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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
120/174

??歳・34

 上っては下り、上っては下り、と、目的地に向かう道中は坂道だらけだった。山から山へと延々移動していた、と言っても過言ではない。

 ルミレイの言葉通り、この一帯の土地は起伏に富んでいるらしい。


 たくさんの村や町を通り、おかげでレイ族の生活や文化、おおよその暮らしぶりも掴めてきた。当然ながら文化に違いがあるものの、社会レベルはだいたい日本の江戸時代あたりと同等と考えていいだろう。

 ただ、そうして色々見聞きしたうえで、昔の日本と比べて優れていると断言できる点がひとつある。それは、現代日本と同等以上の治水設備があることだ。


 ――大府の地下にあった、無数のパイプの通った大空洞。

 あれに連なる施設はいたる場所にあるらしく、各地の共同体はそうした上下水道が用意された土地に作られている。ゆえに、人々はいつでも低コストで清潔な水を得られ、汚れた排水を環境に影響を与えることなく処理できているのだ。

 使える水量が天候、川の位置に左右されないため、不作や水不足といった概念すら存在しない。造化六花の環境が神かなんかによって完璧に掌握されている証左だが、その点においては現代日本など到底敵わないと言えよう。


 しかし逆に言えば、それは治水設備がない場所に人は簡単に住み着けない事実を意味している。なので今後人口が爆発的に増えたら、そうした点は大きな問題となるかもしれない。


 とはいえ、大多数の集落は走って通り抜けただけだし、馬の交換で足を止めたときも休憩なしで出発したので、人々の暮らしをじっくり見れたとは言いがたい。

 だから状況が落ち着いたら、ルミレイあたりを連れ、民への顔見せを兼ねて各地を巡るのもいいだろう。


 なんだかんだで、やはり私はこの世界を、人々を、知らなさ過ぎる。

 王様みたいな立場となるなら、もっとそのあたりを肌で理解するべき――と、村々の民を見て思ったのだった。




 馬の交換は二十回以上行ったが、毎回時間は五分とかからなかった。事前に忍の一人が道を先行して、交換のための馬の手配を済ませてくれていたからだ。


 そして、やはり私の馬――干草を乗り換えることはなかった。

 周りの馬が二、三十分で体力の限界を超えて走れなくなるなか、干草だけは別の生き物のようにケロリとしていたためである。これには忍たちも驚き、「さすが始祖様の愛馬だ」と感嘆していた。


 乗馬の操作も楽だった。というか、道中ではほぼ何もしていないと言ってもいい。

 向かう方向も、止まったり走ったりするタイミングも、干草は周りの馬に合わせて勝手に動いてくれたからだ。

 とはいえ、手綱や足での命令はもちろん、口頭での指示にさえ的確に従ってくれたため、決して自由気ままな馬ではない。私にはどこまでも忠実だし、こちらの乗り心地を意識してか、背中が過度に揺れないようにする配慮さえ感じられたのだ。


