆるりと干草は歩き出し、徐々に加速していく。
視界前方では赤い草原が若干の上り坂となって続いており、大勢の人形兵が左の崖に向かって歩いている。
――なんであれ、これで空橋での戦いは終わった。
細かないざこざは……残ってないと信じたい。
疲れた。とにかく疲れた。
体は全然平気だが、アケミ族との出会いや戦いで精神が磨り減っている。風呂にでも入って、ゆっくりしたい。
そんなわけで心身の力をだらりと抜き、私は草原を走る馬の背にしばらく揺られ続けたのだった。




