??歳・37
最初にアケミ族と遭遇した場所以上に、森は密度が高かった。
木々が狭い間隔で生えており、半端な茂みも多いので、真っ直ぐ歩くことすらできない。ましてや馬で駆け抜けるなど、通常なら不可能だろう。
敵の急襲を受け、ここに逃げ込んだレイランの判断は正解だったと言える。相手は機動力のある部隊のはずだから、森の中ならばその長所を大きく削げるからだ。
彼女たちが森に入った証として、森と草原の境には鞍をつけた十数頭の馬がそこらをうろついてた。レイランとその護衛たちが乗り捨てたもののはずで、敵の馬も混ざっているかもしれない。
が、そうしてざっと森を見回して、気づいた。馬がいるあたりの森の一部に、でかい何かが通ったような痕跡がある。細い木は折られ、茂みは踏み潰され、まるで重機が強引に通り抜けたかのように、道というか割れ目ができているのだ。
(なんだ、あの破壊の跡は。敵は象にでも乗ってるのか?)
パッと見、そうとしか思えない。地面には草や落ち葉が多いから足跡は判別できないが、巨大かつ怪力を持つ何かがここを通過したのは間違いないだろう。
枝葉の散乱の仕方からして、雑な通り道が作られたのは今さっきだと思われる。巨大な敵に追われていたのだとすれば、レイランがここに逃げ込んだのも頷ける話だ。
……レイランを追い込んでいるのは、私の想像の及ばない敵なのかもしれない。
が、こっちに都合の良いこともある。切り開かれた道を通れば、さほどスピードを落とさずに森を通過できるという点だ。
「干草! いけるな!?」
森の割れ目に一直線に向かい、私は声を荒げる。私の乗る馬はヒヒーン! と一鳴きし、全速力のまま突っ込んだ。
踏み荒らされた森の隙間を、干草が駆ける。
地面に倒れている木々を飛び越え、眼前に現れた巨木を機敏にかわし、ほとんど速度を緩めずに森を突き進んでいく。
そうして五分ほど進んだところで、唐突に視界が開けた。木や茂みが一切なく、岩が点在している広い空間で、右には大きな湖がある。森を抜けたわけではないので、真上から見たらぽっかり口を空けたような空間となっているだろう。
私はハッとした。視界の左奥、およそ百メートル先に大勢の人間がいたのだ。
手前側に鎧を着たアケミ族らしき一群が並んでいるのだが、私の視線はそいつらを通り越し、奥にいる特徴的な二人に吸い寄せられる。
一人は、地面に倒れて、頭を守るように腕を上げているレイ族だ。鎧の上にコートのような服を羽織っており、ひと目で将とわかる格好をしている。彼女がレイランである確率はかなり高いだろう。
驚くべきは、その手前に立つ巨人だった。そう、巨人とも言えるほどの、三メートル近くある人間がいたのだ。
こちらに背中を向けて斧を振りかぶっており、眼前で倒れている相手に今にも攻撃を加えようとしている。
私は考える間もなく、刀を抜いた。そして思いっきり振りかぶり、全力で巨人めがけて投擲する。
刀は空気を切り裂きながら一直線に進み、見事に巨人の肩へと突き刺さった。そいつはまったく怯まなかったが、一旦斧を下ろしてこちらに振り向いてくる。
私はすぐに手綱を握り直し、そのまま干草を全速力で走らせる。
そして凝視してくるアケミ族の軍隊を無視して通り過ぎ、巨人と倒れているレイ族のそばへと飛び降りた。
両者の間に割って入った私を、巨人が静かに見下ろす。
そいつは、明美を極限までごつくしたような顔をしていた。右頬には、赤い花を思わせる入れ墨がある。
……となると、アケミ族の一人なのだろうか? 体つきは明美に似ているどころか、人間の域から思いっきり外れているのだが……。
巨人はこちらをじっと凝視したままで、攻撃を仕掛けてくる気配がない。
なので、私はそいつと視線を合わせつつ、背中側にいる人物に呼びかける。
「レイランだか誰だか知らんが、立てるか?」
「な……なんとか……」
私と同じ声が、後ろから弱々しく響いてくる。ざっと見た感じ出血はなかったが、打撲や骨折などの怪我をしているのかもしれない。
「よし、なら私の馬に乗れ。そいつがお前を、忍たちの元に連れて行ってくれる」
「お、恩に着る……」
うめき声とともに、立ち上がる音が聞こえた。干草は気の利く馬なので、怪我人が乗りやすいように地面に腹をつけていることだろう。
敵は黙って見逃してはくれないだろうな……と思っていたら、奥から明美の声が唐突に響いた。
「お、おい、なにしてんの! 早くレイランを倒してくださいよ!」
焦ったような口調ではあったが、それは間違いなく明美の声だった。再び耳にしたアイツの声に感情がかきむしられるが、強引にそれを抑え込む。
