??歳・33
巨像の背中側に当たる山の根元には、公的機関とも言える建物が密集していた。
大府やレイ族全体の行政を司る役所、そうした業務を生業とする宰相を中心とした役人たちの住居、帝の近衛兵である守備隊の屯所、などが集中して置かれている。
私は諸々の手続きや準備を終えた後、そこにある馬の厩舎へとティレに連れてこられた。
だいぶ時間がかかったため、すでに二つ目の太陽は沈みつつあり、気温はぐんぐんと上がってきている。
夜が来るときと違って風は吹かないらしく、マントは羽織っていない。少々肌寒いだけで屋外も普通に歩けるため、この時間から活動を始める人間も多いらしい。
厩舎からはすでに多くの馬が外に出され、忍たちによって鞍などが取り付けられていた。
「一応確認しますが、始祖様は乗馬はお出来になりますか?」
歩きながらティレが聞いてきたので、「初心者だけど」と答える。
「では、扱いやすい馬に乗っていただきましょう。とはいえ頻繁に乗り換える予定なので、始祖様に慣れてもらうのが一番ですが」
「乗り換える? なんで?」
「急がれるのでしょう? だったら馬を全力で走らせる必要がありますが、それだとすぐに体力が尽き、長時間の休憩を余儀なくされてしまいます。なので都度、消耗した馬から元気な馬に乗り換えるわけです」
「……なるほど」
そういえば大府に来たとき、ルミレイが乗っていた黒い馬はけっこうすぐにバテちゃって、後半は走らせるのが可哀想だった。あのときもすぐに乗り換えてやるべきだったかもしれない。
そしてこのあたりでようやく、私はくすんだ緑色の馬のことを思い出した。
利口なうえに体力のあるあいつなら、何回か休憩をスキップできるだろう。いや、忍たちと一緒に移動する以上、私だけできても仕方ないが……ともかく色々楽にはなるはず。
大府に到着してからずっと、あの馬は街の入り口の馬屋に預けてある。となると、一旦別の馬をここで借り、それに乗って街入り口まで向かうべきか。
……いや、さすがに面倒だな。そこまでするくらいなら、諦めて普通の馬を選んだほうがいいかもしれない。
などと考えていたら、目の前にある厩舎から一際大きい馬のいななきが聞こえてきた。
ふと、そちらに目をやって驚く。例の変な色の馬が、そこにいたのだ。
「……あれ? なんであいつがここに」
小走りで厩舎の中に入り、柵から頭を出している馬へと駆け寄る。そいつは「ブルルル……」と鳴き、私に向かって頭を垂れてきた。
このなんとも表現しづらい色に、私への妙な懐き具合。
間違いなく、大府に来るときに乗った馬だ。
「知ってる馬なのですか?」
ティレが聞いてきたので、私は頷く。
「こいつに乗ってこの街に来たんだ。入り口の馬屋に預けてたはずなんだが……」
「……妙な話ですね。あちらとここに、馬のやり取りなどないはずですが」
馬が頭を上げたので、私はそいつの鼻あたりを軽く撫でてやった。特に反応はない……と思ったら、尻の後ろの尻尾がぶるんぶるん揺れている。
「よくわからんが、私の馬はこいつでいいや」
「承知しました。では、手の空いた忍に乗る用意をさせましょう」
ティレがその場を離れたので、とりあえず私は柵の棒を外した。
すると、促すことなく馬はゆっくりと外へと出てきた。そして私の隣で止まり、妙に静かな目でこちらを見てくる。……何かを思索しているような、知性を感じる目だ。
思い起こせば、確か神殿下の村の厩舎にも、こいつは元はいなかったという話だった。私が馬に乗ろうとするときに、ワープでもして現れているのだろうか?
「お前……もしかして、明美がよこしたのか?」
馬は沈黙したまま、なんのリアクションも返さない。
言葉を理解しているような素振りも見せていたはずだが……まあ、いいか。乗りやすい馬であることに変わりないし、愛用するとしよう。
他の忍がやってきて、その馬に鞍や手綱を装着し始める。
ふむ。せっかくだから、こいつに名前をつけてやるか。馬丸、馬太……いや、チンコ見えないから、こいつメスか。なら……。
そうして考えていたら、厩舎の隅に干草の山が積まれているのが見えた。それらのくすんだ色は、目の前の馬と酷似している。ピーンときた。
「よし、決めた。お前の名前は干草だ。これからそう呼ぶぞ」
馬はヒヒーン! と、返事をするかのようにいなないた。鞍をつけてる忍はびっくりしている。
「し、始祖様の呼びかけに応えるなんて……お利口な馬ですね」
「そう、特別な馬なんだ。な、干草」
名前を呼ぶと、干草はさらにブルルと声を出す。尻尾を千切れんばかりに横に振ってるし、よほど嬉しいらしい。私はその鼻っ面を愛着を持って撫でてやった。
準備が完了し、私とティレ、そして忍九名は、大紅蓮空橋という場所を目指して出発した。
全速で飛ばしても、到着までは九時間から十時間はかかるらしい。ならば、道中は気楽に乗馬や周囲の風景を楽しむとするか。




