??歳・39
私は巫女の仮面を再び装着し、干草に乗って森の中を突き進む。
数分で森の外に出て、ざっと前方を見渡した。
――戦闘はまだ続いている。
が、兵たちの戦い方には変化があった。先ほどはバラバラに散らばっていたレイ族の兵が、一箇所にまとまって連携を取りながら戦っていたのだ。
見ると、その一団の後方には、馬に乗ったサーコートのような鎧を着てる人物がいる。
間違いない、レイランだ。どうやら干草に乗って森から出た後、再び戦闘に参加したらしい。確か、負傷していたはずだが……。
ともあれ、私は干草を駆ってレイランへと近づいていく。
「レイラン! 体は大丈夫なのか?」
馬を並べて問いかけると、彼女はハッとしてこちらを凝視してきた。
「し、始祖様! ご無事――うぐっ」
彼女はうめき声をあげ、捻った腰を手で押さえた。どうやらその辺りを痛めているらしい。だが、すぐに顔を上げて続ける。
「み、見苦しいところをお見せして申し訳ありません。ですが、指揮を続ける程度なら問題ありませんので……」
額に脂汗を浮かべながらも、レイランは恐縮した表情を浮かべている。おそらく、私が帝の権力を奪ったことは忍から聞き及んでいるのだろう。
「わかった。じゃあ、私にも指示をしてくれ。単騎で戦えるから、場所を指定してくれればどこにでも行く」
「……承知しました。恐れ多いですが、その神がかった力を頼らせていただきます。では、敵の後方に大きな馬車がありますので、それを撃退してください。そうすれば、アケミ族の人形兵は動きを止めるはずなので」
「了解した」
人形兵とは、例のゾンビじみた連中のことだろう。どういう仕組みかは不明だが、あいつらを一括で遠距離から操れる方法があるらしい。
レイランの指示を受け、私はすぐさま干草を走らせた。そして、敵味方が密集して戦っている場所を掠めるように迂回し、戦場の奥深くへと突き進む。
一キロほど進んだところで、大勢のアケミ族がかたまっている場所を発見した。
兵が同心円状に布陣しており、数百人の人形兵が肉壁として外縁を固め、その内側に弓兵が並び、中央には一台の馬車がある。陣形が馬車を守るためのものなのは、あまりにも明白だ。
布の屋根がついているから、馬車の中身は見えない。だが状況的に、あれがレイランの言っていた人形兵を操る馬車で間違いないだろう。
飛んでくる矢を適当に素手で弾きつつ、私は敵の陣形の周囲を回った。が、どこにも隙はない。強引に突っ込むしかなさそうだ。
「干草、今からあの中に突っ込むけど、お前は平気か?」
尋ねると、我が愛馬は「ヒヒンッ」と、高い声で一鳴きした。どうやらOKらしい。
「よし、なら行け! 全速力だっ!」
私の命令を聞き、干草は敵陣へ向けて走り出す。
ぐんぐんと凄まじい速さで加速し、そして敵の最前列に迫ると、そこに並ぶ人形兵のわずかな隙間に体をねじ込ませた。
――犬が障害物レースで、間隔の狭いポールを連続でくぐりぬける動画を見たことがある。
今の干草の動きは、ちょうどそんな感じだ。馬とは思えないほど胴体をぐにゃぐにゃさせ、敵兵の間を縫うように進んでいる。
おかげで背中の上はとんでもない揺れであり、私はバランスを取るのに必死にならざるを得なかった。常人ならたぶん、五秒と持たずに振り落とされるだろう。
そして、ひとつの事実に気づいた。
この馬、アケミ族に衝突しないよう、細心の注意を払っている。
兵と兵の隙間を縫うように進んでいるし、ぶつかりそうになった場合は上の私を振り回してでも強引な回避を試みていたのだ。
……まったく、相変わらず意味不明な馬だ。
しかし、こいつの正体はもう深く考えないと決めている。そもそも詮索のしようもないわけだし、私は自分のやるべきことに意識を集中させるべきだろう。
密集した敵兵の間を巧みにかき分け、私を乗せた干草はあっという間に陣形の中央へと到達した。
私は視界を狭める仮面を外し、馬から飛び降りながら刀を抜いた。そして地面を蹴り、周囲の兵を無視して馬車の中へと強引に飛び込む。
そこには棺のような機械があり、手前には指揮官らしきアケミ族がいた。
私は即座に相手を羽交い絞めにし、刀を首に押し付ける。
「投降しろ。アネモネは私が仕留めたから、もうお前たちが勝つ望みはないぞ」
「な、なんだとっ……!」
アケミ族の指揮官は息を呑んだ。馬車の入り口では弓兵たちが弓をこちらに向けているが、上官が人質にされていることに気づき、矢を放てない。
だが、指揮官は覚悟を決めるように息を吸うと、大きく叫ぶ。
「構わんっ! 私ごとでいいから、やれっ!」
そして自分も腰のナイフを抜き、こちらに攻撃を仕掛けてきた。
私は相手の手首を掴んで抑えるが、外の弓兵たちは上官の命令に従って矢を立て続けに撃ってくる。
一本が機械に当たりそうになったのでそれを刀で防ぐが、同じタイミングで飛んできた矢が指揮官の脳天に直撃してしまった。
「ちっ……!」
舌打ちをし、死んだ指揮官から手を離した。
アネモネと一緒だった部隊が腑抜けだったから、脅せばどうにかなると思ったんだが……甘かったようだ。こっちの指揮官は、自己犠牲を厭わない傑物だったらしい。
