??歳・36
私は馬を走らせたまま、腰の刀を勢いよく抜いた。そして進行方向にいるアケミ族の首目掛け、横なぎの一閃を繰り出す。
一旦通り過ぎてから減速し、右に曲がって振り向くと、血を吹き出しているアケミ族の首の断面が見えた。頭を失い、そいつは槍を持ったまま後ろに倒れこむ。
襲われていたレイ族は無事だった。刺し傷は幾つかあるが、致命傷ではない。
殺されそうだった兵士を助けられたことに安堵しつつ、私は再び干草を走らせる。
初めてアケミ族を殺したわけだが……ガチガチに心を固めていたおかげで、思ったよりはなにも感じない。いや、感じている暇がないと言ったほうが正しいか。
今、私と連れの忍たちは、一ヶ月前に破壊された大砦の近くにいる。
そこに到着したときには、すでにレイ族とアケミ族とが激しく争っており、死体がごろごろ転がっている状態だった。
事前の情報によるとレイランはこのあたりにいるはずだったが、姿は見えない。なので、私たちは一旦助太刀に入ってレイ族の兵を助けつつ、レイランの居場所を彼女らから聞き出すことにしたのである。
――馬で戦場を駆り、刀で敵を切り殺す。
そんな異世界ファンタジーや時代劇のようなアクションを、私がこなすことになるとは。つい最近まで月でテロリストやロボットと戦ってたってのに、めちゃくちゃすぎるだろ、私の人生。
……と、殺戮の真っ只中にいつつも、私は自分を客観的に見ていた。
だって、どうにも現実感がないのだ。
私の顔をした大勢のレイ族と、明美の顔をした大勢のアケミ族が、血肉を撒き散らしながら殺し合っている。
倒れたレイ族の体を、倒したアケミ族が食いちぎり、それを別のレイ族が取り囲んで切り刻んでいる。
あそこに落ちている腕は、どちらのものだろう?
なんでアケミ族はゾンビのごとく、無表情で一切声をあげずに戦っているのだろう?
わからないこと、受け入れたくないことが、あまりも多すぎた。
はっきりしているのは、『自分の娘であるレイ族を殺されたくない』という私自身の思いだけであり、だから戦った。敵であるアケミ族を殺して回った。
レイ族を守るため、ひたすら無心で戦ったのだ。
忍の笛の音が聞こえたのは、戦闘が始まってから十分ほどが経過したあたりだった。
事前に教えられていた集合の合図であり、私はすぐさま馬首を巡らせてそちらへと向かう。
わずか十分間に、数十人のアケミ族を殺した。
二十人ほどまでは数えていたが、あまりにもサクサク殺せたために、それ以上は覚えていない。
馬に乗りながらだと刀を振るいにくかったため、途中からは拾った槍を使い、ひたすらに敵を突き殺しまくってた。
凄まじい戦果だが、これは私が強いというより、アケミ族が弱かったためだろう。
なにせ、連中はまともな鎧さえ着てないのだ。最初に出会ったアケミ族と同じく、服とすら言えない簡素な布を被っているのみで、防御力は皆無。戦いぶりも正面の相手に槍を振るうのみという、愚直極まりないものだった。
そして、数がとにかく多い。
弱いが大勢いるので、倒しても倒してもわらわら沸いてくるし、足を止めているとすぐに多方向から槍の攻撃が飛んでくる。戦場となっている開けた土地には百人ほどのレイ族の兵士がいたようだが、アケミ族は軽くその十倍はいただろう。
ゆえに地面に転がっている死体はほとんどが敵兵なのだが、そうして物量にごり押しされているために、戦況は概ね劣勢だったのである。
私はだいぶ戦場の奥深くにいたようで、笛の音が聞こえた地点に到着したときには、他の忍はほとんど集まっていた。
「レイラン様の居場所が判明しました! なんでも敵の精鋭に集中的に狙われて、そのため北にある森に逃げ込んだみたいです!」
情報を入手した忍が、周囲の喧騒に負けじと大声で言った。私は頷き、すぐに指示を飛ばす。
「よし、その森に向かう! 急ぐぞ!」
両足のかかとで横っ腹を叩くと、干草はすぐに走り出した。
事態は一刻を争う。精鋭らしき敵の部隊は周囲に見えないし、未だにレイランの部隊と交戦中の可能性が高い。今この瞬間、レイランの首が落とされていても不思議ではないのだ。
なので、再び私は干草を全速力で走らせた。また忍たちと距離が開いてしまうが、仕方ない。レイランが死んだら、私たちがここに来た意味も、兵たちが必死に敵兵を押し留めている意義も、すべてが無駄になってしまうのだ。
数十メートル真横に離れた場所で、アケミ族の集団に飲み込まれるレイ族がいた。が、私は唇を噛み締めてそれをスルーする。一分一秒を争う今、彼女たちを救っている暇はない。
人の命が、軽い。
敵も味方も次々死ぬし、見捨てなければならない命さえある。
――この感覚は、月面ホテルでテロリストたちを虐殺したとき以来か。
だが……当時とは状況がまったく違う。今の私は責任ある立場であり、守らなければならない人間が大勢いるのだ。
やるべきことを、やらねば。
一族の未来を大局的に見据え、命の取捨選択をしなければ。
そうして使命感と責任感に精神をごりごり削られながら、私は森へと向かってひたすらに駆けた。