叫んだのは鎧部隊の後方にいる、やや豪華な鎧を着たアケミ族だ。巨人に命令を発したようだが、目の前のそいつは私を見据えたまま鼻をピクピクさせているだけで、攻撃してくる気配はない。
巨人に見切りをつけたのか、さっきの明美が再び声を荒げる。
「ゆ、弓隊、矢を放てー! レイランにとどめを――」
「邪魔ぁすんじゃねぇっ!」
突如、巨人が背後に向かって絶叫を放った。とんでもない声量で、野太くはあるが一応明美の声に似ている。
「レイランなんて小物は、もうどーでもいいんだよ! はるかに面白そうなヤツが、目の前に現れたんだからなぁっ!」
巨人はそう叫ぶと、再び眼前の私を見下ろしてくる。そして、にやりと好戦的な笑みを浮かべた。
直後、後ろから馬が走り去る音が響く。干草がレイランを乗せ、離脱したのだろう。それを見かねたのか、先ほどの指揮官が再度命令を発する。
「くっ、追え! やつを逃す――」
「だから邪魔すんなって言ってんだろうがっ! てめぇらを先に血祭りにあげてやろうかっ!」
巨人は恫喝するように、背後のアケミ軍へと叫ぶ。
「どどど、どういうつもりですか、アナタ! 私の指示に従うって契約は――」
「けいやくぅ? 知ったことかよ、そんなもん! 文句なら、アタイを派遣したゲートキーパー様に言いな!」
……どうもこいつら、同じ組織の仲間ではないらしい。巨人にガンを飛ばされ、後ろの一群は明らかに怯えている。
よくわからんが……とにかく、状況は私に味方していると言えるだろう。
逃したのは間違いなくレイランのようだし、敵はそれを追わずにいる。レイランを救うという目標は、なんとか果たせそうだ。
しかし、代わりに私がやばい。
なんか巨人と一対一で戦う流れになってるが、こんなこちらの倍近い身長の相手に、どう戦えばいいんだろう? 横幅の差はそれ以上で、プロレスラーをそのまま巨大化させたような体をしてるし、体重は軽く三、四百キロはあるんじゃなかろうか。
まあ、今の超人めいた私なら死にはしないと思う。が、敵がそれ以上の化け物という可能性だって、十分ある。というか、見た目だけを比べたら全然勝てる気がしない。
後ろのアケミ隊は追うことも攻撃することも諦めたようで、静観の姿勢に入っている。私の仲間たちは森に入るときに馬を降りていたようだし、追いつくまで十数分はかかるだろう。
巨人と一人で戦うことがほぼ確定し、とりあえず私は数歩下がって距離を取った。
すると、巨人は自分の左肩に刺さった刀を引き抜き、乱暴にこちらへと投げてくる。
「ほらよっ」
軽妙な言葉と共に返された刀を、とりあえずはキャッチする。
……っていうか、肩の肉に思いっきり刃物が刺さってたのに、痛くないのか? 色々化け物じみてて、もはや人間かどうかすら疑わしい。
というわけで、私はその疑念をストレートに聞いてみた。
「……お前、アケミ族なのか? めちゃくちゃデカいが」
「はっはっは! レイ族にはいねぇだろ、アタシみたいに、セクシーでダイナマイトなやつはよぉ!」
セ、セクシーでダイナマイト? 確かに巨乳だし、爆発的な体型ではあるが……。
久しぶりに英語っぽい言葉を聞いたこともあり、私は少々戸惑った。アケミ族はレイ族と違って、文化に英語が混ざっているようだ。
「つーかよぉ、レア度だったらてめぇのほうが上じゃねぇか。その美味そうな匂いに体型、そして声! どれをとっても完璧すぎる! なあ、その変な仮面を外して、顔も見せてくれよ!」
やはり、私の容姿はアケミ族も惹きつけるらしい。ともあれ意思の疎通はできるようなので、私はリクエストに答えてやることにした。
巫女の仮面を外し、腰帯にかける。
すると巨人は唖然としてこちらを凝視し、口をあんぐり開け、涎をだらだらと垂らしだした。
「なんて……なんて美味そうなレイちゃんなんだ……」
「……お前も私を食いたいか」
「ああ、食いたいねぇ! 頭蓋骨を割って、目ん玉を丸呑みして、脳みそをちゅうちゅう吸いてぇ!」
巨人は斧を構え、前かがみの姿勢となった。やはり、いつまでもお喋りはしてくれないらしい。
――ここまでヤバそうな相手と戦うのは、LAWS以来か。だが、今回は助けてくれる仲間はいない。私自身が強いとはいえ……さて、どうなることやら。
ふーっ、と息を吐き、体の力を抜く。
そして左手を前に出し、私は指先をくいくいっと曲げた。
「来い、アケミ族」
「いただきまぁぁああすっ!」
巨人は咆哮とともに飛び出し、かくして二人の戦いが始まった。




