??歳・32
遅れて広間に移ると、忍たちは整列した状態でしゃがみ、片膝をついていた。
自然とそんな挙動を取るってことは、普段から彼女たちはここで帝の前に集められていたのかもしれない。
列の先頭にはティレがおり、その正面には先日レイカンが座っていた高い段がある。でかくてふっくらした座布団は、なかなか座り心地が良さそうだが……私はそれに座る気にはならなかった。帝と違うことをやりたいのだから、帝と同じ位置に座るのはおかしいと思ったのだ。
とりあえず座布団の隣に立ち、そのまま腕を組む。
さて、部下の総指揮を任せる人物を、どうやって決めようか。ティレは忍の長になったみたいだし、手元に置いておきたいし、まず除外だ。
……そして、もう候補がいなくなった。やはり、彼女たちに尋ねるしかあるまい。
だが問いかけようとしたら、直前にティレが声を発した。
「始祖様、ひとつ進言したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「いいよ。なに?」
「始祖様の右腕に推薦したい人物がいます。優秀で、改革を望んでおり、血筋も良く、始祖への信仰もあつい人物ですので、あなた様を補佐するのにふさわしい人物かと」
私は少し目を見開いた。こちらから聞こうと思った話を、先にしてくれるとは。渡りに船とは、まさにこのこと。
というわけで、私は早速その話に食いついた。
「よし、ならそいつを連れてきてくれ。まずは話をしてみよう」
「すぐには不可能です。大府には今おりませんので、呼び寄せるのに一週間ほどかかるかもしれません」
「そうか、なら日が回り次第、その手配を――」
ふと、気づいた。
ティレがほんのわずかだが、言いたいことを飲み込んだ気配を漂わせている。彼女の無愛想に慣れてきた今だからこそ察知できた、ささやかな表情の変化だ。
「……推薦したい人物とやらの名前は?」
「レイラン。レイカンの長女です」
となると、ティレの姉か。なんでこいつは、そういう大事なことを言わないのか……。
「今、どこにいる?」
「大紅蓮空橋――アケミ族との戦の、最前線となっている地です」
思い出した。レイカンは確かティレに、「貴様も前線送りにしておくべきだった」とか言っていた。
となると、そのレイランなる人物は母に疎まれて戦地に送られたのかもしれない。
「送られたのはいつだ? 戦況は?」
「つい、三週間ほど前です。アケミ族に押し込まれて劣勢となったがため、その戦況を変えるべくレイカンに派遣されました」
「レイカンとレイランの関係について、詳しく説明してくれ」
ティレは言葉が簡潔すぎて、聞いたことしか教えてくれない。知りたい情報は、こちらから具体的に聞き出さなくては。
「二人の仲は、良くありませんでした。レイランは頭脳明晰で人格にも問題ないのですが、弱者に負担を強いるレイカンの治世に反対しており、ゆえに両者はたびたび衝突していたのです。近年は一層諍いが激しくなり、ゆえにレイカンは跡継ぎたる長女に見切りをつけ、亡き者とすべく戦の前線へと放り込みました。レイランは功績を立てて軍や諸侯を味方につけ、反乱を起こすことを目論んでいたようですが……戦況が好転したという報告は入ってきていません。おそらく、想定を超えるアケミ族の猛攻に苦戦しているのでしょう。あるいは、帝による妨害を受けていたのかもしれませんが」
「二人の関係は、そんなところです」と、ティレは長い説明を締めくくる。
私はしばし考えた。――レイランなる帝の娘、戦の最前線、そしてアケミ族。すべてに興味がある。
なら、取るべき行動はひとつだ。
「よし、今から大紅蓮なんとかって場所に向かう。ティレ、随行員を十人ほど選抜してくれ。それとお前を合わせた忍を連れて、レイランを迎えに行く」
「承知しました。しかし出立する前に、宰相へ会っていただけませんか? 留守にするならば、あなたは最高権力者として大府の統治を誰かに任せなければなりませんから」
「わかった。私はそのあたりさっぱりわからんから、全部任せる」
「はっ」と返事し、ティレは立ち上がって振り向いた。そして忍たちに指示を飛ばす。
「リウキウ、今すぐ宰相などの重臣を叩き起こして、ここに連れてきて。ハカラは守備隊へ、帝に代わって始祖様が警護対象となった事実を伝達。若鶏組の一斑と二班、それからニサとクレマは――」
ティレに采配を任せつつ、私は後ろに下がって柱に寄りかかった。
戦争中とのことだが、アケミ族と会えるのはけっこう楽しみだ。さぞ、明美そっくりの連中なのだろう。私の顔を見てそいつらがどんな反応をするのか、なかなかに興味深い。
だが一方で、気分はそこそこ重かった。最高権力者とかいう立場が、早速きつい。
勢いのままここまで来てしまったが……果たして私に、一族すべてを幸せにすることができるのだろうか? 王様みたいな立場が自分に向いていないのは、火を見るより明らかだというのに。
……考えれば考えるほど、レイカンの懸念が的中しそうな気がしてくる。
頼れる相手がほしい。無条件で信頼できて、有能で、私に尽くしてくれる相手が。
――例えば、明美のような。
あいつが裏方で支えてくれれば、私はなんだってできる。どんな困難なことでも、がむしゃらに突っ走ればどうにかなるという、確信と安心感がある。
とはいえ、レイランなる人物にそこまで期待するのは酷だろう。頼りになりそうではあるが、普通の人間の域を出ないはずだし。
いや、誰であろうとダメだ。能力の高さも、私への理解度も、明美に敵う人間などいるわけないのだから。
私は途方に暮れた。そして、藁にもすがりつきたい気分になった。
「――――聞いてるか? 明美」
バタバタ動き出した忍たちをよそに、私は小声で呟いた。
「私一人じゃ、やっぱりどうにもならない。お前の力を貸してくれ」
懇願というより、祈りだった。神頼みに近い。
――もし、アイツが現在の私をリアルタイムで見ていたとしたら。それを期待して、呼びかけてみたのである。
「………………」
私はしばらく黙って天井を仰いでいた。
しかし、返ってくる返事など皆無だった。