 ……やはりどう考えても、干草は普通の馬ではない。私と同様に、世界の理から色々と外れすぎている。


 明美の仕業か、はたまた宇宙人の仕業か。

 一切不明だが、そうした神的な連中に連なる存在と見て、ほぼ間違いないだろう。そして相手が超常的な存在である以上、私じゃどう足掻いても対処できないかもしれない。

 だから、干草についてあれこれ考えるのはやめた。

 便利な馬である事実に変わりはないわけだし、しばらくは愛馬として役に立ってもらうとしよう。




 造化六花は、六つの細長い大陸が中央で繋がる雪の結晶の形をしている。

 レイ族はこれを七つのエリアに大別し、中央部分に『零陸』、上の棒に『一陸』、右上に『二陸』、そして以降『三陸』、『四陸』、などと名付けていた。


 私が現在いるのは一陸だ。そして一陸の右端半ばには、右隣の二陸へと繋がる長さ四、五十キロに及ぶ巨大な橋がある。

 陸と陸とが伸びて繋がっている橋であり、高度二千メートルほどの高さにあることから、人々はこれを『空橋』と呼んでいる。

 空橋の横幅は一キロほどもあり、道中には激しい起伏や森、湖といった自然環境が存在する。なので、『橋』という言葉ほどには平坦で狭い場所ではない。


 そして、レイ族が支配する一陸とアケミ族が支配する二陸を繋いでいるため、この空橋は古来から幾度も戦の場となってきた。

 橋は一陸の高地から二陸の低地を繋いでいるため、二陸側は夜間、冷気の嵐が吹き荒れる。ゆえに、時間を問わず橋の根元に陣取れるレイ族が、長らく空橋の支配権を得ていた。

 そして同じ理由で橋の先に領土を広げることはできないため、数百年間、この橋がレイ族とアケミ族との領土を分かつ境界となっていたのである。


 だが、そうした状況に近年、変化が起きる。五年ほど前から、アケミ族が猛攻を仕掛けてきたのだ。

 それは、大軍を動員して昼に攻め立て、夜が来る前に退却する――というシンプルかつ愚直な侵攻だった。当初、レイ族はこのアケミ族の動きを一笑に付す。あらかじめ堅牢な防衛陣地を持ち、なおかつ高所に位置するレイ族は、立地において圧倒的に優位だったからだ。

 そして事実、戦闘は毎回レイ族側の圧勝に終わった。五千を越える敵勢を、数百人で一方的に追い返したことさえあった。


 しかし時間がたつに連れ、レイ族の楽勝ムードは消え失せる。アケミ族はどんなに兵を失っても侵攻をやめず、数十日のスパンで同規模の攻撃を仕掛け続けてきたからだ。

 一年たっても二年たっても、アケミ族の侵攻の勢いは衰えなかった。『圧倒的有利な地形』対『圧倒的物量』による戦いが、幾度も繰り広げられたのである。

 結果、徐々にレイ族は押し込まれていった。

 帝の援助や采配によって戦力を増強したものの、毎回捨て身で攻めてくるアケミ族には敵わず、小さな敗北を重ねていってしまう。


 そして一ヶ月近く前、橋から三分の一ほど進んだ場所にある大きな砦が、敵の侵攻によって徹底的に破壊し尽くされた。レイ族の防衛ラインは一気に押し下げられ、地の利が著しく損なわれたのである。

 アケミ族の攻撃は定期的に行われており、近年のその間隔はおよそ一ヶ月。つまり、近日中に再侵攻される可能性が高い。


 聞けば、ティレはそれを危惧していたからこそ、空橋に派遣されていたレイランを助けたかったとのこと。――さすがに、始祖自身が姉を助けにいくとは思っていなかったようだが。



 道中、馬上でそうした話を聞きつつ、私はようやく空橋とやらに到着した。


 時刻は昼下がり――およそ午後二、三時ほどであり、夜が来るまでにはしばらく時間がある。

 そして陸と陸を繋ぐ巨大な橋を高所から見下ろし、『大紅蓮空橋』という名の意味を知った。橋の上には広大な草原や森が広がっているのだが、それらの草木すべてが真っ赤に染まっていたのだ。


「すごい紅葉だな……草まで赤い。あれって一年中ああなのか?」


「はい。この空橋特有の現象なので、他には見られません」


 山道を下りながら尋ねると、隣を走るティレは簡潔に答えてくれた。

 なるほど、ここ限定でしか見られないのなら、観光地として解放すればさぞ大勢の人間が集まってくるだろう。

 ――無論、戦争の舞台となっている現在では不可能なことだが。


 私は大紅蓮空橋の先、二陸の低地に目を凝らす。が、全長四、五十キロということだけあり、晴天にもかかわらず対岸は霞んでよく見えない。ただ、茶色っぽい土地が山の中腹まで広がっているのはぎりぎりわかる。どうもそのあたりは、植物のない荒野となっているようだ。

 昼が普通の気温で、夜が極寒ならば、夜間を安全に過ごす方法さえあれば生活できそうなもんだが……どうだろう。


 視線をこちら側に戻し、橋の根元を見る。高所にあるから、こちら側の外縁は完全に崖となっているようだ。

 崖の下は……どうなっているかわからない。海があるのだろうか? 低地で冷気の風が吹き荒れるということは、海上もまともな環境ではないっぽいが……。


 しかし、そうして橋全体を俯瞰していたら、あることに気づいた。

 黒い岩石地帯の近くで、小さい点の群れがわちゃわちゃしている。軽く十数キロあるから、はっきりとは見えないが、まさか――。


 空橋の現状に気づき、私は周囲の忍に向けて声を張り上げた。


「戦闘が行われている! 急ぐぞ!」


 返事を待たず、一気に干草を走らせた。

 すかさず着いてくる後続とともに坂道を駆け下り、私は戦場へと向かう。

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