私の目的はアケミ族の人形兵を止めることであり、それはおそらく、棺みたいな機械を操作すれば可能となる。
が、扱い方がわからない。さっきチラリと見たが、でかいレバーとボタンが幾つかついているだけで、説明書きの類いはなかった。
だから、どうにかしてアケミ族に操作させるしか、今のところ方法はないのだ。
とりあえず飛んできた矢を弾きつつ、私は馬車の外へと飛び降りた。
直後、横から兵が剣で襲い掛かってきたので、そいつに全力の袈裟斬りをお見舞いする。アネモネに教わった剣術であり、相手は体が斜めに真っ二つとなって、大量の血液を撒き散らしながら崩れ落ちた。
さらに何人かが襲ってきたが、私はそれらも同じようにド派手な形で返り討ちにしてみせる。あえて凄惨な殺し方をすることで、アケミ族の戦意を萎えさせるためだ。
周囲の敵兵が引き気味となり、私から距離を取った。
そして一斉に弓矢を撃ってくる。こちらに対して前列の人間がしゃがむことで、二、三十人が一斉に攻撃を仕掛けてきたのだ。
普通の人間なら、瞬時に全身が穴だらけとなる状況だろう。
が、今の超人めいた私には何の問題もない。向かってくる矢の軌道は簡単に把握できるし、避けることも弾くこともたやすく、なんなら直撃しても少し痛いだけで済む。
馬車の中の機械に当たらないよう気をつけ、私はしばし矢の雨を浴び続けた。
そして数十秒が経過して弓兵たちの矢が尽き、攻撃がぱたりと止む。
ピンピンしている私を見て、敵一同は驚き、唖然としていた。
矢がなくなったことで仕方なく剣を抜く者が何人かいるが、彼女らも立ち尽くしたままで襲っては来ない。先ほど味方が斬殺されているのを目撃したから、容易には接近戦を仕掛けられないのだろう。
私は反撃できる姿勢を保ったまま、そうして周囲の観察を続ける。
――明美と同じ顔をした大勢の人間に取り囲まれ、凝視されるのは、なんとも不思議な気分だ。
ここにいるアケミ族は人形兵と違って人間らしい情動があり、アネモネのような常軌を逸した体型でもない。右頬の入れ墨を除けば、明美本人と酷似していると言えるだろう。
じっくり彼女たちの顔を見ていると、戦意が萎えていくのを感じる。
だが、私はあえてその状況を受け入れた。ようやく落ち着いてこっちの顔を認識できたからか、目の前のアケミ族たちは例外なく涎を垂らし、私以上に戦意を喪失していたからだ。
(――さて、どうするかな)
事態は今、完全なこう着状態にある。
指揮官を脅す作戦が失敗した場合を、まるで考えてなかったせいだが……まあ、それは仕方ない。
とにかく、敵全員を殺すのも逃すのもダメだ。一人は捕らえ、人形兵をコントロールする機械を操作させる必要がある。
再度ざっと見渡し、私は捕らえるのに良さげな人物を見つけた。右端後列にいるアケミ族で、一際マヌケ顔でこちらを凝視し、背中の矢筒にはまだだいぶ矢が残っている。
撃てる矢があるのに周りに合わせて攻撃をやめたということは、戦意は間違いなく低いだろう。拘束しても、先ほどの指揮官のように死に物狂いで反撃してくるとは思えない。
というわけで、私は一気に駆け出してそのアケミ族へと迫った。そして刀を持たない左手で、彼女の首を軽く鷲掴みにする。
「ヒィッ……!」
そいつは息を呑み、恐怖に顔を引きつらせた。周りのアケミ族も同じく驚き、すぐさま私から距離を取る。
「なあ、お前は馬車の機械を操作できるか? 正直に答えろ。でないと首を握り潰す」
私がドスを利かせた声で尋ねると、目の前のアケミ族はコクコクと連続で首を縦に振った。嘘ではないようだし、抵抗する気配もないし、捕虜とするのはこの女でいいだろう。
アケミ族の魅了状態を解除するために仮面を再装着し、私は声を張り上げた。
「よし、じゃあ他のアケミ族は、今すぐ撤退して橋の向こうに帰れ! 残ったやつは戦闘の意思有りとみなし、一人残らず殺す!」
アケミ族たちは顔を見合わせ、そして一斉に逃げ出した。円陣の外側を囲む人形兵の間を掻き分け、橋の二陸側へと全力疾走で向かう。
「あ、あ、あの、あたしは、どうなるんでしょうか」
私に捕まったアケミ族は、怯えきった口調で尋ねてきた。
よく見ると、だいぶ若い。十代半ばといったところか。少し気の毒になったので、私は口調を柔らかくして答える。
「安心しろ。殺すつもりはまったくない。無論、お前が抵抗しなければだが」
「し、しません。絶対しないです。だから、その……機械を操作したら、あたしも逃げていいですか?」
私はしばし考え、そして言った。
「ダメだ。お前は捕虜にして連れ帰る」
「そ、そんなぁ……」
絶望し、そいつはがくりとうなだれる。
彼女を捕虜にしようと思ったのは、素直で順々な性格のようだし、色々聞き出すのに適していると考えたからだ。
――家に帰してやりたい気持ちも、なくはない。
だが、アケミ族である以上はこいつもレイ族を食ってきたかもしれないし、これから食うかもしれないのだ。レイ族の益を損なってまで、この女に慮る必要はないだろう。
「さ、ちゃっちゃと動け。まずは装置を動かして、戦ってる人形兵の動きを止めてもらう。できるな?」
「はい……」
目的を果たすべく、私は捕らえたアケミ族を馬車へと押し込んだ。




